「味の素グループって農業にも貢献しているの?」柴田 紗希がひも解く“再生農業とわたしたちの未来”

Text: Ayako Morioka

Photography: Goku Noguchi unless otherwise stated.

Edit: Jun Hirayama

2026.1.22

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私たちの日常で見かけない日はない、といっても過言ではないうまみ調味料「味の素」。これがあれば安心と思わせてくれるこの調味料は、日本にとどまらず、世界中のキッチンにそっと寄り添う縁の下の力持ち的な存在だ。

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「味の素」商品写真

そんな「味の素」は、1908年に科学者・池田 菊苗(いけだ きくなえ)博士が、昆布だしに含まれるうまみ成分がグルタミン酸であることを発見したことから始まる。日本の発酵技術を最大限に生かした製法で、うま味成分を抽出して作られる「味の素」。その背景には、栄養不足が社会課題となっていた当時の日本で、日本人の栄養状態を改善したい、という博士の切実な思いがあった。

「味の素」の原料となるのは、サトウキビ、キャッサバ、トウモロコシといった農作物。事業を展開する国で「味の素」を作るため、原料となる農作物を安定的に生産できる、健全な農業の実現に取り組んでいる。また、「味の素」の製造過程で副生物として出る栄養豊富な発酵液を肥料や飼料として活用する「バイオサイクル」という取り組みも行っている。副生物を活用して持続的で健全な農業を実現する——その活動は、「味の素」のサプライチェーンの枠を超えて、世界中の農業現場へと広がりつつある。
単なる製品作りではなく、気候変動への対応や食資源の持続的な確保、生物多様性の保全など、私たちが生きる現代の社会課題に向き合う味の素グループ。実際にはどんなことをしているのか。モデルの柴田 紗希(しばた さき)氏が実情を探るために味の素本社を訪問し、サステナビリティ推進部の澤 健介(さわ けんすけ)氏に話を聞いた。

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左:柴田 紗希(しばた さき) / 右:澤 健介(さわ けんすけ)

世界の農業現場に広がる、100年の研究成果が詰め込まれた「アミノサイエンス

柴田 紗希(以下、柴田):味の素グループは農業にも携わっていると聞きました。私も普段小さな畑で野菜を育てていますが、味の素グループの活動と農業はどのような繋がりがあるのか想像もつきません。どんな取り組みをされているのでしょうか?

味の素株式会社 澤 健介(以下、澤):味の素グループでは原料となる農作物を、各国の工場や農家と連携して調達しています。生産現場の状況や課題は国や地域によっても異なるため、より良い品質と安定した生産を目指して「ともに育てる」という意識を持ち、現地の方々とコミュニケーションをとりながら進めています。

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タイの農家に土壌診断の結果や適切な栽培方法を説明する様子

柴田:そもそもですが、「味の素」は農作物からできているんですね!原料調達のために農業にも関わっているんですね。

澤:農業に関わる理由はそれだけではありません。地球環境の限界が迫る中、持続可能な農業システムを実現する必要があります。そのために味の素グループに何ができるかを考え、出した答えの一つが「アミノサイエンス」の活用です。

柴田:アミノサイエンスとは何でしょうか?

澤:アミノサイエンスとは、「味の素」の成分であるアミノ酸のはたらきに徹底的にこだわった研究や実装化のプロセスから得られる、多様な素材・機能・技術・サービスの総称です。アミノ酸は、人の筋肉や骨、皮膚を作るだけでなく、ホルモンや酵素、抗体、神経伝達物質の材料でもあります。これは人だけでなく、植物や動物など、地球上すべての生き物にとっての「いのちのもと」なんです。そんなアミノ酸を用いて社会課題を解決する、味の素グループ独自の科学的なアプローチのことを指しています。

