リアルサイズモデル・北原弥佳が考える“ボディ・ポジティブ”の意味

Text: Fumika Ogura

Photography: Elena Iwata unless otherwise stated.

2021.10.5

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 どうしたって、人は視覚で何かを判断することが多い生き物であると思う。ただ、世の中に溢れんばかりの、ダイエットサプリ、脱毛、日焼け止め、植毛などの広告や、校則、社則、メディアなどが勝手に作りあげる虚像のような人物像が、正しさの指標になってはいないだろうか。そんな社会のものさしに振り回され、世の中やあるいは知人に言われた、容姿のいじりや何気ない言葉に傷ついたことがある人は多いはず。今回、話を聞いたリアルサイズモデルの北原弥佳(きたはら みか)もその一人だ。体型のことで悩み続けた彼女が出会い、自分なりに考える“ボディ・ポジティブ”の思想について、彼女がこれまで歩んできた道を辿りながら、話を聞いた。

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北原弥佳

“痩せること=正義”という方程式の答えを探し続けていた学生時代

 自然に囲まれた長野県の蓼科(たてしな)で育ち、現在も長野を拠点に活動をするリアルサイズモデルの北原弥佳。2019年にランジェリーブランド「PEACH JOHN」のリアルサイズモデル™オーディションに応募したことをきっかけに、モデルとしての活動の幅を広げている。2021年7月には人気番組『ザ!世界仰天ニュース』に出演し、ありのままの自分でいることの大切さを呼びかけ大きな反響を呼んだ。

「自分の可能性を知ることができたのは、リアルサイズモデル™がターニングポイントだと思っています。今でこそ“ボディ・ポジティブ”の思想が浸透してきていますが、当時は私自身そんな考えと葛藤をしている途中だったので、肉付きがいいリアルサイズのモデルとして活動をできるチャンスができて、ステップアップするきっかけになったんですよね」

 実家は蓼科でレストランを経営。彼女が現在、働いているもう一つの場所でもある。幼い頃からお店で余った食材が出ると夕食時にはその食べ物が並び、兄とはいつもおかずの取り合いでケンカをしていた。

「小さい頃からとにかく食べることが大好きで、食べ物への執着心が強かったんだと思います。そのときは自分が太っているなんて、まったく思っていませんでした」

 天真爛漫で人を笑わせることが大好きだったという幼少期。そんな彼女が体型のことを意識し始めたのは、思春期へ突入する中学生の頃。あまりにも太りすぎて、手ははちきれそうなくらいパンパンだったと彼女は話す。

「母親に、『あなたはこのままだと肥満になる。部活でもやりなさい!』って言われて。そのときに初めて太っていることを自覚しました。そこからバスケ部に入って、みんなについていけなくて。太っていることで初めて惨めな気持ちを味わった瞬間でしたね」

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 人生で一番多感な時期であろう思春期。異性や同性からの目を気にしたり、自分の体型や見た目を気にしたり。きっと、学校単位の狭い世界で生きているからこそ、そこでの考えや正しさに振り回されてしまう。目には見えない“人としてのあるべき姿”のようなものをめがけて、“他者の目”を気にしながらフィルターがかかった自分を見出していく、思春期特有の“自分とは何か”というこのモヤモヤは、狭いコミュニティでしか自分を測れないからゆえ、誰しもが経験してきた気持ちだと思う。

「学校では、友達との会話のなかでも、『私、太ったかも〜』『あの子、足太くない?』って、体型に関する話題が増えました。いじめられたりすることはなかったけど、そういった会話がされるたびに、相槌を打ちながらも自分のことを言われているようで、どんどん崖に追いやられていくような気持ちになりましたね。メディアでも、“痩せること=正義”のような方程式ができていて。もちろん、病的に太ってしまっていたら痩せなくてはならない場合もあるかと思うんですけど、“太っていることはダメだ”っていう、ネガティブな演出を目にするたびに、こんなに太っている自分は、誰からも愛されないし、人として評価してもらえないのかなって思っていました」

 どこの誰が決めたのかも分からない、街中やメディアで作られた“完璧な像”。太っていたら痩せなくてはならない、毛深いのは美しくない、男のロン毛はだらしない、髭は不潔…。挙げたらキリのない、この“完璧な像”は、根拠のない正しさが積み重なって作られたただの虚像ではないだろうか。

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“ありのままの姿が美しい”なんて、あり得ない!

