2021年3月17日、北海道の同性カップル3組が起こした訴訟で、札幌地方裁判所は同性婚を認めないのは「違憲」だとする判決を下した。この判決は、日本の同性婚に関する法改正へ向けての大きな一歩になったとして、注目を集めた。
世界では2001年のオランダでの法制化を皮切りに、次々に同性婚の法制化が進み、現在29カ国で同性婚が認められている。日本でも独自のパートナーシップ制度を設ける地方自治体やSNSで声を上げる人々が増え始め、婚姻の平等への関心は少しずつではあるが高まってきているように見える。しかし着実に前進する他国を横目に、依然として同性婚が認められないのが日本の実情だ。
そんななか、同性婚をはじめとし日本におけるセクシュアルマイノリティが直面する生きづらさを少しでも減らそうと発信を続けてきたKanが、2021年9月にイギリスで同性パートナーと結婚することを発表した。
Kanは2019年にファッションや料理などそれぞれ得意分野を持った5人組「ファブ5」が「変わりたい」と願う人々を変身させていくNetflixの人気番組『クィア・アイ』にも出演している。以来、日本におけるセクシュアルマイノリティのロールモデルの一人になりつつある彼が、今日本を出て結婚することを決意したわけ、そして日本の婚姻制度について思うことを聞いてみた。
カナダ留学で知ったセクシュアルマイノリティが生きやすい社会
日本で生まれ育ち、ゲイとして日本での生活に生きづらさを感じてきたというKan。日本におけるセクシュアルマイノリティを取り巻く環境はまだまだ整ったものとは言い難い。彼が特に生きづらさを感じるのは制度とコミュニケーションの2つの面だ。
「生きづらさは今も日々感じています。制度の面だと、例えば日本には同性婚の制度がないので、パートナーがいても日本で結婚するという選択肢を検討することすらできない。周りにも同性カップルで結婚している人はいないので、自分の未来が描きづらいです。コミュニケーションの面だと、僕のことを知らない人たちと接したときに出てくるホモネタやオネエネタみたいなものに不意に傷ついたり、さらにそれをその場で指摘できなかった自分にもやもやしたりします」
彼がセクシュアルマイノリティが生きやすい社会を初めて経験したのは、大学生のときに留学したカナダはバンクーバーでのことだった。制度、コミュニケーションともに、日本とは異なりセクシュアルマイノリティの人々が当たり前のように社会で受け入れられていることに驚いたという。
「2013年からカナダに留学していたのですが、当時からカナダでは同性婚が法制化されていました。アルバイト先の同僚のなかにもセクシュアルマイノリティの方がいて、自分の恋愛のことを日常のこととして話しているのに衝撃を受けました。聞く側の人たちも過剰に驚いたりせずに、『誰とデートに行ったの?』『どんな人なの?』と、ナチュラルに会話が進んでいくのを目の当たりにして、一人の人間として受け入れられていると感じました」
日本の状況も「変化している」と思いたい
カナダへの留学後、イギリスへの大学院留学を経てKanは日本の企業に就職することとなった。2019年にはNetflixのオリジナルシリーズ『クィア・アイ in Japan』に出演し、セクシュアリティを理由に日本で自分らしく生きられない悩みを抱えていた彼が、自分らしい輝きを取り戻していく姿が多くの人を勇気づけた。現在、SNSなどを通じて自身の経験をもとに情報発信を続けている彼は、ここ数年の日本のセクシュアルマイノリティを取り巻く環境の変化についてどう感じているのだろうか。
「変化しているって思いたいです。以前よりも、声を上げる人が増えているような気がします。署名運動や、この前のLGBT差別禁止法に向けての動き、シットインなど*1。でも、その一方で運動を起こしているのに、決定権がある人たちや制度化できる人たちは動いていない。変わっていてほしいと思うけれど確信を持って言えないです」
Kanが語るように、一見セクシュアルマイノリティを取り巻く環境は大きく変化しつつあるように見える。例えば、2021年4月に電通により発表された調査では8割近くの人が同性婚の法制化に賛成であった(参照元:PRIDE JAPAN)。しかし、同性婚にせよLGBT差別禁止法にせよ、法制化には至っていないのである。これは知識がありながらも、実際に行動に移す人の少なさ、あるいはアンケートにすら答えない無関心層がまだまだ多いことの表れなのかもしれない。
「僕はバブルの中にいるなと感じています。身近な人たちは同性婚やLGBT差別禁止法に賛成の人ばかりだからついつい社会がよくなっている気持ちになってしまう。けれど、全く制度に反映されないところを見ると、理解があるのは自分の周りだけなのかとはっとさせられます」
(*1)2021年5月、LGBT差別を禁止するためのLGBT理解増進法案について、自民党内での反対意見を受け、国会への提出が中止された。また、同時期に自民党議員による「道徳的にLGBTは認められない」といった発言もあった。これらを受けて、クィアコミュニティや支援者たちによる、自民党本部前での24時間に及ぶ抗議デモが行われた。
婚姻は平等な権利であるべきという認識がない日本
