日本には400万社以上の企業が存在する。そこには、さまざまな思いを抱えながら日々働いている何千万人もの人がいる。
そんな莫大な数の企業のなかから、「社会にいい影響を与える企業」に焦点を当て、個人のストーリーを通して、その企業のありかたに迫る新シリーズ『手前味噌ではございますが』。このシリーズでは、そこで働く人が思わず「手前味噌ではございますが…」と、心の底から情熱を持って話せるような企業のみを紹介していく。
一個人として社会にどう貢献できるのか、どう消費をするべきなのか(どんな企業をサポートするのか)、どう働くか、そしてどう生きるか。もしかしたらそんな普遍的な質問への答えのヒントとなるかもしれない。
第二回となる今回は、トラックの荷台に砂埃や雨風を防ぐために取り付けられているシート状の幌をアップサイクルし、オリジナリティあふれるバッグを人々に届けているスイス発のブランド「FREITAG(フライターグ)」で働く岡田親洋(おかだ もとひろ)さんに話をうかがった。
岡田さんのストーリーを通して、FREITAGという企業を知る。
好きなことを本気で追いかける姿勢
FREITAGは1993年に機能性、撥水性、耐久性に優れたバッグを探しもとめていたデザイナーのフライターグ兄弟、マーカスとダニエルによって始まった。街中に走る色とりどりのトラックのほろを再利用し、基本素材として作ったバッグを提供する、環境にも優しく頑丈で、個性的なデザインが印象的なバッグのブランドだ。
岡田さんは現在、大阪の南船場地区に佇むFREITAGの直営店舗にてマネージャーとして働いている。今年で26歳になった彼は大学生の時に様々なブランドの商品を扱う大手アパレル企業にて販売員として働き始めた。大学卒業と同時に同社のPRの部署に配属され2017年まで6年間洋服に関わる仕事をしていた。FREITAGとの出会いは、実はその6年間の中にある。
お店で扱う商品の中にFREITAGがあって、僕はそのときFREITAGが何か知らなかったんですよ。その時に全てリサイクルの素材を使用したプロダクトだと言うことを教えてもらいました。しかもそれぞれが一点物だという魅力にすごく惹かれたんです。
岡田さんは18歳でFREITAGのとりこになり、20歳のときにはヨーロッパでFREITAGの商品を扱う店舗すべてに足を運んだという熱烈なファンのひとりでもある。彼が本格的にFREITAGで働きたいと考えるようになったのは、二度目のスイスでの滞在で、当時勤めていた会社のPRとしてFREITAG本社「Nœrd(ナード)」にFREITAGとの企画に関する出張で訪問したときだ。そこで目にしたのは、上司、部下の階級はなくフラットに活き活きと働くスタッフの姿だった。
各セクションで働いてる人たちの様子を見て、すごく楽しそうでした。驚かされたのは、FREITAGという会社はホラクラシーという組織形態を採用している事です。リーダーみたいな決定権がある人っていうのがそんなにいないんですよ。各セクション毎に全員できちんと決めて、それぞれが責任をもって仕事をするっていうスタイルがカッコいいなって思いました。
ゴミひとつない岐阜の自然豊かな地で育った岡田さんは小学生の頃は当たり前のようにゴミ拾いをしながら学校に通うことが日課だったという。そんな彼の故郷に根付く自然を大切にする習慣が、FREITAGの環境への配慮を忘れない姿勢と重なる。
地元が岐阜のすごい田舎の町で、川がすごく美しくて、山もたくさんあって、ダボス*1のような自然しかないところなんですよ。小学校の時、みんな通学しながらゴミ袋を持ってゴミ拾いをしてて、それはみんながずっと当たり前でやってきたことでした。
また、出張訪問したときにほかに目にしたのが、エアコンなどの空量設備を使わず自然の風を通すことで空調管理を行っていたり、貯水された雨水を使ってタープなどの素材を洗っていたりするなど、自然環境への配慮が行き届いたオフィスだった。ブランドのコンセプトと働き方が一貫していて、その中で働いているスタッフの活き活きとした仕事への姿勢に彼の「FREITAGで働きたい」という気持ちが本格的に動き始めた。
実際に現地に行って体感する情報ではその説得力が全然違いました。「マジでやってるな」っていうことを感じましたね。スタッフが本当にみんな楽しそうに働いてたんですよ。やりがいを持って活き活きとしていました。そこのスタイルがなんかかっこいいなって。
