ソーシャルメディアを頻繁に使っている現代人にはお馴染みの「いいね!」や「タグ付け」、「フォロワー数」。それらの表示をタトゥーシールにプリントして人の顔に貼る作品を制作するアーティストがいる。台湾人アーティストJohn Yuyi(ジョン・ヨウイ)だ。
作品のモチーフはそれらにとどまらないが、ソーシャルメディア特有の要素や、そこにアップロードされた写真が拡散されていく無限のループなどを表現することの少なくない彼女。近年ではGucci(グッチ)などハイブランドや、NYLON JAPAN(ナイロン ジャパン)のようなファッション誌のアートワークを手がけたことでも世界的に知られている。そんな彼女が日本に滞在していることを聞きつけ、筆者はインタビューを申し込んだ。Instagramのフォロワーが14万人以上いる彼女の、SNSとの付き合い方はどんなものなのか直接聞いてみたかったのだ。
友だち同士のコミュニケーションツールから仕事を得るものへ
彼女とのインタビューを行ったのは、8月のとある日。まずは、1991年生まれで現在27歳の彼女のソーシャルメディア遍歴から聞いてみた。
中高生のときはまだスマホがない時代で、台湾のSNSを使って友達同士でセルフィーを見せあったり、「この音楽いいよ」って教えあったり、あとは学校の人気者をフォローしたりしてた。そのあとはあんまりアクティブじゃなかったけどTumblrを使ったこともあったし、FacebookやInstagramを使うようになって、自分の作品を投稿するような使い方へと変わっていった。
日常的なものを投稿して親しい友人間のコミュニケーションを楽しむツールだったものから、世界の人たちへ発信できるプラットフォームへと変化していったソーシャルメディア。いつしか名刺やポートフォリオ代わりに作品を見せたり、仕事のオファーを受ける手段となったりした、この発展の模様は、彼女のような1990年代生まれにとっては自分自身の成長とともにあったものかもしれない。
ソーシャルメディアをアートワークの題材に
ヨウイは大学でファッションデザインを専門に学んでおり、アートワークを作り始めたのは2013年頃。不安症を抱えるなどメンタルヘルス面で悩んでいた彼女は、粘土をこねたり刻んだりすることで「癒し」を得ていたというが、いつからかそれで作品を制作するようになった。それを自身の服飾の写真プロジェクトと組み合わせたのが現在のアートワークの始まりで、その後比較的時間のかからないタトゥーシールを使った作品制作に移行した。
by John Yuyi
by John Yuyi
作品を作っている間は集中できるため抱えている不安(完璧でいることを自分に期待するプレッシャー)を忘れていられ、それが彼女のモチベーションにつながっていた。アートワークの題材にソーシャルメディアが多いことについては、「インスタグラマー」や「ユーチューバー」などの職業が生まれるくらい、社会的にソーシャルメディアの存在が大きいことが関係している。そして同様に、ソーシャルメディアをプラットフォームに作品を公開したり、クライアントからオファーを受けたりしていることから、彼女自身がある意味で「ソーシャルメディアの世界で生きている」という事実も理由としてある。
美術館でピカソのような有名なアーティストの作品を見ていて気づいたのが、それぞれの生きた時代の様相を写し出していること。私もそのように、作品を通して自分のおかれた時代をドキュメントしてる。
彼女の作品ではヨウイ自身が被写体を務めることが多いが、それは自己顕示欲のためではなく、初めはただ「モデルを雇うお金がなかったから」だという。
自分なら時間も場所も好きなようにできて一番フレキシブルだと思ったんだ。今でも人に対しては気を使いすぎてしまうから、自分だけのほうが気楽にできるというのもあるし、自分の体や顔のほうが自分の思いを入れやすいっていうのもある。
お金がなかったから、他人には気を使いすぎちゃうから。図らずともソーシャルメディアの恩恵と混乱のなかに生きる彼女自身が被写体となることが「ソーシャルメディアの次元を生きる人間の心情」を強く見る者に感じさせている。
ソーシャルメディア時代を生きる人たちの持つ“二面性”
Instagramで14万人を超えるフォロワーを持つ彼女。アート界のみならずファッション界でも活躍しているため、一般人ならメディアを通してしか見ることのない有名人ともパーティーなどで対面することがある。そんな彼女に、「ソーシャルメディアで見たことのある人と実際に会って、イメージと違うって感じたことはある?」と聞いてみた。返ってきた答えは意外なことに、彼女は他人ではなく、むしろソーシャルメディア上の自分と実際の自分の間に乖離を感じるという。
