“13歳の不安とインターネット”が題材の映画を制作した元ユーチューバーが「YouTubeは人間性が溢れる情報源」だと語る理由

Text: Shiori Kirigaya

Photography: 橋本美花 unless otherwise stated.

2019.9.27

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近年、動画投稿型SNSが若い世代の間で人気だ。写真の投稿がメインのInstagramでもストーリーズ機能やIGTVのサービスが運用されるようになっただけでなく、FacebookやLINEにも似たような機能が取り入れられた記憶に新しい。一方で動画の投稿をメインにしているSNSといえば、YouTubeだろう。そこで最近人気のある内容にはメイクアップやガジェットの使い方などを学べるチュートリアル動画や、vlog(ビデオブログ/ビデオログ)と呼ばれる日常生活を発信するものなどさまざまが挙げられる。

9月20日に公開された映画『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』は、現代のSNS社会を生きる13歳の少女と、社会不安やインターネットについて描いた作品。本国アメリカではインディペンデント映画として稀な商業的ヒットを記録し、等身大のティーンムービーとして高く評価されている。今回NEUTは同作の脚本・監督を務めたYouTube出身のコメディアンとして知られるボー・バーナムにインタビューを行った。YouTubeがサービスを開始した翌年2006年に自作の歌を投稿し始め、2008年には3億回近く再生されるほど有名になった人気ユーチューバー第一世代である彼は、同作を通して何を届けたかったのか、そして最近流行りの動画投稿型のSNSにはどんな可能性があるのか。

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ボー・バーナム監督

なぜ13歳の少女を主人公にしたのか

『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』でストーリーの中心となるのは、アメリカの8年生(日本の中学2年生にあたる)で13歳の主人公ケイラ。欧米のティーン映画ではハイスクールライフに焦点が当たることが多いなか、年齢を13歳に設定しているのは珍しい。なぜティーンの入り口である13歳を選んだのか。

個人差はあるものの、日本でなら小学校を卒業し中学校に入学する年齢である13歳は人生における移行期で、大人な一面を持ちながらも一部はまだ子どもであるという不安定な時期。自己形成をする過程での不安定さや、「中1ギャップ」*1という言葉が説明するような環境の変化により、他人との関係がうまくいかなかったり、あるいは非行に走ってしまったりと、13歳以前と以後で全く異なる人生を歩むケースもある。そんな年齢にある子どもたちへの関心だけでなく、彼がコメディアンとしてステージに立つようになってしばらく経った2013年にパニック障害や不安障害を抱えるようになったことが映画の着想となっているとボー・バーナムは話す。自身が感じた不安を、13歳の子どもの心理状態と重ね合わせたというのだ。そのときの状態を何かに例えるなら、「おびえている13歳」のようなのだと。だから、“混乱した13歳”を彼は描きたかった。

(*1)小学校から中学校への環境の変化により、心理的や文化的、学問的なギャップを感じてしまうことと、そのショックを指す

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エルシー・フィッシャー演じる主人公ケイラ
© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

劇中では、主人公のケイラが自宅で父親と食卓についていながら、娘を心配して話しかける父親をそっちのけでスマートフォンのスクリーンを見つめ、クラスメイトの動向を、まるでそれが人生で最も大切なことであるかのようにSNSで必死に追う姿が印象深い。監督はそのような表現を通して、現代のティーンを取り巻く環境の忠実な描写を試みている。

その子が何を経験しなければならなかったのか

ではなぜ、少女を選んだのか。それにはいくつか理由があるという。自分の思い出話にするのではなく、今の子どもたちが直面する事柄を客観的に考えられるものにしたかったというのが一つ目。二つ目は、ネット上にアップロードされた動画を通して子どもたちの実情に関するリサーチを行ったところ、少年たちがゲームについて語る傾向があるのに対して、少女たちが話すトピックは自身の思考に関するものが数多く、その傾向を興味深く思ったから。また監督自身が抱えているメンタルヘルスの悩みについて、母や姉には話してきたが、父親や兄には話したことがなかったため、トピックを共有したことのある女性をキャラクターに選ぶほうが、個人的に自然だと思えたことが理由としてあった。

自分の思い出を描きたかったわけじゃないし、今の子どもたちが直面する特有の事情は、僕が経験したものとは異なる。だから客観的に描くためにも少女を選んで、その子が何を経験しなければならなかったのかを考えるものにした。