柴田:いのちのもと!なんだか希望がもてますね。

澤:そうなんです。実際に、アミノサイエンスを活用した取り組みを様々な形で展開しています。

まずは、アミノ酸製造の過程でできる栄養豊富な副生物を農業資材として循環活用する持続可能な「バイオサイクル」の取り組みです。例えば、タイの「Thai Farmer Better Life Partner Project」では、キャッサバのサプライチェーンに着目し、農業の生産性向上や農家の自立化支援を目指しています。キャッサバ農家に副生物を栄養成分として利用していただくだけでなく、栽培知識の基礎教育や、土壌診断による適切な施肥管理、病気に感染していない種茎の提供などを行っています。2020年にプロジェクトを開始して以降、2025年3月現在、約4000農家に参加していただき、キャッサバの収量が平均で30%以上増加。農家の生産性や収入も向上しています。

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「Thai Farmer Better Life Partner Project」の圃場の様子

柴田:アミノ酸が農作物の成長にも役立っているんですね!

澤:次に、味の素グループが取り組む「バイオスティミュラント」という農業資材もあげられます。バイオスティミュラントとは、植物が本来持っている自然な力を高め、高温や低温、干ばつなどのストレスを軽減し、生育、収量、品質を向上させる働きがあります。アミノ酸などの発酵微生物由来の成分や、天然抽出物などのナチュラルな素材を配合して作られています。植物の力を最大限に引き出すためのものであり、農薬でも肥料でもない、例えるなら、人間でいうところの“サプリメント”のような存在です。

味の素グループの調査では、バイオスティミュラントを作物に与えることで、収量が向上すると同時に、栽培に使用する水や、化学肥料の削減を確認しています。また、小麦のたんぱく質含量、パプリカのビタミンC、トウモロコシのでんぷん含量などを増やす効果も確認しており、作物の高品質化が期待されます。

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植物の根の発達をサポートする「アグリフル」。土壌環境を改善し、肥料成分の吸収を高め、環境ストレスに強い植物体を作ります。

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「アグリフル 」の処理区との比較写真。その後の生育に差が出ており、生育ムラが少なく生育良好。

柴田:なるほど。農業は環境負荷が高い産業のひとつだと聞きますが、その負荷を減らすだけでなくプラスにするための取り組みなんですね。

澤:そうなんです。農業に携わっていると気候変動や土壌の劣化を肌で感じられると思います。この地球環境を、未来の人々により良い形で繋いでいく必要があります。味の素グループも、環境負荷の削減や気候変動への適応に全力で取り組んでいます。その取り組みの一つが「再生農業=環境再生型農業」です。

土壌の健康を回復させ、生物多様性を豊かにする「再生農業」への挑戦

柴田:再生農業は、最近世界的に注目されている農業のアプローチですよね。地球にとって、とても大事な考え方だと思います。

澤:まさに。再生農業は、土壌の健康を回復させ、生物多様性を豊かにし、その結果として気候変動の緩和にも貢献します。例えるなら、病気にならないように予防するだけでなく、より健康で元気な体を作っていくイメージです。

柴田:このようなアプローチが生まれたのはどうしてなのでしょうか?

澤:地球環境が限界を超えつつあるからです。気候変動や土壌の劣化が進む中、このままでは将来の食料生産が危ぶまれています。農業分野は世界の温室効果ガス排出量のおよそ2割を占めると言われていますが、一方で土壌には大気中のCO₂を炭素として貯留する力もあります。

再生農業を実践することで、土壌に炭素を蓄積し、気候変動の緩和に貢献できます。また、土壌の健康を回復させ、長期的な生産性の向上にもつながります。再生農業は、自然の働きを生かした農業であるため、土壌の保水性や生物多様性の回復も期待されています。地球環境の変化によって農業が年々困難になる中で、農家の生産性や経済性の改善にも寄与する——それが、再生農業の目指す姿です。

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柴田:気候変動の影響で農業は年々困難なものになってきていることは、今年私の畑でも思うように野菜が収穫できなかったので、なんとなく実感があります。再生農業では、具体的にはどういうことをするのでしょうか?

