全ての規範に対抗する『TISSUE Magazine』編集長に聞く、この時代に“紙”雑誌を作る理由

Text: Shiori Kirigaya

Photography: Chihiro Lia Ottsu unless otherwise stated.

2020.1.13

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2011年に創刊し、4年間で5冊を発行したのち、ウェブマガジンなどの形態で活動していたドイツ・ハンブルグ発のマガジン「TISSUE Magazine」(ティッシュマガジン)。紙のマガジン作りを離れた5年間を経て、2019年12月に第6号にあたる「№666FFF」をリリースした。紙媒体の売れ行きが低迷して久しい昨今に、なぜそのような決断をしたのか。そして苦労をかけて制作したマガジンを通して、何を伝えたいのか。

ベルリンやアムステルダム、キエフなどのヨーロッパの都市に先駆け、東京で同号のローンチパーティを開くにあたって来日していた、編集長兼クリエイティブディレクターのUwe Bermeitinger(ウベ・バーマイティンガー, 以下ウベ)をNEUT Magazineは直撃した。

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Uwe Bermeitinger

全ての規範に対抗するマガジンTISSUE Magazine

編集長兼クリエイティブディレクターを務めるウベは、自由人で温かい心を持ち、多くの人から愛される素質を持つ人物という印象だった。そんな彼が「それぞれのページが宝物」だと話すのがTISSUE Magazine。「EVERYTHING SEXY(私たちは、全てのものをセクシーに見せている。だがそもそも全てのものはセクシーである)」を掲げていたこともあり、セクシーをはじめとする“全ての規範を壊す存在”として知られている。誌面に掲載されている人物写真には、マスメディアでは編集されるような傷跡や肌荒れ、体毛がそのまま写っていることも少なくない。また、既存のグラビアがしているような、男性的な視点で女性を「もの」のように扱うことへのアンチの姿勢がうかがえる。ビジュアル面では一般的にそう見られないものー例えば建築物や植物を“セクシー”に撮影し、生と死、鬱、セクシュアリティなど、人間のより深い部分や影に迫り、社会や環境などのトピックにも目を向けている。

「生」を考えるうえで「死」はなくてはならないし、僕や他の友達は鬱のような問題を抱えていて、こういうトピックは誰にとっても身近なものなんじゃないかと思った。

マガジンのタイトルにある「TISSUE」の意味は、人々がまず想像するであろう、鼻をかむことが主な用途のティッシュと、細胞の集まりの意である生物学用語のtissueの両方だ。複数の意味を持つ単語を使った言葉遊びだと彼は笑う。

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上段左からTISSUE Magazine 3号、4号、5号
下段左からNude Paper 1〜3号、TISSUE Magazine 1号、2号
Photography: TISSUE Magazine

創刊の経緯は、以前あらゆる意味でのヌードをテーマにした、その名も「NUDE Paper」(ヌードペーパー)というマガジンを共同で制作していたパートナーとの別れと大げんか。どちらが同誌の制作を続けるのか、利益のためではなく互いのエゴのために争い、結局どちらも続けられない結果になったという。その争いの間、陰でウベが作り始めたのがTISSUE Magazineだった。

始めたのはリベンジとしてだった。それだけじゃないけれど。ティッシュマガジンでは、もっと深い事柄、例えばセクシュアリティについて、そしてもっと人間について知れるようにしている。あとは、ちょっとスピリチュアルな要素もあるかもしれない。

5年の時を経て制作した“6”の号

新約聖書の『ヨハネの黙示録』に記された“獣の数字666”やRGBカラーの#666(グレーの中間色)と、アルファベット6番目にあたるFの暗号の組み合わせ。「FFF」には、ウベの人生を言い表すことわざ「Future Favors Fools」(幸運は愚か者の味方をする)や、彼が支持する気候変動に対するアクション「Fridays For Future」(未来のための金曜日)の意味をかけ合わせるなど遊び心を入れながらも深みのある名がつけられた第6号「№666FFF」。刷られた数も666部だ。

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これを作るまでの間、TISSUE Magazineと彼はどうしていたのか。マガジンはウェブのみで更新し、展示やコンサート、パーティー、ミックステープなど紙のマガジン以外の全ての形態で存続していた。彼自身は、TISSUE Magazineを作るためにも受けている商業的なデザインの仕事をこなしながら、自分自身と闘っていたと語る。彼は、資金を調達しては休みなくマガジンを作るために時間を費やすサイクルに疲弊していた。

