「政治家は私たちの学級委員みたいな感じ」中里虎鉄とYuui Visionが“選挙への準備体操の動画”を作った理由

Text: Moe Nakata

Videography & Photography: Takanobu Watanabe

2021.10.28

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 政治は難しいと感じている人や無関心な人が多いといわれている日本。選挙権年齢が18歳に引き下げられて5年が経った。日本では未だ若者の投票率の低さが問題となっている。1969年衆院選から年代別投票率で20代が最下位なのが続いているそうだ。(参照元:日本経済新聞)そんななか、2021年10月31日に行われる第49回衆議院議員選挙に向けてある動画を作った若者2人がいる。フォトグラファーやいろいろな場での登壇、エッセイストなど多方で活躍する中里虎鉄(なかざと こてつ)とニューヨークや東京を拠点として活動するメイクアップアーティストYuui Visionだ。

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 YouTubeで公開されたこの動画「Voices For Our Future」にはさまざまな年齢やルーツを持つ人たちが登場し、自分たちの声を届ける姿が映し出される。
 彼らはなぜ完全自主制作のこの動画を作ったのか。今回NEUT Magazineは2人に作品に込めた思いや現在の日本社会について感じていることを聞いた。

※動画が見られない方はこちら

ー今回の動画についての説明をお願いします。

中里虎鉄(以下、虎鉄):この動画は2021年10月31日に行われる衆議院選挙に向けて、選挙に行くことが難しいことではなくて、もっとカジュアルで必要なことだと感じてもらえるように、あらゆるルーツやアイデンティティを持つ人たちの声を届けようと思って作りました。

ーこの動画を作ろうと思ったきっかけを教えてください。

虎鉄:「IWAKAN」という雑誌を作っていて、最新号は「政自」というテーマで作りました。この雑誌でも初めは「投票に行くこと」を強く伝えたいなと思って計画したんですが、作っていくうちに投票に行くことももちろん大事だけど、投票権を持っていること自体、日本に住んでいて日本国籍を持っている人の特権であるということに気付きました。

日本に住んでいても投票権を与えられていない人もたくさんいるし、投票に行ったとしても自分たちの声が直接届くわけではない。そういうのを感じたときにもちろん投票に行くことも大事だけど、投票以外のあらゆる選択肢が政治的に強く結びついていることを再認識する必要があるっていうことにも気付いて。そんなときに同じ思いを持って何かしようとしていたYuuiちゃんと出会って、共感し合って今回一緒にプロジェクトをすることになりました。

Yuui Vision(以下、Yuui):私のバックグラウンドを含めて話させていただくと、私は中国と日本のミックスなんです。それで日本で生きづらさを感じていて、10代の頃にニューヨークに移住して、いろんな人やいろんなカルチャーのある街で大人時代を過ごしてきました。

アメリカがトランプ政権になったときに私はフリーランスだったのですごく税金も払っていたし、社会のことを考えているのに投票に行けないってことが悔しくて。そのときもそうですがニューヨークでは、友達と遊んだら、彼氏の話をするくらい気軽に政治の話をしてきたんです。それで日本に1年前くらいに帰ってきて、みんなが政治のことに興味がないということに良くも悪くも驚いてしまって。政治って生活の一部で生活を支えてくれるものなのに何も言わないっていうのはすごく悲しかったし怖かった。

ずっとファッション業界で働いてきて作品作りに対してすごく身近に感じていたから、いろんな人が受け入れやすい良い動画を作りたいなと思って虎鉄にお話させてもらいました。

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中里虎鉄

ー撮影はどうでしたか?

虎鉄:今回10人の方をキュレーションして、さまざまなバックグラウンドやアイデンティティを持っている方々に協力してもらって、当事者として社会で虐げられている現状や自分たちの声が全然反映されないもどかしさや怒りをそれぞれの言葉で話してくれたのを聞きました。自分自身がその言葉たちに救われました。今の社会に対して横並びで手を繋いで進んでいる感覚が感じられてすごく嬉しかったです。

同世代の若者の投票率を上げるとき、同世代で話し合うことが多いけれど同世代だけじゃ伝わりきらない部分もあると思うし、同世代だけじゃ社会は変えられない。だから今回も10代から40代の方まで参加してもらって縦の連帯を感じられたのはすごく心強かった。自分が一人で闘っているわけじゃないんだって思えてすごく安心しました。

