「一つにこだわらなくてもいいけれど、こだわることの重要さも分かっていると、なおいい」総合格闘家 宇野薫に聞いた、不安定な時代との戦い方<宇野薫>|Ome Farm太田太の「僕が会いたい、アレもコレもな先駆者たち」 #005

Text & Photography: Yuuki Honda

2020.2.25

Share
Tweet

“東京生まれ、無農薬育ちの野菜”を育てる「Ome Farm」代表の太田太(おおた ふとし)さん。

もともと国内外のアパレルブランドや会社で海外営業/PRとして働いていたファッション畑出身の彼が、“本物の畑”で作る野菜は今方々で話題を呼び、都内人気飲食店を中心に提供されている。

ファッション×農業という視点から飛び出すアイデアで業界を変えていこうとする、そんな太田さんが、同じく複数の分野をまたいで活躍する先輩たちに会いに行き話を聞く連載、「Ome Farm太田太の『僕が会いたい、アレもコレもな先駆者たち』」。

第五回のゲストは宇野薫(うの かおる)さん。

width="100%"
宇野薫さん

宇野さんは、言わずとしれた総合格闘技*1の名選手。世界最高峰の総合格闘技団体「UFC」*2に2001年から参戦。まだ渡米して同団体に挑戦する日本人格闘家が非常に少ない(特に中・軽量級)なか、多くの激闘を演じたことから、“総合格闘技のパイオニア”と呼ばれる。

またファッション分野に造詣があり、アパレルショップ「UCS宇野薫商店」を1999年に立ち上げた。NIKE、PORTER、UNDERCOVER、NEW ERAなど幅広いブランドとコラボレーションするほか、フィットネスクラブ「ゴールドジム」やステンレスボトルブランド「HydroFlask」ともコラボアイテムを発表するなど、ジャンルを軽やかに横断してみせる。

加えて2012年には総合格闘技の道場「UNO DOJO」をオープン。初心者から経験者までわけへだてなく自ら指導し、その技術と経験を後進に伝えている。

太田さん自身は10代からさまざまな格闘技を経験し、アメリカで過ごした20代のときには、あらゆるジャンルのプロ・アマ現役選手、オリンピック出場経験のあるアスリートたちと頻繁に練習をし、最終的には当時南米で指折りの名門シュートボクセ・アカデミーのプロクラスで数ヶ月に及ぶ修行生活を経験している。

そして、総合格闘技の黎明期には、宇野さんの活躍に大きな刺激を受けていたという。

今回は、太田さんが尊敬するそんな先輩に話を聞いた。

(*1)リングやゲージなどさまざまな場所で打撃、投げ技、固技などのあらゆる方法を駆使して勝敗を競う格闘技
(*2)アメリカの総合格闘技団体Ultimate Fighting Championship(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)の略称。参加する選手の実力・知名度ともに世界最高峰とされる。

「妥協はできない性格なので、格闘技をやりながらブランドもちゃんとやりたかった」

太田太(以下、太田):この連載は、2つ以上の分野に本気で取り組んできた人に、二足のわらじを履くことの楽しさや、これからの働き方=生き方を聞くものになっています。道場での練習風景まで見学させてもらってありがとうございます。今日はよろしくお願いします。

宇野薫(以下、宇野):僕なんかでいいのかなと思っていますが、よろしくお願いします。

太田:僕自身もファッションから農業に移ったんですが、その当時、どちらの業界からも叩かれたんですね。ファッション業界からは「いきなり農業なんてできるわけないだろ」と言われ、農業業界からは「なんか怪しいやつがきたぞ」と言われ。
宇野さんは格闘技でバリバリやっている時にブランドを立ち上げられました。お洒落な格闘家なんて新しい軸をつくられて本当にすごいなと思ったんですが、当時は批判されなかったんですか?

width="100%"
太田太

宇野:幸いあまり批判されることはありませんでした。というよりも、気が付かなかったのかもしれませんね。格闘技もファッションも我武者羅にやっていたので。

太田:なるほど。とはいっても、格闘技とアパレルを両立するのは簡単でないと思います。どのように両立させているんですか?

