「テクノロジーを利用して人類は進化すべき」。環境のために“人間じゃなくなった”サイボーグの実態

Text: Noemi Minami

Photography: KISSHOMARU SHIMAMURA unless otherwise stated.

INTERVIEW: Emi Kusano

2017.12.28

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「私たちはサイボーグになったけどロボットや機械より、自然や動物に近づいたと思っています」。

サイボーグになった人間、と聞いたらどんな人を思い浮かべるだろうか。SFファン?テクノロジーマニア?世界初の政府公認サイボーグに話を聞くと返ってきたのが意外にも冒頭の言葉だった。

サイボーグなのに自然や動物に近づいたとはどういうことだろうか。正直、イメージとは正反対。今回Be inspired!はリアル・サイボーグの実態に迫る。

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東京を訪れた2人のサイボーグ

Be inspired!姉妹マガジンHEAPS Magazineは政府公認サイボーグニール・ハービソンを東京に招き、2017年12月13日、14日と2日間にわたりイベントを開催。(イベントの様子がわかる記事はこちら

生まれつき色盲だったニールは「周波数の音」を光の波長から聞けるアンテナを頭蓋骨に埋め込んでいる。つまり、見ることはできないが音により色を識別できるということ。さらに本来人間の視力では見ることのできない赤外線や紫外線も同じように周波数により感じることができるそうだ。そして、一緒に来日した彼の幼馴染ムーン・リーバスの足には地震を感知できるチップが埋め込んである。新しい感覚を手に入れたこの2人のサイボーグは自身の体験を多くの人と共有すべくアーティストとして世界中を周りパフォーマンスを行っている。 サイボーグになりたい人のために会社も起業し、人類サイボーグ化計画を着々と進めているのだという…。

※動画が見られない方はこちら
トラックメーカー集団CLAT、ヒューマンビートボックスアーティストKAIRIとコラボしたニールのパフォーマンス
@CREATORS EXPERIENCE – INTERSECT BY LEXUS & MEET HEAPS

※動画が見られない方はこちら
過去100年のカナダの地震をドラムで表現したムーンのパフォーマンス

以前、Be inspired!でも取材した“歌謡エレクトロユニット”「Satellite Young」のボーカルを務める草野絵美(くさの えみ)さんが、来日中の2人に話を聞いた。SNSやテクノロジーに対する違和感を80sのミュージックにのせる「レトロフューチャー」を代表する絵美さんと「存在がテクノロジー」であるニールとムーンの対談は目からうろこの連続。

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左・ムーン 真ん中・ニール 右・絵美さん

「やっぱりSFファンですか?」草野絵美がニール&ムーンに出会った。

草野絵美(以下、絵美):小さい頃からサイボーグになるっていう構想があったのか気になります。二人は幼馴染で子どもの頃からサイボーグになりたいっていう話とかしてたのかな?やっぱりSFとかアニメとか?

ムーン・リーバス(以下、ムーン):それがまったくそうでもなくて、SFに興味があったわけではなく、サイボーグになろうなんて考えたこともありませんでした。アートに夢中でしたね。それと自然。動物。地球に興味があったんです。アートを通して、リアリティと自然を新しい視点から見るようになりましたね。

絵美:意外。動物や自然にインスパイアされているんですね。

ニール・ハービソン(以下、ニール):そうなんです。たとえば地震って動物は探知できる。像は骨で地球の振動を感じることができます。アンテナだって多くの虫にあるもの。紫外線だって多くの動物が感じることができるもの。つまり僕たちは生き物にインスパイアされています。

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絵美:サイボーグになる前もアーティストだったんですか?

ニール:そうですね。僕たちはサイボーグも、自らの感覚を創る、自らの体の一部を造る、自らのリアリティを設計する、という意味でアートだと思っています。

ムーン:アートを表現する一手段としてテクノロジーを使うのではなく、テクノロジーがアーティスト自身の一部なんです。ニールのアートは彼のアンテナであるように、私のアートは私の身体の中にある(地震を感じられる)感覚です。

ニール:僕たちがこれをアートと呼ぶのは、今ある枠組みを壊すものだから。「アート」というと普通は、アーティストがいて、アートがあって、アートを飾る場所があって、鑑賞する人がいる。サイボーグの場合、これが全部身体の中なんです。僕らがアーティストで、僕らのアートは身体の中、場所も身体の中だし、鑑賞できるのは僕ら自身だけ。僕のアートが見えるのは僕だけだし、ムーンのアートを体験できるのも彼女だけ。ポストアートと言ってもいいかもしれない、従来の「アート」の枠を破るようなものですから。

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絵美:音とか振動って直接脳で感じるものだからビジュアルと違っていて面白いですね。アートを作るプロセスも知りたいです。どうやって自分の視点を作品に取り込んでいるんですか?

