アフリカ・欧州中心に世界の都市を訪れ、オルタナティブな起業家のあり方や次世代のグローバル社会と向き合うヒントを探る、ノマド・ライター、マキです。
Maki & Mphoという会社を立ち上げ、南アフリカ人クリエイターとの協業でファッション・インテリア雑貨の開発と販売を行うブランド事業と、「アフリカの視点」を世界に届けるメディア・コンテンツ事業の展開を行っています。
Credit: M. Zentoh
この連載では、わたしが今最も注目しているケニア・ナイロビのクリエイティブ起業家たちとの対話を通じて、オルタナティブな生き方・働き方・価値観を紹介します。
ここで取り上げるクリエイティブ起業家とは、音楽、ファッション、アート、デザイン、料理などのカルチャー・コンテンツを創造し、発信する起業家のこと。ネット、スマホ、SNSによって、インフラが限られていたナイロビなどの場所でも、以前から存在していたクリエイターたちの活動がより活発化・顕在化し始めてる一方、日本での認知は限定的です。
日本や欧米とはまた別の視点から、他の人とは違う生き方を探したいという人々に向けて、なんらかの刺激や手がかりをお届けしたいと思います。
フィルム写真にこだわる、21歳の写真家「Brikicho」
連載第5弾のゲストは、フィルム写真にこだわり、アーティスト「Brikicho(ブリキチョ)」として、ナイロビを拠点に活動する21歳の写真家ムトゥキア・ワシラ。ミュージシャンやファッションブランドなど、ケニアのアーティストたちを被写体に納める一方、同じくフィルム写真にこだわる他2名の写真家とともに街中を記録し、「Fits Collective(フィッツ・コレクティブ)」としてその作品を発信しています。
筆者は彼にまだ直接会ったことがないのですが、ナイロビの別のクリエイターの紹介で、今回のインタビューが実現しました。Instagramですぐさまポートフォリオをチェックして、そのままメッセージのやりとり、そして、WhatsApp(海外版LINE的なアプリ)でボイスコールができてしまう時代だからこそ実現したインタビュー。実際、Brikichoも、「ネットがなかったら、このインタビューも実現しなかったことだし」と喜んでいました。
Brikichoはこれまで紹介してきたどのクリエイターたちよりも若く、いままさにその才能が開花し、活躍し始めているというアーティストです。Be inspired!とのインタビューが、初めて受ける取材とのことで、彼の回答も新鮮です。
ある程度成功を経験した人物が、過去を振り返って語る「後付けのストーリー」ではなく、いままさにリアルタイムで彼の人生に起こっていること。彼が、どのようにフィルム写真と出会い、どのようにコレクティブを作り、写真家・アーティストとして、どのようなビジョンを思い描いているのか。彼の始まったばかりの旅のストーリーには、変化の時代の波にのまれることなく、自分の情熱に正直でいたいと考える人が勇気付けられるような言葉で溢れていました。
「YES!これだ!」フィルム写真との出会い
マキ:まずは、自己紹介をお願いします!
Brikicho:僕はムトゥキア・ワシラ。Brikichoっていう名前で活動しているビジュアル・アーティスト。写真、特にフィルム写真が自分の媒体。
マキ:Brikichoってどういう意味?
Brikicho:「かくれんぼ」っていう意味。なんで僕のニックネームになったのかは、実はよく分からない。名前が僕を選んだんだ。
マキ:おもしろいね。Instagramなどの写真をみたけれど、フィルム写真ならではの雰囲気のある写真が多い。フィルム写真にこだわる理由を教えて。
Brikicho:フィルム写真は「ヤバい」。フィルムは僕のすべて。デジタル写真では得ることのできない、フィルム写真ならではのプロセスが最高なんだ。フィルム写真に出会った時、「YES, YES!これだ!」って思った。それまでデジタルでやってたんだけど、フィルムをやってみた時、そう思った。
マキ:フィルム写真ならではのプロセスについて、もう少し教えて。
Brikicho:デジタルだと、大体たくさん写真をとって、後からいいものをピックする感じなんだけど、フィルム写真の場合は制限がある分、写真にもっと真剣に向き合って、自分の想像しているものをしっかりと視覚化する必要がある。そのプロセスが自分に合っているんだ。フィルムに出会えて感謝してる。
マキ:自分に合っている。アーティストとして自分ならではの媒体を見つけたってことなのかな。
Brikicho:デジタル写真をやっている時は、なぜか自分の作品に思い入れを持つことができなかった。でもフィルムを始めてからは、構図とか写真そのものについてももっと真剣に考えるようになった。そして自分の作品にも思い入れを持つようになった。それが自分がフィルム写真から得られた価値だと思う。フィルム写真だと、自分が頭の中で想像したものとより近いものが表現できるんだ。
マキ:なるほど。普段はどういったものを撮っているの?
