※この記事はウェブメディア「EPOCH MAKERS」の提供記事です。
EPOCH MAKERS – デンマークに聞く。未来が変わる。
世界の片隅で異彩を放つ、デンマーク。この小さな北欧の国は、情報化がさらに進んだ未来の社会の一つのロールモデルになり得る。EPOCH MAKERSはその可能性を信じて、独自の視点から取材し発信するインタビューメディア。
URL:http://epmk.net
Happiness Research Institute 代表取締役社長
デンマーク外務省、また他のシンクタンクや研究機関での取締役を経て、3年前に本社を創立。10人の社員と共に幸福について研究する。専門は主観的な幸福とクオリティ・オブ・ライフ。
これまで複数の書籍や文献を執筆する。世界中で講演活動なども行う。日本にも旅行したことがあるという。
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しあわせって何ですか?
ー人は誰しも幸せになるために、お金持ちになろうとしたり、結婚してみたり、仕事を頑張ってみたり、いろいろすると思います。でも「そもそも幸せって何なの?」という、肝心なその中身についてはあまり語られません。いきなりですが、幸せって何なんですか?
まず前提として言っておきたいのは、幸福の議論にはいろんな意見があるということです。答えは一つではありません。ただ、これまでいろんな研究をする中で、ある共通点を見出しました。
それは、幸せには2種類あるということ。「短期的な幸せ」と「長期的な幸せ」。きっと「幸せ」と聞いて多くの人が思い浮かべるのが「短期的な幸せ」だと思います。これは、ある特別な状況で感じる強いポジティブな感情。いい服を買う、いい大学に合格する、結婚するだとか。すごくわかりやすいけど、数日、数週間も経てばすぐに忘れちゃう、一時的な感情です。
それに対して、「長期的な幸せ」というのは、もっと心の奥底から感じる、自分の人生に対する満足感。夢を実現したい、こんな世界にしたい、あの人のためになりたい、そういった夢や目標へ向かっていく時に感じるのが長期的な幸せです。これは「短期的な幸せ」とは独立した感情なので、時と場合によって変わりにくい。なので、調査や研究の多くは「長期的な幸せ」をもとに行われています。
もちろんこの2つの幸福は完全に切り離された感情ではありません。人生はそんな単純なものでもないですからね(笑)。ですが、2つは異なる脳の部位で認識される別の現象なので、ある程度は別個のものだと考えた方がいいと思います。
それなのに英語では両方とも「happiness(ハピネス)」と言うように、ほとんどの言語では別々の言葉があてがわれていませんよね。だからなかなか区別がつきにくくて、よく混同されやすいんですよ。
デンマークが世界一幸せな理由
ーなるほど、幸せには2つの概念があることはよくわかりました。では、今度はデンマークの幸福感について。今年の国連の世界幸福度ランキングでは3位に後退しましたが、それはともかくとして、デンマーク人は本当に幸せそうですよね。なぜなんでしょうか?
私たちは以下の7つの要素が関連し合って最大限の幸福を生み出していると考えています。「Trust(信用)」「Security(安全)」「Wealth(豊かさ)」「Freedom(自由)」「Democracy(民主主義)」「Civil Society(市民社会)」「Balance(バランス)」。
ーどの説明を聞いても「うんうん」と頷けそうですが、この中で一番大切な要素を挙げるとしたら、どれですか?
難しい質問ですね…(笑)。でもそれは「Security(安全)」と言えるでしょう。端的に言うと、デンマーク人がなぜ幸せなのかというと、それは極端な不幸を感じる人がほとんどいないからなんです。社会福祉制度によって、歳をとっても国が面倒をみてくれる、大病を患っても治療費を全額負担してくれる、仕事を失っても国に頼れる。政府によって将来へのセーフティーネットがあるのは、この国の人々の幸福感にとってものすごく大切なことなんです。
それはちゃんとデータにも表れています。デンマークが他の国より顕著に高いのが、低所得者層の幸福度。たとえば、デンマークとアメリカの高所得者と低所得者を比べると、高所得者の幸福度指数は両国で変わらないものの、低所得者では大きな違いが浮かび上がります。
たしかに所得と幸福度は比例するけれど、ある一定の所得まで達すると幸福感は飽和状態になる。「それならば、貧しい人にできるだけお金を回して、みんなで幸せになろう!」これがデンマークの人々の価値観であり、ひいては世界一幸せだと言われる理由だと思います。
ーなるほど、とても納得しちゃいました。そこであえて聞いてみたいんですが、逆にデンマーク人が不幸だと思う点はなんですか?
