「ヴィーガン懐石もできます」。元バックパッカーの板前が作る、食の少数派に対応した“みんなの日本料理”

Text: YUUKI HONDA

Photography: Jun Hirayama

2018.6.15

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ベジタリアン、ヴィーガン、ハラール、グルテンフリーなど、食に対するさまざまなニーズが浮き彫りになってきたこの頃だが、残念ながら、日本には食の多様性に対する配慮がまだ当たり前ではない。

世界中の料理が比較的安価に楽しめる東京でも、それは変わらない。しかし、西麻布にひっそりと軒を構える、とある割烹料理屋が、数少ない例外として注目を集めている。

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伊勢の食材を使った“ヴィーガン割烹”や“ハラール割烹”を提供しているというその割烹料理屋「割烹 伊勢すえよし」の店主である田中佑樹(たなか ゆうき)さん(30歳)は、「そんなに大層なことじゃありませんよ」と謙遜するが、彼のホスピタリティは特に、訪日観光客の間でつとに評判だ。

店内は入り口から見て正面に調理場と対面するカウンター席があり、左手には個室が一つ。12〜3人も入れば満員になるであろうこぢんまりとした空間で、日本で唯一の“おもてなし”を受けることができる。

京都に本店を置く老舗料亭の「菊乃井」で下積みをしたのち、バックパッカーに転身。世界を回り気付いた食の本質を基礎に開業した若き料理人の話を聞くうちに、次世代を担う新しい料理人のロールモデルがみえてきた。

バックパッカーになり和食を再認識。「食は文化」の基本に立ち返る

田中さんの転機は24歳のとき。修行の日々も4年目を迎えようとするタイミングでやっと取れた休暇を使い、海外旅行へ出発しようという日に起こった東日本大震災にあった。

当然飛行機は飛ばす、予定が無くなって暇を持て余す日々を、テレビを見て過ごしていても憂鬱になるばかりだったという田中さん。そこで、「いっそのことボランティアをしてみよう」と思い立ち、3月の下旬に現地入りした。

現地では炊き出しを手伝っていたんですが、ある日、川を境に大きな被害と小さな被害とで分かれている街並みを見かけました。このとき、人の生死は些細なことで分かれるのだと実感したんです

その後現地から東京に帰るバスの中で、「一度きりの人生だから、やりたいことをやってみよう」と決心した田中さんは、下積みの4年目が終わるタイミングで菊乃井を退社。世界一周の旅に出た。

この旅で得た経験が、田中さんの食に対する向き合い方を決定的に変えることになるのだが、なかでも一番印象に残っているのが、イタリアのパルマにいた料理人が言った、「俺はパルマで作られた食材を使ってパルマ料理を作っているんだ。イタリア料理なんてものはない」という言葉だった。

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彼の言葉を聞いて、結局「食は文化」なんだと再認識したんです。和食を誇りに思っていた当時の僕は、「でも自分は生まれ育った三重県の食文化すらよく知らないじゃないか」と反省し、帰国後、伊勢の生産者を訪ねるなどして勉強し直しました

田中さんは帰国後いったん地元の三重県に戻ったのち、「割烹 伊勢 すえよし(以下、すえよし)」を2015年に東京・西麻布で創業。

店名に“伊勢”とあるように、すえよしで出される一品にはふんだんに伊勢の食材が使われている。これは帰国後、田中さんが伊勢で学びの日々を過ごすなかで出会った生産者から直接仕入れているものだ。

伊勢の食材を使っているのは、伊勢が僕のベースにあるからです。帰国当初は「フュージョン料理をやるのか?」とよく聞かれたんですが、そうではなく、外から日本の食文化を見つめ直して、先ほど話に出たパルマの料理人のように、食に向き合いたいと思ったんです

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また、海外を回るなかで「和食=天ぷら・すき焼き・寿司」という狭い認識があることに気づき、その原因の一つに、日本人の和食離れがあるのではないかと推測。すえよしで出す懐石料理を通して、和食の多様さについて発信していきたいと思ったそうだ。

たとえばフレンチのコースは食べたことはあるけど、懐石料理を食べたことがないという人は結構多いと思うんです。日本文化より海外文化の方がかっこいいという流れがあるのかな。日本人が和食についてわからないのなら、海外の人はなおさら和食についてわかりませんよね。

