「広告やクライアントへの媚びばかりで読者への誠意がまるでない」。ラッパーデビューも果たした24歳の編集長 歌代ニーナが“臭いものにする蓋を取る雑誌”を創刊した理由

Text: YUUKI HONDA

Photography: KOTETSU NAKAZATO unless otherwise stated.

2018.12.12

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アートとファッションの世界で確固たるスタイルを貫き、スタイリスト、エディター、ライターとして活躍してきた歌代ニーナ(うたしろ にーな)。

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今春にはインディペンデントマガジン『PETRICHOR(ペトリコール)』を刊行。「臭いものにする蓋を取る」スタンスで作られた誌面は方々で反響を呼んだ。

加えて今冬にはラッパー『Thirteen13(サーティーン)』としてデビュー。全編パンチラインという挑発的な歌詞構成も相まって、処女作にしてさらりと聴き流せないほどのインパクトと異彩を放っている。

さまざまな顔を持つ歌代ニーナとは何者なのか。その答えは誰も知らず、実像を捉えられず、曖昧なまま。本人でさえよくわからないという。

「私、インスタは虚像でしかないという認識なんですけど、そこだけでレッテルを貼られがちで謎」

そんな彼女の知られざる過去と未来――『PETRICHOR』『Thirteen13』――について聞いた。

アイデンティティと現実逃避、バレエと乗馬、祖父の遺言

日本人の母とドイツ人の父との間に生まれた彼女が幼年期を過ごしたのはニューヨーク。現地で出会い、そのまま結婚した両親の意向もあって、アメリカの市民権を取得後、日本に帰国。以後、幼稚園から高校までを日本で過ごした。

しかし多感な時期を振り返ってみても、「友人と遊んだ記憶はほとんどないし、とくに友達を欲してなかった」。彼女が幼い日々の大半を捧げたのはバレエだった。

バレエって芸術性以前にリアルに体を痛めつけるほどの努力が求められるから、生半可な覚悟じゃお話にならないんです。これが私には合っていたんだと思う。派手な服やメイクが好きなのもおそらくここからきてるし。バレエが私のアイデンティティを形作ったと言っていい。

バレエに求められるストイックさが彼女の“ものごとを突き詰める性格”を作ったのか、はたまたそれは生来のものだったのか。とにかく彼女にとってバレエはなくてはならないもので、それは「今考えると現実逃避のツール」だった。

ハーフというマイノリティらしくて、人間としての前に女の子という枠に入れられて、愛せない父親との向き合い方が分からなくて…そういう『歌代ニーナ』っていう物語というか、自分に与えられたアイデンティティから逃げてた気がする。自分の人生に違和感を感じてしまって、何もかもが腑に落ちなかった。バレエで誰かを演じることでファンタジーを生きてたんだと思います。

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そうした心境と、「結果を出して初めて結果が大事じゃなくなる」という母の教育方針もあり、勉学もバレエも突出した成績を残し続けていた彼女だが、6年生から中学1年生の頃に限界を迎え、精神的にも肉体的にも崩壊した。

そんなとき昔馬に乗っていたお爺ちゃんの勧めで始めた乗馬が効果てきめんで、いつの間にか見える世界が変わってました。アニマルセラピー*1ってやつですね。でも、そんなことに関係なく乗馬自体にその時ハマって、今も続けてます。

(*1)動物と触れ合うことで精神的、身体的な機能の改善を図り、生活の質の向上、または特定の病状からの回復を目指す療法

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また、自らを「お爺ちゃんっ子」だと言う彼女にとって、祖父の存在は、後の人生をも大きく左右するものだった。

お爺ちゃんは昔ジバンシイで働いていたんですが、事情があって仕事を辞めざるを得なくて。それがかなり悔しかったんでしょうね。今際の際に「ニーナちゃんにはアートの世界に進んでほしいな」と言われて。当時はバレリーナの道が閉ざされたばかりで、シャネルのスーツを着た弁護士になろうと思ってたんですけどね。最後にそう言われて、わかった、って。

そんな折に合わせたかのように母が渡米を決め、彼女も再びアメリカに居を移すことに。「まあちょうどよかった」と、高校生の半ばから大学卒業までをアメリカで過ごした。

「誰も死なないんだからもっと自由にやれば?」

アメリカで美術史に加えてジャーナリズムを学び、ファッション業界に足を踏み入れ、20歳で帰国。「いつか雑誌を作ってみたかった」という思いもあり、編集プロダクションにアシスタントとして入社。以来クリエイティブなフィールドで、多方面で表現活動に携わってきた彼女のモットーが、「誰も死なないんだからもっと自由にやれば?」。

お金が大事なのはわかるけど、クライアントや広告のことばかり考えて、読者への誠意がまるでない。それでお金もらっていいの? 私たちの仕事は誰かの命を左右するんじゃないんだからさ、もっと自由にやればいいじゃん。それがアートの美学でしょ?

