「僕は困難を乗り越えた立場じゃない。当事者と同じ目線でいなければ」。ラッパーGOMESSが新作に込める人生の哲学|車椅子ジャーナリスト徳永啓太の「kakeru」 #005

Text: Keita Tokunaga

Photography: Rina Kuwahara unless otherwise stated.

2018.10.17

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こんにちは、車椅子ジャーナリストの徳永 啓太(とくなが けいた)です。

ここでは私が車椅子を使用しているマイノリティの一人として、自分の体験談や価値観を踏まえた切り口から“多様性”について考えていこうと思っています。そして、私の価値観と取材対象者さまの価値観を“掛け合わせる”、対談方式の連載「kakeru」第5弾です。様々な身体や環境から独自の価値観を持ち人生を歩んできた方を毎月取材し「日本の多様性」を受け入れるため何が必要で、何を認めないといけないかを探ります。

今回は「のせる」です。ヒップホップにとらわれず様々なジャンルの音楽に自身のリリックを合わせるラッパーのGOMESS(ゴメス)氏。デビュー曲「人間失格」を始め、彼の曲には自身の体験がのせられている。新作「てる」は生きづらさと向き合うための哲学を、聞いてくれるファンや共感する方に伝えるものではないかと思います。インタビューでは彼の生い立ちから新作に込めるメッセージを、曲にのせて、リリックにのせて、そしてどういう気持ちに相手をのせるか、おうかがいしたいと思います。

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徳永啓太
▶️インタビュー記事はこちら

学校に行かなくなり音楽に没頭した4年間

徳永:音楽に興味を持ったのはいつ頃からでしょうか?

GOMESS:小学生の頃。最初に好きになったのはUVERworld(ウーバーワールド)というロックバンドで、ボーカルの精神性が好きで聴いてました。彼らの音楽にはヒップホップやダンスミュージックの要素が強く入っていて。そのあともAquaTimez(アクアタイムズ)や、BENNIE K(ベニーケー)などを聴いていましたが、やはりさまざまなジャンルの混ざった音楽でした。ほかにはモーニング娘。とかも好きで、ベースのフレーズがものすごくかっこいいんですよ。歌もそうだけど、いろんな楽器の音が好きで、カラオケバージョンを聴いたりしてました。そうして音楽に興味を持ち始めたんですが、あんまりお金持ちの家庭ではないからなかなかCDは買えなくて。今みたいにネットで音楽が聴ける時代じゃないし。でもいつだったか図書館に行けばCDも借りられることに気づいたんです。それからは毎週通って、目に入ったCDは全部借りて、とにかく音楽を聴くことに日々明け暮れました。おそらく1万枚は聴いたと思います。

徳永:音楽を作り始めたのはいつ頃ですか?

GOMESS:自分で作り始めたのは11歳からです。学校に行くのをやめて家に引きこもり始めてすぐかな。きっかけはテレビゲームでした。五線譜に音符を入力すると音になって流れるというシンプルなものです。楽器を弾いたことも楽譜を習ったこともなかったので、最初はデタラメに入れて再生してみたり、ドの位置を覚えることから始めたりとすべて独学でやってました。それがなかなかおもしろくどんどん夢中になっていくと、貯めていたお年玉を全部使って作曲ソフトを購入、ゲームからパソコンへ制作のプラットホームを移し本格的に作り始めました。

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GOMESS(ゴメス)さん

徳永:すべてが独学というスタンスに驚きました。この頃から音楽やラップでやっていこうと思っていたのですか?

GOMESS:いえ、ただ音楽をいじっている時間が好きだっただけで将来のことは何も考えていませんでした。

徳永:何かきっかけがあったのですね。

GOMESS:5年間引きこもったあと高校に通うことになるんですけど、そのきっかけをくれた友達がいて。僕が高校に通い始めた4月、その友達が亡くなったんです。その経験で友人の「死」というものから「人生」を考えました。それまでは漠然と「俺はもうすぐ死ぬんだろう」と思っていて先のことなんて考えていなかったんですけど結果的に「生きてみよう」と改めて思うようになりました。そして自分自身には自信がないけど、作る音楽だけには自信があったからこの才能を無駄にしてはいけないと思い、音楽で生きる決意をしました。ただ相変わらず人付き合いは苦手で、毎日パニックは起こすし、表舞台に立つことはまったく想像できなくて、当時はゲームやアニメのサウンドエンジニアになろうと考えていました。

彼は2012年高校生ラップ選手権に出場し注目を浴び、その後自身の体験をリリックにした曲「人間失格」を発表。ラッパーとして本格的に活動をスタートさせた。

GOMESSの特徴であるフリースタイルで「今」を歌う

徳永:GOMESSくんはライブでもフリースタイルで歌ったり、即興で作ったりすることが得意だと思います。実際僕にも、そういうのが一番ダイレクトに伝わってきます。そのように「今」を歌うアーティストはあまり多くないと思いますが、GOMESSくんにとって「今」を歌うことはどういうことですか?

