「小人に対する固定観念を覆したい」。“小人バーレスク”として活躍する、ちびもえこが開いた新境地 |車椅子ジャーナリスト徳永啓太の「kakeru」 #004

Text: Keita Tokunaga

Photography: Rina Kuwahara

2018.8.29

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こんにちは、車椅子ジャーナリストの徳永 啓太(とくなが けいた)です。
ここでは私が車椅子を使用しているマイノリティの一人として、自分の体験談や価値観を踏まえた切り口から“多様性”について考えていこうと思っています。今回は、私の価値観と取材対象者さまの価値観を“掛け合わせる”、対談方式の連載「kakeru」の第4弾です。様々な身体や環境から独自の価値観を持ち人生を歩んできた方を取材し、Be inspired!で「日本の多様性」を受け入れるため何が必要で、何を認めないといけないかを探ります。

今回は「みせる」です。2018年1月からこれまでに7回、カワイイモンスターカフェで開催された“生き様ナイト”と題したバーレスクショー。そこで小人バーレスクとしてパフォーマンスをするちびもえこさん。前例のない小人バーレスクとして、人前で“見せる”そして“魅せる”ことをなぜやろうと思ったのか。これまでの経験や考えを本人にうかがいながら、彼女の魅力について紹介したいと思います。

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ちびもえこさん(左)徳永啓太(右)

▶徳永啓太のインタビュー記事はこちら

母親の固定観念を壊したかった

徳永:もえこさんのバーレスクを全て拝見し楽しませてもらってます。まずはご自身の経歴からうかがってもよろしいでしょうか?

ちびもえこ:私は軟骨無形成症*1の身体で生まれました。出身は秋田ですが、5歳から親の転勤で岩手に引っ越して高校生までを過ごしました。通っていたのは幼稚園から専門学校までみんなと同じ普通の学校です。中学校に入るまでは母親に「運動よりも勉強で頑張りなさい」って教えられていたのですが、こういう身体に生まれたことに私が劣等感を持っていると母親が思い込んでいたからそう言われていたのかなと思います。でも自分には「私って本当に運動できないのかな?」という疑問があったので、中学校ではテニス部に入りました。運動部に入ろうと思ったのは「私にもできることがあるんだよ」って母親に伝えたかったからです。今を思えば、人生で初めて固定観念を変えたいと思った相手は母親でしたね。

徳永:そうなんですね。それは興味深いお話です。ちなみにテニス部は身体のことを考えて入ったのですか?

ちびもえこ:そういうわけではないですね。 確かに首元を痛めるようなマット運動などはできないし、団体競技だとチームに貢献できないなと思ったので個人プレーで勝負できるものをと考えました。

徳永:なるほど、周りを考えて自分は何ができるか戦略的に考えるタイプなのですね。

(*1)骨の成長に関わる成長軟骨の異常により、低身長が引き起こされる難病。これを含む低身長をきたす疾患が広義に小人症と呼ばれている

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スタイリストを目指して上京

ちびもえこ:中学の頃からスタイリストになりたいと思っていて、高校はファッションコースのある学校を選びました。おしゃれに興味を持ち始めた頃、自分の丈に合った服がなかったり着たい服が着られないという現実を痛感し、この悔しさをどうやって昇華しようか考えたときに、世の中にある素敵な服や自分が着たいと思う服を自分以外の人に着せようと思ったのがきっかけです。そして18歳でバンタンデザイン研究所のスタイリスト科に入学しました。

徳永:専門学校に進むことを選んだのはやはり、ファッションが好きだったからですか?

ちびもえこ:好きでもあったけど中学のときに痛感した現実に対して見返したいという気持ちが強いかもしれません。ファッションも好きですが反発精神の方が強かったので職業にしたいと思いました。本当に好きなものに関しては受け身でいたいタイプですね。

徳永:そうでしたか。スタイリストは裏方のお仕事ですよね。今みたいに人前へ出るようになったのはいつ頃からですか?