宇野:完璧主義者ではないんですけど妥協はできない性格なので、すべてを人任せにはできなくて。でもそれだと体がもたないから、家族をはじめ、信頼できる人に手伝ってもらっています。

太田:では両分野を応用することはありますか? 例えば服作りに格闘技の経験を生かすとか。

宇野:はい。スポーツウェアは特に格闘家としての経験を踏まえてアイデアを出しています。太田さんはどうされているんですか?

太田:僕の場合はアパレルから農業だったので、流行についてはちゃんとおさえますね。どの世代がどんなレストランで何を食べていて、Instagramにどんな感じで写真をアップしているのか、この辺りはリサーチしてます。あとは世界の食の流行、尊敬されるシェフや農業者の動向も見ています。こういうふうに、ファッションの仕事でやっていたことは活かせていると思います。

宇野:なるほどなあ。僕はまさか自分のブランドやお店を持てたり、NIKEや、憧れのブランドにサポートしてもらったりコラボさせてもらったりするとは思ってなかったんです。だから計画性はあまりなくて(笑)。

太田:なるほど。スタイルがある格闘家という面でもパイオニアですから、NIKEはそこに注目したんじゃないでしょうか。

宇野:そうだと嬉しいです。ルミナさん(佐藤ルミナ*3)がスポンサーの名前がたくさん入っているTシャツを着ているのを見て、「ああいうふうになれたらかっこいいな」と思っていたので感無量でしたね。

(*3)総合格闘技団体「修斗」のカリスマと呼ばれた格闘家。1994年のデビューから破竹の連戦連勝で絶大なインパクトを与え、総合格闘技ブームの火付け役となった1人。

入場から退場までを総合的に演出する格闘家

width=“100%"

太田:こういうスポーツウェアがあったらいいよね、というアイデアから服を作ったりされているんですよね。ということは、自分が欲しいものを作っているということですか?

宇野:基本的に僕が着たいものや欲しいものを作っています。スポーツウェアや柔術着であれば、僕自身が練習のときにこういう機能があればいいなあと思ったことをもとに作っていますね。

太田:格闘とファッションを同時にやられているからこそできる作り方ですよね。あと、かなり多くのブランドとコラボされていますが、それはどのように話が進んでいくんでしょうか?

宇野:今被っているニューエラとのコラボキャップは知り合いを介してコンタクトを取ったんですけど、ほとんどがそんなふうに「一緒に作っていただけないですか」と声をかけるところから始まっています。こういう服やキャップがほしいなと考えて、だったらこのブランドとコラボできたら嬉しいなぁと想像して、実際にアポイントを取りお話させていただくという流れですね。

太田:宇野さんからアプローチするのが多いんですか?

宇野:そうですね。偶然にも知り合いの知り合いだったりする事はよくあります(笑)

太田:一言に人脈が広いとはいっても、なかなか実現できることではないように思います。

宇野:引き寄せている…のかな。結構周りに話すんですよ、こういうのが作りたいからあのブランドとコラボしたいって。でも、基本的には自分本意なものがほとんどで、僕が欲しいと思わなければ、お誘いいただいても断ることもあります。こだわりが強いといいますか、好き嫌いが多いとも言えますが(笑)

太田:何事にもこだわる性分はどこからきているんでしょうか。

width=“100%"

width=“100%"

宇野:そこは山本康一郎*4さんにかなりの影響を受けています。康一郎さんにはHERO’S*5の時代からセコンドでついていただいて、昔からすごく応援していただいて、プライベートでもいろんなところに連れて行っていただいて、多くのことを教えてもらいました。値段ではなく、もっと広い意味で良いものを見つけることについて学ばせてもらいましたね。

太田:聞いていて腑に落ちたんですが、HERO’Sの頃ですよね、入場するときの衣装がガラッと変わったのが。

宇野:そうですね。昔はただの道着とかだったんですけど、僕も30歳を超えていたので、「色が多いよ。色味を少なくしな」とアドバイスをいただいて。UNDERCOVERのジョニオさん(高橋盾*6)に入場用コスチュームと試合用のパンツを作っていただきました。光栄でしたね。まさかジョニオさんにコスチュームを作っていただけるなんてと思いました。

太田:覚えてます、あの服。入場シーンもかっこよかったです!

