「残すから わたしの心のカメラに」

　太陽が降り注ぐトルコの地で父と過ごした11歳の夏休みが20年後、娘の視点から綴られる物語『aftersun／アフターサン』。スコットランドで母と生活している11歳の少女・ソフィは、離れて暮らす父・カラムとトルコのリゾート地にやってきた。ビデオカメラを通してお互いを映し合い、夏に降り注ぐ日差しのように温かく、そしてチャーミングな会話が切り取られる。しかし、面白くて優しい父は時に影を見せる。20年後、父と同じ年齢になった彼女は、当時は知らなかった父の一面を見出してゆく。
　多くを語らず、観客に受け取り方を大きく委ねる本作は、大切な人との思い出を揺り起こしながらも、人間のどうすることもできない孤独な一面を描く。

　脚本・監督は、短編映画『Tuesday』（16）や『Laps』（17） 、『Blue Christmas』（17） の脚本・監督を手がけ、2018年には「フィルムメーカー・マガジン」の「インディペンデント映画の新しい顔25人」に選ばれたシャーロット・ウェルズだ。本作は、ウェルズ初の長編映画作品。作中のカラムのように若くして父親になったため兄と間違えられることのあった自身の父との思い出や、古いアルバムにあった休暇の写真から着想を得た、自叙伝の要素を含んでいる。

　父親のカラム役を演じたのは、英国アカデミー賞テレビ部門で主演男優賞を受賞したポール・メスカル。娘のソフィ役は半年にわたるオーディションで約800人のなかから選ばれ、本作でプロデビューを果たしたフランキー・コリオだ。

　87年生まれのウェルズが手がけた本作は、90年代の空気を彷彿とさせている。35ミリカメラで撮影された映像には、家庭用小型ビデオカメラや、Blurの「Tender」や
R.E.Mの「Losing My Religion」から、Stepsの「5,6,7,8」やAquaの「My Oh My」 といった90年代のヒットソングの数々、ファッションなど当時の空気感をありありと伝えるアイテムが散りばめられている。

「私は11歳になったばかり、パパは130歳だけど」そう父をからかう11歳の少女・ソフィにとって31歳になる父は遠い存在だが、作中では2人だけの親密な時間が自然体に描かれている。

「何でも話していいんだよ。大きくなって…いろんなパーティーや男の子のこと」そう娘に伝えるカラム。若くして父になったカラムだからこそ、友達同士のようでもある二人の関わり方は微笑ましく映る。カラムとソフィの呼吸音が重なるような演出もそんな二人を象徴しているかのようだ。

　初めてのスキューバダイビング、プールサイドでの日光浴、旅先で関わったティーンたちへの憧憬。11歳のソフィにとって、旅先での出来事は何もかも新鮮で憧れを秘めているものだった。一方でカラムの繊細さがちょっとしたシーンから伝わってくる。腕にはめたギプスを外すとき、ソフィとちょっとした口論になった夜、ソフィと別れる晩。昼間の陽気なトルコのリゾート地とは打って変わって、夜の黒くなった海や小波が寂しさや孤独さを一層引き立て、カラムの影を映し出す。父の知らなかった一面を知るように、陽の降り注ぐ日中が表だとしたら、リゾート地の夜はまるで裏の一面だ。11歳のソフィには楽しくかけがえのないものに映っていたかもしれない景色だが、31歳のソフィにとってはどのように見えたのだろうか。誰しも見せていない部分、見せたくない部分がある。そしてどんなに近しくても、どんなに愛があっても見えてこない部分がある。一面からではその人のことは切り取れない。本作では、そんな人間のありようを11歳のソフィと31歳になったソフィの視点から描き出す。

『aftersun／アフターサン』

2023年5月26日公開

公式サイト

＜ストーリー＞
思春期真っただ中、11歳のソフィは、離れて暮らす若き父・カラムとトルコのひなびたリゾート地にやってきた。20年後、カラムと同じ年齢になったソフィは、ローファイな映像のなかに大好きだった父の、当時は知らなかった一面を見出してゆく……。

■監督：シャーロット・ウェルズ
■出演：ポール・メスカル『ノーマル・ピープル』『ロスト・ドーター』 、フランキー・コリオ 、セリア・ロールソン・ホール
■公式サイト：http://happinet-phantom.com/aftersun/index.html
■Twitter：映画『aftersun／アフターサン』公式｜5.26 ROADSHOW：@aftersunjp