この連載では、毎回、ユナイテッドピープルが届ける映画を少しずつ紹介しながら、世界で起きている問題に触れたり、そこから日本とのつながりを見つめたりするような記事をお届けしていきます。
「廃墟」と化した思い出の土地シリア
自分の大切な場所が「廃墟」になっていく。約6年間、私が直面しつづけていることだ。大学時代にアラビア語を勉強していた私は、語学研修で2011年3月、中東のシリアに一ヶ月間滞在した。
歴史が長く、世界遺産が各所にあるこの国は、かつてバックパッカーたちに愛されていた場所のひとつ。
それは単に「見所」がたくさんあるからではなく、シリアに暮らす人たちの人懐っこさや、家族のようにもてなしてくれる温かさに、人々は心をつかまれたためだ。私自身もまた、シリアという美しい国と、愛情深いその土地の人たちに魅了され、「必ずまた戻ってくる」と胸に誓って日本へ帰国した。
だが、帰国する直前から起き始めた民主化を求めるデモが拡大し、政府側との衝突も激化。自分が訪れた場所に爆弾が落ち、燃え崩れていく様子や、温かな時間を共にした友人たちの怒りや悲しみの声が、SNS上に溢れた。
その後、ISISの侵攻もあり、情勢はさらに複雑化、悪化。まもなく6年が経過する今も、明るい未来は見えない。
シリアの出来事はヒトゴト?
だが、そんなシリアの状況は、物理的にも心理的にも遠い日本からは「ヒトゴト」に思われがちだ。しかし、本当に「関係ない」と言えるのかを問いかけてくる映画がある。『それでも僕は帰る 〜シリア若者たちが求め続けたふるさと〜』だ。
この作品は2011年8月から2013年4月にかけて、シリア第三の都市ホムスに生きるふたりの若者を追ったドキュメンタリーだ。ひとりはサッカーのユース代表チームでゴールキーパーとして活躍していた当時19歳のバセット。彼はそのカリスマ性から若者たちを惹きつけ、平和を訴えるシンガーとして民主化運動のリーダーになっていく。もうひとりは彼の友人で、有名な市民カメラマンである24歳のオサマ。デモの様子を撮影し、インターネットで公開することで、民主化運動を広げようとする。
バセットは歌で、オサマは映像で、それぞれ非暴力の抵抗運動を先導していたが、政府軍の容赦ない攻撃により、大量の市民が殺害されたのを機に、バセットと仲間たちは武器を持って戦い始める…。
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ニュースを通じて、何万人、何十万人と伝えられる死者の数は、往々にして、そのなかの一人ひとりの人生や命に対する感覚を麻痺させていく。この作品では、ふたりの青年にフォーカスをして追い続けているからこそ、彼らの自由を求める気持ち、ふるさとへの思い、仲間や家族への愛情が、私たちと“違う”ものかどうかを問いかけてくる。
国を逃れた人たちの行方は…?
『それでも僕は帰る』で映し出されている青年たちは国に残り続け、戦い続ける一方で、戦禍を逃れ、故国を離れていく人たちもいる。シリアから周辺諸国へ逃れる人たちが急増し、ヨーロッパ諸国が一時混乱に陥った様子は、日本でもニュースになった。文化も言語もまったく異なる土地へ渡った人たち、特に子供たちはこれからどんな未来を歩むのか…。移民の子供たちを追ったフランスのドキュメンタリー映画『バベルの学校』は、私たちに多様性の”豊かさ”と共存への希望の光を見せてくれる。
多様さは豊かさ、共に生きる希望をうつしだす子供たち
舞台はフランスの首都パリにある中学校。アイルランド、セネガル、ブラジル、モロッコ、中国などなど、20国籍24人の子供たちが、フランス語を集中的に勉強するための「適応クラス」で一年間ともに学ぶ様子を追い続けたのがこの作品『バベルの学校』だ。
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ある子は母親が新しいフランス人の恋人と暮らすことになったため渡仏。別の子は出稼ぎで来ていた親を追って移住。母国セネガルで父親家族から虐待を受けていた子もいれば、ユダヤ人の家族がネオナチの標的にされ、難民として逃れてきた子もいる。
母語も文化も宗教も、フランスに来た理由も様々な彼らは、時に衝突をしながらも、ともに慰め合い、ともに支え合って、次第に友情を育んでいく。この作品が、実在の学校をそのまま映像に記録した「ドキュメンタリー」であることが一層、大きな勇気と希望を感じさせてくれる。
アメリカは排斥的なトランプ大統領が就任し、ヨーロッパでも右傾化が懸念されている。世界はこれからどこへ向かうのか。そして自分自身がどんな世界にしていきたいのか…。両極のように見えて、深く結びついているこのふたつの作品は、今後の世界を考えるうえで、大きなヒントをくれるはずだ。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。