 中高時代は、食べたい気持ちを抑えながら、痩せるためにカロリーを控えた食事をしたり、ジムに通ったりしていた彼女。続けてはみるものの、ストレスが溜まっていく一方で、結局はリバウンド。太っている自分も嫌だけど、リバウンドをする自分も嫌。どの自分を切り取ってもネガティブな気持ちにしかなることができなかった。卒業後は、東京の専門学校へ進学。通学途中に見ていたSNSで、とあるツイートを目にする。

「プラスサイズモデルとして活躍している、藤井美穂さんのツイートを友達がリツイートしていて、彼女の存在を知りました。私と同じような体型をしていて、“ありのままが美しい”と発言をしていて。アンチの人に向かっても変わらずに毅然とした態度で、初めて出会ったその考え方に驚きました」

 そこから、プラスサイズモデルについて調べるようになったと彼女は話す。ただ、調べていけばいくほど、その考えを受け入れられなかったという。

「“肉付きが良くても美しい”、“自分を愛せ”ということに全然ついていけなくて。細いほうが美しいし、痩せたら人生が変わるんだろうなと思っていました。そんなことを考えながら、東京に出てきて通っていた専門学校の友達に、『私って、お腹も出ているし、お尻も大きい。太りすぎなんだよね』って、ポロっとネガティブなことを話したら『一体、何を言っているの? そんなことは全くない! 弥佳はそのままでいいんだよ』って、本気で怒ってくれたんです」

 彼女がそのとき通っていた専門学校は多国籍の人が多く、肌の色や体型など、さまざまな人で構成されていた。これまでも同じような言葉を投げかけられてきた経験はあるが、友人が声を荒げながら伝えてくれたその言葉に、彼女はとても感動した。

「それからもネガティブな発言をしてしまうことがあったけど、その度に 『そのままでいいんだよ』って伝えてくれました。生活を送るなかで、いつも私のことを肯定をしてくれて、少しずつ、“ありのままの自分”を受け入れられるようになってきたんです」

 「太った?」「痩せた?」「顔むくんでない?」「女捨ててるよね」「もう少し痩せたら可愛いいのに」…。言われたことのある人、言ったことのある人、きっといるはずだ。言ったほうは、挨拶程度の一言かもしれないが、言われたほうは、その何気ない言葉が何十年も心に張り付いて、なんとなくコンプレックスとして抱えながら共に歩んできてしまった人もいると思う。そんな傷に対して、自信を持つべき、無理にポジティブになるべき、というわけではない。自分自身も周りにいる人も、それぞれが思う“ありのままの姿”を尊重し、リラックスをして過ごすのを大切にしていくことで、本当の“ありのままの姿”に近づいていくことができるのかもしれない。

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“ボディ・ポジティブ”を押し付けることが目的ではない

 もともと目立つことが大好きで、友人も多かった彼女。Instagramのフォロワーも1000人ほどいたが、少しずつSNSでも自分の体型についてを発信していくようになる。

「それまでは、痩せて見えるものを載せたり、顔が盛れている写真を載せたり。Instagramを投稿するときは、常に“他者からの目”を気にして、綺麗な部分だけを切り取ったものでした。最初はその美しい並びが好きだったけど、そうしたポストが溜まっていくたびに、本当の自分を隠しているようでどんどん嫌になってきたんです。そんなことが重なって、自分の体型について、初めてポストをしました」

 何かを発信をするとき、ある程度のリスクは必ず発生する。言葉を選ぶのも難しいし、それこそ“他者からの目”が介入せざるを得ない。アンチは必ず発生するし、いい言葉を投げかけられることよりも、顔が見えない分、恐ろしい言葉を放つ人もいる。ただ、自分からは絶対に見えない同じような境遇の誰かにも、響く可能性が少しでもあることは確かだ。