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このトピックを話すのに映画という手段を使った理由も気になる。これまで自身のスタンドアップコメディショーや、トークショーで社会不安やパニック発作の経験について話すこともあった彼だが、TVショーだとどうしても内容の深みを出しにくいと感じており、映画のストーリーを通して、じっくりと観客に考えさせることをしたかったそうだ。

コメディやトークショーで話すことはあったけど、自分を語り手にして話すことに疲れてしまったから、違う人を通して話したかった。TVショーでもなく、このトピックがぎっしりと詰まった映画のストーリーで伝えたかったんだ。

YouTubeは人間性が溢れた情報源

1990年生まれのボー・バーナムは16歳のときに、今でいうユーチューバーとしてアメリカ国内で有名になった。そんな彼の経歴を反映させてか、本作の主人公はYouTubeに友人との接し方などについてのアドバイスビデオを投稿し、同時に自分自身を改善していこうとする姿が映されている。ボー・バーナムが動画投稿を始めた16歳当時、一般的なソーシャルメディアの機能は現在と違って単純なもので、「自作のものをアップロードする場」くらいの認識だったという。彼自身に動画を世界と共有している意識は全くといっていいほどなかった。だが、10年以上の期間を経てYouTubeの使い方は変化し、現在においてはソーシャル性が非常に高い。

インタビューで興味深かったのは、YouTubeは「最も人間性が溢れる情報源」であり、ビデオで自分の考えを発信するのにはセラピー効果があるという彼の見解だ。同時にフォロワー数やいいねの数でランクづけて人気なユーチューバーが広告収入を得られるようなビジネスモデルはSNSに共通する負の側面であると指摘する。

一番大切だと思われがちな閲覧数とかいいねの数は、最も本質的でない不健康な部分。でもカメラを前にして自分の考えをはっきりと言葉に出すのは素晴らしいことだし、それにはセラピー的な面があると思う。それを何人が視聴しているかなんて関係ない。

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ネット上に溢れたティーンによる無数の動画を観ていると、目の当たりにしたのは主人公ケイラが投稿したものがそうだったように、いいね数はわずかであるが、自分の考えを忠実に話している子どもたちの姿をだった。それは非常に健康的な動画メディアの使い方で、利益やエンターテイメントのために作られておらずフィルターのかかっていない純粋なものであるとボー・バーナムは捉えている。きっとこれが、動画投稿型SNSが若者の間で人気の理由の一つではないか。内容は千差万別であり全てが有益ではないだろうが、あらゆる人の生き方の実例や考え方に触れられる情報源なのは間違いない。

動画で話されていることはすごくリアルで、他の人の生き方も身近に感じられるから、子どもたちが多くの時間を動画を観るのに費やしているんだろうね。

彼によると、ネット上に公開された子どもたちによるアドバイスビデオでは決まって「少しでもこれがあなたの役に立ったらいいな」という文句で締め括られる。これに表れているような、自己表現に加えて他人への影響を配慮する態度はもしかしたらボー・バーナムの世代がティーンだったときにはなかったものかもしれない。

クラスメイトの前ではコミュニケーションに試行錯誤し、8年生では「学年で最も無口の子」に選ばれてしまったケイラも、改善の仕方を自分なりに考え、アドバイスビデオでは交友関係に悩む人たちに気づかいながら発信する。そんな複雑で思慮深い面のある主人公の内面や、9年生から始まる高校生活に対して抱く小さな希望、たとえ高校でうまくいかなかったとしても重く受け止めないよう自身に言い聞かせる姿が、同作で彼女がアップロードする動画には表れている。そのようにして劇中で動画を媒介させて登場人物の意思を伝えるという間接的な描写が、ストーリーをよりリアルに見せているようだ。

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© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

“失敗例”として過去の動画を残している

現代の子どもたちが直面する問題には、SNSに投稿したものがインターネット上に残ってしまうことがある。SNSで日常を可視化することが当たり前となり、そこで“失敗”してしまえばその後の代償が大きい時代において、“うまく生きる”ことはますます求められているようだ。そんな社会に対してボー・バーナムは「失敗をせずに子どもが成長することは難しいし、過ちを許せる環境を作っていくしかない」と考えている。具体的には、18歳以下のときに投稿したものについては世論で裁けないようにすれば若者を守れるといったアイデアを提示していた。