GOMESS:まず、「嬉しい」という気持ちがあります。歌えていること、曲を作れていること、聴いてくれる人と会えていること。もしかしたら明日には死ぬかもしれないんだし、今その場所で感じられるすべてを素直に表現したいです。

徳永:フリースタイルに過去の経験が込められているんですね。

GOMESS:どうしようもないときってあるじゃないですか。辛いけど、解決法がわからないとき。そういうとき、僕は未来に期待していたんです。“もしかしたら明日すべてがよくなるかもしれない”と。逆も然りだけど、それは本当に起こりうると思うし、よくなることを信じていられるような世界にしないといけないという想いがあります。世の中には苦しんでいる人がたくさんいて、僕の音楽を聴いてくれている人もきっと何か苦しみを抱えている。せっかくライブに来てくれて同じ今に会えるんだったら、フリースタイルでそのときにしかない言葉と音楽を届けるから、明日に希望を持ってもらいたいと願っています。

アーティストGOMESS「孤独」の哲学

徳永:GOMESSくんの歌詞から感じるのは「孤独」という言葉なんですが、意識してますか?

GOMESS:僕のなかでこの世界は「1」と「0」であるという考えがあります。「1」には確固たる存在がある。だけど「1」が2つあってもそれは「1」が2つあるだけ。つまり「1」は孤独である。しかし「0」には孤独がない。なぜかというと、「0」は余白であって実態に干渉できない、存在を定義できないという考えです。人がそれぞれ異なる存在であるという意味でみんなが孤独だと思っていますが、僕は「孤独=寂しい」という意味でとらえていません。孤独は単なる事実であって恐れるものではないし、むしろなるべくいいものにとらえたいと思っていて、みんなにとって孤独を感じる時間が素敵なことになればいいなと思っています。

徳永:GOMESSくんの実体験からの曲なのでリアリティがあり、とても聴く人に響くと思います。僕がすごく好きなのは「お前はお前だ」というフレーズです。あれはすごく響きます。

“お前のことは知らねぇから、お前のことを歌わないけど、お前は俺の歌をお前のことと思って聞いていいぞ”

GOMESS:ありがとうございます。孤独を突きつけているつもりです。1+1は1であると。

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徳永:僕の連載のなかで「日本は人と同じであることを美徳としていて、そこに生きづらさがある」という話をした回があります。GOMESSくんの言葉は孤独を突きつけて「好きに感じろ」っていう周りは気にせず自分の感じたことが正解だといわれているように感じます。

GOMESS:「同じである」というのは“行動を揃える”という話ですよね。僕は行動を起こすまでに過程があると思います。つまり、行動の前には、動かす神経があり、そしてその前に気持ちや動機があって、そして動機に至るまでの経験がある。そうやって遡っていくと、行動って最後の形なのかなと。みんな行動だけ合わせたがるし、そこだけを見て判断されると生きづらさを感じるのだと思います。もしみんなと同じものを求めるのであれば、まずはみんな孤独であるということをお揃いにすればいいんじゃないでしょうか。行動を揃えてもみんな目的も動機もバラバラだから全然違うじゃんって思ってしまいます。

徳永:なるほど、そもそも人は他人とすべてを共感し合えないわけだから、自分が孤独であることを認めて、そこの共通意識をみんなが持つことができれば、最終的な行動や服装思考が違っていても尊重し合えるということですね。僕の連載のキーワードにしている「多様性」についても同様なことがいえるでしょうか?