デンマーク人は孤独になりがちだという点ですね。どういうことかというと、「人々が生活の大部分を国に依存する」ということは、それを逆から見ると、「死ぬまで他人に頼らなくてもいい」ということでもあって。となると、人とつながる必要性が減り、人間関係が希薄化することにつながることもあるんです。それは、家族関係から友人関係まで、どんな人間関係についても当てはまること。
なので、コミュニケーション能力が低かったり、人とうまく付き合えない人は、社会的に孤立したり、孤独感を感じてしまうケースが多いんです。デンマークの自殺者数は少なくなく、孤独はよく問題として取り上げられ議論されています。
ーということは、デンマークの社会システムに対して異を唱える人も多いんですか?
もちろんいないわけではありませんが、10人中、8、9人が賛成しているというデータがあります。つまり、もちろん孤独の問題などもありますが、それでもほとんどの国民が社会制度に満足して、少なくともある程度納得した上で、税金を納めているんですよ。
ー社会制度が良いか悪いかは置いておいて、人々が社会に満足していることは幸福度と密接に関わっていると思います。
デンマーク人のもっとすごいところは、「国に払った対価が自分に返って来なくてもいい」、さらにその前提で「それでもこのシステムから恩恵を受けている」と国民が心から思っていること。誰かのためになり、政府が自分の将来の不安を取り除いてくれることは、デンマーク人の幸福感において大切なことなんです。
ワークもライフも。幸せのカタチはひとつじゃない
ー「経済発展すると幸福度が下がる」なんて言われることがあります。たとえば、日本では幸福な国としてよくブータンが取り上げられますが、経済規模があまりに違いすぎて参考にならない。でもその点、先進国のデンマークは福祉国家でいて、「週37時間労働まで」という法律があるほど労働時間も短い。それなのに一人当たりの名目GDPは日本の約1.7倍。どうしてこんな豊かなんでしょうか?
直接的な答えになるとはわかりませんが、デンマークの人々は仕事に目的を見いだしている人が多いからだと思います。
たとえば、私自身も7年間勤め上げた会社を辞めて、幸福について研究するこの会社を3年前に立ち上げました。もちろん給料はかなり減りましたが、以前よりもずっと充実感があります。研究でも結果が出ていることですが、人は生きるためではなく、もっと意味のある何かのために働くことで、「長期的な幸せ」を感じる生き物なんだと思います。
ーなるほど。僕は今まで、税率が高いと仕事の意欲が下がると思っていたんですが、むしろ、お金が労働の目的にならないがゆえに、仕事に何らかの意味を見いだして、パフォーマンスが向上する。さらには幸福度も上がる。そういうロジックもあり得るのかもしれません。
面白い視点ですね。その可能性は十分にあり得ると思います。そして、労働時間が少ないという話、ワークライフバランスについて言えば、仕事以外の時間にもやりたいことがあるわけです。趣味だとか、家族との時間だとか。もちろんデンマークの人々は仕事への意欲は高いんですが、それは勤務時間中だけのことですよね。
ーでも、何かを本気で成し遂げたかったら、何かを我慢してでも、そこに時間を投資すると思うんです。なので、平日17時にカフェのテラスでビールを飲む人たちを見ると、「ホントに仕事する気あるの?」ってどうしても思っちゃって。これは僕が日本人だからなのかな……でも実感としてもデンマーク人は豊かだし……この国はどうなっているんですか?(笑)
あははは(笑)。たしかに「長期的な幸せ」は仕事以外では達成するのは難しいとも言えます。ですが、「短期的な幸せ」だって重要です。「ワーク」以外の「ライフ」の時間もまた幸福感をもたらしますし、仕事以外の時間も楽しめているからこそ仕事の質も高まることだってありますしね。だからデンマーク人は仕事が終わればすぐに切り替えて、リラックスして自分の時間を楽しもうとするわけです。
ー幸福感に影響を与える様々な要因があると理解した上で、いいバランスをとること。それが幸せになるには大切なことで、デンマーク人はそれに長けているんだと思いました。
最初に「幸せには答えがない」と言ったのはそういうことです。バランスも何対何が一番幸せになれる比率だとかもありません。しかも、幸せって主観的な感情だから、捉えどころがない。デンマーク人である私が研究をしても、まだよくわからないんです。それでも、デンマークのように幸福度の高い社会やコミュニティを作ることはできます。現に私は幸せについて考えることが幸せだし、デンマーク人であれて幸せです。とはいっても、幸せになれるかなれないかは、究極的には自分次第なんですけどね。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。