「男なんだからナヨナヨするな」「男なんだから筋肉つけろよ」など、「男ならこうしなさい」という言葉を耳にしたことは誰にでもあるだろう。なぜ性別が「男性」であるだけで、こうあるべきという特定の価値観を押し付けられなければならないのだろう?
そんな社会に対する違和感や危険性を、写真で表現する21歳がいる。彼の名は、中里 虎鉄(なかざと こてつ)。ファッションスナップや自身のプロジェクトのために写真を撮っており、Be inspired!ではシンガーソングライターのマイカ・ルブテ氏やアーティストのスクリプカリウ落合安奈氏の取材でフォトグラファーを務めた。
今回は、彼が「男性解放」をテーマとする展示を企画したと聞き、開催にあたっての思いを探るインタビューを行った。
「社会課題は身近にある」と気づいた高校時代
虎鉄さんが通った高校には、コミュニティ・デザイン*1の授業があった。それがきっかけとなり、社会と自分をリンクさせて考えるようになった彼。コミュニティデザインの授業をとった一年目は特に興味のあるテーマが見つからず、世間で社会課題だといわれている「若者の就農率」について調べてみた。しかし、あまり自分のこととして考えられなかったそう。そんななか、同じ授業での発表の際に友人がバイセクシャルであることをカミングアウトし、衝撃を受けたのと同時に感動する。自身がゲイであることに気づいていたが誰にもオープンにできていなかった当時の彼は、社会課題というものが本来はもっと身近にあると気づいたのだ。
社会課題っていうと、自分と関連した事柄というよりは社会を俯瞰してみるようなトピックを取り上げがちだけど、僕にとっては自分のセクシュアリティが今の課題なんだなと思って。自分を肯定したかったから、高校3年生のときはそれをテーマに選んだんです
そのプロジェクトを通して、学年全体の生徒にセクシュアルマイノリティに対する意識調査を行って動画でまとめたり、当事者に会って話したりするなど、自分の知りたいことに対して行動した彼。生徒のなかには否定的な見方をする人はいたものの、それ以上に受け入れられる人たちが多く、プロジェクトを進めていくなかで自分自身を肯定することができたという。また、この経験を通して「なぜこうなんだ」と社会の問題に対して問いを重ねていったことが物事を受け流さず考える習慣になっていっただけでなく、自分が考えていることを何らかの形で人に伝えることの重要性を知ったのだ。
(*1)一般的なコミュニティ・デザインは、地域コミュニティをどう内側から活性化するのかという課題に取り組むものだが、虎鉄さんが通っていた学校の授業は、より広い社会の問題や身近な課題に取り組むソーシャルデザインの分野に近いものだった
「いいね!」がつきそうな写真を撮りたいのではない
彼は2017年の10月から本格的にフォトグラファーとして活動し始めた。その頃から、自分はどんな写真を撮っていきたいのか考えるようになる。だが参考にしようと、最近活躍しているフォトグラファーの写真を見ても、「すごい」と感じるものの、何を伝えようとしているのか分析しても、よくわからなかった。
自分のフォトグラファー像を固めていこうとしたときに、たぶん僕がやっていきたい写真って、ただきれいな写真とか「いいね!」がつくような写真じゃないし、人の盛れた状態の写真が撮りたいわけではないと気づいて。僕はただ、僕の考えを写真を使って表現したいだけ。だから自分は別にフォトグラファーになりたいわけではないんです。写真を使って表現しているからフォトグラファーって名乗っているけれど、写真を売りにしたいというわけではなくて、写真を通して僕の考えを伝えたい。ミュージシャンが自分の考えを歌にする、本を書く人が自分の考えを言葉にする、それと同じように僕は自分の考えを写真で表したいと思っています
そして自身の方向性がまとまってきた頃に、ちょうど発表の機会が訪れる。バンドを組んでいる友人のレコード発売イベントを共同で主催することになり、同イベントを同バンドのみならず知り合いのクリエイターたちが発表できる場にすることに決めたからだ。そこで虎鉄さんは、自身が撮影した写真を展示することになり、そのプロジェクトのテーマに選んだのが「男性解放」だった。
これは虎鉄さん自身も、長らく問題意識を持ってきたトピックだ。特に高校時代の体育の授業時には「男性は心身ともに強くあるべき」という考えのもとに指導され、「ナヨナヨすんな」「男だから筋肉つけろよ」と言われたこともあった。そのように教師が“理想の男性像”に当てはまらない生徒を矯正しようとしていたのを強く感じたことなど、男性のステレオタイプを押し付けられたエピソードを話してくれた。
「男性解放」が、すべての性の解放につながる
展示のテーマを選ぶとなったとき、彼の頭の中に漠然と浮かんだのは「ジェンダー」。女性の友人が多かった彼は、その友人たちを撮ることが多く「フェミニズム」をテーマにすることを一度は考えた。しかし、同様のテーマで写真を発表する人たちは少なくない。それなのにもかかわらず、まわりを見渡してもなぜ状況にあまり改善が見られないのだろう?彼はその原因を、女性が“女性はこうあるべき”という価値観に縛られているように、男性も“男性はこうあるべき”という価値観に支配されているからだと考えた。このようなことから、彼はあえて男性解放を軸に決める。後押ししてくれたのは、“男らしさ”という価値観が引き起こす問題を描いたドキュメンタリー『男らしさという名の仮面(原題:The Mask You Live In)』。