ちびもえこ:2016年の夏ごろには本格的にスタイリストを目指していたけど、もしなることができなかったらどうしようと考えていました。 そのころ、今まで知ろうとしなかった、私と同じ境遇の方はどういうお仕事に就いているのだろうと想像を巡らすようになったんです。ネットで検索するとモデルやイラストレーターとして活躍されている後藤仁美さんのお名前が上がってきて、彼女が色々情報を発信していらしたので、そこで初めて同じ境遇の方について知りました。そこからNHKのバリコレ(バリアフリーコレクション)という身体障がい者をモデルとしたファッションショーがあることを知り、とりあえずやってみようと思い応募しました。それにモデルとして受かって表に出たのが一番最初です。その経験から小人をモデルとしたファッションショーをやっている海外のデザイナーさんからオファーがきたりしましたが、特に専門学校在学中はそれ以上表に立つことはなかったですね。

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徳永:これまで興味のなかった同じ境遇の人たちのことを調べて知って、何か感じたことはありましたか?

ちびもえこ:現実を知ったという感じですね。福祉を知ったというか社会はこういうふうに私たちを見てるんだという感想で、それ以上でもそれ以下でもないです。わざと避けていたというよりは私は何がやりたいとか、とにかく東京に行きたいなどそんなことばかり考えていたからかもしれません。

徳永:なるほど。ではモデルをやり始めた頃から表舞台を目指していたのですか?

ちびもえこ:いえ、在学中だったのでまずはスタイリストのアシスタントを目指していました。専門学校を卒業した以降もアシスタントになるため履歴書を出していましたが、うまくいかず本当に絶望していました。そんなときにインスタグラムで“スタイリスト募集”という情報を得てすぐにコンタクトを取りました。その募集をかけていたのは、ポールダンサーさんやドラァグクイーンさん、身体の一部が欠損している方や全身刺青だらけの方など様々な個性的な方をキャスティングしているオイプロというキャスティング会社のOi-chan(おいちゃん)という方で、のちに私をバーレスクへ誘ってくれた方です。それをきっかけにお付き合いが始まって、初めてお仕事としていただいたのは、2017年9月に行われた六本木アートナイトのオープニングを飾った蜷川実花さん演出の「TOKYO道中」でした。

自分の身体と向き合って初めて見えた道

徳永:色々お話を聞かせてもらいましたが、表舞台に立つ機会が増えたとはいえ、馴染みのないバーレスクをやることはとても勇気がいると思います。人前で脱ぐって誰しもができるパフォーマンスではないですよ。どんなきっかけがあったのですか?

ちびもえこ:すぐにバーレスクをやることになったわけじゃなくて、オイプロのお仕事のある撮影での出来事がきっかけでした。海外アーティストのミュージックビデオへの出演依頼があり、そこでダンスバトルをやってほしいと言われました。それまで私がやってきたのは、小人という、いちキャラクターとして出演することだったので「私がダンスバトル?」と戸惑いましたね。その場面は無事終えたのですが、やりきれていない感情が残ってしまって。実はその撮影のカメラマンがレスリー・キーさんで、有名な方が選んでくださっているのに何もできていないと感じて落ち込みました。ですがダンス撮影の後、出演者のソロ撮影があり私が一番最後だったんです。さっき感じたやりきれない思いや選んでくれた感謝の気持ちなど色々重なって、ソロ撮影は見よう見まねで全力で踊りました。そうするとスタッフさんや共演者の方皆が盛り上がってくれたんです。そして、その姿を見て私をバーレスクの舞台に立たせようと思ってくれたようです。

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徳永:なるほど、小人モデルという要素だけではなく、自分の身体と向き合ってできたパフォーマンスとが合わさって魅せれるようになったから今のもえこさんがあるということですね。レスリー・キーさんの撮影がなかったら今のもえこさんはなかったということですか?

