Text: NEUT Magazine編集長 JUN
「紙版のNEUT Magazineも出してみたら?」 去年のいつか忘れたが、誰かがそんな提案をぼくにしたのをふと思い出した。
スマホさえあれば、どこでもだれでもタダで読めるウェブマガジンにぼくは5年近く携わってきたわけだが、紙にしたら、どこでもだれでも読めるわけではなくなるし、お金もウェブよりもかかる。2018年10月にBe inspired! Magazineからリニューアル創刊したNEUT Magazine。認知度も資本力もない新興メディアであるぼくらが紙雑誌をやろうとしたら、取り扱ってくれる本屋ってどれくらいあるんだろうとか、何部刷れるんだろうとか、そんなネガティブなことが頭にポンポン浮かんできて、実のところ「NEUT Magazineを紙にする」なんてことをあまりちゃんと考えてこなかった。
だが、その誰かの提案は「なんでNEUT Magazineは紙じゃないんだっけ?なんで人は紙のメディアを作るんだっけ?」という問いにスルッと変わった。
ネット環境が整う世の中で、月間10万人以上の読者がアクセスするNEUT Magazineが、紙じゃなくてインターネットという海の中にいるのは、「より多くの人に小さな声を届けられるフォーマット」だからだ。それは、ぼくにとって何よりも大切な、納得できる理由なのだ。
日常ではあまり話されないトピックや、有名ではない人の声を取り上げるぼくらの記事は、いつだって世界のどこかで「一歩を踏み出そう」としているあなたに届いてほしいものばかり。
じゃあ「なんで人は紙のメディアを作るんだっけ?」
この疑問に一つの正解はないと思うけれど、ぼくはウェブマガジンをやっていて「ウェブにはできない表現」がうらやましいほど紙にはあることを知っていた。例えば色味、重さ、匂い。ウェブには出せない色もたくさんあるし、紙やインクのあの匂いもしない。もちろん重いとか軽いとかそんなのもない。だから紙と比べて表現においてウェブはとっても不自由だ。逆に紙は燃えたり、濡れたりしたら読めなくなってしまうが。
つまりどちらにも「自由(強さ)」と「不自由(脆さ)」がある。
そもそも紙とウェブって比べるものじゃないのだけれど、自分たちがウェブマガジンだからこそ見える“紙にしかない自由”に光を当てて、ウェブマガジンにしかできない形で言語化・可視化・物質化する特集をやることにした。その名も「PRINTED WEB MAGAZINE」。
2019年10月にNEUT Magazineが1周年を迎えるということで、作ったのはこれまでのBe inspired! MagazineとNEUT Magazineの歴史がつまった、紙とデジタルをかけ合わせた“ハイブリッド”アーカイブ本。
「Color (色)」
「Scent(匂い)」
「Weight(重さ)」
「Form(形)」
「 Archive(記録のあり方)」
「紙にあって、ウェブにないもの」「ウェブにあって、紙にないもの」。どちらも選べる時代で、どちらも必要だと伝えたい 。 そんなことを考えて作ったのが、印刷されているけど、スマホがないと読めない400ページの“紙版のNEUT Magazine”。「読み込まないと、読めない本」を手に取ったあなたは何を感じるだろうか 。
本は10部しか制作できなかったので販売はしませんが、笹塚ボウルで10月26日(土)に行うNEUT Magazine1周年記念イベント「NEUT BOWL 2019」と、SHIBUYA TSUTAYAで同日より約1ヶ月間開催されるNEUT Magazine1周年記念展「PRINTED WEB MAGAZINE」で実際に手にとって、読むことができます。
このウェブの特集では、その本の「Color (色)」 「Scent(匂い)」 「Weight(重さ)」 「Form(形)」「 Archive(記録のあり方)」の5つの要素をご紹介。NEUT BOWL 2019やNEUT Magazine1周年記念展で、このウェブの特集と合わせて総合的に1周年記念特集「PRINTED WEB MAGAZINE」をお楽しみいただけたら幸いです!