男の人たちが精神的に、体力的に力を持ったりしなきゃいけないって思い込んでいて、何かを支配したり、女性を下に見たりすることがある。たとえばそれが、女性に対するレイプにつながるかもしれません。「男性はこうあるべき」っていうのにとらわれているから起きている問題ってたくさんあるんです。誰が作ったのかもわからない“男らしさ”っていうものにもがかなきゃいけないっていう謎な仕組みがある限り、多くの問題は解決されないと思う。もしかしたら、もっと別のところに根っこがあるかもしれないけど、僕が今見つけられている根っこがこれだから、これを表現したいし伝えていかなきゃって思って
展示する写真のモデルに選んだのは、虎鉄さんのまわりにいる多様な男性たち。「3人ともバラバラすぎて、撮影は大変でした」と笑うほど、好みや性格もそれぞれ異なったという。見えない“男らしさ”の価値観に包まれてどう身動きをとっていいのかわからない、「解放」とはまったく逆の状態で、自分の本来の姿に覆いが被されているということを、男性たちをラップやビニール袋で覆うことで表現したのだ。ここで虎鉄さんは、決して“女の子っぽい”男性がいる事実だけを伝えたいのではないと強調する。
「女の子っぽい男の子だっているんだよ」っていうのを一番伝えたいわけじゃなくて、世の中にはいろんな男の子がいるということを知ってほしい。だからもちろんめっちゃスポーツやってるたくましい男の子を否定したいわけじゃない。そんな男性像を求められることに違和感を持って過ごしている人もいるし、違和感をあまり感じていない人もいる
誰もが楽しんで帰れる「安全なイベント」に
虎鉄さんが男性解放をテーマに展示を行うイベント「Spicy Jam(スパイシージャム)」*2の特徴の一つは、反差別のマニフェストを掲げており、フライヤーの裏面にもそれを大々的に書いていること。「ちゃんと見てもらう必要があるから、会場にも飾るつもりです」と虎鉄さんは話す。クラブを会場としたイベントでのマニフェストの掲示は珍しいと思われるが、その理由を彼に聞いてみると、クラブイベントで起こりがちな問題が浮き上がってくる。クラブイベントや特定のクラブを、ナンパをする場所だと考えている人も存在し、特に女性が嫌な思いをすることは少なくない。
本当にみんなが楽しめて、愛に溢れたイベントにしたいって思ったときに、クラブってあまり安全なものではなかった。ただ楽しみにきているのに、しつこいナンパだとか、スラット・シェイミング*3とかを受けることがある。そうやって必ずしもみんながクラブに行って、ハッピーに帰れるってわけじゃないのを感じるので、自分たちのイベントはそんなふうにはしたくなくて。「ただヤレる相手を探すために来たなら、もう速攻退出させるからね」ということを、あえてしっかり伝えるのは、僕たちが素敵な時間を作るためには必要かなって
社会派活動を行うクリエイターたちで固めることはあえてせず、彼らが声をかけたのは多方面でクリエイションを行う若者たち。社会的なことも作品にするイラストレーターもいれば、ジュエリーのブランドを持つファッション雑誌に所属するブロガーもいるという、多様な面々だ。ジェンダー観など社会の問題に興味がある人たちや、そうでない人たち、ふらっと遊びに来てただ踊りたいっていう人など、あらゆる層の人たちが楽しい時間を過ごせる場所にしたいと考えたからだ。虎鉄さんには、そんな人たちが交わった空間を作り出すことで、社会について考えることが少しでもクールだと感じてもらいたいという願いもある。
(*2)イギリスでは頑張っている人やキラキラと輝いている人のことを「スパイシー」と形容する。そんな新しいことをやっている刺激的な子たちが集まってジャムを作るようなイベントという意味を込めた
(*3)性的に自由な行動をとったり、性を強調した服装をしたりする女性を批判すること
ジェンダーは自分を構成する要素の一つにすぎない
彼がインタビューで強調していたのが、、“男らしさ”に縛られていることの問題を提起する活動をしているのは、彼のセクシュアリティが「ゲイ」であるからではないこと。それはどんなジェンダーであってもセクシュアリティであっても、人々は個人としてそれらに支配されてきたからだ。
要素として僕は「ゲイ」っていう一部を持っていて、「男」っていう一部を持っているだけだから。もちろんゲイだから感じたこともたくさんあるし、苦しい思いもたくさんしたけど。でも、ゲイでもそんなに悩まずに過ごしてきた人ももちろんいるし、ゲイじゃなくても悩んだ人もたくさんいるし、そこにセクシュアリティは関係なく、あくまでも僕は自分の人生を生きていて、みんなもそれでいいはず。だから男性とか女性とか何かの障がいとか一人っ子とか、血液型とか星座とかは、自分を構成する要素のほんの一部でしかない。天秤座っていう枠に虎鉄がいるわけじゃないし、虎鉄のなかに天秤座という要素があるだけ、ただそれだけ
彼の展示をきっかけに、人々が押し付けられてきたジェンダー観の問題に気づき、自分を「性別」などの枠組みから解放して考えられる人が少しでも増えてほしい。彼自身も考え方を変えることで自由に、「自分」として生きられるようになったという。自分の持つジェンダーもセクシュアリティも、自分を構成する要素の一つにすぎないのだから。
Kotetsu Nakazato(中里虎鉄)
1996年生まれ。東京都出身。
大学中退後、ソーシャル課題をテーマにフォトグラファー、アーティストとして活動している。ギャルみたいによく喋る人。
Spicy Jam
6月15日(金)
OPEN 19:00 CLOSE 23:00
¥2,000(¥1,500 with discount)
NAKAMEGURO TRY
〒153-0051
東京都目黒区上目黒3-6-5中目ビル5F
東急東横線 / 日比谷線 中目黒駅より徒歩2分
ARTISTS
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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。