ちびもえこ:そうですね。バーレスクは考えたことなかったですね。今を思えば自分の身体と向き合ったきっかけでもあります。これまで向き合ってこなかったので。バーレスクのイベントは私が出演する前からカワイイモンスターカフェであって、「そこに出ないか」とお誘いを受けて2018年1月から出演しています。オファーを受けたときはさすがに全部脱がないだろうと思っていましたが、結果脱ぎましたね(笑)

「小人バーレスク」という新たな表現

徳永:8月10日に行われた「生き様ナイト」で、7回目のバーレスクショーになりましたね。僕は最初に見させてもらったときにとても衝撃を受けました。小人バーレスクを見たことがなかったのもありますが、もえこさんの脱ぎっぷり、バーレスクらしい妖艶な雰囲気を醸し出していたことがとても新鮮に見えました。ご自身としてはいかがですか?

ちびもえこ:初めの頃はとにかく勉強でした。バーレスクの存在は知っていたけれど、これまで見たことがなく右も左もわからなかったし共演させていただくKUMI(くみ)さんとIG(あいじ)さんはプロのポールダンサーの方なので緊張もしました。KUMIさんから振り付けを一から教えていただいたり、衣装なども全てコスチュームデザイナーの方にお借りしたり、メイクも教えてもらったり、本当に周りの方のお力をお借りして立たせていただきました。また小人バーレスクを見にきてくださるお客さまの反応もわからなかったので、本番は教わったことを全力でやりきるのに徹していたんです。そうやって初回から3回目まではいわゆるバーレスクの王道の衣装だったり演出をやらせてもらいましたが、お客さまの反応も少しずつわかってきたところで私なりの表現ってなんだろうと考えるようになりました。その頃、もともと単独イベントではなかったこのイベントが単独イベントとして開催させていただけるようになり「生き様ナイト」として始まったのです。私の生き様とは、と考えるようにもなりましたし、そのタイミングで共演者のIGさんが「海外のテレビでバーレスクは少しの笑いが必要と言っていた」とおっしゃっていたんです。さらにその言葉を踏まえた上で、その頃バーレスク界の大先輩の方が定期的に開催しているイベントに呼んでもらって初めて自分の身内がいない空間でパフォーマンスする機会をいただき、リアルなお客さんの反応も感じました。そしてその時初めて生でプロのバーレスクダンサーさんのパフォーマンスを見させていただいたんです。本当に感動しました。何よりもお客さんが楽しそうでみんなが笑顔の空間でした。そんな様々な出来事が重なり価値観が変わり、自分のパフォーマンスでも取り入れようと思って、自分の身体を見て皆さんに笑ってもらえるような演出をしたこともありました。

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徳永:バーレスクから「笑い」を学んだというのはとても新鮮です。というのも、これまで小人プロレスをはじめ表舞台で活躍している小人の方は自分の身体的特徴を笑いに変えてパフォーマンスしている人が多いからです。滑稽に魅せることは悪いことではないと僕は思っていて、むしろ小人でしかできない表現でとても羨ましい部分でもあります。もえこさんの笑いを入れた演出を見たとき、その歴史を知っていたからだと思っていたのですが、バーレスクをやるなかで取り入れたものなんですね。

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生き様ナイトでのバーレスクショーでパフォーマンスをするちびもえこさん
Photo by o-ji

ちびもえこ:そうなんです。でもそれをやってからわかったことなんですが「笑いを自分から落としていくのではなく、1回目、2回目のようにバーレスクの高級感を出していったほうがいいかも」という意見をいただきました。そういうご意見は貴重で今後の参考にしているので、最近は笑いと高級感の狭間を狙っています。

徳永:そうなんですね。僕が最初の演出をいいと思ったのは笑いにしなかったからだと改めて思いました。小人の方が笑いを取るという表現はこれまでにもあって、もっと違う表現があってもいいと思っていて、それをもえこさんが行っていたので新鮮に感じました。

“かわいそう”ではなく、“羨ましい”と思ってくれたらおもしろい

徳永:学生生活からバーレスクになるまでを聞かせていただきましたが、きっかけがあったとはいえ、なかなかできることではないですよね。もえこさんはとても強いなと感じました。

ちびもえこ:鉄の心とよく言われます(笑)私は背が小さいので物理的に見下ろされることが多いので、それが自然と負けたくない心を作っているのじゃないかと思います。これに気づいたきっかけはIGさんの言葉でした。「もえちゃんはこれまでこの身体でいろんな経験をしてきて、傷ついたことも嫌な思いをしたこともあると思うけど、その想いを誰かを傷つけることで昇華せずに溜めてきたから今、バーレスクという手段で発散できるパワーがあるんだね」と言っていただけました。普段感じていることを言語化してくれたようでとても腑に落ちています。

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徳永:表舞台に立つことで誰かに影響を与えることが増えてきたと思います。今だからこそ聞きたいのですが、世間や同じ境遇の方に伝えたいことはありますか?

