すべてのクラブ、またクラブに来ているすべての人がそうではない。でも「クラブ=外では許されない卑猥な行為も許される空間」なんて思い込んでいる人たちもいる。そんな空間で誰かが「痴漢にあった」と訴えたら、どんな言葉が返ってくるか、想像できるだろうか?
NEW ERA Ladies(新時代のレディース*1、以下NEL)は、ある女性がクラブで痴漢被害を受けたことをきっかけに始まった、フェミニストのzineだ。彼女はTwitterですぐに怒りを表した。「勘違いじゃないの?」「クラブはそういうもの」なんてセカンドレイプ、「告発されたことで楽しい気持ちが台無し」と黙らせようとする人もいた。
だが、同じ経験をした人から「私も!」といった共感も届き、男女を問わず「応援してます」という賛同の声もあった。友達同士で話し合うきっかけにもなった。女性のことでも、ひとりでは気づかない視点が沢山ある。
「フェミニズム」は自分たちとは遠いもののように感じていたけれど、この怒りやほっとする感情がフェミニズムなんだと思った。無名のひとりの声にこんなに力があるなんて!そのパワーは誰もが持っているんじゃない?そんな感覚から、言いたいことがあるなら黙らない、「度胸一番、御意見無用」の「レディース」ジン、NELは生まれた。
(*1)暴走族やヤンキーの女性チームの「黙らない女性」のイメージからネーミングされた
性の「ふつう」を問い直す多彩なメンバー
「レディース」をモチーフにしたNELの制作メンバーには、さまざまな女性がいる。メンバーのなかには、当初、フェミニズムという言葉を自分のものとは感じていなかった人も少なくない。きっかけとなった痴漢被害を受けたメンバーは「女は度胸」といった性格だが、なかには“ほっこり系”や“腐女子”もいる。AV女優や元セックスワーカーのメンバーによる記事は、女はこうあれ、といった押しつけを問い直す。
性のイメージを考え直すうちに、「黙らない」「人権が基本」をもとにしたフェミニズムは、女性でなくても関心を持てるものだと確信。2号には男性のモデルも登場した。NELのメンバーに共通するのは、性の「ふつう」を疑う気持ちだ。今回インタビューを受けてくれたのは、NELが作る同名のZINE「NEW ERA Ladies」の制作の中心となっている姉妹。先述の痴漢を経験した里子(グラフィックデザイナー)と、KIKI(イラストレーター/アーティスト)だ。
フェミニズムは触れにくい話題とも思われがちだ。でも2人にとって、フェミニズムは「女性が何を言っていいか、どう生きていいかを男性中心の社会が勝手に決めている状態を変える工夫」であり「楽しく生き残るためのサバイバル術」だ。NELのメンバーたちの根底にあるのは、性の問題をきっかけに、女性だけでなくすべての人の人権を守ること。
たとえば、男性に「男らしさ」を押し付けたり、レズビアンのカップルに対して「男の役割はどっち?」と聞くことは、「女性は子どもを生まないと一人前じゃない」といった社会通念と同じで、ジェンダーのイメージを押し付ける習慣だという。NELは、女性が「ふつう」にとらわれずに声をあげる権利を主張しつつ、より広いジェンダーの自由を、人権として求めている。
里子:たとえば男性が童貞をイジメのネタにされて、焦ってセックスしようとするうちに女が巻き込まれるような場合など、男性が男らしさに縛られているために女性も嫌な思いをすることがありますよね。だから家父長制*2を壊すためのフェミニズムは、男性の「男らしさからの解放」と抱き合わせだと思うんです。
また、生まれたときの身体的な性別と、自分にとっての性別が重なっていないことだってふつうなのに、条件を政府に決められてしまうことで自殺に追い込まれた人も少なくありません。それに対して、さまざまなジェンダーの人たちが、国が決めた家族や性のあり方、家父長制を壊しにかかってるんです。目的が一緒なんだから性別でわけるなんて意味がないですよね。異性愛者の男性が中心の家父長制社会を変えようとしているかぎり、だれでもフェミニストです。
