ニューヨークのブルックリンを拠点にアーティスト、ミュージシャン、俳優として活動するピクシー・リャオ(Pixy Liao)。彼女は2007年から、ボーイフレンドのモロと撮り続けた「伝統的な“性役割”」に挑戦するフォトプロジェクトで注目を浴び、活動するアメリカ国内のみならず、ヨーロッパ各地、そして生まれ育った上海で作品を展示してまわっている。
5歳下、日本人のボーイフレンドが変えた価値観
女性が男性との恋愛の主導権を握ったり、男性を赤ん坊のように扱ったりと徹底した「女性優位」の世界を写真で作りあげるピクシー。彼女の作品のモデルを務めるボーイフレンドのモロは5歳年下の日本人だ。彼との出会いが「メンター(指導者・助言者)で自分を守ってくれる年上の男性としか付き合えない」という一般的な中国人女性の価値観を持っていた彼女の考え方を変えたという。
ピクシーは彼が女性である彼女に頼っていることを感じると、自然と自分が強くなり、「女性が優位に立つこと」にも違和感を持たなくなった。それだけではなく、伝統的な“男らしさ”を良しとしない彼の姿は、彼女に大きな刺激を与えたのだ。
モロは私の予想に反した特別な恋人でした。彼は、他の人が男性に望むような“男”に絶対なろうとは思いません。彼はただ「自分自身」でいたいだけなのです。でも正直に言って彼に会うまでは、こんな恋愛が成り立つなんて思っていませんでした
だが残念ながら、周囲には彼女たちの関係は変わったものとしか映らない。そこで思いついたのが2007年から現在まで続いている、「異性愛の規範」に疑問を投げかけ、それに取って代わる異性愛のあり方の可能性を探るフォトプロジェクト「Experimental Relationship(実験的な関係)」と続編の「For Your Eyes Only(あなたの目にだけ)」だ。
一般的な中国人にはまだ“追いつけない考え方”
ピクシーが生まれ育った中国ではどんな「女性像」が一般的なのだろうか。その1つが女性が社会進出するようになった時代を経た「保守化した女性像」だ。
これは日本の現状と似ており、女性が社会進出しても「外で働いて家族を養う役割」だけでなく「家庭内で家族の世話をする役割」を求められることが多い。そんな現実に直面した若い女性たちが「専業主婦」を望むようになってしまったのだ。
また中国の女性たちに特徴的なのは、彼女たちが女性解放運動で自らの「権利」を勝ち取ったのではなく、20世紀前半の日中戦争などで敗北した自国を立て直そうとした政府に働くことを要求されて社会に出ていることだ。
しかしながら「男女平等」は日本よりも当たり前となっており、賃金が同額のことも珍しくないという。(参照元:ヒューマンキャピタルOnline, 共同参画)
それでも異性愛において女性が男性に対して優位に立つことは一般的な中国人にはまだ受け入れられにくいようだが、若者の考え方は少しずつ変わってきている。ピクシーの実験的作品を肯定的に受け入れる若い女性は多いという。
美術館やギャラリーでしか展示したことがないから一般の人の反応はわかりません。中国ではこのプロジェクトを審美眼のある人の目にだけ触れさせようと気をつけているんです。まだ一般の人々はこういった写真を見る準備ができていないと思うので、フォトフェアなどで見せることはしません。私の両親でさえ、“誤解”を招かないよう両親の友達にこれらの写真は見せないでと警告してきます。でも、中国の若者、特に若い女性にはかなり受け入れられているようです
プロジェクト<For Your Eyes Only>
ボーイフレンド・モロとニューヨークで作る“新しい男女のあり方”
ピクシーの持っていた価値観を揺るがし大きく変化させたボーイフレンドのモロ。彼は彼女の作品の被写体となるただのモデルではない。
ピクシーに言われたまま撮られるのではなく、自分の考えや毎回の撮影に対する反応を共有するなど徐々に能動的に作品に関わるようになったのだ。したがって、ピクシーの両プロジェクトは異なる価値観を持った2人の人間が互いの考えを交わらせた際の変化を見る実験の過程を写したものだ。
彼女が自分を育てた家族や生まれ育ってきた社会を離れ、ニューヨークのブルックリンを拠点に活動していることもまた、彼女の価値観に変化をもたらしている。ふとした瞬間に「可能性と自由の満ち溢れた新しい生活」ができていると感じられたのだ。ニューヨークのような多様性の溢れる都市が作品に与える影響も大きいだろう。
グローバル化が人々にもたらす可能性
日本社会でも少しずつだが性別やセクシュアリティの多様性が社会的に受け入れられるようになってきている。それをどうしたらより多くの人が受け入れられるようになるだろうか。
ピクシーが生まれ育った中国の若者たちの価値観は日本人と似ているようで異なる。そんな人たちとよりわかり合うにはどうしたらいいのだろう。
私たちの生きるグローバル化した世界では、異文化に触れる機会が増えてきている。ピクシーのように自分の生まれ育った社会を離れる機会や異文化の人と交際する可能性もあり、その価値観の交わりが自分の考え方に変化をもたらすかもしれない。そうやって、さまざまな文化が交わることで、人々の価値観は変化を重ね、より多様化していく。
多様な価値観を知ることで得られるのは、「広い視野」だ。それがあれば、自分の知っている世界に自分を留めておく必要がなくなる。そしてピクシーがいうような自分にあった「満ちあふれる可能性と自由」を見つけられるかもしれない。
人間には自分に親しみのないものを恐れてしまうことがよくあるし、異なるものの交わりに摩擦はつきものだが、異文化やさまざまな価値観に触れてみることなしには自分の視野は狭いままで、物事に対する理解は表面的なままで終わってしまうのだ。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。