ゲイであることを理由に母親に縁を切られ、16歳から10年間ホームレス生活を送っていたエリス・フレンチ。ある日、フレンチは母に認められるため、そして居場所を求めて海兵隊に志願するのだが、彼を待ち受けていたのは過酷な訓練と、黒人や性的マイノリティに対する差別だった。フレンチは、そんな現状にもがき苦しみながらも自らの尊厳を守るため立ち向かい続ける。
イラク戦争長期化の兆しが見え始めた2005年のアメリカの軍隊を舞台に、母と息子の関係や、黒人であり同性愛者である主人公が抱くアイデンティティや差別の問題を、扇情することなく刻然と描く作品が誕生した。
革新的な作品を続々と送り出してきた映画会社A24が贈る本作。監督・脚本を務めたのは、初の長編映画デビューを果たしたエレガンス・ブラットンだ。16歳から10年ものあいだ路上で生活を過ごした彼は、その後アメリカ海兵隊に入隊。映像記録係として映画制作のキャリアを開始した。「自分が体験したことから、自分自身を癒すこと」をきっかけに制作された本作は、「主人公が感じる欲望、恐れ、そして最終的に抱く目標まで、すべて本物」と語るように、監督自身の体験に基づいて描かれている。
主人公フレンチを演じたのは、『ハリウッド』（2020）や『あの夜、マイアミで』（2021）などのNetflix作品に出演し、本作でゴールデングローブ賞の主演男優賞にノミネートされたジェレミー・ポープ。「母と同じようなエネルギーを持った女優を起用したい」とブラットンが意気込んで配役した母親役は、『バッドボーイズ２バッド』（2003）などに出演し、作家としても活躍しているガブリエル・ユニオンだ。他にも「21世紀最重要バンド」と評される「アニマル・コレクティヴ」がサウンドトラックを手がけるなど、渾身の一作となっている。
本作では、厳格なキリスト教徒であり刑務官である母の、同性愛者の息子に対する拒絶と、自分を捨てた母親であっても認めてもらうために一心に行動する息子の姿が描かれる。それに加え、信仰やジェンダーに対する理解がなく差別や偏見で溢れている軍隊の様子と、それらに怯むことなく、やがて周囲の意識を変えていくフレンチが描かれているのも印象的だった。
「家族や仲間が味方でなかったとしても私は決して、“自分”であることを諦めなかった」
ー監督 エレガンス・プラットン
「辛い体験をしたために、自分の話をすることができない人がたくさんいることを分かっている」と語るブラットン監督。多様性が叫ばれる一方で、根深く存在している偏見や差別だけでなく、誰しもが日々感じたことがあるであろう疎外感に光を当てている。ホームレスを経験した黒人のゲイ男性として社会で透明な存在だと感じていたブラットン自身が、自分の存在意義を見つけていくまでの過程が描かれている。彼が軍隊で学んだことは、どんな人間であっても「自分の身の回りの人を守ることができるということが自分の存在の価値」だったと語る。そしてそれは今でもいろんな形で感じるという（参照元：Film at Lincoln Center）。
あまりにも不条理な世界に目を背けたくもなるが、どんな自分であっても、たとえ身近な人に認めてもらえなくても、差別に立ち向かっていくフレンチの姿にエネルギーを感じる作品となっている。
『インスペクション ここで生きる』
2023年8月4日公開
ＴＯＨＯシネマズ シャンテ、新宿武蔵野館ほか全国公開
＜ストーリー＞
ゲイであることで母に捨てられ、16歳から10年間ホームレス生活を送っていた青年・フレンチ（ジェレミー・ポープ）。どこにも居場所を許されず、自らの存在意義を追い求める彼は、生きるためのたったひとつの選択肢と信じて海兵隊への入隊を志願する。だが、訓練初日から教官の過酷なしごきに遭い、さらにゲイであることが周囲に知れ渡るや否や激しい差別にさらされてしまう……。理不尽な日々に幾度も心が折れそうになりながらもその都度自らを奮い立たせ、毅然と暴力と憎悪に立ち向かうフレンチ。僕が僕のままで在るために、自分の意志でここに居る――。孤立を恐れず、同時に決して他者を見限らない彼の信念は、徐々に周囲の意識を変えていく。
■監督：エレガンス・ブラットン
■出演：ジェレミー・ポープ『ハリウッド』『あの夜、マイアミで』 、ガブリエル・ユニオン 、ラウル・カスティーヨ 、マコール・ロンバルディ 、アーロン・ドミンゲス 、ボキーム・ウッドバイン
配給：ハピネットファントム・スタジオ
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