日本で今、どれだけの人が自分らしくいることができているのだろう?
日本に自己表現の選択肢は多い。2016年の時点でGDPは世界三位、経済的に比較的恵まれた国だから、そのぶん消費の選択肢も広がる。
でも文化的には「出る杭は打たれる」と言われるように、突出したものを煙たがる風潮があることも事実。マスメディアが作り出す大きな流れに身を任せることが“普通”なのだと、日本に住んでいれば肌で感じるはず(そのおかげでカウンターカルチャーが盛んなのもまた事実だけれど)。
今回、Be inspired!は「自分らしくいてもいい」という選択肢を保守的なケニア、ナイロビに生み出した姉弟クリエイター2manysiblings(トゥー・メニー・シブリングス)に取材した。選択肢はあるものの「自分らしさ」を追求できていないことがある私たち日本人は、彼らの言葉から学べることがあるかもしれない。
ローカルな「好きなことの追求」が、SNSを介して世界へ
2manysiblingsはケニア・ナイロビを拠点に活動する姉のヴァルマ・ロッサと弟オリバー・アシケによるクリエイターデュオ。
2013年、大学と仕事のために住んでいた南アフリカから帰ってきたヴァルマと大学を卒業したばかりのオリバーがナイロビで再会。「企業の人形になりたくない、好きなことをやりたい」と、それまで取り上げられることのなかったナイロビのアーティストやストリートスタイルを記録し、Tumblrに投稿し始める。自分らしくいることに徹底した彼ら自身のスタイルや視点は国際的に注目を浴び、現在ではSNSだけでも約7万人を超えるフォロワーを世界中に持つ。これはケニアのクリエイターとしては異例の規模だそう。
ヴァルマ:Tumblrにはバイラルを生む力がある。しかも多くの人に長い間リーチする。2年前に私たちが撮ったものが未だにシェアされたりするぐらい。そうやって私たちに興味を持ってくれる人が増えていくの。SNSは成功の大切な要素だったと言えるわ。
その後、音楽・アート・ファッションとジャンルは問わずナイロビの才能あるクリエイティブ起業家を集めるイベント「Thrift Social」を始めた2manysiblings。実力はあるにも関わらず発表する場がないナイロビのクリエイターたちが集まれる場所、また若いアーティストや成功しているアーティスト、古着ショップの人などが一箇所に集まれる場所を作るために始めたのがきっかけだった。このイベントは欧米から注目され、米国版VOGUEにも取り上げられる。2016年、2017年には2年連続イギリスに招かれた。
今回2manysiblingsを日本に連れて来たのは以前Be inspired!でも取材した、デザインを通じて、アフリカのクリエイティブな視点を発信する革新的なブランド、Maki & Mpho(マキ & ムポ)。ブランドのビジュアルストーリーの共同製作を目的に、来日プロジェクトを立ち上げた。「アフリカ的でなくても、日本的でなくてもいい。2ManySiblingsという彼ら個人の視点、そしてナイロビという特定の環境がおもしろいと感じた」と共同創設者のマキさんは話す。
気づいたらケニアの「自由な自己表現」の象徴となっていた姉弟
「アフリカは保守的」と口を揃えて言うヴァルマとオリバー。
ヴァルマ:アフリカでは慣れていないことを歓迎しない傾向があるの。「自己表現の方法は変わっても私は同じ人間だよ」って証明しないといけない。でも国際的に関心を持たれ、成功したあとケニアに戻るとクリエイティブシーンのアンバサダーみたいになった。これまで自由に自己表現をすることに抵抗を感じていた人たちに「大丈夫だよ」って示せたんだと思う。
意外だけれど、「出る杭は打たれる」という精神は日本とケニアに共通しているのかもしれない。そのなかで生きづらさを感じている人たちが日本と同じようにケニアにもいて、2manysiblingsは図らずともそんな人たちの希望となった。活動を通してどんなことを人々に伝えたいの?と聞くと、弟のオリバーからこんな答えが返ってきた。
