“未開の地”を切り開いた、日本人サッカー選手

2016.11.2

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ヨーロッパの中でも、一際サッカーへの熱が熱い「ドイツ」で、14年も前からサッカー選手としてピッチに立っている一人の日本人がいる。

今でこそ、本田圭佑選手や長友佑都選手など多くの日本人選手が世界で活躍をしているが、彼がドイツに降り立ったのはまだ日本人がサッカー選手として世界に羽ばたくずっと前。「日本人はサッカーができるのか」と真顔で言われてしまう時代である。

彼はそんな時代を「恵まれてない環境だからこそ、自分の可能性が発見できる」という前向きな気持ちで切り開き続けてきたという。

37歳になった今でも「サッカー選手」としてピッチに立ち続けるために彼が持ち続けているポテンシャルとはなんであろうか。その心の内を探ってみた。

今やれることを見つける「力」

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Photo by Asuka Yoshida

「“日本人ってサッカーできるの?”そんな風に言われましたよ」

そう笑いながら話すのは、現在ドイツのサッカークラブ『SV Dornach』で活躍している石井直人氏だ。

石井氏がドイツに渡ったのは、彼が23歳の時だった。“サッカーがやりたい”いうシンプルな理由で渡独したという石井氏。しかしこの時は、インターネットで情報を得ることが容易でなかった時代だ。

「自分も到着して初めてドイツという国を知りました。しかしそれと同様に、ドイツ人も日本人のことをそこまで知らなかった。だから、初めてチームに合流したときは“日本人ってサッカーできるの?”だなんて真顔で言われたりしました」

そんな「未開の地」に降り立ちながらも、彼は『SSV Jahn Regensburg』や『TSV Eching』という複数のドイツのチームで活躍をした。

しかし最初はパスが回ってこなかったり、わざと削られたりすることもあったそうだ。

それは差別でもなんでもなくドイツ人のプライドからだと思います。日本人にレギュラーをとられてたまるか、という。今思うと、そんな風にまっすぐな気持ちで相手も向き合ってくれたからこそ、自分も負けずにやっていこうとより思えたんだと思います。もちろん凹んだり日本が恋しくなったりすることもありましたよ。当時はFacebookやLINEもなく本当に『自分だけ』でしたから。でも、それがかえってよかったのかもしれません。こうして、自分が身を置いてしまえばあとは自分がやれることを見つけるしかないんです。その『やれることを見つける力』を持てたことは今でも自分の財産ですね。環境は自分が変えようと思えば変えられるんだと思いました。

「興味」が持つ「パワー」

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Photo by 石田直人のドイツミュンヘンサッカー生活

実は石井氏は、サッカー選手である傍ら、サッカーや水泳を教えるスポーツ教室を運営している。ドイツでのビジネスは日本とどういう部分が異なっているのだろうか。「まず、ドイツ人はビジネスの場でも自分が楽しむことを優先するように思えます。日本人のように『仕事だから……』と諦めるのではなく、自分が楽しめる場所であったり自分が活躍できる場所を探します。だからサッカーでも自分のプレーと合わなかったらあっさり移籍しますし、仕事でも自分がやりたいことでなかったら転職をする人は多いですね。でも、そんな無理をしない仕事の仕方って実はとても大切なことだと思うんです。興味を持たなければ何事もうまくいくことはないと思います」。

石井氏のスポーツ教室も今では約70名の生徒を抱え、異国の地でビジネスの面でも成功を収めている。自分が興味のあるサッカーを自らも楽しんでやれていることが、多くの生徒を集めたのであろう。教室を卒業した生徒たちとも今でもプライベートで交流がある姿をみると、スポーツ教室を「ビジネス」ではなく「自分の楽しめる場所」と捉えていることは明らかだ。

言いたいことを言う「責任」

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Photo by 石田直人のドイツミュンヘンサッカー生活

周りを気にする日本人の気遣いは、裏を返せば『周りのせいにもできる』ということ」

これは、石井氏がここで生活し、多くの子どもたちと接する中で感じたことだ。

日本人の子どもたちは、協調性や集団行動を意識して人に合わせることに美学を感じていると思います。大人も流行を追って気が付けばみんな同じ…ということがあると思うのですが、それは子どもの頃から人のマネをしたり、人と同じ行動をすることが正しいという考えがあるからかもしれません。しかしドイツ人の子どもたちは周りと同じにしなければならないという概念がそもそもない。言いたいことも言うし、何でも自分で判断します。自分で正しいと思ったことを選択するのです。こういう文化の違いは、大人の間でも感じることが多いです。ドイツでもサッカーの指導者を集めた講習会があるんですが、参加者は言いたいことがあればそこにどれだけ大勢の人が集まっていても周りを気にせず質問します。でも、これはその場にいる自分に責任を負っているということでもあると思うんです。周りを気にするということは裏を返せば周りのせいにもできるということ。誰かが言ったからとか、ここで質問したら他の人に迷惑がかかるからだとか。これは他の何かに責任を擦り付けているようにも思います。でも、そういう環境に慣れてしまったら、人は成長しないと思います。選んだのは自分です。その選択の中で自分が何ができるかを考えることが大切なのです。

「恵まれていない」という「贅沢」

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Photo by 石田直人のドイツミュンヘンサッカー生活

シンプルにサッカーをするためにドイツにきたという石井氏に、最後にもう一度質問をした。ここで今でもサッカーを続けていることの“なぜ”に、もっと奥深く触れたかったからだ。

最初は『2年だけ』と思っていたのですが、それが4年になり10年になり、結局今に至ります。でも、日本に帰ることはいつでもできるなと思ったんです。だったら敢えて自分を厳しい環境に置いて、自分がやれる可能性を探りたいです。日本だと恵まれすぎてしまって自分の可能性がかえって見つけにくくなってしまうと思うんです。困れば助けてくれる人もいるし、とにかくすべてが整っています。でもそれは残念なことでもあると思うんです。厳しい環境こそ、自分の力を試すことができる贅沢な環境なのだから。

しかし、その中に身を置き続けることは容易ではない。

「それでも、今でもこうしてこの場所にいられるのは、いつでも『だめだったらだめでOK』という気持ちも持っていたからかもしれません。くじけそうになっても、この思いがあればとにかく行動することができるんです。悩んでいても何も始まらない、意外と動いてみたらなにかしらの答えは見つかるんです。自分をその環境に置いてしまえば、なんとかできるものだと思います」

そう無邪気に笑う石井氏の顏には、これまで自分に課してきた責任と、自分の未来に期待する想いに満ちていた。

なんとかできるに大いなる「期待」を

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Photo by 石田直人のドイツミュンヘンサッカー生活

石井氏からあふれ出た多くの言葉。これは、自分の活躍の場に悩んでいる多くの人へのメッセージであると捉えてもいいだろう。仕事や私生活で「なにか違うな」と思う人はきっと多いに違いない。しかしその時に敢えて我慢をする必要は果たしてあるのだろうか。

今、あなたがいる場所が苦しかったり自分が輝けない場所であったりするのであれば、深く考えず、自分を活かせる場所に身を置いてみてもいいのかもしれない。

きっとそこから新たな道は開けていくのであろう。石井氏の言葉を借りれば、「やってみたらあなた次第でなんとかできる」ものであるのだから。

石井直人

ミュンヘン工科大学スポーツ学部卒業

日本人第一号としてXCOインストラクターライセンスを取得

現在は、『SB Rosenheim』に所属する傍ら、スポーツクラブ『Japanische Sportschule』の代表を務める。

<officialブログ>
石井直人のドイツミュンヘンサッカー生活

※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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