10月20日の夕暮れから日付が変わるまで、トークセッションあり、ボーリングあり、ライブありの盛りだくさんな宴が続いた「NEUT Magazine」創刊イベント「NEUT BOWL(ニュートボウル)」。
笹塚ボウルで開かれたイベント史上最大級の動員を記録したらしく、フロアは一時移動するにも苦労する賑わいをみせ、編集部はいい意味で驚かされた。そんな土曜の夜のあの空間を、来場された皆さんはどう感じただろう。
イベントのアフタームービーとスナップ集を後日アップするので、当日来られなかった人は、せめて画面から伝わる雰囲気だけでも楽しんでいただけたらと思う。
さて今回は、約500人の来場者を迎え、予想以上の盛況で幕を閉じたこの「NEUT BOWL」のハイライト、以下4人のゲストを迎えて「日本のニューメディア」をテーマに行われたタブーなしの新しい会話「NEUtalk」の様子をお伝えする。
日本とドイツで育ち、現在藝大に通いながら、ファッション、政治、フェミニズムなどのテーマをインディペンデントマガジン「HIGH(er) magazine」で発信する創刊編集長のharu.さん。
マイノリティを支え、自由・愛・社会に変化を生むことを目指し、英語と日本語で発信するバイリンガルなフリーペーパー「B.G.U. (Be自由/Boys Girls United)」の編集長のYumeさんと編集者のMakotoさん。
情報過多な時代だけど「メディアって実はブルーオーシャン」かもよ
「デジタルメディアとスマホの登場で、もはや“マスメディア”という概念が崩壊していると思うのですが、そんな現状のなかで、まずは『メディアに対する危機感や個人的に考えている問題点』について聞けたらと思います」。
司会の「NEUT Magazine」編集長・JUNのこの問いからスタートした今回の「NEUtalk」。先陣を切ったのは、「おれ今日誕生日なんですね」→会場から万雷の拍手→「いやね皆さん、一定の年齢を超えると誕生日って全然楽しくないんだよね(笑)」の流れで会場を沸かせ、イベントスタート直後の硬い雰囲気を和やかなものにしてくれた「blkswn」の若林恵(わかばやし けい)さん。
彼は「全部に言及するのは難しいので、特にコンテンツについて話します」と前置きしてこう話す。
若林:端的に言えば「専門性の限界」です。たとえば「Apple」はカルチャーであり、ビジネスであり、テクノロジーであり…ひとつの切り口じゃ語り切れない。だからビジネス誌とかカルチャー誌っていう専門性のあるメディアではものごとを語りきれなくなっているという問題があります。
「WIRED」は“デジタルテクノロジー”を切り口にしていたから、わりと横断的にものごとを語れたんだけど、今後メディアはものごとの“新しい切り口”を開発する必要があるっていうのがおれの課題感で…そういう意味でいうと、実はメディアはブルーオーシャン*1なんじゃないかって思ってます。
玉石混交の情報が溢れる今、「実はメディアはブルーオーシャンでは」という若林さんの指摘。この言葉に「すごく同意です」と頷いて話し始めたのは「B.G.U.」編集長Yumeさん。
(*1)世の中にまだない価値を創造し、未開拓の市場を全面的に握るという意味のビジネス用語。「血みどろの激しい闘いを繰り広げる市場」という意味で対義語の「レッドオーシャン」がある。