ティーンの頃に投稿した些細な悪事もネットに残ってしまう時代になのだろうけど、たとえ過ちを犯しても人は変われると信じている。失敗して反省するのが成長するための唯一の方法だから、子どもたちが失敗できる余地を残してほしい。

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© 2018 A24 DISTRIBUTION, LLC

ボー・バーナム自身も、過去に投稿した動画で差別的な表現をしてしまったことがあるが、それがTVショーなどで話題になるたび、謝罪の言葉を口にしているという。だが、それでも動画を削除して“なかったこと”にするのではなく、自身を公開の場で失敗した人の例として残しておくポリシーでいる。

16歳のときはクールなジョークだと思っていたけれど、今見ると恥ずかしい。誰かを侮辱するようなものも多いということに気づいているけど消すことをしないのは、それで何かが変わると思っていないし、消したとしても誰かがまた投稿するからね。人が成長できることを示すモデルとなっているつもりだよ。

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解決策を提示するのではなく、会話を始めるきっかけを

「SNSとどう付き合っていくのがいいのか?」そんな質問を最後に投げかけてみた。彼は、そんな壮大な問題への答えを持ち合わせてはいないが、映画でそれを問いかけたつもりだという。自分が直面した問題を作品で描くことを通して「僕はこう思うけれど、あなたはどう思う?」と問いかけて、何か会話を生み出すことが、映画作品を作る目的だったようだ。

最近気づいたのは、僕の仕事は自分が闘っている問題を提示して、同じ状況にある人の代わりに話すこと。僕は他の人より頭がいいわけではないから、何かを教えようという意図はないし、観た個人がそれぞれこのトピックについて話してくれれば嬉しい。

ボー・バーナム

WebsiteTwitterInstagram

1990年、マサチューセッツ州ハミルトン生まれ。コメディアン、ミュージシャン、俳優、監督である。2006年にユーチューバーとしてキャリアをスタートさせ、彼のビデオは2008年までに3億回近く再生された。2008年にレコード会社と契約。2009年にデビューEPアルバムをリリース。その翌年には、完全版のアルバムを発売。2010年には、セカンド・アルバムを出し、初のライブコメディーショー「Words Words Words」が放送された。このショーはスコットランドで毎年開催される世界最大の芸術フェスティバル、エディンバラ・フェスティバル・フリンジにて、エディンバラコメディー賞を受賞。2013年には3枚目となるアルバムを出し、2つ目のコメディーショー「what.」がNetflixとYouTubeでリリースされた。3つ目となるスタンドアップコメディーショー「Make Happy」はNetflixがプロデュースし、2016年に独占配信された。俳優としては、『ラフ・ナイト 史上最悪!?の独身さよならパーティー<未>』(17)でスカーレット・ヨハンソン、ゾーイ・クラビッツ、デミ・ムーアと共演。また、サンダンス映画祭でプレミア上映後に、いくつかの映画会社により配給権争奪戦が繰り広げられたことで知られる、『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』(17)では、クメイル・ナンジアニ、アヌパム・カー、ゾーイ・カザンなどと共演。ファレリー兄弟監督作品『ホール・パス/帰ってきた夢の独身生活<1週間限定><未>』(11)ではオーウェン・ウィルソンと共演。キャリー・マリガン、アダム・ブロディとの共演作『Promising Young Woman(原題)』が公開を控えている。
コメディアンやミュージシャン、俳優としてのキャリアのほかに、MTVのテレビシリーズ「Zach Stone Is Gonna Be Famous(原題)」(13)の12エピソードでは主演・製作・脚本を務め、2013年には初となるポエム集「Egghead: Or, You Can’t Survive on Ideas Alone」を出している。またジェロッド・カーマイケルやクリス・ロックのコメディーTVスペシャルを監督している。『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』は彼の映画監督デビュー作である。

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予告編

※動画が見られない方はこちら

『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』

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ヒューマントラストシネマ有楽町、シネクイントほか全国公開中

監督・脚本:ボー・バーナム『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』(出演)
出演:エルシー・フィッシャー『怪盗グルーのミニオン危機一発』(声) / ジョシュ・ハミルトン『マンチェスター・バイ・ザ・シー』 / エミリー・ロビンソン『バッド・ウィエイヴ』 / ジェイク・ライアン『ブルー・ワールド・オーダー』
2018年 / アメリカ / 英語 / 93分 / カラー / 5.1ch / 原題:EIGHTH GRADE / G / 日本語字幕:石田泰子
配給:トランスフォーマー

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