痛みに鈍感だったわたしが、今思うこと
2人は、フェミニズムの問題意識は、関心のある女性だけのものであってほしくないと思っている。性の自由は、女性に限らず、どんなジェンダーの人にとっても重要なはずだ。さらに、毎日の生活でさしあたり嫌な思いをしていない場合でも、関心を持てるものとして伝えたいという。
現在ではNELでメッセージを発信しつづけているKIKIも、フェミニズムについて以前から詳しかったわけではなかった。女性の人権が語られるのを聞いて、「ヒステリックだな」という印象を持ってしまったこともあるという。KIKIは、問題に気づいてNELを始めた後、あるニュースをきっかけに、自分の考え方の変化をはっきり感じた。とんねるずがゲイの男性に扮した保毛尾田保毛男のコント*3を再び演じて物議を醸したニュースだ。
KIKI:最近、保毛尾田保毛男の件が炎上していたときに、「僕は当事者だけど気にしてないし、みんな気にしすぎ」ってコメントするゲイの人たちもいて、それを「やっぱり当事者がこう言っているんだからあのコントに文句つけるのはお門違い」というように利用する報道もあったんです。でも、当事者だっていろんな人がいて、痛みに敏感な人が黙らざるを得ない感じになるのは、違うんじゃないかな。
女性の問題でも、私は鈍かっただけなんだなって。自分が当事者だと、自分が問題を感じないからそれでいいと思ってしまいがちだけど、誰かの尊厳を踏みにじっていないか考えることをやっぱり忘れたくない。特に、表現に関わる人間としてそれを考えることは重大な責任だと思った。周りに声をあげる人たちがいたから気づけたっていうのは恥ずかしいけど、声をあげた人たちに感謝しているし、一緒に伝えたいなと思うようになりました。
(*2)主に男性である家長が中心となり、家族が家長に従う体制
(*3)2017年9月に放送された、フジテレビ「とんねるずのみなさんのおかげでした 30周年記念SP」で、とんねるずの石橋貴明が同性愛者を笑いの対象にするようなキャラクター保毛尾田保毛男(ほもおだほもお)に約30年ぶりに扮して登場した
2人のスマートフォンに張ってあるステッカーには、「Your silence will not protect you.」(黙ってたら、得だと思うなよ)*4とある。アメリカの公民権運動に参加したレズビアンの詩人、オードリー・ロードの言葉だ。直訳すれば、「沈黙はあなたを守らない」。
NELのきっかけとなった痴漢被害でも、声をあげなければ共感は広がらなかった。だが、声をあげる側のほうが、言葉遣いの強さや、脊髄反射的な感情を批判されることもある。だからこそ、2人のように一歩踏み出すことをためらう人も多いのではないか。意見を言うのが苦手な人、活動に参加する勇気が出ない人は、どのように社会に気持ちを出していけばいのだろうか?
Photography: 里子
里子:私は性差別を受けたら、ヒステリックに怒っていいと思う。被害者が口汚いと「言い方」をあげつらう人がいるけど怒りも本人の表現でしょ。それに、丁寧な言葉だからといって暴力的ではないとは限らない。でも同時に口汚い発言を「冷静に」って黙らせる手法「Tone policing」(トーン・ポリシング)に出くわしちゃって、どう発信していいかわからずためらってる人もいる。
そんなときに、フェミニストのカナイフユキさんと、デザイナーの大澤悠大さんが作っていたこのステッカーなんかは、貼っているだけで問題から目を逸らさずにいられる気がするアイテムのひとつ。それとSNSでは声をあげにくい人も、個人の感情を吐き出せるZINEは顔の見える場所で会話をしながら販売や交換ができて、ゆるく連帯を拡げられるところが気に入ってる。TOKYO BOOK PARKやCINRA.NETのイベントに招いていただいて、会場ではお客さんと愚痴り合いが始まったり、その場が自然とフェミニズムの会みたいになるのが毎回楽しい!
