現代中国の地方都市を舞台に描かれる失望と希望。今は亡き新人監督が映画『象は静かに座っている』の4時間に詰め込んだ思いとは

2019.11.1

Share
Tweet

社会派の映画を紹介する『GOOD CINEMA PICKS』で今回ピックしたのは、中国の地方都市が舞台となる映画『象は静かに座っている』だ。約4時間にも及ぶ本作品は胡波(フー・ボー)監督のデビュー作品であり、作品完成直後29歳でこの世を去った彼の遺作となった。

width=“100%"

監督亡き後、作品は第68回ベルリン国際映画祭フォーラム部門にて国際批評家連盟賞・国際優秀新人監督賞スペシャル・メンション、第55回金馬奨の作品賞・脚色賞・観客賞など数多くの賞を受賞した。世界中の映画監督やミュージシャン、クリエーターなどから多くのコメントと共に彼の死を惜しむ声が寄せられている。

この映画のペースが好きだ。4時間近くと長い映画だが、無駄なショットがあった記憶はない。昨今、目にすることの多い、金満でIT先進国で資本主義的な中国とは全く違った日常が映し出される。その暗いけれど、甘く懐かしいトーンが好きだ。それは音楽からも来ていると思う。歪んだギターを中心に、昔聴いたことのあるチープなシンセのシンプルな絡み。20歳台の若い監督が作ったのに、とてもノスタルジックだ。好きな映画だ。29歳で自殺した監督、胡波の映画を、たくさん観たかった。(坂本龍一)

width=“100%"

さて、中国と聞くとどのようなイメージが浮かぶだろうか。IT大国として発達し、高層ビルの立ち並ぶ北京や上海のような都会を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。

映画の舞台となったのはそのようなきらびやかな都会とは違った、中国北部の河北省石家荘市井陘県(かほくしょうせっかそうしせいけいけん)という地方都市だ。街の中はどこか埃っぽく、立派な高層ビルと崩れかけのコンクリートでできた建物が混ざり合った混沌とした様子である。そんな街で起きたある事件をきっかけに、これまでバラバラに生活してきた4人の登場人物の人生が交差し始める。

怪我で職を失った父親に理不尽に毎日怒鳴られるブー、家庭をほぼ放棄しているだらしない母親に嫌気が差し、自立した大人に執着して大人と不適切な関係を持つリン、心無い娘夫婦から家を追い出されて老人ホームに入れられそうな老人ジン、独りよがりな性格で友人を自殺に追い込んでしまったチェン。同じ街に暮らす、バラバラの境遇に置かれた4人は、それぞれに孤独を抱えている。

主人公の少年ブーはある日、友人を庇って不良の同級生シュアイを階段から突き落としてしまう。その場から逃げ出したブーは学校にも家にも居られなくなり、街のギャングの中心的存在であるシュアイの兄チェンに追われることになる。居場所を失ったブーは、友人から聞いた2300km先の満州里(まんしゅうり)にいるという「ただ一日中座っているだけの象」の話に興味を持ち、漠然と満州里に向かうことを決意する。映画の中では、チェンが「象」について語るシーンも登場するが、偶然にも4人をつなぐ物語の要となる「象」は一体何を表しているのだろうか。

width=“100%"

width=“100%"

学校や家庭といった閉ざされた空間のなかで追い詰められた4人の孤独は外側からは分からない。4人は現在の暮らしに不満を抱きつつも自らの力で生活を変えることもできず、半ば人生を諦めたような空気すらある。それと同時に、物語のなかで発せられるセリフの隅々からは現代人が抱える他人への無関心や利己主義的な態度がうかがえる。怒鳴り合うアパートの住人たちや、チェンや学校の先生の口から繰り返される「お前のせいで」というセリフ。歪んだ個人主義が浸透しつつある社会が向かう先を突きつけられたような気持ちになる。

width=“100%"

width=“100%"

width=“100%"

そして冒頭にも書いたとおり、本作品の上映時間は約4時間。デビュー作でありながら、映画としてはかなり長い。しかし、観客は無駄な時間があったようには感じないだろう。無表情・無言のまま視線を交わす登場人物たちや長回しで撮影された風景が作品に緊張感を生んでいる。また、カメラワークも独特だ。ライトではなく自然光を多く使用し、不自然なほど背景をぼかした映像は冷たく薄暗い印象を与え、登場人物たちの不安や迷い表現しているようだ。

width=“100%"

海をまたいだ隣の国、中国を舞台に描かれる孤独や無関心は日本でも通じると言えるかもしれない。繰り返される日々のなかで、他人からは見えないところで孤独感や虚しさを感じている人、あるいは気付かないうちに他人に対して無関心になってしまった人は多いのではないだろうか。また、日本でも近年「若者の貧困」が話題に上がることが多いが、ブーやリンが生活に対して抱くやるせなさは、自立したくても自立できる財力がない、労働しても十分な収入が得られないといった多くの社会が抱える現実的な問題ではないだろうか。

暗い雰囲気を漂わせる本作だが、最後にはブー、リン、ジンの3人は「象」に希望を持って歩き出す。登場人物にとって「象」が何を意味するのかは決して語られないが、それが彼らにとっての希望であることはわかる。わたしたちも、生きるうえで自分の「象」について考えることが必要なのかもしれない。

予告編

※動画が見られない方はこちら

『象は静かに座っている』

WebsiteTwitter


監督・脚本・編集:フー・ボー /撮影:ファン・チャオ/録音:バイ・ルイチョウ/
音楽:ホァ・ルン/美術:シェ・リージャ/サウンドデザイン:ロウ・クン

出演:チャン・ユー/ポン・ユーチャン/ワン・ユーウェン/リー・ツォンシー

2018年/ 中国/ 原題:大象席地而坐/英題:An Elephant Sitting Still /カラー/ 234分

©Ms. CHU Yanhua and Mr. HU Yongzhen

配給:ビターズ・エンド

11月2日(土)より、シアター・イメージフォーラム他にて順次公開

width=“100%"

 

Share
Tweet
★ここを分記する

series

Creative Village