ニール:新しい感覚を既存のアートを使ってアウトプットできます。僕の場合は色から音を作るカラーコンサートや、聞いた音を色にする絵のプロジェクトもできる。あとは僕のアンテナはインターネットにつながってるからオーディエンスが色を送るプロジェクトもしました。

ムーン:私の「Invitation to Earthquakes(地震への招待)」という作品では、鑑賞する人に一緒に座ってもらって、地球の音を一緒に聴きました。私が生きる彫刻みたいな形で。地震の大きさによって私が動くから、地震の振動がなければ私も動かない、という感じで。そうすることでオーディエンスを「地震へと招待」したのです。地球が生きていることを感じてもらえた作品だと思っています。あとは、一つの場所で起きた地震の音を楽譜にまとめたり。最初の作品はメキシコで発表したのですが、過去50年間のメキシコの地震の音を10分にまとめました。地球が作曲家で、自分自身を媒体として使いました。

絵美:作品を通してあなたたちが感じているものを伝えたいという強い気持ちがあるんですか?

ムーン:はい。もし自分の感覚を増やせれば、みなさんのリアリティが広がり、地球やほかの種への共感が増えるから。私たちはサイボーグになったけど、ロボットや機械より自然や動物に近づいたと思っています。地球が生きていることを感じられるから。

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絵美:私の場合はインターネットとかソーシャルメディアを通して感じた違和感を80年代の音楽という媒体に乗せて表現しています。アートって翻訳みたいな機能がありますよね。でも体の一部が機械になることで「人間らしさ」を失うリスクはあると思いますか?

ムーン:私たちは自分たちを「*トランススピーシーズ(種をまたぐ存在)」だと思っています。

ニール:僕の感覚や臓器はもともと人間のものではないものもあるから、「人間」の定義には当てはまりません。僕はアンテナをつけているんじゃない、アンテナがあるんです。耳や鼻があるのと同じように。他にも、赤外線も紫外線も感じられるけど、人間の本来の視覚では無理です。これは他の種には見えるけど人間に見えないもの。伝統的に人間にはない感覚を持っているから僕たちは「トランススピーシーズ」。でも、人間でないことは、悪いことじゃない。どんな生物であれ、人間と同じように尊重されるべきなんです。

ムーン:人間は進化して今の形になった。進化することは自然な現象です。

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絵美:トランススピーシーズだからこそ、妬まれることとか、ネガティブな反応を受けることはありますか?

ムーン:はい。ニールは特に、ね。宗教への信仰が強い人とか?神が人間を完全に作ったと考える人もいますし、テクノロジーを恐ろしいと感じる人もいる。でもテクノロジーを使うのは人間であって、使い方は私たちが決めればいいんです。

ニール:そうですね。単純に倫理的でないと感じる人もいます。でも、私たちは倫理にかなっていると思っています。人間は、自分が住みやすい環境にするために、何千年もの間、地球を変えてきました。僕たちはこれが間違っていると考えている。地球を変えるのではなく、自分たちが変わるべきだと。たとえば、僕たちが暗視を持ち合わせていれば、夜中に電気をつける必要はない。これはどの感覚についてもいえることで、もし体温を調整することができたら冷暖房を使う必要はないでしょう。環境破壊を続けなくてすむ。

ムーン:環境に身体を適応させるということは、どんな生物も今までしてきたことなんです。

絵美:なるほど。それでもサイボーグになるうえでタブーってあると思いますか?制限を設けるべきとか。

ムーン:自由に自分の身体をデザインできて、どのように地球を感じたいか考えることはとても楽しいことだと思います。自由にできるということが大切。ただ、他人に悪影響を及ぼすようなことがあったら規制をかけるべきかな。

ニール:どのような感覚を持っていいか、ではなくて問題はそれをどう使うか、だと思います。視覚を持っていても、見てはいけないものもある。視覚を制限するのではなく、何を見てはいけないかを私たちは制限しているのと同じで、どんな感覚を持つかではなく、どう使うことが倫理的かというのを国ごとに規制を設けるべきではあると思います。

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絵美:スーパーパワーを悪いことに使う、なんてこともありますもんね。

ニール:そうですね。ただ僕たちは自分たちの感覚をスーパーパワーだとは思っていません。人間以外の種が持っている感覚を人間はスーパーパワーと呼ぶかもしれないけれど、すべて自然なものです。

ムーン:「普通の人間より優れている能力を持っている」と思う人もいますが、そう思われたくはありません。すべての種が平等だと考えればそんなことはありません。

ニール:それに多くの感覚を持っているからといって、持っていないものより優れているわけではない。みんな同じです。ゾウも人間もサイボーグも。だから「トランススピーシーズ」って単語をよく使うんです。地球には他の種も生きているということを忘れないように。僕たちは「トランスヒューマン*1」ではない。だって、それって人間にしかフォーカスしてない。

僕たちはバーチャルリアリティー(Virtual Reality / VR)とか、拡張現実(Augmented Reality / AR)ではなくて、“暴露現実(Revealed Reality / RR)”と呼んでいます。僕たちが体験しているのは、決して創られたリアリティではなくて、存在はするけど人間の身体では感じきれないリアリティだから。VRでもARでもなくてRRです。

(*1)AIやテクノロジーを使って人間の限界を超え強化した人間

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絵美:私たちにもつけられるデバイスがあって、気軽に自然を感じられたらサイボーグへ近く一歩になりそうですね。2人の会社でサイボーグになるためにはどういうプロセスがあるんですかね?

