2020年、新型コロナウイルスの拡大によって官民を問わず既存の仕組みが再考されるなか、劇場やライブハウスなど“現場”を主体にしたエンタメの領域は特に変化を迫られた。
劇場は多くの場合いわゆる3密が基本になるため、土台ごと揺さぶられる事態に至ったわけだが、その渦中において先陣を切り、新たな可能性を示したのが「劇団ノーミーツ」だろう。
“NO密で濃密なひとときを”をテーマに、スタッフや役者などの制作陣が一度も直に会わず、全て遠隔作業で準備を重ね、オンライン上演まで行ってしまう異例の劇団だ。
2020年4月に結成され、当初は短編をSNSに投稿し徐々に注目を集めた。Twitter上で大きな反響を呼んだZOOM演劇「ダルい上司の打合せ回避する方法考えた」でその存在を知った人も多いかもしれない。5月には旗揚げ公演「門外不出モラトリアム」を上演。これが数千人の観客を集めたことで一躍注目され、第2回公演「むこうのくに」では前回を超える集客を達成。12月には、第3回公演「それでも笑えれば」の上演を控えている。
こうして新たなジャンル「オンライン演劇」を確立させ、その旗手として先人のいない道を行く彼らは今、電機メーカーのパナソニックから依頼を受けて、「ソウゾウするやさしい展」に参画している。
同展は“やさしさ”をテーマにしたコンテストなどを実施する企画展で、会期は2020年11月3日から12月27日まで。3つのコンテストをTwitterやnote他で開催しており、その投稿作品の合計数に応じて、SDGs*1の達成に向けて活動する諸団体に寄付が行われる形になっているのだが、この企画展のコンセプトムービーを劇団ノーミーツのチームが制作した。
今回はこのコンセプトムービーに込められた思いを、劇団ノーミーツの主宰にして劇団の運営会社Meetsの代表である広屋佑規と、劇団ノーミーツの演出家でCMディレクターの岩崎裕介に聞いた。
(*1)持続可能な開発目標。「Sustainable Development Goals」の略称。2030年までに持続可能でよりよい社会を目指すために、2015年の国連サミットで採択された17のゴールと169のターゲットから構成される国際目標。
自分たちがやることの意義を徹底的に考える
「ソウゾウするやさしい展」のイベントも行われたパナソニックセンター東京の一角にあるスペースに座る2人に、パナソニックからの依頼を受けた理由を聞くと、「ノーミーツがやる意義を感じたからです」と広屋が答え、横からは岩崎が「即決だったよね」と付け足す。
2人を含め、コアメンバーは13人。メンバー総数は22人の劇団ノーミーツ。4月に公開した短編「ダルい上司の打ち合わせ回避する方法考えた」がTwitterのタイムライン上で話題になった頃から、企業からの案件が来るようになったという。メンバー全員が多様な領域のプロフェッショナルなため、企画から納品まで一手に引き受けることが可能なのだとか。
そんな新進気鋭の彼らには、TVCMなどさまざまな提案が舞い込んでいるらしいが、そこでイエスの決め手となるのは、常に「意義深ぇ」かどうかーー劇団ノーミーツとしてやる意義があるかどうかにあるそうだ。
広屋:「コロナ禍に対して少しでも何かできないだろうか?」という意思に少なからず共感したメンバーが集まった劇団だから、何かをやるときには自然と意義があるかどうかが指標になるんだと思います。例えば旗揚げ公演を有料にするかどうかでもかなり議論しました。でも劇団を続けるためにはマネタイズしないといけないし、何よりオンライン演劇というジャンルを開拓する劇団だからこそ有料にしました。後に続く方々や業界全体が元気になれれば良いなと思って。
岩崎:あとはスタッフさんや役者さんから、コロナ禍でどれだけ仕事がなくなったかリアルな話を聞いているので、めちゃくちゃ恐れ多いことを言うと、使命感もありました。最終的には先駆者としての自負みたいなものが働いたんです。「ここは強気に行くべ!」って感じで。