宇野:ありがとうございます。康一郎さんが地上波に出るのであればちゃんと魅せないといけないとおっしゃって、入場から退場までを総合的に演出していただきました。

(*4)スタイリスト。レーベル「スタイリスト私物」の代表。
(*5)TBSが地上波放送していた日本の総合格闘技イベント。
(*6)ファッションデザイナー。アパレルブランドUNDERCOVERの創設者。

父の死をきっかけに奮起、本気でプロを目指す

太田:そうやってやりたいことをやってきて今に至ると思うんですが、それを見つけたのはいつだったんでしょうか。もともとレスリングをやっていたことは知っているのですが。

宇野:レスリングは高校から始めたんですが、これが楽しくて、将来的にはプロレスラーになりたいと思っていたんです。でも、同級生が格闘家としてプロデビューしてるのを見て嫉妬してしまったり、まだ遊びたいって気持ちがどこかにあって、どこか踏ん切りのつかない生活を送っていたですけど、そんなときに父が亡くなったんです。急性の心筋梗塞で。僕が19歳の時でした。

太田:急性ということは、突然の出来事だったんですね。

宇野:はい。当時は専門学校の学生だったんですけど、父の死をきっかけに、自分が本当にやりたいことはなんだろうと考えて、やっぱり格闘技だなとで思って。ルミナさんという憧れの存在もいたので、総合格闘技のプロを目指そうと思い、それから本気で練習に打ち込むようになりました。だから、あのときもし父が亡くなっていなければ、総合格闘技に打ち込むことはなかったと思います。

太田:そんなきっかけがあったとは驚きです。そのあと20歳ぐらいでデビューされて、数々のタイトルを獲得し、そしてUFCに参戦と、本当に単純にすごいなと思ってご活躍を見ていました。

宇野:UFCに関してはかなり偶然なんですけどね。

太田:どういった経緯が?

宇野:縁があってシアトルで練習していたときに、モーリス・スミス*7氏がUFCの人から「宇野が来てるって聞いたんだけど、マッチメイクが難航してて、UFCに出ないか聞いてみてくれないか?」って連絡があって。

太田:へえ〜!

宇野:その話を聞いた母親が、「あんたは格闘技の選手名鑑に世界で通用する選手になるって書いてたよね。そういう選手になるんでしょ?」って言われて。いきなりのタイトルマッチだったんですけど、それでそのまま試合をするという話になったんです。当時は獲りたかったタイトルを勝ち取れたことで逆に目標を見失っていたんですけど、母の言葉で、新たな挑戦に向かうことができました。

(*7)アメリカの男性キックボクサー。総合格闘家。元UFC世界ヘビー級王者。元WKAキックボクシング世界ヘビー級王者。元ISKAムエタイ世界ヘビー級王者。UFCホール・オブ・フェイマー。

width=“100%"

width=“100%"

好きなことではなく、やりたくなることをやればいい

太田:今の話にもあったように、やっぱり親の影響は子どもにとって大きいと思うんです。宇野さんにはお子さんが3人いらっしゃると思うんですが、彼らに将来のアドバイスはしたりするんですか?

宇野:やっぱり自分がやりたいことを情熱をもってやってほしいですね。うちは双子の兄弟と末の妹がいるんですが、双子の2人は本当にゲームが好きなんです。普段はゲームをしていい時間を決めているんですが、誕生日だけはずっとゲームをやっていいよという習慣がうちにはあって、本当に24時間ぶっ通しでやるぐらいハマってる(笑) だからe-Sports*8の選手になるぐらいやればいいじゃん?って思ってるんですけど、そこまでやるかというとまた別問題で。

太田:一生やっても飽きないぐらいハマるものをやってほしいと?

宇野:というよりは、ちゃんと挑戦してほしいですね。失敗してもいいから挑戦してほしい。失敗したならしょうがないと僕は思っていて。誰だって勝ったり負けたりを繰り返すわけですから。

太田:宇野さん自身、受け身ではないですよね。ブランドの立ち上げにせよUFCへの参戦にせよ、何にでも挑戦しています。

宇野:最近特に、試合も仕事も受け身だと勝てないと実感しています。自分からアクションを起こさないといけないなと。コラボしたいなと思っても、ただ待っているだけじゃ話にならないので。とりあえず連絡してみる。全てはそこからです。

太田:ただ、自分のやりたいことや好きなことが見つからないという子が多くなっているようで。僕も服飾の専門学校生や大学生に教えているので、それは実感として分かるんです。