GOMESS:多様性の意味についてだけでいうと、さまざまなものがあってそれが混合している状態だと思います。でも、それをもとに話をしちゃうと矛盾が生じますよね。たとえば「全裸で歩いてもいいじゃん、多様性なんだから」という主張は通じないじゃないですか。多様性という言葉の意味よりもその奥にある「誰がどういう目的で言葉を使っているか」というところが大事で、認め合うにはそこからだと思います。自分が思う多様性と他人が思う多様性は違うわけですから、そこを理解しないとお互い言葉の揚げ足取りになってしまう。多様性を主張する理由と気持ち、なぜそう思ったのかという気持ちの裏までみることが必要だと思います。

徳永:話が少し戻りますが孤独に対するGOMESSくんの哲学についてうかがえたように思います。なぜそこまで深く考えるようになったのですか?

GOMESS:10歳から高校に入るまでの5年間、引きこもっていたことが大きいと思います。外の世界との接点を失くして、自分と向き合う日々でした。パニックを起こしたり記憶を失ったりするなかで自我があやふやになっていって、他人と気持ちを交えることもできず、孤独のなかにいたあの時間が大切だったと今になってようやく噛み締めます。

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上京して表舞台に立つようになってから変わった心境

徳永:新作「てる」に書かれていた文章からはGOMESSくんの心境の変化を感じました。代表作「人間失格」を発表してから5年になると思いますが、いかがでしょうか?

新作「てる」について

今作は僕の中に眠る一番辛い記憶、悲しい気持ち、苦しい思いに焦点を当て、
それらの苦しみを乗り越える渦中、幸せまでの道筋を示したいと考えています。

「あい」では幸せに困惑して、「し」では不幸を呪いました。
「てる」は、幸せを受け入れる為の。あるいは不幸を覆す為のメッセージを込めて作ります。

嫌なことが起きた時、苦しい時、悲しい時、どうしようもない事をどう切り抜けたらいいのか。
答えは人それぞれに異なると思いますが、全員に共通していることが一つ。
答えを導き出すのはいつだって自分自身だということ。
「てる」が、その為のきっかけになればと願います。

オフィシャルウェブサイトより抜粋)

GOMESS:上京した頃は世界への怒り悲しみをぶちまけてばかりで、ライブでもそのまま剥き出しで歌っていましたが、最近はあまり作らなくなりましたね。今でも心根には痛いほど残っていますが、表舞台に立つことで“人として手本にならなければ”という意識が芽生えてきました。たとえば、僕はみんなに生きる素晴らしさを歌ってみせるけど、ある日突然自殺なんかしちゃったら今までの全部嘘みたいじゃないですか。本当は生きるの辛かったのかなって。それじゃあダメだって思うんです。上京してから一番変わったのはそんなところで、自分はこういう人間でありたい、こういう人生をみせたいという理想像を持つようになりました。

徳永:それは大きな変化ですね。

GOMESS:人って世界や目の前の人の価値観を変えようとするけど、自分のなかから変わっていったほうが楽だと考えるようになりました。誰かのためじゃなく、自分のためにです。曲げたくない芯に基づいて自分をカスタマイズしていくような感じで。自分の好きなところを作って増やしていく。そう思ったのは僕が好きなアーティストのドキュメンタリーを観たとき、寝ててもお酒に酔っていても何していてもカッコよかった。僕も作った音楽だけじゃなくて私生活も、思考も、人生丸ごとカッコよくならないとって考えるようになりました。

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新作「てる」に込めた当事者と同じ目線でいること

徳永:今回一番お聞きしたいのが新作についてです。どんな思いを込めて制作していますか?

GOMESS:実は過去最大級に時間がかかっています。まず制作のコンセプトを決めるのに一年を費やしました。それは自分の立場や気持ちを固めるまで考え直し続けた時間でした。僕は自閉症であることを公表して活動していますが、それをよく思わない方々から「お前は自閉症じゃない、障害者を語るな」といった連絡が何度もありました。とてもつらかったのですが、その人たちが憤りを感じて連絡してきたということは、彼らを傷つけたことに変わりないと思うんです。表舞台に立つ者としてこの状況を見過ごすわけにはいかない。そうしてしまうと僕の活動の説得力がなくなってしまうとも思います。