KIKI:NELは、CUSMOS(カルチャーに政治を持ち込んですいません)というセレクトショップが売り出しているプロダクトの一つなんですが、私は自分でイラストを描いてシルクスクリーンで刷った服を売っています。たとえば、“家父長制”って書かれたお墓の絵をプリントした服があるんですけど、それをデザインのかわいさで手に取ってくれる人がいて、そこではじめて意味を聞かれることもあって。「家父長制っていうのは男性中心の社会のことで、それを変えるスタイルを服でも表現したくて」って言うと、「それって私が思っていたことかも!」って言われたりします。
「MY BODY MY CHOICE」(私の体のことは私が決める)とプリントされたパンティは、実際にあったレイプ被害に対して「ミニスカートを履いてたからだ」というセカンドレイプに対しての反論のプロダクトで、抗議運動のプラカードから引用しました。どんな格好でいようとたとえパンティが見えていようとレイプしていい理由になんてならないよね、ということ。
Photography: 里子
庶民だからこその気づきとDIYで伝えるメッセージ
ZINEやステッカー、ファッションアイテムなどのカルチャーと社会的なメッセージをバランスよく発信する2人は、自分たちの生活のなかのためらいや気づきを伝えることを大事にしている。その姿や語り口には、“優等生的な堅さ”とは違う柔軟さがある。
KIKI:私たちはもともとフェミニズムにも政治にもすごく詳しいわけではないし、まだわからないこともたくさんあって、ZINEやファッションなど通じて、顔の見える関係を基本に少しずついろんな人とコミュニケーションしていきたいと思っています。D.I.Y(Do it your self.)は私の活動のキーワードで、自分たちの社会を変えるために、自分がものを作り、自分がまず行動するということ。
シルクスクリーンで服にプリントしたりZINEを手製本したりするカルチャーと、自分の身近にある政治や社会の問題を自分の手を離れない方法で伝えるということはイコールなんです。だからNEW ERA Ladiesや、CUSMOSのプロダクトには必ず社会的メッセージが込められています。
Photography: 里子
このインタビューで彼女たちが最後に強調していたのは、「たとえ問題と思っていないとしても社会のシステムの窮屈さは誰もが感じている」ということ。窮屈に感じている理由を、自分の性格に問題があるからだと考えてしまいがちかもしれないが、それは社会構造のおかしさとつながっている場合が多い。
里子:自分は関係ないって思っていても、嫌でも社会のシステムには組み込まれてるよね。たとえば消費税払うとき高いなって思うとか、夫婦になったときに苗字変わるのめんどくさいとか。自分の性別が判別できてないのに登録しなきゃいけないとか、セクハラを訴えたら仕事がなくなるんじゃないかって悩みとか、誰でもそういう窮屈さは経験していて、もう気づいてるから家父長制いらない壊したいって足踏みしている人も多くいる。
その人の背中を押せるバトンやツールの種類は多いほうがいい。アカデミックなフェミニズムも大事だけど、私たちはどこの街にもいるパンピー魂でやってるから。漫画や映画やドラマや音楽の話、きっかけは日常にある。それをZINEやアイテムに落とし込むことで伝染していくといいな。
彼女たちがスマホに貼っているステッカーに書いてある言葉「Your silence will not protect you」と同様で、黙っていては自分の身を守れない。自分にあった問題意識のアウトプット方法をまず見つけることができれば、一歩進んだ気持ちになれるし、何もできていなかった人なら自分に対するフラストレーションから少しは解放されるだろう。彼女たちが語ってくれたように、ハードルの高い活動を始めなくても、たとえばステッカーを自分の持ち物に貼るだけで、自分なりの自由のサインになる。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。