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いわく、「詐欺ばっかり」なメディアの裏側に対する怒りや嘲りを詰め込んだ「PETRICHOR」の反響は、皮肉にも編集業界からも多く届いたが、特に注目を集めたのが、巻末に見開き2ページに渡って掲載された“EPILOGUE(エピローグ)”という名の独白だった。

あそこに3500円の価値があると思ってます。誰もが心の開き方を忘れた今、無造作に心のうちをさらけ出すのは怖いことでもあったけど、メディアの仕事は先に一歩進むことだと思うから。

誌面の終盤に突如表れる“歌代ニーナの今”を真正面から書き綴ったむき出しの思い。そこに何かを感じた読者からの連絡が、今もたびたび送られてくるという。

『PETRICHOR』次号のテーマは“大人と子供のパラドクス泥沼劇”。「みんなが見たくないもの見せちゃいます」とのこと。

「今の日本のラップはとくに聞かないし、たまに耳に入ってくるものには共感も憧れもしない」

自身予想だにしていなかったという『Thirteen13』としての活動については、プロデューサー何人かに誘われたり勧められたりしはじめたのがきっかけ。だが、最初は全く興味がなかったらしい。

「今の日本のラップはとくに聞かないし、たまに耳に入ってくるものには共感も憧れもしない」という話をプロデューサーにしたら「それでいい。それが面白い」と切り替えされ再考。

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『PETRICHOR』刊行後、自らのうちにある表現や声を上げることへの熱源を自覚したこと。“ドラッグ”や“セックス”というマスの世界では伏せられがちなものごとも、ラップという表現方法であれば違和感なく触れられること。そして、楽曲やPVなどの作品において、スタイリストやライターと違って主導権を握れること。この三つが後押しとなり、結果的に「まあなんかウケるかな」ってなわけでデビューが決定。

これが今年半ばの話で、先日にはPVが公開されるというスピード感。“バックグラウンドがない”なんていう反感も予想されるが、それに対しては「有無を言わせない本質があればいい」と気負いない。

表舞台に対する憧れがないし、人に好かれたいとも嫌われたいとも思わないからマイクを握ろうという発想がなかったんですが、そういう流れが来たときに、私の物語の1章としては面白いかなって(笑)。でも私だけじゃなくて人様の労力と時間が関わってるし、適当は人生の無駄。だから半端にはやらない。本気でやる。雰囲気だけも本質だけもダサいからどっちも手は抜かない。ラップでもマガジンでもなんでもいいけど言いたいことはあるから。

収録の際に気を失うほどの熱量で作られたEPはすでにリリース済み。また、来年からライブ活動を控えており、目下準備中とのこと。自ら“理解ができない”と評した場に黒船がごとく乗り付ける彼女のリリックに要注目だ。

大人の義務、アートの役割

自身について、『PETRICHOR』について、『Thirteen13』についてと、さまざまな話を伺った中で一番印象的だったのが、ある女の子について、彼女が嬉しそうに語る言葉の数々だった。

年に数回、カウンセラーとして通っている乗馬クラブでこの夏出会ったというその女の子は、「すでに真実在が見えている子」で、世の中の綺麗事に対して感じるむず痒さにいつも「私がおかしいのかな?」と思ってしまうらしい。感性が鋭く、誰かがずるい物言いをすると「なんで嘘を言うの?」と大人の浅慮をあっさり見破る。今はどこに行っても「疲れてしまう」。

そんな女の子に対して彼女は、「絶対に普通ではない。そしてこれから色々なところで普通を押し付けられてつぶしにかかられるから、こういう子は誰かが光らせないといけない」と言いこう続ける。

だからその子に次の『PETRICHOR』のページを割きました。彼女の描く絵と物語、ヤバいんですよ。6ページあげてテーマを伝えて、好きなこと書いてってお願いしました。だって、そういうのがアートの役割じゃないですか。ま、私も私の雑誌もすごい知名度やパワーを持ってるわけでもないから、どこまで力になれるかはわかんないけど。でも、私たちが次の世代をちゃんと育てなきゃいけない。自分の声を見つける環境を作ってあげないといけない。これは大人の義務だと思います。

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派手なビジュアルと発するメッセージで誤解されがちだが、歌代ニーナの本質は“自分に嘘をつかない”ところにあるのだと思う。はっきり物を言い、物事に真摯に向き合い、子どもであろうが半端な態度では付き合わない。

やるなら本気。妥協はしない。議論は待たずに即行動。

本質って形になった瞬間に消えちゃう。そのあと空っぽの器が一人歩きする。だから私、形や伝統のあるものを理解して、その解釈を壊すのが好きなんです。伝統って素敵だし奥が深いからリスペクトするべき。だからちゃんと向き合ってから敬意を持って殺すべき。理解して抹殺して創造する。それが好き。

どの業界も安穏としてはいられない。“SATAN’S DAUGHTER”ことサタンの娘、歌代ニーナには気をつけろ。

歌代ニーナ(NINA UTASHIRO)

WebsiteYouTube(Thirteen13)InstagramStreaming site

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PETRICHOR MAGAZINE ISSUE 01 “HIRAETH” EXHIBITION

日時:2018年12月16日(日)~12月22日(土)
12:00~19:00
※入場無料
OPENING RECEPTION
12月15日(土)19:00~21:00
場所:GALLERY TSUKIGIME(東京都目黒区東山3-12-4)

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PETRICHOR

Website

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