皆さん、ご機嫌いかがですか?
柳下です。
神楽坂で「かもめブックス」というお店や、日本橋で「ハミングバード・ブックシェルフ」という本棚専門店をやっています。そんな僕が、本でみなさんの悩みにこたえていこうというのがこの連載です。
どうぞ、お付き合いくださいね。
ん?
「本でみなさんの悩みにこたえる?」
それって、どういうことでしょう?
本っていいですね。
僕は本が大好きです。
だから、本屋以外にも友人と「ブックマン・ショー」という「読書普及」をしていたりします。
いろいろと活動をしていますが、「ビブリオ人生相談」はいつも、喜んでもらえます。
そう、本が!
本が、僕たちの悩みにこたえてくれる。本には大抵のことが書いてあるから。
イベントとして、リアルスペースで行うブックマン・ショーの「ビブリオ人生相談」は、いつもは本屋で行います。
僕がその、本屋に挿してある本の中から、みんなの悩みを解決する本を見つけて、そして、目的のページの目的の場所に付箋を貼る。
僕がしたいのは読書普及だから、悩めるあなたは、いきなりその付箋の箇所を読むのではなく、本のはじめから読んでいって、やがて、その付箋の箇所を読んだときに、君の悩みが解決されるというわけです。
信じられないでしょう?
企画倒れしそうなこの企画が、これまでに全部なんとかなったから不思議です。
とにかく、生きていればうれしいことはたくさんある。
でも、つらいこともあったりする。みんな、きっと悩みってありますよね?
安心してくださいね。
「ビブリオ人生相談」で、きっと、その悩みは解決されますから。
今回のお悩み
早速ですが、悩みをご相談させてください。
色々な物事に興味を持ちきれないのがずっと抱えている悩みです。
例えば人間関係では、他の人への興味が薄いので、その人についての情報(住んでいるところ、職業、趣味など)をあまり覚えられず、なかなか深く付き合うことができません。
また、趣味や好きなことはいくつかあるのですが、どれも中途半端(いわゆる「にわか」のレベルです)のため、同じ趣味の人との間でも話についていけなくて恥ずかしい思いをしています。
実は一番好きなことは本を読むことで、秋から校正者に転職する予定なのですが、自分は本当に仕事にするほど本や校正が好きなのか?やりたくないことから逃げるために安易に校正者を目指しているのではないか?…などと時々考え込んでしまい、とても不安です。
有名な校正者であり、本を愛していらっしゃる柳下さんに相談するのは少し怖いのですが、もしよければアドバイスを頂けますでしょうか。よろしくお願いします。
プロの給仕は、暑くてどんなに喉が渇いていても、運んでいるお客さんのビールを飲もうとは思いません。どんなに美味しいビールを運んでいても、どんなにビールが好きでも、それはお客さんに届けるビールであり、自分のものではないから。
プロの校閲者も、その本を読み終わったあとに「あ〜面白かったあ!」と感じてしまっては、それは仕事として失敗です。
どんなに本が好きでも、校閲をする以上、その本との距離感は適切でなければいけません。
つまり、本や文字が好きなことは、優秀な校閲者であるこの必要条件ではないかもしれない。
さて、僕のことを「有名な校正者」と言ってくださって、なんだか気恥ずかしい感じもしながら(ありがとう!)、そもそも校閲というものは裏方なので、校閲として「有名であること」はまったく価値を生み出さなかったりします。
有名か無名かによらず、ゲラに書いた指摘が、その校閲者の価値を決めるすべてなのです。
仮に「やりたくないことから逃げるために安易に校正者を目指している」としても、ゲラに書きこんだ指摘に驚きがあれば、その仕事は完成しています。
逆に言えば、いくら本を愛していても、眠たい指摘しか出せなかったら、それは本にとって良くないことです。
僕は本を読むことが大好きです。愛しているといってもいい。
でも、校閲と読書って、そもそも違う行為です。
校閲には畏怖もあり、軽々に「好き」というだけでもないんですよね。仕事ですから。
こんなことを書くのは、ドライすぎるかもしれない?
うん、新しく仕事を始めようとする人にはふさわしくない言葉かもしれない。
でも、まず、僕の愛する出版の世界にようこそ。心から歓迎します。
新しく仲間が増えることは、一緒の世界に来てくれることは、とてもうれしいことです。同じ業界にくるからこそ少し言葉が強くなるのは、ごめんなさい。身内には甘えちゃうよ。
覚えておいてもらいたいのは、まず、職業的な技術と心構えは、個人的な好き嫌いとは別軸として存在するってことです。好きな小説を、本になる前に校閲として読むことと、本になってから読者として読むことは、やはり違う悦びだと思うのです。
そのうえで!
「おいしそうだなあ!」と思われて運ばれたビールは祝福されていて、給仕がビールを愛していたら、やはりそのビールはおいしくなるような気がします。うん、おいしくなるのです。
換言すれば、よいサービスはそこから生まれると思うのです。
行ったこともないソウルの銭湯がなぜか懐かしくなる本「서울의 목욕탕(ソウルの温泉)」
今回、読んでもらいたい本は、韓国の編集者/デザイナーのジョユンくんが作った本、「서울의 목욕탕」です。ソウルの温泉という意味です。この本は「ソウルの銭湯の写真集」で、言ってみればそれだけの本なのですが、しかし、そこには愛がある。
この本の、湿度のある淡い水色の発色は、まるで銭湯の湯気のようで、だからなのか、行ったこともないソウルの銭湯なのに、なぜか懐かしい。
郷愁、哀惜、懐古。
自分の記憶の一部が共有されているような写真集は、製本や装釘もしっかりとした仕事がされている。
きちんとしたプロの仕事の上で、やはり、銭湯が好きで好きでたまらないだろうなっていう愛情にあふれている。
技術の上に愛のある仕事はいいなって思います。
「なにかを好きでいること、強く愛情を持つこと」は、もちろん大事なことだと思います。
でも、愛情を表現するためには、まず、きちんとした職業的な技術が必要です。
技術を身につければ、できることも増えて、好きとか嫌いとかの二元論ではなく、もっとピッタリと、身体性と精神性が近づいていきますから。
好きだから仕事にするのか、仕事だから好きになるのか。
ニワトリとたまご、どちらが先でもいいかもね。
繰り返しますが、僕の愛する出版の世界にようこそ。
いつか、一緒に本を作る日が来るといいですね。
今回もたくさんのご応募ありがとうございます。
皆さんが送ってくれた、皆さんの悩みのすべてに、お答えできなくてごめんなさい。
困っていること、考えていること、知りたいこと。
僕は何者でもないけれど、本が教えてくれると思います。
本には大抵のことが書いてあるから。
さて、次が最終回です。
皆さんのメッセージ、お待ちしていますね。