「政府の対応を待っていたら、みんな死んじゃう」。“ときに危険を伴う呼吸の二面性”を芸術で発信する女性

Text: Noemi Minami

Photography: Chihiro Lia Ottsu unless otherwise stated.

2018.1.31

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家族、恋人、友人、隣人の死。

たえがたいその事実が、「本当は防げたかもしれない」と知ったらあなたはどうするだろうか。

「静かなる時限爆弾」の存在を知っていますか?

人間は1分間にほぼ18回の呼吸をする。

私たち人間は「呼吸」なしでは生きられない。当たり前すぎて、普段は意識もしていないかもしれない。

でも世の中には呼吸をすることも困難で、苦しんでいる人々がいる。

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「アスベスト問題」という言葉を耳にしたことがある人は多いだろう。

アスベストは「石綿」とも呼ばれ、安価で優れた天然の工業用素材、「奇跡の鉱物」として世界中で大量に使用された。しかし、それは肺がんや中皮腫などの疾病を引き起こす非常に危険なものだった。アスベストを吸ってから病気の発症まで10数年から40年かかるため「静かなる時限爆弾」とも呼ばれている。

日本では1970年代から使用が急増し、2006年にその危険性を理由に禁止されるまで使われ続けた。高度成長期のなか、街づくりに夢中だった政府は積極的に使用を推奨し、多くの労働者が十分に防護されていない環境でアスベストとともに働き続けた。

野口 泉(のぐち いずみ)さんの父親もその一人である。2014年に、アスベストによって引き起こされる中皮腫が原因で亡くなった。そこから数年後、野口さんは「アスベスト問題」と向き合うこととなる。

あんまり思い出すのも嫌だったんですけど、アスベストに関する資料が家にたくさんあって。それを手にとってみようと思ったのが父の死から3年後だったんですね。それまで、あんまり向き合いたくなかったんですけど、その資料を読んでみたら、もう酷い内容で。現在進行形で病気がどんどん増えていて、2035年がピークといわれているんですが、たぶんその先も増えていくんじゃないかな。

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野口 泉さん

政府の対応を待っていたら、みんな死んじゃう

日本では1985年の段階でアスベストの危険性を訴える論文が存在していた。1980年代には欧州各国でアスベストの使用が原則全面禁止となった。(参照元:監修 松田 毅/竹宮 惠子、『石の棉』、かもがわ出版、2012)それでも日本政府はアスベストの使用を止めることをしなかった。

数十年前に吸ったアスベストを原因に苦しむ人々の数は今後、万単位になるといわれている。

野口さんは自分にできることはないかと、問題の認知をあげるためにクラウドファンディングを活用することを思いつく。本来なら、政府が対策を取るべきだ。でも政府がちゃんと動き出すのを待っていたら助けられない人々がいる。

どう考えても、政府がちゃんとした対策を取る前に今アスベストが原因で苦しんでいる人たちは死んじゃうだろうなって。法整備されるの待ってたら70代、80代の人とか元気がなくなっちゃうし…。それなら身近な人がどうにかするしかないじゃないですか。それでクラウドファンディングとかいいかなと思ったんですね。

20世紀はじめのオーストリアの哲学者・神秘思想家ルドルフ・シュタイナーによって創造された運動芸術「オイリュトミー」を行う野口さんは、自身の強みを活かした社会貢献の方法を思いつく。

アスベストは怖いっていうネガティブなイメージがあるから、それだけを発信するのは嫌だったので、オイリュトミーとか公演でちょっと有名な人とかと一緒にやって、来た人に「面白い!」って感じてもらえたらいいなって思いました。

そして、オイリュトミー公演『おしごとは呼吸すること』の費用を見事クラウドファンディングで集め、2017年11月22日に高円寺で公演を行った。

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2017年11月22日『おしごとは呼吸すること』座・高円寺2
こうもりクラブ 三上周子
Photo by bozzo

公演は成功はしたものの、クラウドファンディングを進めていくなかでその弱点にも気づいたそうだ。

実際やってみると年配の人はパソコンを持ってない人が多いので、ページが見られない人のためにチラシも作りました。支援してくれるのはやっぱり口コミとかで聞きつけた人がほとんどで。わくわくするような消費行動に対してはクラウドファンディングはとてもよく機能してると思うんですけど、まあ困っている人には、特に年配の人にはあんまり届かないなってことがやってみてわかりました。

