副業や兼業が珍しいことではなくなりつつある昨今だが、これほど多彩な顔を持つ人物もそういないだろう。Beatrix Ost(ベアトリクス・オスト)。モデル、俳優、インタビュアー、台本作家 、脚本家、画家、ライター、デザイナーなど、さまざまな職業を横断しながら生きる、御年77歳のアイコンである。
彼女の活動に対し多くの人が共感を示し、インスタグラムのフォロワーは5万人。たびたび 世界的なファッションメディア「Vogue」や「Harper’s Bazaar」、「Vanity Fair」などで取り上げられている。
じゃあなんで“77歳のおばあちゃん”が支持されるのか。彼女がデザイナーとして関わった「Peace Bomb(平和の爆弾)」の愛称で知られる、ある気鋭のジュエリーブランドの試みと合わせて紹介する。
自信を持てなかった少女が、人を惹きつけるファッショニスタへ
1940年生まれ。生家はドイツ・シュツットガルトの農場。姉妹、母、厳格な父らと暮らした幼少期は貧しく、いつも空腹がつきまとっていた。また、彼女いわく「私は姉たちのように可愛くなかったので、機転の良さで張り合おうとしました」とのこと。
だが、のちに自身の確固たるスタイル(ターバンがトレードマーク)を確立し、「彼に撮られたらニューヨーカーとして一人前」と言われるほどのファッション・フォトグラファーのビル・カニンガムに、「彼女はファッションと芸術の世界に多くの革新を刻んできた」と唸らせるまでになる。今でもニューヨークに住む60代以上のスタイルのある貴婦人たちの姿を切り取ったブログ「Advanced Style」に登場するなどファッションの世界でも活躍しているが、幼い頃は自分の容姿に自信が持てなかったという。(参照:Advanced Style, HUFFPOST)
転機は初めてモデルとして活動しお金をもらった14歳のとき。父にそれを渡したときかけてもらった、「おまえは頭が良い。その賢さでお金を稼いでみせた。ほかの誰でもない、お前の写真が誰かに必要とされたんだ」という言葉にあった。
当時のベアトリクスは自分に人を惹きつける才があることを自覚しておらず、「でも誰も私のことを可愛いとは言わなかった。それは誰か別の人のための言葉だった」と訝しんだが、父の言葉が彼女の背中を押したのか、生来秘めていた才能が花開くようになったようになる。
その日の出来事を一人芝居にして父を笑わせるユーモアを持ちながら、ラテン語を学び医者の資格を得ると、「本当にやりたいこと」だと心理学に傾倒した。その後祖国を飛び出しアメリカへ渡った彼女は、映画やステージで主演を果たし、台本作家として映画も作った。
「自身の傷跡」や「戦争が残した負の遺産」にも見出した、“美しさ”
万華鏡のように多彩な彼女の活動の中でも特に興味深いのが、「ARTICLE22(以下、アーティクル22)」のデザイナーとしての活動である。
カンボジアやラオスには、ベトナム戦争で投下された爆弾が8,000万発の不発弾に変わり今も眠っている。それらを使いアクセサリーを作る同ブランドは「Peace Bomb(平和の爆弾)」と呼ばれ、収益の一部を不発弾撤去のための基金へ寄付している。
また2009年からアクセサリーの制作に現地住民が関わっており、彼らは地方の平均値を大きく上回る収入を得ているのだ。それだけでなく、この試みに共感した業界関係者によりパリやニューヨークのファッションウィークで展示され、エマ・ワトソンが着用するなどその影響力は広がり続けている。
ベトナム戦争から40年以上経っても毎年被害者を生み出す「負の遺産」。それを希望に変えようというアーティクル22の信念。そこにベアトリクスは、自身の境遇を重ねてみたという。
私の額には、以前受けた皮膚癌の除去手術でついた歪な傷跡があります。それは恐怖の象徴でした。しかし私はその傷跡を愛するようになった。恐怖に美しさを見出したのです。同じように、私たちは爆弾から美しさをも創造することができるのです。
ユダヤ人が“魔女狩り”にあっていた第二次世界大戦時のドイツで、家族とともに彼らを助けた経験を持つ彼女。また、多くの賞賛を集めながら、「お金があるときは別荘を借りて友人を招待できるけれど、そうでなければ湖にピクニックに行けばいい。どちらも同じように素敵なことよ」と金銭に頓着のない彼女だから、戦争の後遺症に苦しめられる人々のためにと、アーティクル22への参画はごく自然な流れで行われたのだろう。(参照:CNN.co.jp)
自分自身に対して「正直」に生きる「100年時代の人生」
そのスタイルに注目が集まり、多くのブランドからデザイナーへと依頼を受けた(けれど大半は断ったか短期間のみの契約)。彼女が、なぜ新興のジュエリーブランドに継続して携わるのか。彼女はこう言う。
あなたの身体が器だとして、その器にピタリと収まることができるのはあなただけよ。あなたが「あの人は美しい」と思うのなら、それはあなたも美しいということなの。誰かになろうとせず、あなたのままでいればいいのよ。
自分自身に正直であること。これがベアトリクスの生き方だ。アーティクル22の信念に自身の体験を重ね、遠くカンボジアの人々に思いを馳せたその瞬間に、彼女の意思は固まっていたのだろう。
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彼女のモットーである「In your body is a good place to be.」。さまざまな解釈が可能だが、筆者には「あなたはあなたらしくいなさい」というふうに聞こえる。
「今後寿命が100歳を超えるのが珍しくなくなる」といわれ、私たちは80歳まで転職を繰り返しながら働くことになると予想されているが、もしそれが現実になったとして、彼女の生き方は一つのモデルケースになるだろう。それは彼女ほどの才能がなくとも、いつでも自分に正直でいるというその姿勢は今からだって意識できる。
ベアトリクスがそうだったように、人生が花開くのは明日かもしれない。はたまた50年後かもしれない。ただひとつわかるのは、結局私は私にしかなれないのだから、自分に正直に生きたほうが理にかなっているし、この先何十年も自分に嘘をつき続けられる自信もないってことだけだ。そんな自明を、ベアトリクスは教えてくれる。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。