澤:地域や栽培する作物によって導入する農法も異なるのですが、例えば、土壌耕起の最小化、被覆作物の活用、多様な植物の栽培、有機肥料の活用などがあげられます。

畑の耕起を最小限にすることで、土壌中の炭素の放出を防いで土壌構造を守ることができます。また、カバークロップという被覆作物を植えることで、土壌の露出を防ぎながら土壌侵食を抑制し、有機物を増やしたりもできる。さらには、多様な植物を植えたり輪作することで、土壌の栄養バランスを保ち、病害虫の発生を抑制することも期待されます。他にも、化学肥料ではなく堆肥や有機肥料を使うことで、土壌中の微生物を豊かにして土の健康を保つことができるんです。

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有機物が豊富に含まれた土壌の様子。湿り気があり、匂いを嗅ぐと複合的な土の香りがする。

味の素グループでは、自社サプライチェーンへの再生農業の導入を見据え、各地で実証試験を進めています。

例えばブラジルでは、味の素AGF㈱がコーヒー農園における再生農業の小規模実証を2025年から開始しました。有機肥料やカバークロップの活用に加え、森林再生にも取り組み、土壌・水資源の保全と環境負荷の低減効果を検証しています。森林再生とは、コーヒーを栽培しながら農地の周辺に木を植える取り組みのこと。風が強い地域では、コーヒーの花が風で飛んで収量が下がってしまうことがあるのですが、木を植えることで防風林の役割を果たしてくれます。また、乾季に備えて周辺に貯水池を作りますが、池の周りに木を植えることで、木の根が土壌構造を改善して水分を保持してくれます。このことで、乾季においても地下水を通じた穏やかな水分補給が持続されます。

このように畑の土壌改善だけでなく、農地の周辺環境を整えるなど、より広い視野での環境保全も重要な役割を担います。

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ブラジルのコーヒー農園の様子

柴田:なるほど、周辺環境を整える取り組みも広がっているんですね。私が関わってる畑でも、多品種の作物を植えることで生態系を保つ取り組みを行っています。再生農業は生産規模にかかわらず、誰しもが取り組むことができそうですね。最近は日本でもゲリラ豪雨や台風などが増え、洪水災害が問題にあがっていますが、災害対策も含めて、畑だけでなく周辺地域や流域全体での連携や配慮が必要だと感じました。

原動力は「未来の子どもたちに豊かな食文化を届けたい」という思い
豊かな食文化を実現するために、今私たちができること。

柴田:味の素グループの取り組みについて伺ってきましたが、澤さんご自身の取り組みについても聞かせていただけますか?

澤:私は味の素㈱に入社する以前に、多様なキャリアを経験してきました。幼い頃から自然や植物に興味を持ち、大学の時は農学部で品種改良や栽培学を学びました。卒業後は新卒で種苗メーカーに就職して、研究農場や国内外の生産現場で、実際に自ら農作業に携わり、作物の品種改良や種子を生産する仕事に関わってきました。

その中で学んだことが3つあります。まず1つ目は、植物の基本を深く理解すること。植物の生理生態を理解して、植物自身の可能性を引き出すことは、気候変動など環境変化が激しい時代の、これからの農業においてとても重要です。

2つ目は、農家の視点を理解すること。生産計画上はうまくいくはずでも、現場に行くと想定外の課題が出てくるケースは多々あります。実現のためには、現地の方々と協力が欠かせません。そのためには、実際に足を運び、ともに作業を行いながら、相手の考えや苦労を理解することが重要です。

3つ目は、長期的な視野。作物の品種を作ることだけでなく、農業という営み自体が1年や2年で完成するものではありません。忍耐強く試行錯誤を繰り返しながら理想の形に近づけていくプロセスは、現在の持続可能な農業への取り組みにも通じています。

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種苗メーカー時代に、イタリアの産地を5年間担当。数百の農園を訪問し農家と対話。現場に入り込み信頼関係を構築する重要性を実感。

柴田:なるほど。現場では、人と人との関係性づくりも大事ですよね。一筋縄ではいかないことも多そうですが、現場に入り込んできた澤さんのこれまでの経験も生かされそうです。そのモチベーションはどういうところから生まれてくるんですか?

