日本で成人になるための儀礼といえば、思いつくのは「成人式」だろう。他方、南アフリカでは現在まで続く通過儀礼として、割礼(包皮切除)を10代の少年に施す慣習がある。その多くは十分な訓練を受けていない者が麻酔をかけずに施術する伝統的な方法で行われ、感染症にかかる可能性が高いだけでなく、死に至る場合も少なくない。
今回紹介する映画は、伝統の名のもと続けられてきた“男”となるための通過儀礼や、そこで重要視される“男”という価値観に対する疑問の念、同性愛へのタブー視を描いた作品『傷』だ。
今年で27回目の開催となる、「セクシュアル・マイノリティ」をテーマとした作品を上映する映画祭「レインボー・リール東京」で上映される同作は、南アフリカでは「内容が過激」とされ、主要映画館での上映が中止されている。
現在も続く、社会的に“男”と認められるための伝統的な通過儀礼
南アフリカで人口が二番目に多い民族コサ人の男性が受ける成人儀礼は、村落から離れた場所に集められて割礼を受け、その傷が癒えるまでの数週間に“成人した男”の規律を教わるというものだ。そのなかでも作品の舞台である同国の東に位置する東ケープ州では、その風習が強く残る。感染症にかかる可能性の低い病院での施術も可能だが、それでは社会的に後ろ指を差されるため、伝統的な方法を選ぶ・選ばざるを得ないと感じる若者が多いという。(参照元:AFPBB, NATIONAL GEOGRAPHIC)
本作では工場労働者で成人儀礼の際に少年たちの教育係を務める青年コラ二と、彼が担当することになった首都ヨハネスブルグから来た少年クワンダの二人が話の中心となる。「弱々しい息子を鍛えてほしい」という父親に連れられてきたクワンダの視点から見た、「成人儀礼」を通して若者を“男”にしていこうとする年上の男性たちとは。少年は疑問を教育係にぶつけるが、しきたりについてだからか、誰もまともに聞いてくれない。それに加えて描かれるのが、彼がコラ二とほかの教育係の秘密を知ってしまうというストーリーだ。
リスクを負っても映画を製作した、監督とプロダクションの挑戦
世界的な映画祭で賞を獲得している同作『傷』が生まれた背景には、監督の外国映画によく登場する力強くて“男性的”なアフリカ系の男性像を押し退けたいという思いがあった。製作したのは、「南アフリカの生の声」を届けることを使命とするインディペンデント映像プロダクションUrucu Media(ウルクメディア)。
成人儀礼(成人儀礼の期間に起きたことはオープンに話していいものではない)、同性愛(現在は同性婚が法律で認められているものの、偏見が根強く残っている)などのタブーを扱うことにはリスクがともなうが、彼らがそれをいとわなかったことで、作品がアフリカの映画界に新しい風を吹き込んだといえる。
社会的に“男”となることの意味
男性器の意味ってなんなのさ?いいものだと思うけど、そんなに大切な道具なの?人はそれが利口だと思ってる。男性器が最も重要なものであるかのように男はそれに従っているけど、ばかげてる。そんなのとんだ見当違いだよ
作中に出てくるこのクワンダの言葉から考えさせられるのは、南アフリカだけでなく日本にもある、伝統的な「男性を重んじる価値観」についてではないだろうか。都会から来たアウトサイダーである彼には、それに対する一つの客観的な見方が投影されている。伝統的な儀式をないがしろにすることはできないが、それについて話す機会を作るべきではないか、多様な考え方が混在している広い世界を見て考えてみないか。同作を観た人なら、それを自分の身近な問題に置き換えて考えるかもしれない。
『傷』
Website|Rainbow Reel Tokyo 2018
英題:The Wound
原題:Inxeba
監督:ジョン・トレンゴーヴ
2017年|南アフリカ、ドイツ、オランダ、フランス|88分|コサ語
日本初上映
ゲーテ・インスティトゥート 東京ドイツ文化センター後援作品
在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本後援作品
オランダ王国大使館後援作品
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。