そんなKanが2021年6月26日、パートナーのトムと9月にロンドンで結婚することを発表した。ロンドンのあるイングランドでは2014年に同性婚が法制化されている。Kanがトムと出会ったのは大学院留学中の2016年頃のことだ。結婚については3年前から話し合い、今回の決断に至った。
「2018年頃、僕が日本に戻ってくるタイミングで遠距離恋愛をすることになり、その当時から結婚を考えていました。そして特にここ一年半、新型コロナウイルスの影響もあって一回も会えていないこともあり、一緒にいたい気持ちから結婚を決めました。僕とトムは国際カップルなので、一緒に暮らすためにビザが必要です。なので、今ある選択肢のなかでは、結婚して僕がロンドンに行くのが最善なんじゃないかと決断しました」
彼らが遠距離恋愛を始めてから3年半。その間にもしかしたら日本の法制度が変わるかもしれないと小さな期待を持っていたが、残念ながら変化はなかった。Kanは「大好きな家族や友達、職場や仕事もあるのに、そこから離れる選択肢しかないのはどうしてだろう」と悔しい思いを語ってくれた。
「何が悔しいかって、同性婚は選択肢が増えるだけであって、もともと結婚できる人たちの権利が何か減るわけでもないのに、それでも制度が変わらないことですよね。今、選択肢がない人たちの選択肢が増えて、それぞれ自分のパートナーとの将来に少し希望を持てる。結婚するかしないかは自由ですが、今僕たちにはその選択肢すらないのが悲しいです」
Kanが語るように、日本の婚姻制度は平等ではない。地方自治体によるパートナーシップ制度が増え、同じような権利があるように感じる人もいるかもしれないが、それは同じことではない。「地方自治体が同性カップルの存在を認めて可視化させてくれるのは当事者にとってすごく心強い」と話すKanだが、同時になぜ婚姻制度にはならないのかと憤りを感じることもあるという。
「パートナーシップ制度だとその市区町村を出てしまうと、全く適用されないし、社会保障もないし、僕のようにビザが必要な人にも効力を持たないんです。イギリスに行くことを報告したときに『渋谷に行けば結婚できるよ』と言われて、すごく傷つきました。結婚はできないんですよ。結婚できない人からしたら、結婚の権利があることがどれだけ特権なのか。まだまだ婚姻の平等という意識が広まっていないんだなと思います」
今回のインタビュー中、Kanは同性婚が認められている国出身のパートナーがいる自身の結婚もある種の特権であり、誰かを傷つけてしまうかもしれないとの思いを吐露した。日本から出られない人や、国際カップルであっても両国とも同性婚が認められていない場合、さらには男女のジェンダーには当てはまらない人など、既存の日本の婚姻制度からは、こぼれ落ちてしまう人々がたくさん存在する。一刻も早く、日本でも結婚が平等な権利として認められることが必要だ。
同性婚の法制化は「祝福」
Kanにとっては同性婚の合法化は、制度としてのメリットだけではなく、精神的にも大きな影響を与えるものだという。これまで日本での生活に生きづらさを感じてきた彼にとって、法律、そして社会が結婚を祝福してくれることは重要なのである。
「結婚って『祝福』が伴っていると思っています。きっと誰だって祝福されたいですよね。『あなたがあなたであることが嬉しい』とか、『二人が一緒にいることが嬉しい』って祝福してもらえることで自分の人生やパートナーとの関係に自信が持てることがあると思います。そして、婚姻の平等が認められることで、そういう祝福ムードは増していく気がしている。同性カップルが社会で受容されて、可視化され、祝福される雰囲気が生まれると当事者にとって生きやすい状態が生まれてくるんじゃないかなって思います」
同性婚の法制化は、Kanが生きづらさを感じてきた制度とコミュニケーションの両面を動かすきっかけになりうる。婚姻の平等を達成するために私たちに今できることは何があるだろうか。
「政治家は間違いなく、同性婚の法制化を求める声が増えていることには気付いている。それでも変わらないのは、一部の政治家のなかに婚姻の平等を実現したくない人がいるからだと思います。でも、その政治家を選んでいるのは、僕たちです。だから、一人一人にできる一番大事なことは、知識をつけて投票に行くことです。「パレットーク」や「NO YOUTH NO JAPAN」など、手軽に知識を得られるメディアもあるので、知識を身につけて一人でも多く行動に移してほしいです」
Kanは今後イギリスに移り、新たな視点から同性婚やセクシュアルマイノリティの地位向上のための発信を続けていく予定だ。彼らは、ロンドンでは婚姻関係にありながら、まだ日本では書類上「他人」となってしまう。近い将来、Kanとトムのような同性カップルも、日本で法的にも社会的にも祝福されることを実現するためには、私たち一人ずつの行動が鍵を握っている。「自分は差別主義者ではない」「同性婚認められたらいいのに」と思っているだけでは足りない。システマティックな差別が存在している社会において「何もしない」ことは差別に加担しているということを忘れてはいけない。今年、2021年は国の法改正に大きな影響を及ぼす衆議院選挙の年だ。祈りだけで終わらぬよう、この記事を読んだ人はぜひ足と手を動かして選挙に臨んでみてほしい。