徳永:そんなことがあったんですね。とはいえ、自分の意図しない形で傷ついた方に向けて変えるって難しいですよね。

GOMESS:どうしてそんなふうに思われるんだろうと考えていると、メディアなどで僕を紹介してくれる際に「自閉症を乗り越えた」と言い表されることがあって、これかなと。ありがたい気持ちとは裏腹に「ふざけるな!」という気持ちもわきます。「今でもパニックになってつらいときがあることを知ってる?」って思うから。なぜメディアはそう書くのか、僕が私生活のそういった一面を見せなくなったからだと思います。理想の自分としてマイナス面を作曲以外で発信することはよくないと考えるようになり、最近はなるべく隠すようにしています。だけど僕がそういう姿勢でいることで世間は「乗り越えた」とみるのだなと。

徳永:僕も「乗り越えた」っていう表現は好きじゃないですね。病気や障害があれば、それは常に付きまとう問題で、ともに生きていかなければならないわけですから、乗り越えることってないと思うんですよね。

GOMESS:僕は乗り越えた人になってはいけないと思いました。落ち込んでる人や悲しんでる人、苦しみを抱えて生きている人にとっての支え柱でありたいです。障害を乗り越えた人の立場で話をしたって、届かないんですよ。「あなたは乗り越えられたからいいよね」と壁を作られてしまう。僕だって散々周りの好意に背を向けてきた。だから当事者として言葉を書こう、当事者としてアルバムを作ろうという考えに至りました。

徳永:それって先ほど話したフリースタイルのやり方にも現れてるんじゃないですか?

GOMESS:そうですね。ここ1年のライブでも変わってきていて、来ている人に向かって「お前」と言って指をさすことをやり始めました。直接的に思いを突きつけるんです。これまでのライブではステージとフロアの間に柵があるイメージで、「僕は自分の話をして勝手にやるから好きに見てってください」というスタンスだったのが、その柵を外して「俺はお前に見せに来た、だからちゃんと意味のある時間にしろよ」というふうに変えました。その気持ちの変化は新作「てる」にも表れていると思います。発売はもう少し先ですが、多くの人の人生に希望が実りますように願いを込めて作っているので、楽しみにしていてください。

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認められる多様性と、認められない多様性

インタビュー中にお聞きした「多様性」という言葉について、その言葉を発する背景や理由まで認めないといけないという意見も新しい価値観として参考になります。この話で多様性といいながらも“ある程度の価値観”の人は認め、それ以外は認めない風潮があることも改めて認識しました。それは多様性を謳いながら人によってそれぞれ違う多様性があるのにもかかわらず、それに触れずなんとなく感じている常識の範囲内で自分の多様性を解釈しているように思います。多様性を認め合える社会を目指しているのであれば、言葉にとらわれずまずはそれぞれの多様性について語り合うことから始める必要があると感じました。またインタビューでGOMESSくんが答えてくれた、障害を「乗り越えた」と表現されることへの違和感。自分も思っていたことでした。当事者にとって病気や障害があれば日々付き合って行きかなければならないからです。そこを受け止めたGOMESSくんの「当事者として乗り越えた立場になってはいけない」という決意は筋の通ったものであり、より当事者や同じ境遇の方に伝わるのではないかと感じます。GOMESSくんの活動を応援している方も、この記事を読んで彼を知った方も、ぜひ新しいGOMESSくんの形を体感してほしいと思います。

GOMESS(ゴメス)

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1994年9月4日生まれ / 静岡県出身。
第2回高校生ラップ選手権準優勝。
自閉症と共に生きるラッパーとして注目を集め、自身の生き様を歌った楽曲「人間失格」、「LIFE」は表現者として各所で評価される。
NHK Eテレの「ハートネットTV:ブレイクスルー File.21」で特集され、ラップに向き合う姿勢、リアルな日常が切り取られ、視聴者に衝撃を与えた。
​また中原中也の詩「盲目の秋」を朗読カバーし中原中也記念館で楽曲展示されるなどポエトリーリーディングでも才能を発揮する。
2015年、民謡を唄う朝倉さやとのコラボ楽曲「RiverBoatSong」を収録したのアルバム「River Boat Song-FutureTrax-」が第57回日本レコード大賞企画賞を受賞するなど、ジャンルを超えた数多くの表現者との交流/共演を多くこなし、GOMESSは新しいカルチャーとして確立し始めている。

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Keita Tokunaga(徳永 啓太)

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脳性麻痺により電動アシスト車椅子を使用。主に日本のファッションブランドについて執筆。2017年にダイバーシティという言葉をきっかけに日本の多様性について実態はどのようになっているのか、多様な価値観とは何なのか自分の経験をふまえ執筆活動を開始。

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