自分にとっては意味があるものを作っていても、クライアントのブランドが環境破壊に加担していたりして、葛藤があった。それでもマガジンを作るためのお金が必要だし…っていうサイクルがきつくなって、2年くらいほぼ何もしていなかった。

そんな状況から鬱に苦しむなど人生が停滞していた時期を抜けるまでに時間がかかったという。最新号の制作を始めるにあたって力をくれたのは、コントリビューターとなってくれる仲間や、オッフェンバッハ・アム・マイン造形大学で開くことになったワークショップ、日本のセレクトショップ「Sister Tokyo」からの国際女性デーに合わせたコラボレーションオファーなどだ。そこからネットワークの規模が広がり、新たなアイデアを得たり、アシスタントを任せることになる学生と出会ったりするなど人生が少しずつポジティブな方向に向いていったのだ。そこでの若者との関わりのなかで、紙のマガジンの可能性を感じ、自分が他人に何かを提供できるような存在だと思えたのは、彼にとって大きな支えだったという。現在も資金の問題があるなど、何もかも順調というわけにはいかないが、本人は「自分のマインドがポジティブである限りはいい」と考えている。

若い人は紙よりウェブのマガジンに興味があると思っていた。でも予想とは裏腹に、ワークショップで出会った若者たちは新しい紙のマガジンをやりたいという情熱に溢れていた。新しいTISSUE Magazineを作ろうと思えたのが、最初の収穫だったんだ。

“セクシーなマガジン”が語る無性愛

最新号は、これまでと比較してテキストが300%増しているだけでなく、ASMR(自律感覚超絶反応)を用いた動画、誌面に吹き付けられたアロマンティック(*1)な香りのフレグランス、女性器にオーラルセックスをする際の感染予防に使える付録のオーラルダム(*2)など、あらゆる感覚を通して感じ取れる、ウェブマガジンだけでは届けらないコンテンツが制作された。ヌードの割合が以前より減少したことも特徴かもしれない。「よくなったかは読者が判断することだ」と付け加えながらも、制作者の視点から見て内容が成熟したものになったとウベは言う。

(*1)他人に恋愛感情を抱かない人をいう。性的な欲求を抱くことはある。
(*2)女性器のオーラルセックス時の性感染症防止に使われる歯科治療で使用するラテックス製のシート「デンタルダム」。正しく使用すればコンドームと同様の高い感染防止効果を持つとされ、欧米で広まっている。TISSUE Magazineの付録はオーラルダムと名づけられた。

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Photography: TISSUE Magazine

TISSUE Magazine No. 666FFF Flip-Through (ASMR) by Moritz Haas
※動画が見られない方はこちら

ストーリーテリングを通してメンタルヘルスケアを行うプラットホームTorchlight System(トーチライトシステム)の編集長による、鬱を克服しようと行ったペインティングの経験談を綴った記事や、アンダーグラウンドなポップさで痛烈な社会批判をする映画監督・パフォーマンスアーティストとして知られ、ドイツでカルト的人気を誇るChristoph Schlingensief(クリストフ・シュリンゲンジーフ)に関する記事がその例だ。特筆すべきは、「全てのものはセクシー」と語る雑誌にも関わらず、性的な感情を抱かないセクシュアリティ「アセクシャル」を取り上げたこと。

同トピックを扱うにあたり、アセクシャルを自認し、それについてブログで発信しているロンドン拠点のフォトグラファーをアシスタントの編集者が見つけてきた。彼女にアセクシャルでいること、そのあり方は人によって異なることについて書き綴ってもらうことにしたのだ。既存のセクシーの概念を打ち破り、それを包括的に捉えるTISSUE Magazineのポリシーがよく表れている。

アセクシャルについて、ただ説明することはしたくなくて。それはWikipediaとかで調べられるからね。一個人の経験を聞いて、それがどういうものなのか伝えるほうが意味があると思った。

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そのほかにも、日本からはMARGINAL PRESSの大智由実子が「宇宙との対話」をテーマにサウナとスピリチュアリティーを、本記事のフォトグラファーを務めたChihiro Lia Ottsuによるファミリーポートレートと家族について綴ったものを含む盛りだくさんの内容である。

