南カリフォルニア出身のアーティスト・Cameron Lewによる音楽プロジェクト・Ginger Rootが最新アルバム『SHINBANGUMI』をリリースした。2020年10月にリリースされたアルバム『Rikki』以来4年ぶり、2022年9月にリリースされたEP『Nisemono』以来2年ぶりとなる今作について、Cameron Lewは「これがGinger Rootのサウンドだと100%自信を持って提示できるアルバムになった」と話す。そんなGinger Rootの現在地を示す作品でも、彼の映像へのこだわりは健在で、前作EP『Nisemono』で描いた「 『十番テレビ』で契約社員として働くCameron」にまつわる架空のストーリーの続編を、新たに撮り下された8本ものミュージックビデオで描く。
もはやGinger Rootのトレードマークと言っても過言ではない80年代の懐かしいサウンドや映像の肌触りは最新作でも随所に発揮されているが、「レトロな歌謡曲やアイドルソングを頑なに続けるつもりは全くない」とCameron Lewは言う。
2025年1月に開催される2年ぶり自身2度目となるジャパンツアーは、前回からその規模を拡大し、東京、名古屋、大阪、広島、福岡の全国5都市で開催される。梅雨時期とは思えない暑さの中、プレスツアーで日本を訪れていたCameron Lewに最新アルバムやレトロカルチャーに対する発言の意図、影響を公言するイエロー・マジック・オーケストラについて話を聞いた。
初めてのジャパンツアーに「FUJI ROCK FESTIVAL ’23」出演。Ginger Rootが振り返る日本との関係
ー2023年は初めての来日ツアーと初の「FUJI ROCK FESTIVAL ’23」出演がありました。初めての日本ツアーで覚えていることはありますか?
正直とても緊張しました。日本の音楽や文化が本当に大好きなので、日本での初ライブに来てくれたお客さんをがっかりさせたくない気持ちが強かったです。時差ボケもあって、あまり詳しいことは覚えていないのですが、みなさん優しくてすごく楽しい時間を過ごせました。ステージに立ってライブが始まっても緊張は解けなくて(笑)。あっという間の経験でしたが、“本当に夢が叶ったんだな”と、一生忘れられない経験です。
ー日本での2回目のライブは「FUJI ROCK FESTIVAL ’23」でした。季節は冬から夏に、単独公演からフェスへと変わりました。初ツアーとは異なる状況にどうアプローチしましたか?
「FUJI ROCK FESTIVAL ’23」はGinger Rootとして2回目のフェスでした。フェス慣れしてなくて勝手もよくわかってなかったものの、逆にアドベンチャーみたいな気持ちでワクワクしてたことを覚えています。日本も新型コロナウイルスの規制が緩和された直後だったので、お客さんの気持ちにもだいぶ変化があったんじゃないかな。
「FUJI ROCK FESTIVAL ’23」の時は、時差ボケ対策で日程に余裕を持って日本に来たのですが、暑さでメンバーが熱中症になってしまって(笑)。それでもめちゃくちゃ楽しかったです。僕の出番は、<RED MARQUEE>にクラブミュージックのアーティストが出演する深夜帯の直前だったので、お客さんもクラブみたいに盛り上がってくれて嬉しかったです。
ーこれまでの日本の経験で一番印象に残っていることはありますか?
初めてのジャパンツアーを終えてアメリカから来た両親と東京で食事に行った時、行きの電車で1人座って泣いたことがあって。隣に座った日本語で話す子どもたちの会話や、電車のアナウンスがスッと耳に入ってきたんです。街で流れてる音楽の歌詞も聞き取れた。“やっと本物の日本の空気を吸えた”気持ちになって、感動して気づいたら泣いてました。ライブも仕事もないコロナ禍になんとなく独学で勉強を始めたので、日本語は3年間ずっとNetflixばかりを見ながら1人で向き合ってた暗い時期の象徴でもあるんです。僕は日本の文化が好きで思い入れも強いので“I Love Sushi”みたいな気持ちは全くない。小さい画面越しに見ていた日本を全身で感じることができて感慨深かったんだと思います。それに、イエロー・マジック・オーケストラにハマって日本の音楽を聴き続けたら、細野晴臣さんにお会いできたし、大貫妙子さんともお話しでました。本当に光栄です。
イエロー・マジック・オーケストラが教えてくれた“アジア人の僕にもできる”という可能性
ー初のジャパンツアー以降、影響を公言しているイエロー・マジック・オーケストラ(以下、YMO)の細野晴臣さんのラジオにも出演し、日本での活動も増えています。日本で過ごす時間が増えたことで創作制作活動への変化はありますか?