Yuui:本当にそう思った。このご時世コミュニティがとても大事だと思っていて、人は一人では生きていけない。いろんな方に出てもらって、見た人も多分共感できる人がいると思う。これを見て、私は一人じゃないって思ってもらえたら嬉しいし、私もそう思えた。

ー動画を作るうえで苦労したことを教えてください。

虎鉄:ずっと苦労してる(笑)。全部大変だけど、一番は誰に出演してもらうかっていうところ。いろんなバックグラウンドやアイデンティティを持つ人たちが出てきて、その人が当事者として自身のアイデンティティについてのレプリゼンテーションを担ってくれることってすごく重要なことだと思っているし、必要なことだと思っている。でも、その人はその人のレプリゼンテーションでしかない。コミュニティを代表することはできないし、コミュニティを一概に語ることはできない。

バックグラウンドやアイデンティティって人の数だけあるからどこまで包括的にキュレーションできるのかっていうところがとても難しくて、今回も伝えきれていない部分だったりとかキュレーションしきれていないコミュニティやルーツがたくさんあったりして、自分たちで分類分けしたり線を引いたりする行動を取らなければいけなかったのがとてもしんどかった。Yuuiちゃんはなんかあった?

Yuui:本当にその通りで、「みんなの全ての声を届けたいのに」っていう思いはあったし、動画も全部使いたいけどそうもいかないっていうところが難しいなと思いました。

ーこの動画で伝えたかったことを教えてください。

虎鉄:若者に選挙に行ってもらうのも一つの目的にあるし、現状声を上げて闘っている人たちに対する連帯の姿勢でもある。でも同時に若者に自分の持っている特権性のようなものに気付いてもらうっていうレイヤーもあると思うし、本当にいろんなものがあるから一概には言えない。でも若者の投票率を上げるっていうのはすごく大きな課題だと思っている。

Yuui:虎鉄が言ったように、準備体操みたいな動画かなと思っていて。例えばみんなが平等な世界がフルマラソンだとしたら「これから選挙に行く」っていうのがもう走れている状態。でもそこに行くことすら大変なんだなっていうのは実感していてそのための準備運動の動画として、これをきっかけに「ちょっと調べてみようかな」っていう人が生まれたら嬉しいと思っています。

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Yuui Vision

ー政治に興味を持たず、まだ走り出すことのできない人がたくさんいるなかでどうして政治は関心を持ちづらいと思いますか。

虎鉄:今回キュレーションしたなかで、全然政治に関心がないけれどこれを機に選挙に行ってみようっていう子にも参加してもらいました。その子は「言葉が難しすぎる」とか「テレビで何言ってるか分からない」って言っていてそれももちろん理由の一つだと思った。

ただ、もうちょっと広い範囲で言うと自分たちが受動的に政治っていうものを与えられていたのもあると思う。学校教育や家庭環境のなかでも「政治を中立的に見せようとしているけど現状の社会や政治を何も見せていない」という現状があると思っていて、一応政治のシステムについて教わるけれど、与党野党にそれぞれどんな政党があるのか、どんな政策を掲げているのかって自分から能動的に動かないと得られない情報だなって思う。でも、能動的に情報を得るためには「政治に関心を持つ」っていうフェーズにいった人しかたどり着けない。そうして今自分たちが暮らしている環境と政治がものすごくかけ離れてしまっている。なぜそうなってしまったんだろうと考えたときに、やっぱりそういう教育をされてきたというか「政治は私たちの暮らしの上空で何か動いているもの」みたいな構図ができ上がってしまっているなと思います。

Yuui:その通りだと思う。政治が身近にない状態なのかなと思っていて。ニューヨークにいたときにはみんな酔っぱらうと政治の話になっちゃうんですよ。みんな身近に議論するし、分からなくても一生懸命教えてくれる。でも、日本では政治の話が始まりそうになると「いや話しません、分かりません」ってなってしまう。
あと、エンターテイメント業界で政治のシーズンになるとスーパースターたちが声を上げることをいとわないんですけど、日本ではそれがよしとされていない状況があるかな。政治はこんなに身近で毎日触れているものなのに透明人間のように見えないものとされてしまっているように思います。