Yume:日本のメディアって善悪の二元論というか、描写の仕方や表現が一面的だなと。セクシュアリティを扱うにしても、「男」と「女」しか話題にならないし、多様性に欠けているなと思ってて。アメリカではトランプ政権誕生以後、「Teen Vogue」*2とかポップなメディアも政治に言及し始めて、比較的気軽に政治やマイノリティの話に触れられる環境になっているんです。日本はその逆だという背景もあって「B.G.U.」をスタートさせました。
“新しい切り口”という視座に、メディアのまだ見ぬの可能性があるとして、それはどのような形で姿を表わすのか。あるいはすでにその片鱗を見せ始めているのか。
誰でも発信できる(=誰でもメディアになれる)今、無数の個人という無名なメディアからその可能性は発芽するのか。それともマスメディアが、これまでの歴史に新しいメディアの可能性を見つけ出すのか。興味は尽きないが、不確定な未来の話はこれぐらいで“さよなら”にして、次の話題に移ろう。
(*2)世界でもっと影響力のある女性誌のひとつ「Vogue(ヴォーグ)」を発行するアメリカ・コンデナスト社が10代向けに創刊したファッション誌(現在はWEBマガジンのみ)。
「あ、おれね、ちょっと前まで『ZINEなんて』ってバカにしてたの」
「今回のゲストはみんな紙媒体に関わってきた人たちなんですが、そもそも今あえて紙にこだわる理由ってありますか?」。
再び司会から投げかけられたこの質問に応えたのは、「HIGH(er) magazine」の創刊編集長haru.さん。
haru.:ドイツに留学していたときに、言葉で表現しきれない自分のことをどうすれば伝えられるだろう。どうすれば「私とあなたがつながれるんだろう?」と思ってZINEを作り始めました。紙媒体のZINEにこだわる理由は、物体には何らかの感覚や空気を思い出させる力が絶対にあると思ったからです。物体に宿る力というか。表現するのは難しいんだけど。あとは私、お守りとかが好きだから、それと同じ感覚で持ち歩きたいっていうのもあるかな。
これには「B.G.U.」のふたりも同調。Yumeさんが「私たちも最初から『紙がいいよね』って、なんか感覚的に決まった」と話し、Makotoさんがこう付け加える。
Makoto:「B.G.U.」のいいところは、誰でも書けるし、編集に関われるし、写真を撮れるし…表現の場でもあるのかな? 作り手同士の距離が近いことがうちららしさなのかなと。
ここで若林さんが合いの手を入れる。
若林:あ、自分は、ちょっと前まで「ZINEなんて」ってバカにしてたの。だけど最近考えを改めまして。マスメディアに対してZINEとかソーシャルメディアって、よりパーソナルな文体がたくさんあるわけじゃない。自分を世界の中心に置いて社会を考えて、世界とどうつながるかを考えてる。
マスメディアの「社会の平均値」を考える姿勢は尊重されるべきだけど、ZINEやソーシャルメディアの「個人的な視線」を考える姿勢も、メディア業界全体で取り組まなきゃいけないことだと思い直したんです。“ヒューマライズされた文体”。今はこっちのほうがおもしろいんじゃないかという気がしてます。だからZINEが盛り上がったときに、自分も含め、既存の出版の人たちは「素人だから」ってバカにしないで、「自分たちもやってみよう」ってなるべきだったのかなと。
2016年にフェイクニュースを公然と広めてついにはアメリカのトップに上り詰めた現アメリカ大統領のトランプ氏が、「“事実”はない。あるのは“意見”だけだ」と悪びれもせず言い放ち、良くも悪くも話題になったが、ものごとのとらえ方が人ぞれぞれであることをふまえると、この言葉を安易に無視することはできない。
このポスト・トゥルース*3のこの傾向はもはや止められるものではなく、よくも悪くも、世界の動向は個人の発信に左右されるものになり始めている。