Brikicho:人物と風景。まぁ自分では、なんでも撮っていると思うんだけど、よく知られているのは人物、特にミュージシャンと風景かな。アーティストとよく仕事していて、その中でもミュージシャンをよく撮影しているんだ。
マキ:ミュージシャンを撮るときに意識していることってある?つまり、彼らはサウンドを作っているわけだけど、Brikichoは音のないスティル(静止画)で表現している。どうやってミュージシャンの雰囲気を捉えているのかな。
Brikicho:彼らを撮るのはとても楽しい。僕のやり方は、ステージ上などで彼らを撮るのではなくて、自分のセットの中に呼び込むこと。彼らの雰囲気やサウンドは、写真という媒体においては、光と色に置き換えることができる。どちらも同じアート。ただ媒体が違うだけなんだ。つまり、音からビジュアルへと変換するという作業は結構スムーズにできるものなんだよ。
マキ:非常におもしろい見方だね。色覚障がいをきっかけに、色を音に変換するアンテナを頭蓋骨に埋め込んで、色を聴き、さらに世の中の音をビジュアル化することで、音を色として「聴く」という体験をさせてくれるビジュアルアーティストのニール・ハービソンのアート表現と何か共通点を感じる。
Brikichoの今の話、例えば具体的な写真で説明してもらえる?
Brikicho:例えばこれは最近のプロジェクトで、アーティストのThe Red Acapellaを撮ったもの。
彼らの音楽は、ゆっくりで、イージーな感じで、クール。だからちょっと寒色系をベースを使ったスタイリングをしたりした。
マキ:とてもクールな写真だね。風景のほうはどんなプロジェクトに取り組んでいるの?
Brikicho:自分のクリエイティブ・プロジェクトとしては2つあって、一つは、自分の故郷であるキリニャガ(ナイロビの北東約100kmに位置する地区)に関するもの。自分の故郷に敬意を示すような意味をもっている。キリニャガの日常や、友人を撮っている。
もう一つは、「City of Dreamers(夢見るものたちの街)」というプロジェクト。これはFits Collectiveとしてやっているんだけど、ナイロビの街や人を記録している。ケニア、そしてアフリカは自分の故郷。自分を形成してきた要素。だからこそ、このアフリカ大陸を記録し続けたい。
「自分たちの挑戦は、小さくない。だからコレクティブを作る」
マキ:Fits Collectiveについてもう少し教えて。どんな取り組みで、3人はどのように出会ったのかな。
Brikicho:Fits Collectiveは、自分を含めた3人の写真家でやっている。他の二人は、マガティ・マオサとセリナ・オニャンド。3人ともフィルム写真をやっている。最初はInstagramがきっかけで友達になった。そこからフィルム写真という共通点が出てきて、コレクティブを作ろうという話になった。
マキ:やっぱりSNSをきっかけに出会えるっていいよね。
Brikicho:それぞれが本当の自分を表現してれば、オンライン上でも実際に会うのと同じぐらいの感覚で意気投合することができると思うよ。でも実際に2人に会ったら本当にすごく衝撃的だった。すごく意気投合したし、今もそう。
マキ:コレクティブとして活動する意義ってなんだろう。
Brikicho:やっぱり第一に、一緒になることでより大きな声をあげられる、いや、むしろより大きな存在になれること。フィルム写真はいろいろお金もかかったりして大変だけど、一人でやるよりコラボレーションすることで、メリットが大きい。コレクティブとして活動することで、より大きな支援が得られたり、コンタクトもできやすい。
クリエイティブ的にも、一緒に活動する意義がある。それぞれが別の視点をもっているから、3人それぞれの視点が、コラボレーションしている。ただそれぞれの作品を一緒のプラットフォームでシェアするだけではなくて、実際のクリエイションプロセスも一緒にやっているんだ。
もちろん、よく一緒に過ごしている友達同士でもある。最高なんだ。ステキなことだよ。
マキ:大きな存在になれることの意義ってなんだろう。
Brikicho:自分たちの挑戦は小さくない。フィルム写真をアフリカ全体に広めたいと思っているんだ。まずは、ナイロビから、ケニアから、フィルム写真を広めていきたい。
一緒にやっているセレナも言っているけど、、写真がいま(ケニアで)ブームになりつつあるからこそ、写真の基礎を改めて見直したり理解したり、周囲の環境や被写体の美しさを認識する必要がある。何か(結果だけ)が即座に評価されて、そのプロセスが見落とされてしまっているような、変化の激しい世の中におかれているからこそ。