私たちはこの世界においてふたつの次元で生きていて、そのひとつが現実世界で、もうひとつがここ(スクリーンのなか)。同じ方向を向かっているけど、それぞれ別の次元にあるんだ。特にゴージャスなファッションイベントに参加したあと、地下鉄とかの安い交通手段を使ってすごく狭いアパートの部屋に戻るとき、それを強く感じてしまう。イベントで写真を撮られているを私を見て何者かだと思うかもしれないけど、決してそんなじゃない。
友人と手紙を交換していた時代が恋しく思えることがある、と彼女は口にしていたが、生まれたときからソーシャルメディアが存在している世代にとっては、「こんな投稿をしたら自慢しているように見えるかな?」「私ってソーシャルメディア上でアクティブすぎる?」などと、自分が他人からどう見られているのかを幼いうちから気にしなければならなくなっているだろう。
ここでさらにヨウイは、アーティストの自分自身について、こんな興味深い発言をした。彼女のインスタグラムのアカウントを見て連絡してきた人が、彼女がアーティストではなくアーティストの被写体だと思い込む人もいるのだ。それがさらに、彼女が自身の“二面性”を強く意識せざるをえなくしているのかもしれない。
私は自分のことをJohn Yuyiという名前の歌手かアーティストと契約を交わした事務所みたいに感じる。私が男性で、いつもガールフレンドを被写体に写真を撮っているのだと思っている人もいるし。
彼女のソーシャルメディアとの付き合い方
ソーシャルメディアの日常的な使用が、ティーンエイジャーの精神面に悪影響を与えているという研究結果が出ている。彼女にとってはどうなのか。ソーシャルメディアを使って仕事を得ているアーティストとしてソーシャルメディアを使い続けることには当然、困難もある。ソーシャルメディアの世界は圧倒的に速く、5日間何も投稿しなかっただけでまるで一ヶ月間投稿していないように思われたと彼女は話す。
ソーシャルメディア自体は、私がメンタルヘルスの問題を抱えている主な理由じゃない。メンタルヘルスの問題があるから、何日か投稿していないと不安になってしまうことがあるけれど。一日中寝てしまったときのような、自分は何もしていないという感覚がすごく嫌いなんだ。私はもうソーシャルメディアに「誘拐」されたような気分でいる。
最近はどうソーシャルメディアと付き合っていけばいいのかわからなくなるときもある、と話すヨウイ。世界を飛び回って仕事をする彼女の忙しさは変わらないものの、作品作りや自分自身のペースを少し減速しようとコントロールを試みている。それから気をつけているのが、ソーシャルメディアのためにアートを作らないこと。プラットフォーム自体が下火になったとき、それに依存したアーティストも同様に活動していけないだろうという恐れを感じるからだ。さらにオリジナリティを追求するうえでも、プラットフォームのトレンドにとらわれないことは大切である。
ソーシャルメディアとどう付き合っていくべきか
ソーシャルメディアは最新情報を得るにはもってこいだし、自分の作品などを簡単に世界へ公開できるプラットフォームとして有用だが、重要なのはそれに飲まれたり踊らされたりすることなく常に客観的な視点を持ちながら利用することかもしれない。
「もしソーシャルメディア上で死んで、現実世界だけで生きることになったら?」
「もし自分は死んでいるのに、誰かが代わりにアカウントを使い続けてソーシャルメディア上で生き続けていたら?」
ソーシャルメディアの時代に生きる人々の“二面性”について話していたとき、彼女は自分自身にそう問いかけることがあると言っていた。それぞれの面が交差することがあるのはいうまでもなく、たとえばネットの次元で起こったいじめにより現実世界でも生きづらくなってしまう学校や職場でのネットいじめや、有名人がネットの次元で叩かれてアカウントが炎上することでメディアに出づらくなってしまうようなことがその例だ。複雑に絡み合うそんな二つの面から生じるリスクについて理解しておくことは、この時代にソーシャルメディアを利用することを選んだ人にとって重要なのであろう。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。