ウェブ上で出せる色は「RGBカラー」と呼ばれる、<Red=赤><Green=緑><Blue=青>の3つの原色を混ぜて作られる色のみです。一方、紙で使用されるのは「CMYKカラー」といい、<Cyan=シアン><Magenta=マゼンタ><Yellow=イエロー>の3色、そして<Key plate=キープレート(≒黒)>を混ぜたものです。それだけでなく紙には、「特色(DIC)」と呼ばれる金色や蛍光色など、ウェブでは出せない色がたくさんあります。今回はそんな、ウェブで使うRGBの3色でも、紙で使うCMYKの4色のインクでも表現できない「NEUTの色」を求めて、数々の出版物を半世紀以上にわたって手がけてきた印刷会社「藤原印刷」の長野県松本市にある工場へ行き、職人さんと一緒に「NEUT ORANGE(ニュートオレンジ)」という存在感のあるスペシャルカラーを作りました。「PRINTED WEB MAGAZINE」の表紙にはこの色を使用しています。
紙には、紙そのものやインクの匂いがありますが、ウェブだとスクリーンを通して「匂い」を嗅ぐことはできません。それなので今回は「NEUTにも匂いが作れないか」と考え、特別に調合しました。プロデュースしてくれたのは、植物療法の視点からハーブティーやアロマオイルの調合などを行うVeresau(ヴェルソー)です。匂いの原材料には、“スケートカルチャー”と“みかん”がコンセプトのTangerine(タンジェリン)の愛媛県産みかんの皮をベースに、みかんの花(ネロリ)と、みかんの精油、日本固有の樹種ヒノキ科のヒバの精油を使用しました。みかんには殺菌作用があり、ヒバには防虫作用があるので、完成したのは「本を守る香り」です。みかんがオレンジ色であることにちなみ、「NEUT ORANGE(ニュートオレンジ)」と呼ぶことにしました。これを「PRINTED WEB MAGAZINE」に挟んだしおりにつけ、同誌を実際に手に取った人にしかできない嗅覚を通した体験を可能にしました。
ウェブサイトには、キロバイトやメガバイトなどデータ容量という意味での“重さ”がありますが、コンテンツがいくら詰まっていても、その重さを手で感じることはできません。NEUTで1000記事を読めたとしても、手で感じることができるのは、デバイスの重さだけです。今回、QRコードを用いることで厳選した約200記事を400ページに収めた「PRINTED WEB MAGAZINE」は、1.33キログラムです。初めてNEUTは“質量”を手に入れました。
ウェブマガジンは大抵スマホやPCで読まれます。それなので、判型が紙のように自由ではありません。しかし本を作るにあたり、今回はあえてデジタルガジェットユーザーに親しみのあるMacBook Proなどで用いられている「13インチ」サイズを選びました。インターネット上にあがった記事は、スクリーン上にしか存在しない“形のないもの”だと考えられることも少なくないですが、これに対して手で触って読める“形のあるもの”が本です。
歴史的な記録および、個人や団体が生み出した記録の集積を意味する「アーカイブ」という言葉があります。これには主にデジタルアーカイブと紙のアーカイブという2つの方法があります。今回は、QRコードを“現実とインターネットをつなぐドア”と捉え、記事のテキストは印刷せず、厳選した約200記事の画像とQRコードが連続する400ページの本を作りました。まさに「QRコードを読み込まないと、読めない本」です。全ての記事がインターネット上にアップロードされているNEUTは、デジタルアーカイブされているともいえますが、もしウェブサイトのドメインが無効になったり、QRコードが汚れて読み取れなくなったりしたら、今回の本は記事の読めない“紙の塊”になってしまうともいえます。もし記事のテキストをいれていたら400ページには収まりきらないので、もっと紙やインクを使用しなくてはならないうえ、さらに重くなり、お金もかかります。デジタルと紙、どちらのほうがアーカイブに適しているのか。あなたはどう思いますか?この本に触れて、ぜひ考えてみてほしいです。