米国・ニューヨークが舞台のドキュメンタリー映画にもかかわらず、劇中英語を聞くことはほとんどない。そんな『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』は「世界の最も偉大なドキュメンタリー作家」と称されるフレデリック・ワイズマン氏の記念すべき40作目である。
英語以外の言語の使用率が高いことに表されように、同作の舞台となったニューヨーク、クイーンズ区北西に位置するジャクソンハイツは「人種のるつぼ」である。2015年の統計によれば、ヒスパニック系が57%、アジア系が19.8%、白人系が14.3%、アフリカ系が3.5%。この町では、実に167もの言語が話されている。
189分におよぶ今作は、ナレーションや登場人物へのインタビューは一切ない。それらを「観客を直接映画に関わらせることへの障害になる」と考えているワイズマン氏は、ジャクソンハイツの町や住民を淡々と映し出す。
作中に出てくるのは、中南米系、ユダヤ系、インド系、イスラム系、セクシュアルマイノリティ、シニアたちと、人種・セクシュアリティ・世代のあらゆる面で多様である。しかし、ワイズマン氏はこの町を理想的な「多様性の実現された場所」として描いているわけではないように思えた。映し出されるのは、自身の権利のために闘っている人ばかりである。
一例を挙れば、ジャクソンハイツはジェントリフィケーションの問題に直面している。ジェントリフィケーションとは、比較的貧困にある層が多く暮らす地域に新産業の発展や再開発などを目的とし、大企業が介入、それにともない比較的裕福な層が流入することによって地域の構成が変化する現象である。地域の安全化などが謳われるが、もともとその地に住んでいた人々は家賃や物価が上がり、居場所を失ってしまうことが問題とされている。
作中でも、小規模の商業を営む地域の商店主が集まり、このジェントリフィケーションにどう立ち向かうかとヘアサロンで会合が行われているシーンがある。
ほかにも、差別的な態度を見せたレストランや不当に詮索を行う警察に対する問題を話し合うトランスジェンダー・コミュニティの会合や、ヒスパニック系の移民が集まり、国境を超えたときのトラウマやアメリカでの労働問題について話し合う会合など、とにかくこの町には会合が多い。問題があれば会合がある、といった感じである。
問題こそあれど、自分の権利のために議論し、答えを見つけようと協力しあう人々の姿は、民主主義を揚げるアメリカの本来の姿なのかもしれない。
「住民が、何が起こっているのかわかっていないのが問題」だと、対ジェントリフィケーションの活動家は言った。
今の日本を生きる私たちもそれは他人事ではない。忙しい毎日を送っているうちに、社会に何が起こっているのか知らぬまま、政府や権力者によって大切な決断が下されていく。
社会に存在する問題を見つめ、議論し、挑戦するジャクソンハイツの住民の姿にこそ、今の日本に生きる私たちが学ぶべき何かがあるように思えた。
『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』
2018年10月20(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー
(C) 2015 Moulins Films LLC All Rights Reserved
監督・編集・録音・製作:フレデリック・ワイズマン
2015年/アメリカ・フランス/189分
配給 チャイルドフィルム/ムヴィオラ
ドキュメンタリー映画の巨匠フレデリック・ワイズマン
日本公開最新作『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』
公開記念トークイベント
2018年11月4日(日)
時間:17:00〜19:00(受付開始16:15)
料金:1,500円(1ドリンク込み)
※「全貌フレデリック・ワイズマン」ご購入の方はドリンク代500円のみでご入場できます
会場:神保町ブックセンター
東京都千代田区神田神保町2-3-1 岩波書店アネックス1F
Tel:03-6268-9064
1967年の第1作から50年以上のキャリアを持ち、アメリカを代表するドキュメンタリー監督として、世界中から尊敬されている巨匠フレデリック・ワイズマン。その記念すべき第40作目で、第28回東京国際映画祭で上映されて好評を博した本作が『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』の邦題で、10月20日(土)よりイメージフォーラムを皮切りに全国順次公開されます。
これを記念して、ワイズマン監督に単独インタビューを行ったこともある映画監督の舩橋淳さん、そして「全貌フレデリック・ワイズマン」の共編著とブックデザインにも携わられたグラフィック・デザイナーの鈴木一誌さんをお招きし、ワイズマン監督作品について存分に語って頂きます。