なぜ今、紙の雑誌なのか

なぜ考えや表現を紙にアウトプットするのか。紙媒体が好きだという以外に、そこにはどんな理由があるのか。何かを伝える際に紙メディアを選択した者は、それらへの答えを迫られることが少なくないだろう。Wi-Fiとデバイスがあれば使えるインターネットが発達し、紙媒体の需要が降下を続けている。本インタビュー終了後、ウベをNEUT Magazineがポップアップを開催していたSHIBUYA TSUTAYAへと案内したのだが、日本の本屋の品揃えに感銘を受けており、ドイツでは実店舗の本屋が減っていることを嘆いていた。東京でのTISSUE Magazineローンチパーティではマガジンが売り切れていたが、日本でもドイツでもインディペンデントマガジンが生き残っていくのは簡単でない。

インディペンデントマガジンが大好きな人もいるから、作ったものを出すと見てくれる人はいる。でも買う人は少ない。多分Tシャツは買うけどね。マーチャンダイズのほうが、マガジン自体より売れるかも。ただローンチパーティーに来て、アーティストと知り合いたいだけの人は多い。

ウベは6号の誌面でも、「#PLANETHACK」(プラネットハック)というハッシュタグを使って環境問題に対するさまざまなアクションやアイデアを募っていたが、近年世界的に気候変動問題への関心が高まっている。そのため新たに紙やインクのような資源を消費することにジレンマを感じながらも、手にとって読めるからこその紙媒体の価値があると彼は信じている。インターネット上でしか自作を展示したことのないアーティストが増えるなか、広いインターネットの海に流されて見つからなくなってしまう恐れのあるURLではなく、手でしおりを挟めるマガジンのフォーマットの良さを実感しているため、彼は紙を選んだ。

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環境ムーブメントや消費について考えていて、「印刷したものを世に出していいのか?」と葛藤する。何かをやると、環境とか人とかどこかを傷つけてしまうから、それは大きなジレンマだけど、それでももっと何か意味があるものを作り出したいと思っている。

マガジン自体には環境に優しい紙や植物からできたセロファンを使い、付録のオーラルダムは環境に負荷をかけにくいとされる天然ラテックス製のものを選ぶなど、できる範囲での配慮がみられた。

私たちは社会システムの一員である

彼が拠点とするドイツは「環境先進国」と呼ばれ、徹底したリサイクルのシステムが整備されるなど環境意識は身近なものだ。だがウベを今のような考えにしたのは、彼が最新号のタイトルにもかけている「Fridays For Future」のデモを2019年初めに偶然目にしてから。実際に若者たちが未来のために叫んでいるのを見て、涙が出たという。それまではなるべくゴミを出さないようにと考えたり、捨てるときには正しく分別したりするくらいだったが、それからは同じ社会システムで生きる人としてムーブメントをサポートしたいとウベは思うようになった。6号の入稿日は偶然にも世界規模のデモが開催された日で、彼はデモ開始時間の30分前に入稿を済ませられたためドイツで参加した。

環境について話すなかで、ウベは「システムが間違っている限り、私たちはそのように考えなくてはならない」と口にした。ドイツで時折引用される哲学的なフレーズだという。環境の文脈においてこれは、私たちが環境よりも営利を優先する社会システムのなかで生きている限り葛藤は避けられないため、立ち上がる必要があるという意味だ。

このマガジンには環境問題というよりも、もっと大きなシステムへの批判を込めてる。これが僕にとっての商業主義に対する反論だよ。地球に悪影響を与えてしまうことを知っていながらもビジネスモデルを何も変えない企業をみて、なぜだかわからないと失望する。それに対して立ち上がろうとしている。

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ウベがインタビュー中に強調していた社会システムの問題。メディアの力だけでそれ自体を変えることは現実的に難しいが、あらゆる問題に関する要素をちりばめているTISSUE Magazineのような雑誌を見せるだけでも、個人の意識は変えられるかもしれない。

読んでいるときに、たった一秒でもいいから、考えてもらいたいって思ってる。そしたらあとは写真を見ているだけでもいい。

TISSUE Magazineはただ見た目がかっこいいだけのマガジンではない。ウベにインタビューして、その背景を知れば知るほど、マガジンの深みに気づかされた。それぞれのページが宝物で、どれだけ情熱をかけて制作されている雑誌かいうことも。

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