「幼少期の頃に、藤井美穂さんのようなロールモデルに出会えてたら、ここまで悩んでなかったのかもしれないなと思って。私自身も、過去に辛い思いをしたから、私の活動を見て、少しでも前向きになれたらいいなと思って投稿を始めました。けど、フォロワーも友人程度で少ないし、もっと多くの人に伝えていくためにどうしたらいいんだろう?って、思っていたときに、PEACH JOHNのリアルサイズモデル™ のオーディションのURLを友人が送ってきてくれたんです」

 PEACH JOHNのリアルサイズモデル™とは、「みんな違って美しい、多様性をポジティブに楽しもう」をコンセプトに、SNS上でモデルを一般から募集し、年齢、体型、職業も違う女性たちが、等身大モデルとして下着を着こなし、下着を通じてありのままの自分にもっと自信を持ってもらうための企画。彼女は、第一回目オーディションに応募し、600名以上の応募から絞られた13名のメンバーの一人として選ばれた。

「受からないかもしれないなと思う反面、私のためのオーディションだと思いましたね(笑)。けど、初めて撮影現場に行ったら、私よりみんな細かったんです。私みたいな体型の子ばかりかと思っていたんですが、それぞれ話を聞いていくと、“胸が大きい”、“胸が小さい”、“太っている”、“痩せている”。それぞれが身体に悩みを抱えていて。まさにこのリアルサイズモデル™のテーマのように、10人いれば10通りの身体と悩みがあるんだなと実感した瞬間でもありました」

 その後も、テレビ出演、ファッション雑誌の撮影、カルチャー誌の取材、広告の撮影など、彼女の活動の幅も広がっていき、1000人程度だったフォロワーも、いまでは1.4万人ほどに。

「出面が増えた分、影響力も大きくなってきたなと実感しています。『弥佳さんを知ったおかげで、自分を好きになろうと思えました』や『弥佳さんが着ているおかげで、購買意欲が上がりました』など、嬉しい言葉をかけてくれる人もいる反面、『醜いから出てくるな』、『モデルは洋服を綺麗に見せる仕事で、あなたはなにも努力していない』と、キツい言葉を言われることも、もちろんあります。ただ、私は“ボディ・ポジティブ”っていう考え方を押し付けたいわけではない。私は身体に対して、こういう考えを持っているけど、それを見て、消化していくのはそれぞれだよって思うんです」

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“ありのまま”ではない自分も“ありのまま”

 環境問題やジェンダー、そしてボディ・ポジティブ。これらのことは、最近語られることが多くなってきた。多くの情報が流れていくことは、いいと思う反面、それこそ“見えない定義”みたいなものが作られ、根本的なものから遠ざかってしまうこともなきにしもあらずである。こういったものは一過性のムーブメントにしてはいけない。個人個人が、いろんな人と議論を重ね、考えていくことで、それぞれが思う形を見出し、“見えない定義”に縛られずに、物事の本質へ近づいていくのではないだろうか。

「本音をいうと、私はこういう発信をしていかないと、自分には価値がないと思っているんです。朝起きて、“顔むくんでるな〜”と思うこともあるし、細い友達と並んで、恥ずかしいなって思うときも、もちろんある。けどこんな姿が、私にとっての“ボディ・ポジティブ”だと思っていて、ありのままの姿じゃない自分も自分だし、ありのままの姿を受け入れられない自分も自分。そんな矛盾を抱えて生きていくことが、本当の“ありのまま”なのかなって」

 “ポジティブ”という言葉って、どうしても正しさのようなものが出てきてしまって、それに縛られてしまう人も多いと思う。誰しもが自分の身体を愛せるわけではないし、愛することが全てではない。ただ、この世の中で生きていくなかで、自分や周りがちょっとだけ快適に過ごしていくための、引き出しのようなものとしてプラスするのはどうだろう。何かに思い詰めたとき、もしかしたらその引き出しが、大きなヒントを与えてくれるかもしれない。

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北原弥佳(きたはら みか)

1999年・長野県出身。2019年に『ピーチ・ジョン』(PEACH JOHN)のリアルサイズモデルとしてデビュー。Instaglm等のSNSを通じて、ボディ・ポジティブやありのままの美しさを発信している。
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