宇野:ああ、そうなんですね。う〜ん…じゃあやりたいこととか好きなことを探すのではなく、やりたくなることを素直にやればいいんじゃないかな。

太田:やりたいことや好きなことではなく、やりたくなること。微妙にニュアンスが違いますね。

宇野:うちの子どもは先ほども言ったようにゲームをずっとしているんですけど、それって好きというより、ワクワクするからやっていると思うんです。思わずやりたくなるというか。そういうワクワクするものって、誰にでも一つはありますよね。今はYouTuberやe-Sportsの選手のような新しい職業もあるから、どこかで自分のワクワクで生きていく手段があると思うんですよ。別にそれを一つに絞らなくてもいいと思いますし。

太田:いろんな格闘技を知っていることが武器になる総合格闘家のように、いろんな分野を知っていることが強みになる時代ですよね。

宇野:そういうことですよね。今の若い人は僕の世代よりすごく器用だし、価値観も多様だから、2つ以上の職を持つことへのハードルは下がっていると思うんです。だからこれからの人たちは、いろいろやってみるのがいいんじゃないですかね。ただ、それぞれにこだわりを持つことは大切です。一つにこだわらなくてもいいけれど、こだわることの重要さも分かっていると、なおいいと思います。

太田:こだわらないけどこだわる。含蓄がありますね。

宇野:それが僕のスタイルです。総合格闘技って、いろんな格闘技のこと知らなきゃいけないんですけど、それと同時に、自分の得意なこと把握して、その精度を上げて武器にするのが重要なんです。自分のこだわりという武器を持っていないと勝てない。

太田:得意なことを把握するということは、不得意なことも把握することになりますよね。

宇野:そうです。総合格闘技をやっていると、自分の得意と不得意が段々分かってくるんです。そうやって自分のことを分かっている選手は強いですよ。これはどんな職業の人にも当てはまるんじゃないでしょうか。何かに悩んでいる人は、まずは自分の得意と不得意を知るためにも、いろいろと挑戦してみるのがいいんじゃないかと思います。

(*8) ゲームをスポーツ・競技として行うelectronic sportsの略称。

width=“100%"

宇野さんは稀代の総合格闘家であり、その実績は特筆されるべきものだが、本人の素顔は驚くほどにフランクかつフラット。対談中は終始自然体だった。

そうして泰然自若としている彼は、「やりたくなることを素直にやればいい」と言う。

「失敗してもいいから挑戦してほしい」

総合格闘技のパイオニアとして酸いも甘いも噛み分けてきた宇野さんだからこそ、その言葉には重みがあった。

宇野薫(うの かおる)

UCS宇野薫商店UNO DOJOTwitterInstagram

世界最高峰の総合格闘技団体「UFC」に日本人選手として早くから参戦し、“総合格闘技のパイオニア”と呼ばれる。アパレルショップ「UCS宇野薫商店」を1999年に立ち上げる。NIKE、吉田カバン、ニューエラなど多くのコラボアイテムを発表している。2012年には総合格闘技の道場「UNO DOJO」をオープン。豊富な経験を惜しみなく後進に伝えている。

width=“100%"

太田太(おおた ふとし)

“世界一のレストラン”と称されるコペンハーゲンは“noma”のレネ・レゼッピ氏がファーマーズ・マーケットにて生産物を称え、全米最注目のホテル&農場併設型レストラン“Single Thread Farms”から畑自体を評価される。
またニューヨーク郊外で常に農&食の最先端を突き詰める”Blue Hill”側から来訪の打診を受けるなど、着々と“世界レベルの農業”を実践し始めた、東京の青梅市にて無農薬野菜を栽培し、養蜂に取り組むOme Farmの代表。

width=“100%"

Ome Farm

WebsiteFacebookTwitterInstagram

10月中旬から開始された要町の、生産物の販売と夜のソーシャルダイニングを運営する「0831」は、ウォーミングアップを2月末で終える。そして3月23日より「81」の青柳陽子シェフが戻り、同時にOme Farmで農業に取り組みながら、野菜中心のコースを提供する。
また4月の週末から、青山ファーマーズマーケットでフードトラックを試験的に導入。次のステップに向けて歩みを進めていく。

width=“100%"
Share
Tweet
★ここを分記する

series

Creative Village