澤:未来の子どもたちに豊かな食文化を届けたい、という想いです。食の未来を考える時には、生物多様性が重要になると思っています。生物多様性とは、地球上の多様な生物とそれらのつながりによって形作られる健やかな生態系のことです。これは私たちの食文化と深く結びついています。

多様な作物品種があるからこそ、地域ごとの気候や土壌に適した農業が可能になり、多様な食材が生まれます。いろんな昆虫がいるからこそ、受粉が行われ、果物や野菜が実ります。健全な土壌には無数の微生物が生息し、植物の成長を支えています。海の生態系が豊かだからこそ、多様な魚介類が食卓に並びます。つまり、生態系が失われると、私たちの食文化も失われてしまうのです。未来の子どもたちに豊かな食文化をつないでいくためには、生物多様性を守り、回復させることが不可欠なのです。

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ラオスの少数民族が住む村に訪れ、子供達と共に過ごした一時。現地の人々の暮らしの中で食文化と生態系の豊かさを体感。

柴田:私も東南アジアやヨーロッパなどいろんな国や地域を旅するのですが、その地域ならではの食文化にいつも感動します。少数民族が住む村を訪れたこともありますが、食卓に並ぶものは自然の恵みばかり。その地域の生態系の豊かさを実感します。

澤:同じ国でも、ひとつ山を挟めば全く異なる食文化になる。食文化はそこに育まれてきた自然の恵み、つまり生態系を反映しています。世界31の国と地域で製品を展開する味の素グループは、原料調達から製造、販売に至る事業活動全体において、生態系に大きく依存しています。私たちは事業を継続させるためにも、生物多様性への影響を低減し、地球環境を守っていくことの重要性を深く認識しています。

そして、環境負荷の削減や気候変動への適応を実現するには、私たち味の素グループだけの力では成し得ません。アミノサイエンス®という独自の強みを活かしながら、農家や企業、行政、研究機関、そして消費者の皆さまと力を合わせることで、初めて持続可能な農業の未来が切り開かれるのだと確信しています。

柴田:おいしさを通して生物多様性を育んでいく姿勢に、とても共感しました。私たち消費者が日常生活の中でできることはありますか?

澤:やっぱり、一回体験することですよね。土や植物、生態系のことは実際に触って感じてみるのが大切だと思います。そして一度野菜を育ててみることで、食べ物がどこからくるのかを肌で実感できます。シェアファームや農業体験など、最近は都会に住んでいる方もアクセスしやすい形で開催されているので、皆さんにもぜひ参加してみていただきたいです。

他には、持続可能な認証マークがついた商品を手に取ってみるとか、WEBサイトなどの情報をもとに再生農業や環境負荷削減に積極的に取り組んでいる企業の製品を選ぶのもいいと思います。そうした消費行動は実践している企業にとっても大きな励みになりますし、環境配慮の取り組みを加速させる原動力になります。

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柴田氏が通う東京都あきる野市の畑にて。週末に訪れて農作業を行う中で、食に興味を持ったといいます。

柴田:私自身、自然の中に身を置いて土を触っているだけで、心が豊かになるような気がします。次世代のみんなが豊かな食文化を享受できるように、ひとつひとつ意識して心地よい選択をしようと思います。食べ手である私たちも含めて国境を超えて皆で手を取り合い、未来に向けてより良い地球環境を残していきたいですね。

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味の素株式会社 澤 健介

コーポレート本部 サステナビリティ推進部 環境グループ マネージャー
農学部を卒業後、一貫して食農領域の事業に従事。種苗メーカーで研究開発、自動車メーカーで新規事業開発、農林水産省で産学官連携の支援を経て現職。多角的な立場から農業の発展に取り組んできた経験を活かして、未来へつなぐ持続可能な農業の実現を目指す。

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柴田 紗希

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雑誌「mer」のモデルとして活動をスタートし、自己プロデュースを軸に活動の幅を広げてきた。旅を通じて心を動かすことを大切にしており、特にラオスやネパールの少数民族の方々との交流で多くの出会いと学びを得た。昔から自然が好きでここ数年では、畑をするようになった。現在は、肩書きにとらわれずより自由に自分らしい表現を追求している。

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