日本の「学歴社会」を塗り替えるイギリスの新たな「学歴」の作り方

2017.3.27

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「お金を払うから単位が欲しい」

学生時代、卒業するための単位が足りず、ふとこんなことを思った経験がある人は少なくないのではないだろうか?しかし実は今、「お金」も「単位」も同時にもらえる制度がイギリスで登場し、若者に大人気なのだとか?

親子で連鎖する格差

近年、日本では「学歴の時代は終わった」「今は学歴なんて関係ない」というのを耳にする機会が増えた。しかし、親の学歴や所得格差によって生じる「親子間連鎖」は未だ問題視されている。

厚生労働省が発表した平成28年度の賃金構造基本統計調査の結果によると、最終学歴で比較する月収の差は大卒の初任給の平均が20万3400円に対して高卒の平均は16万1300円と約4万円の差。一番差の大きい50〜54歳の平均月収では大卒が53万5200円なのに対し高卒が34万7000円と約20万円の差がある。(参照:厚生労働省

この結果からわかるのが、学歴格差がそのまま家庭の経済格差へと繋がっていくということ。そして、その経済格差が「塾へ通わせる」「大学に進学させる」など、子供の教育機会にも格差を生み、そのまま子供の学歴や所得の格差へと連鎖しているということだ。

日本だけでなく世界各地で起こっているこの“負の連鎖”を断ち切るべく2015年にイギリス政府が大学や企業と協力し、画期的で新しい学歴の作り方を導入した。それが「ディグリーアプレンティシップ(Degree Apprenticeships)」だ。この制度は開始後わずか1年で参加者が約6.5倍にまで急増した。

働いて学歴を作る「単位」x「見習い制度 」とは?

「アプレンティシップ(Apprenticeship)」とは直訳すると「見習い制度」。日本でいうインターンシップのような制度で、北欧スウェーデンを中心にヨーロッパで広く推奨されている職業教育の一環である。

この「見習い制度」をより高水準な教育と実践的な職業訓練を同時に受けることを目的とし発展させたのが、2015年にイギリスで開始された「ディグリーアプレンティシップ」。この制度では大学と企業が共同で作成したカリキュラムの元、学生が文字通り「見習い」として実際の会社で働きながら学士号もしくは修士号を取得し、大卒(院卒)と同等の学歴をつけることが可能なのだ。(参照:Prospects

制度が始まった2015−2016年度のコース登録者数は640人だったが、今年2017−2018年度の登録者数は現時点で4,850人にも登り、わずか1年で約6.5倍に増加した。(参照:Huffingtonpost)

学位とお金を同時にゲット

ディグリーアプレンティシップの最大の魅力は、学生側に学費を払う必要は無くむしろお金がもらえるという点。この制度では、学位取得のための学費は政府と受け入れ企業により折半される仕組みになっており、学生側は制度に対しお金を支払う必要はない。また、見習いとしての就労にはきっちりと賃金が支払われるため、高額な学費や学生ローンによって生活が圧迫され、悩まされることもないのだ。

基本的に対象者は高校を卒業したばかりの18〜19歳。その中でも特に経済的に高い大学の学費を払えない若者だが、16〜18歳の生徒が応募することも可能。

1〜6年間、週最低30時間は企業のためにトレーニングを受けながら働く。そのかたわらで無料で、パートナーシップを結んだ大学機関の学士または修士レベルの教育を受けることができる。自宅学習や、オンラインでのコースなど、それぞれのライフスタイルに合った形の学習を受けられるのも有難い。ちなみに在学中は、大学生ではなく社会人と見なされる。

元々、経済的な問題で進学を断念した若者が、大学や大学院などの高等教育と同等の学歴を得ることで、就職の幅を広げることができるようにと政府によって作られらたこの制度だが、今では労働力不足の企業と、よりレベルの高い就労訓練を望む若者の増加が相成り、これまでの「型にはまった授業」ではなくこの「学びながらお金を稼ぐ制度」を選ぶ若者が増えているのだ。

現在この制度では航空宇宙工学から建築、PRなど技術職からサービス業まで13の職種から選択が可能で、自動車メーカーのBMWやデジタル産業の富士通などの大手企業も受け入れ企業として参加しており、今後選択できる職種や参加企業の数はさらに増える見込みである。(参照元:Prospects

UCU(University and Collage Union)によると制度への関心が急速に高まったことにより企業側との間で懸念すべき点も出てきているが、「急速な広がりによる制度の質の犠牲はあってはならない」という理念の元、教師たちがしっかりと発言権を持ち制度の水準や適性の構築に力を注いでいく方針だ。(参照:ProspectsHuffingtonpost) 数年後にはこの制度により学位を取得した人々が社会人となり新たらしい形の「学歴」が社会に登場するのだ。

「学歴社会」をチャンスに

もちろん人を判断するにあたって「学歴」とはその人のことを知るための要素の一つだ。最終学歴が「大卒」「院卒」であれば入学するため、卒業するために努力をした事実は確かにそこに存在する。さらに限られた期間の中で多くの候補者を選考しなければいけない日本の新卒一括採用では、企業側が学歴によって候補者に優劣をつける事は効率性などを考慮するとやむおえない。また、職歴の無い若者から学歴を差し置いて人柄やポテンシャルだけにかけて採用する事は企業にとっては大きなリスクとなりかねない。採用側にとって「学歴」は合理的な判断を下すための指標となるのだ。

しかし、得られなかった「学歴」の裏にもそれぞれが抱える事情があることも忘れてはいけない。2014年にあしなが育英会が高校奨学金を貸与している3,543人の高校生を対象に実施したアンケートによると、高校卒業後の進路希望は、「大学・短大進学」41%「就職」30%「専門学校進学」20%、「未定」9%。就職希望者の理由は、進学したいが「経済的にできない」29%、「家計を助けなければならない」7%で合わせると36%にも及び、金銭的な事情で将来への道が狭められてしまう若者がたくさんいることが分かる。(参照:あしなが育英会

「学歴がない」からと言って切り捨てるのではなく、経済や教育の格差に左右されることのない個人の才能や特技を活かすことができる革新的な教育制度「ディグリーアプレンティシップ」の導入が、これまでより多くの人々が活躍出来る社会を作るための突破口になるに違いない。学歴社会を「崩す」のではなく、「乗り越える」という新たな発想が人々の可能性を大きく広げ、より多様性のある社会へと導いてくれるのではないだろうか。

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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