ー政治に関心のない人たちに何を伝えたいですか。

虎鉄:「今起きているものではなくてこれから起こりうる未来の自分の選択肢を守るために社会や政治に関心を持つことは自然なことなんだよ」って伝えたい。自分を守ることは意識の高い人だけがやることではないし、全ての人が自分をケアして、その先に他者をケアするっていう関係性が生まれていることが理想かなって思う。

Yuui:一回なぜ興味がないのかっていうのを考えてほしい。私も別に学生の頃から興味があって活動してきたわけじゃない、むしろ資本主義の戦士だったの(笑)。「ニューヨークで働くぞ!」って感じだったけど、周りに政治的な発言をする友達がいた。友達と話すなかで「ぶっちゃけ仕事で疲れているから難しい話されても分かんないよ〜」とか思ってたんですよ。でも本当に一歩ずつ、できるときにできることをやっていけばフルマラソンも走れると思う。

日本に帰ってきて、良くも悪くもみんなぬるいお湯に浸かっているなと思うんです。ぬるいお湯に浸かっているときってそのときは寒くないんですけど、お湯から出ると寒い。そして寒いからまたお湯の中に戻ってしまう。でもこのお風呂は虎鉄みたいな誰かが頑張って薪をくべないとどんどん寒くなって、いつか氷になって身動きが取れなくなっちゃう。そういう未来があったときにあなたは後悔しませんか?って。

私は資本主義の戦士で走り続けた先が真っ暗闇だなと思って、今できることを考え始めた。

Yuuiさんがニューヨークで関心を持ち始めたように、虎鉄さんは政治に関心を持ち始めたきっかけはありましたか。

虎鉄:自分のジェンダーのことやセクシャリティのことを考えるのに精一杯で、社会に目を向けられるようになったのはここ2,3年だと思う。周りの友達のサポートのおかげでやっとの思いで自分のことを受け止められるようになった。自分のことを受け止められたら自分は幸せになれると思っていたけれど、社会は自分のことを認めていないっていう現状にすごくショックを受け、絶望した。そのときに政治や社会の現状に目を向けられるようになった。

法律や制度は自分たちの存在を守るためにあるものなのに、それによってスタンダードとアブノーマルの棲み分けができてしまっているっていうことに関しての問題意識はすごく持っている。社会とのズレや違和感はすごく大事にしなければいけないし、それが社会を変えるためのパワーになる。それを他の人にも感じさせられるようなコンテンツや発信は必要だなと思う。

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ー制度や法律って人を守るためにあるのに、人を守るために存在しているんじゃなくてそれらに従うことが正義みたいな、そういうところありますよね。

虎鉄:社会の縮図として学校とか会社があって、校則や社内ルールみたいなものがあるけど、今の法律と全く同じで結局その学校や会社を守るためのルールになっている。本来はそうでなくてそこに所属する人を守るためのルールであるべきなのにそうなっているっていうのはものすごく有毒的な状況だと思う。それに気付いて問題提起しないと結局有毒な社会の再生産に繋がってしまう。気付いた人のなかでできる人たちができるだけアクションを起こせたらいいなと思います。

Yuui:政治家というのは私たちの学級委員みたいな感じ。生徒会とかで話し合って決めてくれるはずなのに、りんご1個の値段や電車の初乗りの値段を知らないような人がルールを決めているっていうことに関して懸念しているし、偉い人たちが謝ることや約束を守ることができないっていう状態に対して「これおかしくない?」ってみんな感じていると思うんですよ。でもそれを感じても「難しいからいいや」ってなってしまうのであればその政治への壁を少しずつでも壊していけたらよりよい未来につながるんじゃないかなと思っています。

ー2人が期待する理想の日本社会はどんな社会ですか。

虎鉄:日本というところで見たときには日本に住む人たち、それは日本人っていう括りではなくて日本に住む全ての人たちの人権と選択がしっかりと守られて尊重される社会だと思う。じゃあヘイトに対しても尊重するべきだと言われるけど、ヘイトは誰かを排除する動きだから、それとの共存ではない。特権というものをなくしていく必要がある。特権をなくすことは今まで持っていた人たちの権利が奪われるわけではなくて、今権利を与えられていない人たちに特権っていう権利を配分する行為。全ての人たちに全ての権利が平等に与えられていることが理想かな。