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多くの社会問題にいえることかもしれないが、解決には消費や労働の中心を担う若者の参加は不可欠だ。しかし、アスベスト問題のように、苦しんでいる人々が高齢者であるとなかなか自分ごととなりにくいのも事実。

だからこそ、野口さんはオイリュトミーという「芸術」の形をとった。同時にそれは彼女が楽しめて、続けられることでもあるから。個人が長期的に社会問題と向き合っていくうえで、自分が続けられるか、楽しめているのかというのはいたって重要な要素である。

私が一番初めにアスベスト問題に興味を持ったのは「尼崎のアスベスト疾患 患者と家族の会」の冊子がきっかけでした。でも高齢の方が多いから彼らのウェブサイトはあんまり機能していない。それで会の拠点である大阪へ実際に行って話を聞いたりしたことが自分にとっては発見が多かったです。それでウェブサイトが機能していないなら自分でアスベストに関する最新情報を発信していこうと思って作ったんです。でも最新動向を追っていくことが自分の仕事じゃないとやってるうちにだんだんわかってきて。結局、芸術系のことに落とし込まないと自分の興味も続かないから、アスベスト事情とか治療の現在とかはアスベストセンターなどの専門家に任せて、そんな彼らを私は紹介していこうと思いました。

私は誰かのために働き、誰かは私のために働く

困っている人の問題を「自分ごと」と感じられなくても、そんな人たちに手を差し伸べるような社会は結果的にすべての人が生きやすい社会だということに、少しでも多くの人が気づくべきなのかもしれない。野口さんはオイリュトミーの生みの親、シュタイナーの言葉を引用してこう説明してくれた。

「共に働く人びとの全体の幸せは、一人ひとりが自分の働きの収益を自分のために求めることが少なければ少ないほど大きくなる。言い換えれば、その一人ひとりがこの収益を共に働く人々に分け与えることが多ければ多いほど、そして自分自身の必要としているものを、自分の働きによってではなく、ほかの人々の働きによって充すことが多ければ多いほど、ますます大きくなる」とシュタイナーは言いました。

自分がやったことによって他人がうるおって、他人がやったことによって自分がうるおう…。自分が自分のために働いて得た収益だけで、「ああ今月お金足りない、人生どうしよう」とか「お金がなかったら老後は死んだも同然」みたいな感じが現代社会にはあるじゃないですか。でも「自分が必要なことを他人がやってくれる」「自分はその逆をする」ってなれば社会はどんどん良くなっていく、みたいなことをシュタイナーは言っていて。その方が効率的だし、なんかいいなと思って。うまくいけばクラウドファンディングはそういう仕組みをつくる存在になりうると思うんです。法の整備が間に合わなかったら、身近な人同士で助け合っていくっていうのが、今後のモデルにならざる得ないというか。そうじゃなかったら死んじゃうから。

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過去の問題のように思えるアスベストだが、現在進行形で人々の健康を蝕んでいる。2020年のオリンピックに向けて加速する建設現場で、アスベスト使用が絶頂のときに建てられた建物を解体している人たちの存在がある。建設労働者の人口は全国で約500万人。(参照元:いつでも元気 2017 No.306、全日本民医連)未だに整備が整っていない工事現場から服を持ち帰れば、髪の毛の5千分の1ほどしかないアスベストがその人の家族をも襲うだろう。

それでも私たちができること

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現在、一部の中皮腫に罹患し余命宣告されている患者たちが、全国を駆け回り精力的に同じ病気の人の相談にのり、応援する活動をしているそうだ。(参照元:中皮腫サポートキャラバン隊, )私たちには何ができるのか。

一個人ができることは限られている。それでも、問題の認知があがれば救える命もある。自己責任と思われやすい肺がん患者のなかにはアスベストが原因の人が多くいるといわれており、職業履歴をさかのぼることで労災認定される可能性が高いが罹患者本人がアスベストについて知らないので補償を受けられていないケースが少なくないのだ。

自分に直接関係がないように思えても、社会に存在する問題を知り、より多くの人に伝えることで変わることもあるかもしれない。一人ひとりが「他人のための働く」ことですべての人にとって安心な社会は作り出せる。

オイリュトミー ワークショップ

EARTH + gallery

詳細はこちらから

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こうもりクラブ 左から三上周子、野口泉、清水靖恵
Photography: bozzo

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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