そんなこれからの時代に、「“ヒューマライズされた文体”」がどのような役割を果たしていくのか。ニューメディアを考えるうえでとても重要な視点になるだろう。
(*3)情報発信において、客観的な事実よりも個人の感情に訴えるかける意見の方が(それが虚偽であっても)強い影響力を持つ状況をさす。オックスフォード大学出版局が「トランプ大統領誕生」「イギリスのEU離脱決定」を受けて、2016年を象徴する言葉として「ポスト・トゥルース」を選んでいる。これにより、大手メディアが発信するニュースよりも、個人が発信する意見の方が時に影響力を持つ“ポスト・トゥルースの時代”が幕を開けたとされている。
業界共通の課題、「メディアのマネタイズ」を考える
トークセッションの最後に行われた質問コーナーでは、さまざまな問いかけに対する答えが飛び交ったが、ここではメディアのマネタイズに切り込んだ以下の質問から派生したやり取りを、できるだけそのままに掲載して焦点を当てていく。
質問者:メディアのマネタイズは基本的に広告でまわっていると思うんですが、特に「声にならない声」という個人的な切り口なんかは広告との相性があまりよくないのかなと思っていて、みなさんはそこをどう考えているのか聞きたいです。
若林:一般論でお答えすると、実は“小さな集い”をコンセプトに個人的なものごとを取り上げてきた「KINFOLK(キンフォーク)」*4って結構クライアントがついてるんですよ。それがどれだけビジネス的に成功しているのかまではわからないんですが、一方、ものを売るときに「じゃあ誰にどうやって届けるのか」というマーケティングのチャンネル探しにはいろんな企業が苦しんでいるのも事実で。すごく生臭い話をすると、今日ここに来ているみなさんはいろんな企業が一番ターゲットにしたいクラスターのはずなんだけど、分散化しているからはっきりとは見えないんだよね。なので「NEUT Magazine」のようなメディアが皆さんを束ねて可視化することができれば、言い方は申し訳ないけれど、商売になるんですよ。
JUN:はい、ありがとうございます。一応断っておくと、ぼくは皆さんでビジネスがしたくてこのイベントを開いたわけではないです(笑)。
若林:品がなかったね、すんません(笑)。
(*4)アメリカ・ポートランド生まれのインディペンデントマガジン。「A guide for small gatherings(小さな集まりのためのガイド)」をコンセプトに掲げ、口コミを中心に創刊した2011年から急成長。2013年には日本版も創刊された。
JUN:でもこれだけ集まってくれたのは嬉しいです。
haru.:そうだよね。質のいいものを発信し続けるためには、やっぱり労力への対価をもらうってことをやっていかなくちゃいけなくて。そこにお金が発生しないというのはすごくよくないなと思う。
若林:ちょっと戦略的な話をしますとね、メディアとクライアントのやり取りは、広告部門や宣伝部門で行われるのね。だから広告やマーケティング分野の人たちがリーチ*5から抜けられないのは部署の宿命なの。でもメディアは広告や宣伝以外にも、たとえば商品開発に貢献できたりする余地もあるし、そこにはリーチの話は必要ないわけ。「WIRED」をやっていたときに新規事業の開発部門に声をかけてもらうことが多かったんだったんだけど、そのときは「KPI」*6なんて話は出てこないのよ。肝心なのはおもしろい人たちとどれだけ絡めるかってことで、それは数字には表せないから。
haru.:質問です。「KPI」ってなんですか?