寝ても覚めてもFREITAGのことを考えているという岡田さん。スイス本社で見たFREITAGのスタッフの働き方は、「好きなものに情熱を注ぐことが仕事である」というシンプルなものであったと語ってくれた。彼はFREITAGとの企画が終わった後、当時の上司に「これからは会社の商品全部を、大好きなFREITAGと同じくらいPRしなきゃだめだよ」と言われた時「まったくその通りだ。僕は会社で取り扱う商品すべてに愛情を注いでPRすべきだけれど、僕にそれはできない」と感じたという。
僕はPRとしていろんなブランドを紹介できるプロではなく、FREITAGのPRのプロになりたいと思ったんです。FREITAGが大好きだから。僕は広く浅くというタイプではなくて、自分の好きなモノを突き詰めていくタイプなんです。自分の大好きなモノなら、真っすぐに向き合って全力を注ぎたくなります。
(*1)スイス東部,山間部に位置するグラウビュンデン州の都市。FREITAGの直営店舗がある。
自然に生まれる購買の形
彼は名古屋に位置する大学への進学と同時に大手アパレル企業にて販売員としてアルバイトを開始し、学生時代から「洋服に関わる」ということを貫いてきた。人が仕事を選ぶ時、「本当にその仕事がしたいのか」ということを踏まえて考えていくことが、将来的に「仕事に本気で取り組めるのかどうか」に深く関わってくるということが岡田さんの仕事への姿勢から感じられた。彼のその姿勢は、就職活動などの”将来の仕事“について考えるためのヒントになるのではないだろうか。
学生はやりたいことにきちんとアンテナ張るべきだと思うかな。もちろん、ただ好きなことをして遊ぶのもひとつの手だけど、「これ興味あるな」っていうのがあれば、それの延長線上にある企業でインターンをやってみるとか、面白そうだなってところで実際にやってみたらいいと思います。僕には延長線上にやってたものがここにあったからよかったものの。やってみないとわからないです。
また、岡田さんはお店でお客さんと出会う中で「FREITAGのプロダクトを”売ろう“とはしておらず、”ストーリーを伝えている“」のだと語ってくれた。それぞれのプロダクトひとつひとつの背景にはデザインへのこだわりや、環境への配慮、使い心地を考えた設計など、お店に並ぶ状態になるまで、FREITAGならではのストーリーがいくつも詰まっている。そんなストーリーを心から”いい”と思ってくれた人が結果的にプロダクトにお金を払ってくれているのだ。
僕にとって売るっていう感覚はありません。「お客さんにストーリーを伝えて、それに感動してくれて買ってくれて、また遊びに来てくれる」ってこのサイクルが最高に心地いいです。
FREITAGは「本当にいいものは人伝いに広まっていく」という考えのもとに基本的に広告を通した宣伝活動を行わないという。このようなビジネスへの考え方からも「売れればいい」という考え方ではなく、本当に使いやすく長く使ってもらえるモノとサービスを広めていこうとする姿勢が垣間見える。
例えば、”手術”と呼ばれるバッグの修理をするチームがある。修理チームではかなり使い古されたFREITAGのバッグも直すことができる職人の技術と環境が整っており、購入した人が長く使い続けられるための体制がある。もう一つは、”PP BAG“と呼ばれるポリプロピレンで作られた、ショッパーの代わりに有料で販売しているバッグ。一度持って帰った有料のPP BAGを購入店舗に返すことによってその代金を返金してくれる。返されたPP BAGはまた誰かの役に立ち、またお店に返ってくるのだ。
サステイナブルについて本気で考え、生み出されるプロダクトのデザインや質も実際に形にしていく実行力が素晴らしい。そんなFREITAGのストーリーから広まる独自の世界観が岡田さんの言葉に詰まっていた。
僕もストーリーを伝える上で決して嘘を言ってません。こういうプロダクトは匂いもあるし汚れがちょっと気になる人もいると思います。僕たちの感覚に合って、賛同してくれる人たちがいいと思ってくれればもうそれでいいんです。万人ウケはしなくていいんで。
FREITAGはどこまでも“いいこと”にこだわっていた。その”いい“とはバッグを使う人にとってでもあり、FREITAGで働く人にとってでもあり、地球のためでもある。そんなFREITAGに夢中な岡田さんも、「本当にいいもの」に向かって誠実にまっすぐだった。好きなことややりたいことを目指すことは正直簡単なことではない。だが、岡田さんのように目指したい未来にむけた思考を行動にして体現する努力を重ねることで何か見えてくるものがあるはずである。