ちびもえこ:小人に対する固定観念を覆したいですね。この身体で生まれたことをかわいそうと思われがちだと普段から感じています。私がバーレスクとして脱ぐことでこの身体を見て欲しいというよりは、この身体でしかできない表現があると思っていて。“かわいそう”ではなく“羨ましい”と感じてくれたらおもしろい世の中になりそうですよね。なので同じ境遇の方だけじゃなくて世間一般に向けて発信したいと思っています。

徳永:今回私の意見だけでなく、パフォーマンスを見ていた観客や関係者の方にもえこさんについてコメントをいただきましたのでご紹介いたします。もえこさんの固定観念を覆したい気持ちが伝わっているようです。

・もえちゃんの素晴らしいところは小人で生まれてきたことですね。それと彼女はすごくポジティブでいつもパワーをもらっています。

・ショーに登場しただけで他にはないものをもうお持ちです。私はいわゆる一般の体型をしているから身体一つで魅せれるかと言われればできないので、もえちゃんの存在はずるいなと、もちろんいい意味で武器だなと思いますね。

・回数を重ねていくことに色気が出てきて素敵です。友達を連れてきたことがあるのですが、もえちゃんの方がよっぽどバーレスクだと言っていました。もえちゃんの良さは初めてバーレスクを見る方でも楽しめると思います。

・もえちゃんは「なんでこの身体なんだろう」じゃなくて「むしろこの身体を選んで生まれてきたのよ!」って気持ちで踊ってます。見た目は最初だけであとは中身なので今後ともよろしくね!

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2020年以降は、どうなるのか

インタビューを通じてもえこさんの力強さを感じました。バーレスクは男性のための大胆な露出やパフォーマンスと思われがちですが、歴史を調べてみると、画一的な女性の美について問い直そうとする側面もあるようです。さらに1990年以降のバーレスクシーンでは様々な体型の女性が現れたようで、彼女たちの活躍は同じ女性としての自信を見せるものや自己表現として披露されてきたらしいのです。(参照元:BBC, HUFFPOST)。そこにはパフォーマーとしての社会に対する反骨精神が感じられ、ちびもえこさんと重なる側面もあるのかなと思います。

またこれからのことについてお聞きしていたところ「2020年(のオリンピック・パラリンピック)があるまでの勢いみたいなものを感じます。世の中が求める一つの要素として『小人症』が注目されているのかなと思うこともあります」という話題になりました。それは多様性を求めながらもマイノリティを個人と見ているわけではない現在の日本では、「小人」にカテゴライズされたなかの一人と感じてしまう時期であるからかもしれません。実際私も車椅子に乗っていてそう感じることがあります。2020年以降も彼女を含めマイノリティの方の活躍できる場を作り続けるには、日本が変わろうとしている今をいい機会として、新しいことに挑戦をしながらも地道に土台を作っていく必要があると感じます。今後ももえこちゃんの活躍に期待したいです。

chibiMOEKO(ちびもえこ)

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1995年、軟骨無形成症として生まれる。持ち前のお尻とスーパーO脚を生かして2017年パフォーマーデビュー。2018年に日本人初の小人バーレスクダンサーとしてデビュー。
小人シーンを盛り上げるべく活動中。

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Keita Tokunaga(徳永 啓太)

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脳性麻痺により電動アシスト車椅子を使用。主に日本のファッションブランドについて執筆。2017年にダイバーシティという言葉をきっかけに日本の多様性について実態はどのようになっているのか、多様な価値観とは何なのか自分の経験をふまえ執筆活動を開始。

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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