Yuui:聞き入れてもらえない人や排除される人がいるっていうのはおかしい。例えば同性婚を例にすると、現状の政府みたいに「いやできません」ってすぐ断るのではなくて「じゃあどうすればいいか考えよう」っていうことができる社会がいいなと思っている。問題を「問題だからいらない」って言うんじゃなくて、「ちょっと難しいかもしれないけれど、考えようよ」ってポジティブに捉えていく。そういう社会が本当の民主主義だと思うし、個々の意見とか思いを尊重してもらえる国になってほしいな。

虎鉄:変化を受け止めて、共に考えていける社会だといいよね。変化や理解できないものを排除したいっていう気持ちは理解できるし自分にもある。そのときに受け入れることは難しいことだと思うから、とりあえず受け止めて「これどうしようか」って、自分も相手もしんどくない道を一緒に考えていくことができることが理想だよね。

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ー今月末の衆議院選挙はどうみていますか。

虎鉄:人権と環境問題に対してしっかりと施策に入れている人たちをもっと国会に連れていきたいという気持ちはあります。そしてそれは野党のなかから選ぶと思います。あとはできるだけ女性やセクシャルマイノリティなどのあらゆるルーツやアイデンティティを持った人を入れていきたい。かといって女性なら誰でもいいわけではないから、そのなかでその人が掲げている政策を見ていくつもり。でも同じ施策を掲げている男女がいたとしたら女性に入れるかな。それは国会のなかでの男女比を平等にしていきたいから。もちろん男女だけしか話されていない現状も問題だと思う。もしそれ以外のジェンダーマイノリティの人たちが出てくるのであればその人に入れたいなと思う。あとは政党で言ったら多分共産党に入れるかな。

Yuui:前回の都議会選が日本で初めての選挙で、そのときにご本人たちに会いに行った。実際に話してみると思っていた印象と違うこともあるので、今回も実際に会話して共感できる人、私たちの声を届けてくれるような人を選びたいと思っています。

ーどうやって本人に会いに行ったのですか?

Yuui:駅前には来ていることが多いので、わざわざ行くとか。あとは車を止めてもらってお話をしてもらうこともあります。それってすごく難しいけれど、候補者と直接話すっていうのが選挙の基本じゃないですか。今回はスケジュールが許すかぎりもっとお話をしてみたいと思っています。あと、虎鉄の言っていた通り、現状のマイノリティの声を聞いてくれる人がいれば絶対投票すべきだと思います。あと、私も野党の方に行くんだろうなとは思いますね。

虎鉄:今回、比例代表と小選挙区どちらにも出る共産党の池内さおりさんという方がいて、この方はずっとジェンダー平等やLGBTQのためのサポートなどを続けている方で、応援したいなとは思っています。

ー投票する人や政党を決めるためのポイントはありますか。

Yuui:全部を知ることって難しいことで、私はメイクさんなんですけどメイクを始めときにあれもこれもっていろいろやってみるけど難しいじゃないですか。だから私は「アイシャドウとアイライナー、ここだけは譲れません!」って決めていて。「全部分かっていないと投票にいけない」「選挙に行ってみたいけどどうしよう」みたいな、走る準備はできてるけどどっちに走ればいいかわからない人は自分のなかで大切なことを3個くらい決めて、そこを頑張っている人を応援するのがいいと思います。今の現状に満足していないんだったら「ここに入れない」っていうのは決まるかなと思います。

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Voices For Our Future 未来への声

10月31日は衆議院議員選挙の投開票日。
私たちの未来のために、私たちは声をあげる。
蔑ろにされてきた声に、命に、暮らしのために。
#未来への声 #voicesforourfuture1031 #vfof1031

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中里虎鉄(なかざと こてつ)

1996年生まれ。フォトグラファー、エディター、コンテンツ制作など、肩書きにとらわれず多方面に表現し続けたいノンバイナリーギャル。雑誌「IWAKAN」の編集制作も行う。NEUTで撮影を担当した記事などのページはこちら。▷Instagram / note

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Yuui Vision

Yuui Visionはニューヨークと東京を拠点とするメイクアップアーティスト。既存の美の枠にとらわれないクリエイションを発信。ファッションの仕事の傍ら、mutual aidプロジェクト「Community Fridge Tokyo」を運営するなど社会問題に取り組んでいる。▷Website / Instagram / note

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