アメリカと日本を行き来する生活は自分にとってバランスが良く、制作にもポジティブな影響があると思います。アメリカの生活と日本の生活は全く違うので、日本にいるときにアメリカが恋しくなることもありますが、だからこそ帰った時に“よしやるぞ!”という気持ちになれるんです。日本に来るときも毎回新しい街や景色に出会えるし、久しぶりに会う友達と久しぶりに日本語で会話できる。どちらもエネルギーを再びチャージできる場所。そういう意味で日本は第二の故郷と言えるかもしれません。
ーYMOに出会った高校生の当時のことを覚えていますか? 何に衝撃を受けたのでしょうか?
当時はWeezerのようなパワーポップにハマっていたので、YMOのディスコミュージックやシンセサイザーを取り入れたスタイルがとても新鮮に聴こえたんです。それに3人がアルバム『SOLID STATE SURVIVOR』で着ていた人民服に、囲んでいた麻雀卓。自分は中国系のアメリカ人なので、YMOが取り入れた中国のエッセンスに親しみを感じました。YMOをきっかけに、坂本龍一さんや高橋幸宏さん、細野晴臣さんのソロアルバムも聴くようになり、次第にそれぞれがプロデュースされた歌謡曲やアイドルの方の曲へと……。YMOに出会ったことで、今日まで続く音楽の旅がスタートしましたね。
僕が高校時代を過ごしたロサンゼルスのハンティントンビーチの街では、アジア人の友達はなかなかいなかったので、音楽が好きだった自分にとってYMOは数少ないアジアとの接点だったんです。YMOから“アジア人でもこんなにかっこいい音楽ができるんだ”と勇気をもらい、“僕にもできるかも”と一歩踏み出すことができました。
Ginger Rootらしいサウンドにたどり着いた『SHINBANGUMI』は“これまでに影響を受けたカルチャーが凝縮された”アルバム
ー『SHINBANGUMI』について教えてください。前作『Rikki』テーマは「記憶」でしたが、今回はどんなテーマで制作したのでしょうか?
『SHINBANGUMI』は、“これがGinger Rootのサウンドです”と100%自信を持って提示できるアルバムになりました。『Rikki』は、まだ本当の自分らしさを見つけられていなくて、音楽的にもセッションっぽさがあり曖昧な部分があったアルバムだったかもしれない。でも、過去2作品のEP『City Slicker』と『Nisemono』があったおかげで、ようやくGinger Rootらしいサウンドに辿り着くことができました。本当の自分らしさに辿り着くまでは簡単ではなかったけど、そのフェーズを乗り越えたことで満足のいくアルバムになったと思います。
ー日本では“80年代の日本のレトロカルチャーを彷彿させるアーティスト”として広く知られるようになりましたが、『SHINBANGUMI』のインスピレーションになったものがあれば教えてください。
『SHINBANGUMI』のインスピレーションは、自分がこれまでの人生で出会ったもの全てです。ファンクやソウル、アメリカのポップスに日本の歌謡曲やシティポップ。ポール・マッカートニーのようなシンガーソングライターもよく聴くので、今回のアルバムのリファレンスを1つに絞ることは野暮かもしれないです。音楽を聴き始めた子どものときから、今日までに影響を受けたものが自ずと新しいアルバムに反映されたと思います。
ーノスタルジックでレトロなタッチがGinger Rootのトレードマークですが、一方で、今日の社会にはApple Vision Proのように遠い未来かのように思えた技術も存在します。過去に比べて未来は不確定なものですが、未来について考えることはありますか?
難しいトピックですが、テクノロジーの進歩は早すぎると感じていて。僕がレトロな文化に惹かれる理由は、それが本質的で、表面的にはAIも再現できても本質まではコピーできないと思うからです。同じ曲でも5年前と今聴くのでは、聴こえ方が違うことがあるように、昔のものには全部味があって、新しいものを作るインスピレーションの源になる。未来がどうなるのか楽しみではあるけど、自分のルーツにもなっている過去の方が興味はあります。
過去の流行をそのままパクるんじゃなく、新しいものを生み出す。それが“Ginger Root”というジャンル
ー日本の昔の文化に目を向けると、NewJeansが平成のカルチャーや渋谷系の文脈で語られたり、Night Tempoがシティポップを取り上げたりと、日本のカルチャーが国境を超えていろんなアーティストのリファレンスになっています。Ginger Rootさんにはどのように映っていますか?