若林:「key performance indicator」の略で、要するに数値目標みたいな。何をゴールにするかみたいな指標なんですけど、あの、たぶんメディアやってると、そのうちこの単語使う人と会うことになりますよ(笑)。
haru.:はい(笑)。
若林:なので企業も今までみたいなマスメディア的なやり方、たとえば「母数がこのぐらいならこれぐらいの効果がある」みたいな話ではなくて、もう少しお互いにとってワークする関係をメディアと作れると思うのね。で、そのときメディアにとって何が武器になるのかといえば、目に見えないネットワークとか、そういう数字に表せない、そして真似できない独特のコミュニティなんだと思います。簡単にいうと、いかによい読者を集められるかだね。今見たところいい感じだと思うんだが(笑)
JUN:ちょっとやめてくださいよ(笑)。
若林:ははははは(笑)。これからの「ニューメディア」は数字に表せないものを磨くのが大事ってことなのかな、と。
(*5)媒体の目標到達率を計る指標のひとつ。その媒体が何人に見られたのかを表す。
(*6)「key performance indicator」の略称。日本語では「重要業績評価指標」。組織の目標達成の度合いを計る指標として用いられる。
余談だが、「『KPI』ってなんですか?」はまさにこれからのニューメディアに必要な視点なのではと話題沸騰中らしい。
4人にとって“メディア”とは
質問コーナーの締めでは、「あなたにとってメディアとは?」をゲスト4人に考えてもらった。それぞれの答えが以下になる。
haru.:私はひとりひとりがメディアになれる、というかメディアなんじゃないかと思っています。私もそのひとりです。みんなそれぞれに理想の世界があると思うんですが、「その理想に近づくためにはこうしたらいい」ってことを、もっと自分本位に伝えていっていいんじゃないかなと思います。
Yume:メディアは表現する媒体であり場所であると思うから、誰でもメディアになり得ると思っています。「B.G.U.」は社会運動のひとつとしてやっているというスタンスなので、何かを考えて自ら発信するきっかけに「B.G.U.」がなれればいいなと思っています。
Makoto:どうしても「B.G.U.」の話になってくるんですけど。「B.G.U.」のいいところって、ライターがいて編集者がいて編集長がいて…というトップダウンな仕組みではないやり方で発信できていることなんですね。だからさっきも同じことを言ったんですけど、表現の場でもあることが「B.G.U.」というメディアの“らしさ”なのかなと思います。
若林:今は世の中が大きく変わろうとしている局面だと思うんです。経済の仕組みや働き方が変われば、社会的な制度をコントロールしていた国の機能も変わってきたり。そんななかでね、個人がどう生きていくのかにはいろんな意見があってしかるべきだけど、「いま僕たちがどういう地面に立っているのか」という大きな方向性を示す、みんなの地図としてのメディアは必要だと思います。そういう意味でいうと、メディアが「誰かの御用聞きではない」という意味において、ニュートラルなものとして存在するのは大事かなという気がしています。そもそもメディアはもう少し影響力を持たなきゃいけないですね。その役割は大きなものだと思うので。平山くんには頑張っていただきたいなと思っています。
以上、これからの「日本のニューメディア」をテーマにした約一時間のトークセッションをダイジェストでお届けした。
これからの「日本のニューメディア」の可能性を感じることはできただろうか。はっきりしないメディアの新しい形、その欠片を感じ取っていただければ幸いである。
そして。
今回のイベントの開催に際して、クラウドファンディングで支援してくださった170人以上の方々と、トークセッションのために駆けつけてくれたゲストのみなさまと、いつも「NEUT Magazine」を読んでくださっているみなさま、本当にありがとうございました! これからもよろしくお願いします!(編集部一同より)
それでは最後に、トークセッションを盛り上げてくれたゲスト4人と、クラウドファンディングのスペシャルサポーターの方々、今回のイベントを彩ってくれたコントリビューターたちを紹介して本稿を締めくくる。
次回、「NEUT BOWL in 大阪」でお会いしましょう!
[Special thanks]
笹塚ボウル
[Talk Guests]
Kei Wakabayashi [blkswn]
[Live Performers]
[NEUT STAND(ZINES & GOODS)]
HIGH(er) magazine
B.G.U.
TEITO
RAPTURE
ORANGE RIBBON
Making-Love Club
moka
MARIKO KOBAYASHI
KOTETSU NAKAZATO
Chihiro Lia Ottsu
SATSUKI
Ruru Ruriko
Ryota Daimon
Yukika
nanamy
歌代ニーナ
[Videographer & Photographers]
Asuya Hamada(Videographer)写真左
Daigo Yagishita “WOODDY”(Photographer)写真右
Tatsumi Okaguchi(Photographer)
[PA]
AMON
[Artwork]
[NEUTクラウドファンディング サポーター]
The Kennedys Tokyo
春日原 森
[NEUTクラウドファンディング スペシャルサポーター]
青木 竜太