オリバー:自由。自由に自己表現できるというアイデア。自分らしくいられること。箱に押し込まれないこと。ケニアには保守的な人が多い。ファッションでは特にね。みんな同じ「普通」なことをしていた。誰も自由に正直に自己表現をしている人がいなかった。
2manysiblingsは「自分らしくいる」という選択肢をその基盤がないケニアに生み出すという偉業を成し遂げたけれど、話していると意図的だったというよりは自分が好きなことをやっていたら必然的にそこにたどり着いた、というような印象を受ける。国・大陸外への影響も同じで、「貧困、内戦、病気」など欧米や日本では勝手な視点から語られることが多いアフリカの持つ「異なる視点」をクリエイションを通して世界へ発信している。
ヴァルマ:活動するときは「ケニアのため」とは思ってやってないかも。ただ私たちがアフリカ出身だというだけ。でも人はアフリカから“いいもの”が生まれるとは思ってないから、驚きかもね。他の大陸がスタンダードでアフリカは比べる対象みたいな扱いになってる気がする。でも世界中の人と一緒で、私たちは自己表現をしているだけ。
「アフリカにファストファッションは存在しない」
2manysiblingsは“オーガニック”なアフリカ的視点を持っている。「他のメディアの取材でアフリカの伝統的な模様をいまどきに着こなすと言っていたけど…」と質問しようとすると、オリバーがすぐに「俺そんなこと言った?テキトーなこと言ったかもね(笑)」と一言。取材に立ち会っていた友人のティムが「お前いつも着てるじゃん」と笑いながら言うなか、ヴァルマが冷静に上手くまとめてくれた。
ヴァルマ:でもそう、(オリバーがアフリカ的な服を選んでいると自覚がないくらい)私たちが選ぶものは“あえて”ではないってことは真実よ。全てオーガニックなの。
つまり、いうまでもなくアフリカのカルチャーが自然と彼らの「自分らしさ」に影響しているということ。
「アフリカにファストファッションは存在しない」とオリバーは言う。先進国から送られてくる古着がアフリカンファッションの“メインストリーム”であり、マスカルチャーだそう。ということは、ファッション企業が一方的に仕掛ける「流行り」がそこには存在しない。これは彼らの自己表現に大きく関わってくると容易に想像ができる。
それでも、そこにも良い点と悪い点がある。古着産業がたくさんの雇用を生むかたわら、古着が比較的安く手に入るため、若手のデザイナーの服などが消費されにくいという事実もある。
ヴァルマ:バランスが重要ね。人生の全てのことに言えるようにね。
西洋のゴミに新たな価値をアフリカで生み出して、売り返す
ファッションデザイナー・イベントオーガナイザー・写真家、そういった肩書きに縛られたくないという2manysiblings。今後のプランを聞くと、「アップサイクル」という言葉が出てきた。
ヴァルマ:ケニアにきてみればわかると思うけど、ケニアは欧米からたくさんのものがくる。まるで欧米のゴミ箱みたい。クレイジーなの。長い目で見たときの目標は、そういうものをアップサイクルして、全く新しいものと価値を生み出すこと。
オリバー:それで循環を作る。西洋から古着がケニアに来るから、新しい服を作る代わりにその古い服を使って作り変え、それを西洋に売り返す。
弟の言葉を聞いて「それできたらジョークだよね、“ハハハ!”って感じじゃない?」といたずらに笑うヴァルマだが、アフリカに対する真摯な思いが二人の言葉から伝わってきた。
2manysiblingsはクリエイティブなものを介して自由に自己表現をする基盤がなかったケニアを一歩前進させた。みんなが自分らしくいられる社会は、つまり多様性が認められる社会。彼らがそこまで計画していたのかはわからないけれど、この姉弟の「自分らしくいること」への追求は、今後彼らの社会を大きく変えていくと思う。大量生産に慣れ、マスカルチャーによって均一化された社会に生きる私たちは、「自分らしくいる」ことにもう少し貪欲になってもいいのかもしれない。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。