このように何かを決めるときや、提案を受けるたびに劇団のメンバーの間で「ノーミーツがやる必要性はどれぐらいあるんだっけ?」「これをやれば誰かがハッピーになるんだっけ?」と言葉が交わされるそうだ。この壇上にある日、議題として「ソウゾウするやさしい展」の話が上がり即決されたわけだが、なぜそうなったのか。どこに劇団ノーミーツがやる意義深さを感じたのだろうか。
日常にある一番小さなやさしさから描く
今回制作されたコンセプトムービーは、「ソウゾウするやさしい展」のキャッチコピー「ソウゾウリョクは、やさしさだ」を彼らなりに解釈し、身近なところにあるやさしさを、家の中にある5つの場面から想像したものだ。作中で描かれるのは、玄関に散らばった靴を並べる、使い終わったトイレットペーパーを新しいものに変える、食べ残しをしない、ティッシュではなくハンカチを使う、水を節約するといった本当に些細な場面だ。
岩崎:「ソウゾウリョクは、やさしさだ」ってタグラインがすっと入ってきたんですよね。自分のことで手一杯になりがちな今だからこそ、やさしさをテーマにすることに共感しました。そこにSDGsが重なるわけですけど、これを自分事にできるやさしさって何だろう…SDGsだとイメージとして大きいから、日常にある一番小さなやさしさから描くのはどうだろう…と考えていった結果があの5つなんです。
広屋:SDGsに関わる企画展のコンセプトムービーだからといって、例えばいきなり「環境問題を変えていこうよ」なんて作り方をすると響きづらいと思って。前に別でSDGsの企画をプロデュースしたことがあるんですが、そのときトップダウンなやり方は伝わりつらいと肌で感じたこともあって、些細で身近なところにあるやさしさからイメージを膨らませました。あの5つの場面は見た人が真似しやすくするために、全て家の中で起こる出来事にしてあるんです。
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また特徴的なのが、登場人物の表情が意図的に映されていないところ。演出を担当した岩崎いわく「人のいないところでやさしさが働いているんだよってことを伝えるため」なのだそうだ。5つのコンセプトムービーは、見ているあなたの周りにもあるであろうやさしさを想像するきっかけになる。
岩崎:ただ今回のコンセプトムービーだけで、SDGsへ直接的な貢献ができているとは言い難いと思うんです。劇団の活動だって、結果的に活躍する機会がなくなってしまった方に出演してもらうことに繋がっているけれど、始めた理由は本当に無邪気だし仲間内のノリですから。結果的に、なんですよ。
広屋:僕個人も正直SDGsへの意識が急激に高まったわけではないんです。ビニール袋が有料になったように、大きな目標を達成するためには、小さなことを積み重ねていくしかないんだろうなと。でも「これってやさしいんだっけ?」と思うことは増えたから、作り手の側には良い影響があって、それが見ている皆さんにも伝わっていたら嬉しく思います。
「アウトプットにおいて絶対に嘘をつかない」
最小単位のやさしさを描いたコンセプトムービーに過剰な演出はない。かといって、著名な役者を起用してその影響力に頼ろうともしていない。「かなり振り切ったアイデアですよね。僕の本業はCMディレクターなんですけど、仕事でいくつか企画を出すときに大穴に入れるようなアバンギャルドな案です。パナソニックさんはよくOKしてくれたなと思います(笑)」。映像のプロである岩崎がそう言うほどムービーは、やさしさをテーマに普遍的な本質を突こうと試みた、ある意味で挑戦的な仕上がりになっている。だがそれは経験として彼らが、正直で本質をついた表現がより多くの人に届くと考えているからこそだった。
広屋:最近は本当に思っていることを言った方が、理解してもらえるし、広がっていく感覚があって。誇張するよりも、ミニマムに本質をつくことを意識した方が、結果的に響くなあと思います。