あとこれはマガティが言っていることだけど、(フィルム写真は)人々と都市の対比を表現するのであれ、人物のポートレート写真であれ、すべてが瞬間瞬間の微細なところに近づくことを可能にする行程(journey)なんだ。
マキ:想いを共有する3人が作るコレクティブだからこそ、大きな挑戦ができるのかもしれないね。
「Brikichoは、写真で物語を紡ぐ『作家』になるんだ」
マキ:アーティストとして生計を立てていくことって、どんなアーティストにとっても難しいことだと思うけど、Brikichoはその辺りはどうしているの。
Brikicho:なんとかいい感じになってきたところかな。最初は親もあまり理解してくれなかったけど、今は僕のビジョンも理解してくれて、才能も認めてくれている。精神的にも、経済的にも家族は応援してくれているよ。
いまは基本的にアーティストとして生計を立てることができている。写真家として仕事がもらえている。でも他のビジュアルアーティストでもっと多くの収入を得ている人もいるし、必ずしもアーティストは稼げない職業だとは思わない。ケニアのビジュアルアートシーンはすごく盛り上がっている。成功している人も沢山いる。何かうまくいくかをしっかり見極めてやっていけば、お金は入ってくるんだ。
マキ:クライアントワークとしては、どんな活動をしているの。
Brikicho:例えば最近だと、スミノフアイス(リキュールを使ったお酒)のプロモーションを、別のナイロビのクリエイター兼モデルのアレクシスと一緒にやった。プロジェクトとしては、はっきり言って、いかに商品を売るかということを考えてた。でもその上で、どう自分たちを表現するかが重要だった。
マキ:自分たちを表現するというのは、どういうことかな。
Brikicho:アートには、2つの視点があって、観衆の視点とアーティストの視点がある。アーティストが自分を表現することは非常に重要だと思う。自分をリリースすることでもある。僕は、自分の作品を見ると、(自分は被写体ではないが)自分自身がそこにいると感じることができる。ある意味、癒しのようなプロセスでもある。
マキ:自分自身がそこにいる。そう思えた作品をちょっと紹介してもらえるかな。
Brikicho:例えば、これはSpice Lifeという作品で、2人のモデルがカラフルで「スパイシー」な色の洋服に身を包んでいる。一方で、彼らの表情は対照的だ。これは僕のその時の感情でもあるんだ。撮影するときに現場には「ハイプ(盛り上がり)」があったけど、内面的には違った感情が僕のなかにあった。
マキ:作品をつくるとき、誰か特定の観衆を意識しているの?
Brikicho:正直あまり考えたことないな。僕はただ作品を作っている。自分が撮りたいものを、興味が湧くものをとっているんだ。
マキ:これからBrikichoはどこに向かっていくのかな。
Brikicho:未来は今とつながっている。今やっていることが未来につながっていくんだ。具体的には、自分の作品を本にして出版したいと思っている。Brikichoは、写真で物語を紡ぐ「作家」になるんだ。
あとは、アイコンとなるような写真を撮りたいとは思ってるよ。
マキ:アフリカの現代アートがもっと世界に広まっていくにはどうしたらいいかな。
Brikicho:とにかくシェアする場を増やしていくことかな。ギャラリー展示でもいいし、とにかく世界のより多くの人が、アートに触れる機会が増えることが重要。
創作活動は多分にある。本当に盛り上がっているんだ。それをもっと発信するという側面において、僕たちは世界とのコミュニケーションがうまくできていないだけなんだ。
Brikichoが発する、フレッシュで荒削りな言葉、素直な回答には、何かアーティストがものを生み出すことの作業の本質的な部分があるように感じました。
フィルム写真という媒体を使って生み出される彼の作品そのものも素晴らしいですが、フィルム写真に向き合うことで、自分自身と向き合っている彼の生き方そのものに、わたしは心を動かされました。そして何よりも彼は仕事や人生を楽しんでいるように見えます。BrikichoとFits Collectiveの存在が、これからもっと大きくなっていくその過程を観察し続けたいです。
Brikicho
Instagram(Brikicho)|Instagram(Fits Collective)
フィルム写真にこだわり、ナイロビを拠点に活動する若手写真家。他2名の写真家とともに、フィルムでキャプチャーしたストリート写真を展開する、Fits Collectiveのメンバーでもある。
マキ
ノマド・ライター
Maki & Mpho LLC代表。同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。