開店の準備をし始めたタイミングでそのことに気づいたんですが、逆にチャンスだと思いました。僕は英語が話せる和食の料理人ですから、だったら自分が和食について発信していけばいいじゃないかと。これが後々、“ヴィーガン懐石”や“ハラール懐石”につながっていったんです

一つの後悔から始まった“フードマイノリティ”へのサービス

今では世界最大のトラベルサイトなどでも高い評価を受け、その名声を確固たるものにしているすえよしだが、その理由の一つでもある“フードマイノリティ(思想や宗教などが理由で食べられるものに制限があるなど、少数派の食習慣を持つ人々)”に配慮したサービスを始めたのは、ある後悔がきっかけだった。

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ある日ベジタリアンの方からお問い合わせがあったんですが、当時は完全なベジタリアンフードを提供できないと判断して、予約をお断りさせていただいたんです。それ以降この件がずっと心に引っかかっていました。「懐石料理を通して世界中に和食の多様さを広めようとしているのに、お客様の多様な要望を断っちゃダメだろう?」と

そんな経緯で植物性の出汁の開発から始め、今では完全なヴィーガンフードを提供できる段階にまでなった。しかしそこに至るまでには、それ相応の苦労もあったという。

動物性の出汁が使えないなかでのレシピ開発には苦労しました。それに提供するときには通常のものと分けて調理をしないといけないので、普段の倍は手間がかかります。だからあまりこういうことをやる人がいないのもうなずけますね。

ただ、食材へのアレルギーが体に出る人がいるように、それが心に出る人もいるんです。体に異常は出ないけど、心に異常が出る。僕はそれぞれの宗教や思想にとやかくいう立場にはありません。それぞれの方がそれぞれの思想を持ちつつ懐石を食べたいと来てくれるから、できる限りのことがしたい、応えたい。そういう気持ちなんです

並行してハラールなどほかの要望にも対応するうちに、自然とその評判が広まっていったという。

ユネスコの無形文化遺産になり、その存在自体が一つの観光目的になった和食であるが、日本全体でフードマイノリティへの対応が遅れており、訪日に際してあまり和食を楽しめなかったという層から支持を受けたのが、すえよしの知名度向上に一役買ったのだろう。

調理だけが仕事じゃない。これからの料理人のロールモデル

和食の再認識やフードマイノリティへの配慮のほかにも彼の思考は及ぶ。たとえば、生産者と消費者の関係がそれだ。

「食とそれを支える生産者への感謝が薄れてきているのは気になります。これはたぶん、生産者と消費者の距離が広がっているのが原因ですね」と田中さんは切り出し、こう続けた。

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いつでもたいていのものが食べられるようになった現代は便利です。でもその代償として、生産の現場が消費者にとって遠いものになってしまった。だから一体誰に向かって「いただきます」と言えばいいのか、それがわかりづらくなってしまいました。

対して生産者も、自分が作ったものが誰の口に入っていくのかを知らないよりは、知っていたほうがいいと僕は思います。お互いを知らないのはどちらにとっても不幸になりえますし、これではいいものが次世代に残っていかなくなるかもしれません

危機感を持った田中さんは、定期的に「いただきますスタディツアー」と題して、生産者と消費者をつなげる活動をしている。ツアーの目的は、生産の現場を消費者が実際に訪ねて、生産者と一緒に汗を流しながら稲作を体験したり、食事を共にする触れ合いの場を作ったりすることだ。

また「物流による一方向だった両者のやり取りを、お互いを理解するコミュニケーションの双方向にして、相手のことを知ることができれば、少しずつ何かが変わっていくんじゃないかと思った」のが、ツアーを始めた理由だ。

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「いただきますスタディツアー」の様子
Photo via 割烹 伊勢 すえよし

生産者と消費者の関係にはさまざまな考え方があるが、今後も何らかの形で、両者をつなぐ活動を続けていきたいと田中さん。これは従来の料理人の範疇を超えた、食の媒介者ともいうべき役割になるだろうか。

「生産者と消費者の間に立つ自分だからこそできるこの活動の可能性に、僕はワクワクしています」と笑顔で語る彼からは、これからを担う料理人のあるべき姿が見えてくる。食を多角的に見ることができる田中さんのような料理人が、これまで以上に増えていけば、さまざまな食への考え方が共存している環境が当たり前な日々も、近いうちに訪れるだろう。

割烹 伊勢 すえよし

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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