岩崎:「これってこうだよね。以上!」ぐらいシンプルにね。我々はアウトプットにおいて絶対に嘘をつきませんから。
「やりたいことを全部挑戦する仲間内の遊びだった」という結成の当初から、一貫して自分たちの心の赴くままに進んできた劇団ノーミーツ。
彼らにしか分からない葛藤や迷いはあったであろうが、シンプルに表現するなら、彼らはみんなでやりたいようにやってきただけなのかもしない。だからそこに嘘はない。
さらに、新たな取り組みとしてオンラインにありながら実際の劇場のような臨場感をスマホやタブレットを用いることで場所を問わず体験・共有することができるオンライン劇場「ZA」を創設したばかりの彼ら。また新しいオンラインや劇団の可能性を世に向けて発信しているわけだが、そんな劇団がまだ結成から半年しか経っていないことに、改めて驚かされる。
インタビューの最後に、なぜこれほど矢継ぎ早に公演やアイデアを生み出せるのかと聞くと、岩崎は「やりすぎだよね! 俺はもっとみんなとお茶したり『TENET』見に行ったりしたいのにさあ!」と冗談交じりに広屋へ水を向け、苦笑いの主宰はこう答えた。
広屋:理由はやっぱりワクワクしてるからだと思います。アイデアを思いついたら早く出したくなってしまうんですよね。みんな前例がないものに対して、“正解かもしれないもの”をみつけていくことに面白さを感じてる。この前プレスリリースを出したオンライン劇場「ZA」も、夏にいきなり企画書を作ってきた劇団員がいて、それをみんなで「やべぇやべぇ」って興奮しながら日夜ふくらませていったんです。この企画書を作った張本人は「ZA」の支配人になったんですけど、彼と一緒に今いろいろ考えているところなので、楽しみにしてもらえると嬉しいです。
ワクワクを原動力に、遊び心を推進力にして、彼らはどこまで行くのだろう。それこそ想像は尽きないが、今後劇団ノーミーツが何をするにしても、たぶんそこに嘘はないんだろうなということだけは、なんとなく分かる。
「ソウゾウするやさしい展」
あなたのソウゾウが世界を灯す
想像することは、自分の外のものやことに想いを広げること。
たとえば、隣にいる人の心の中、遠く離れた国々の暮らし、動物や、地球の声。
暗闇と思っていた場所に、手を伸ばすこと。
手を伸ばした勇気はエネルギーに変わって
見えなかった世界にやさしい明かりを灯す。
想像してみよう。
灯った明かりが、繋がって地球を一周する光景を。
創造してみよう。
やさしい未来のためにできることを。
やさしさに包まれた未来は、あなたのソウゾウリョクから。
小さな勇気が、世界を灯す。
あなたのソウゾウしたやさしさが作品となるオンライン展示会です。
「やさしい大喜利」「やさしい物語」「やさしさのカタチ」の3つのコンテストを開催しています。
ソウゾウするやさしい展では、3つのコンテストに投稿された合計作品数に応じて環境教育を推進する団体への寄付を実施します。あなたのソウゾウリョクでやさしさを繋いでみませんか。
寄付先はこちら:公益社団法人日本環境教育フォーラム
(計10,000作品、100万円の寄付を目指しています。)
劇団ノーミーツ
2020年4月9日始動。”NO密で濃密なひとときを”をテーマに、打ち合わせから本番まで1回も会わずに活動するフルリモート劇団。自宅で楽しめるコンテンツを、自宅よりお届けします。
広屋佑規(ひろや ゆうき)
1991年生まれ。劇団ノーミーツ主宰・株式会社Meets代表。没入型ライブエンタメカンパニー『Out Of Theater』代表。コロナ禍で全ての仕事が中止となったなか、稽古から上演まで一度も会わずに活動するフルリモート劇団「劇団ノーミーツ」を旗揚げ。短編Zoom演劇作品のSNS総再生回数は3000万回再生超え、長編オンライン演劇公演「門外不出モラトリアム」は5000名、第二回公演「むこうのくに」は7000名を超えるお客様に自宅から観劇いただく。オンライン劇場『ZA』を建設。第60回ACC クリエイティブ・イノベーション部門ゴールド受賞。