Y2Kの再流行のように、カルチャーはおよそ30年ごとに繰り返されます。実は、日本だけでなくアメリカでも2000年代のカルチャーが再び流行っていて、この流れは局地的なものではないし、場所も関係ないんです。
流行のフェーズは常に繰り返されますが、忘れてはいけないのは、それを否定しないこと。パクるのではなく、過去に流行ったものから新しいものを生み出すこと。僕がGinger Rootというプロジェクトから学んだことです。昔のカルチャーからインスピレーションを受けて、新しいものを作るか、変わり映えしないものを再生産するかはその人次第。すでにあるものをわざわざもう一度繰り返す意味はないと僕は思ってます。
「City Slicker」や「Loretta」のミュージックビデオは昭和番組のただのマネ事みたいなものでしたが、今回の『SHINBANGUMI』の「No Problems」のミュージックビデオでは、日本の80年代のオフィスドラマを参考にしたし、アメリカのSitcom(シチュエーションコメディ)の要素も取り入れていて。好きな映画監督のエドガー・ライトやウェス・アンダーソンのような要素もあると思う。Ginger Rootの作品には僕が影響を受けたものが全て反映されているんです。レトロな歌謡曲やアイドルソングを頑なに続けるつもりは全くなくて。80年代のカルチャーが材料なのは間違いないですが、それを料理しているのは2024年のGinger Root。“レトロなんだけどどこか新しい”バランスをこれからもキープしていきたいですね。それが“Ginger Root”というスタイルになるはずなので。
ー残念ながら坂本龍一さんも高橋幸宏さんも亡くなられてしまいましたが、YMOから学んだことを次世代へ繋ぐことは自分のミッションだと思いますか?
もちろんです。YMOは僕の人生の一部であり続けるし、高校時代に聴いていたとても大切なバンドであることは変わりません。そして、坂本さんや高橋さんが亡くなった今、彼らに敬意を払って心に留めておくことが大切だと思います。だから、いつか僕もおじいちゃんになった時、若い人がGinger Rootが渋谷でライブしている映像をYouTubeで見て“自分もできるかも”と思ってくれたら嬉しい。僕がYMOを初めてみた時のように。YMOをただコピーしたいわけではなくて、僕の大好きなバンドがくれたバトンを次に繋げていきたいんです。
ーGinger Rootを見て影響を受けた人にどんなアドバイスを送りますか?
音楽でも漫画でも何でも、楽しいと思えることならぜひチャレンジしてほしいですね。何かをやってみることは難しいし、辛いこともある。失敗するかもしれない。でも挑戦しないとわからないので。大事なのは、最初の一歩を踏み出すこと。例え最初の挑戦で失敗しても、その経験は必ず次にいきるはずなので、次の挑戦はもっと上手くできると思います。“失敗してもいいや”くらいの気持ちを持てることが大事だと思います。
Ginger Rootのミュージックビデオさながらの空気感で「Ginger Rootユニバース」を一緒に楽しみたい
ー前回の来日ツアーよりも格段に知名度が増し、日本のファンとの関係性はより強固なものになっていると思います。2025年に控えるツアーはどのようなものになると思いますか?
初めてのジャパンツアーでは“演奏を失敗しないように”とか“お客さんをがっかりさせたくない”という気持ちが強かったので、普段のアメリカのライブのように細かい部分にまでこだわりきれませんでした。2025年のツアーは2回目なので、前回よりももっと良い演奏を披露したいし、ディティールももっとこだわりたい。演奏はもちろん、コントとかも仕込んで映像も凝ったものにできたらと思ってます。
ー今回の来日ツアーに向けて、日本のファンへメッセージはありますか?
日本に滞在する機会が増えても、日本にいる多くの人が僕の音楽を知ってくれているなんて、未だに信じられません。いつか覚めてしまう夢なんじゃないかとすら思います。本当に感謝しかありません。2回目となるジャパンツアーでは、みなさんと一緒に、日本で撮影したミュージックビデオさながらの空気感で「Ginger Rootユニバース」を楽しめたら嬉しいです!
アルバム『SHINBANGUMI』
2024/9/13 RELEASE
1. Welcome
2. No Problems
3. Better Than Monday
4. There Was A Time
5. All Night
6. CM
7. Only You
8. Kaze
9. Giddy Up
10. Think Cool
11. Show 10
12. Take Me Back (Owakare No Jikan)
13. Pre-Giddy Up Demo*
*日本盤ボーナス・トラック(CD)
Ginger Root
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シンガーソングライター、プロデューサー、マルチ・インストゥルメンタリスト、ヴィジュアル・アーティストのCameron Lew(キャメロン・ルー)による、南カリフォルニア州ハンティントンビーチ発のソロ・プロジェクト。2017年に、自らが“アグレッシブ・エレベーター・ソウル”と呼ぶ作品『Spotlight People』をリリース。その後もコンスタントにリリースを重ね、2023年にはチケットが即完売した初来日ツアーや「FUJI ROCK FESTIVAL ’23」への出演など、独自の世界観で音楽ファンを魅了。日本を含めグローバルに活動を展開し続けているアーティストの一人だ。