ムーン:私たちがやっているのはアートプロジェクトなんです。学生や大学とコラボレーションしています。

ニール:2017年12月28日、新しい感覚に興味がある人たち向けのイベントやワークショップを行う場として、「Trans-Species Society(トランススピーシーズ・ソサエティ)」をバルセロナで立ち上げます。新しい感覚が欲しいと思う人には、それを作るプロセスにも関わってもらいたいと思っています。

ムーン:それぞれが欲しいと思う新しい感覚探しも私たちが手伝います。どの感覚を欲しいかを決断するには長いプロセスが必要となるでしょう。

絵美:今後、サイボーグを社会に増やすうえで、心配事はありますか?

ムーン:将来的には、人種にもセクシュアリティにもあるように、新たなダイバーシティの枠となると思います。

ニール:今の社会はまだ受容できないかもしれない。最初はサイボーグに対する差別があると思います。もう一つ問題になりうるのは、新しい感覚を売ろうとする人が出てくること、感覚を通じて人をコントロールしたり、人の動きを監視したりしようとする人が出てくること。もし企業が人の脳と体をコントロールするようなことが起きたら問題です。だからこそ、僕たちは自分の新しい感覚を作るプロセスには自分自身が関わるべきだと思っています。

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絵美::ハッキングも怖いですね。

ムーン:そうなんです。だからこそ私たちは今45のルールを作っています。

ニール:「サイボーグ平等権」。1、自分の感覚は自分でコントロールすること。2、自分の身体へアクセスする権利は自分で決めること。3、拡張された感覚は、所有物出なく身体の一部として社会が扱うこと。つまり、僕のアンテナを誰かが壊したとしたら、所有物の破壊でなく、僕の体への侵略行為になる。4、どのような身体にするかは自由な選択であること…。

絵美:なるほど。他にはどんなサイボーグの方がいらっしゃるんですか?

ニール:トランススピーシーズ・ソサエティのリーダーは気圧を感じられる耳を持っています。彼は天気を感じることができる。高度も感じることができるから海からどれから離れているかがわかります。

ムーン:知っている限りでアートを目的としてサイボーグ化しているのは私たち3人ぐらいですかね。

ニール:手にチップを入れて支払いをするとかは、違う類のサイボーグですね。僕たちは利便性や実用性を求めるのではなく、感覚のためにテクノロジーを取り入れているから。

ムーン:リアリティの体験を変えることを目的としているのが私たちです。

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絵美::手術って普通に病院でできるんですか?

ニール:アンダーグラウンドで、匿名の医師がやっているんです。50年代、60年代にトランスジェンダーの性転換手術が違法だった時代、デンマークやほかの国でされていたように、今のトランススピーシーズの手術は匿名の医師がやっている。僕のも同じです。

絵美:私は光合成がしてみたい。

ムーン:そういうプロジェクトしましたよ!フランスのアート大学で。最終的にその子は植物とつながって、植物が水を必要としているときに彼女はそれが感じられるようになりました。

絵美:すでにいた〜(笑)。最後になぜアートなのか知りたいです。どうしてアートでアウトプットするのか。

ムーン:アートは自由だから。自分の感覚をデザインすることもアートだと思うから。実用的なことのために使っているわけではないというのもあるかな。哲学やリアリティの問題だから。自分の体験をデザインすることはアーティスティックな実験だと思います。

ニール:アートにルールはない。サイボーグになるのにルールはない。だからアートが最適なスペースなんです。彫刻にも似ているかな。彫刻家が石から作品を生み出すように、僕たちは自分たちの身体から感覚や考え方を創り出している。ただ体外ではなく、体内で起こっているだけ。

絵美:あなたの存在がアートなんですね。

ニール:うん。僕たちの体験がね。人生とアートをわけてない。僕たちにとっては同じことなのかもしれません。

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「環境を守る」「全ての生物は平等」とは、筆者がサイボーグと聞いて思い浮かべるキーワードとは正反対だった。地球を人間のために変えるのではなく、人間が地球のために変わる。単純なようでなかなか思いつかない。それはニールが言うように、人間が地球上の他の生物の存在を忘れがちだからなのかもしれない。

地球や地球上の生物を守るための人類サイボーグ化計画、簡単ではなさそうだ。彼らのやり方がベストなのかどうかも今のところは誰にもわからない。しかし、この2人のサイボーグの存在が、当然のように人類を中心に考えている私たちの目を覚まさせてくれる。

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Neil Harbisson

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Moon Ribas

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Emi Kusano

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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