「“晒すこと”がものづくりには必要」。 ある男が訴える、“消費者に建前を言わない”という付加価値の存在

Text: Saori Matsuo

Photography: Keisuke Mitsumoto unless otherwise stated.

2017.11.6

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3.11後の原発事故の対応に関する政府のウソや、飲食業界・ファストファッションにおける原材料の調達、トレーザビリティ(物流経路の透明性)などの生産背景が問題となり、最近では「もの」や「こと」の背景、そしてストーリーが重要視されるようになってきた。

そういったものづくりの “裏側” と呼ばれるすべてをデザインしているクリエーターがいる。2拠点生活をしながら、伝統工芸の職人に密着し、工芸品のストーリーテリングや顧客とのコミュニケーションまでもデザインし、芯から伝統工芸のファンになってもらうことで、地方の活性化に取り組んでいる*1コミュニティエンゲージメント/アートディレクターの石井 挙之(いしい たかゆき)氏だ。

国連が掲げた”持続可能な社会”を実現するための指標、SDGsをテーマにした合宿が2017年にデンマークで開催された。このグローバルリーダーを育成することを目的とした合宿に呼ばれた、少数の日本人のうちの1人でもある。

食品業界やファストファッション業界で生産過程などの問題が摘発されるようになる以前はものづくりの裏側を公に晒すことは、ネガティブなこととして捉えられてきた。“見栄”や“建前” を気にするあまり、うやむやにしたり、取り繕うことを良しとする風潮が少なからずあった。そういったことをポジティブなものとして発信する石井氏に「敢えてものづくりの裏側を晒すことの意義」について聞いてみた。

(*1)コミュニティエンゲージメントとは世界中の地域社会を活動の場に、コミュニティ(地域)の人との協働を通じて、共通する課題解決に取り組むプロジェクト。またそれに関わる人のこと。(京都外国語大学HPより)

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コントラストから問題を発見し可視化する

武蔵野美術大学でブランディングデザインを学び、卒業後は都内のグラフィックデザイン会社へ就職。デザイナーとして、大手企業の広告やパッケージデザイン、ブランドガイドブック開発に携わった経験を持つ石井氏。

会社では、毎週大量のデザインを制作する。それが次の週には違うものになっていたりするんですよね。あまりの生産と消費の速さで、自分が作っているものが誰にどう届いているのか、見えづらく思うようになった。誰かの生活の一部に、作ったものがどういうインパクトを与えているのか?自分が作るべきものはなにか?それがもっと実現できる場所を探したくなったことから地域に関わるようになりました。

その後は働きながら「KANAYA BASE」や、長野県信州新町の「のぶしな玄米珈琲」など、地域プロジェクトに携わる。そのなかで、都市生活と地域生活に適したデザインアプローチやリサーチ、アウトプットの違いを目にし、興味と疑問を抱き始めたことから退職。フリーのクリエーターとして長野県と東京の2拠点生活を始めた。

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石井氏が社会に目を向けるようになったのは、この2拠点生活で地方と都心、大手企業と中小企業の二面性を持つことがきっかけだったと話す。そのコントラストに触れることでインスピレーションを得て、さらに対比することによって、そこに存在する問題が見えてくるそうだ。

東京での私生活やコマーシャルデザインと地方でのコントラストある活動のなかで、地域に眠る豊富な文化的資源やそのまま価値につながるストーリーがうまく伝播されていない現状に気づいたんです。それにサステナブルは今でこそ言われているけれど、地方ではもともとやっていること。おすそ分け、フードロス、技の伝承、お客さんと作り手の関係性づくりも。地方には、都市の問題を解決するヒントがたくさんあります。

さらに今では滋賀県長浜市に拠点を移し、地域プロジェクトを軸に、伝統工芸の職人のストーリーを紡ぎながら作業着を仕立てる「仕立屋と職人」を主宰している。職人の中には、自分たちの背景や文化、思想やプロダクトの価値をプレゼンテーションすることが苦手な人もいる。そういった人たちのブランディングを担うのが石井氏だ。

そうすることによって、職人にある「怖い・厳しい・近寄りがたい」というイメージを払拭し、職人はそれだけじゃないということをプロセスから出していく。

弟子入りして朝晩コミュニケーションをとっていくと、職人さんにはどういう作業着がいいかわかってくるんですよ。さらに仲良くなると、彼らの悩みも聞くようになる。以前関わった福島では、お母さんたちと職人さんとの間で、お互いに言いづらいことがあって、そこで僕らがクッションになった。一見、外からは覗けない職人の本当の姿をSNSなどで晒していきました。

また、コミュニケーションから派生してできたアイテムと作業着を持って、東京で開催されるファッションとデザインの大規模な合同展示会「rooms」などで出店し、職人と新しいセクターの人を繋ぎ合わせていく。そこにはイギリスで学んだ「Narratology(ナラトロジー)」の哲学が入っている。

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仕立屋と職人の三人
Photo by chomo

見る側に気づきを与える「Narratology」の哲学とは

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石井氏は過去に渡英し、ロンドンにある芸術大学セントラル・セント・マーチンズで、Narratology(物事にある物語論)を学んだ。現実世界に起こる課題の発見からデザインしたコンテンツまで、ストーリーテリングとデザインやアートを掛け合わせて、人々により深い共感や経験をさせる手法である。

ロンドンで感じたことは、日本と違って、全体的に面白く派手なデザインのものが多いんですね。パブリックの使い方が自由度が高くて、デザインやアートが入り込むことができるフィールドが広い。独自のリサーチや分析からクリエイターがどういう社会的インパクトを出して、将来どうなっていくかのすべてのプロセスをプレゼンすると、それを評価する企業や団体が海外の方が多い印象もあります。

さらに、私生活の中で社会問題に触れられたり、議論できる場が多い印象はあります。それが、“言われてみればそうだよね”と自然と導かれる仕掛けになっているものも多い。大概は、問題を問題として提示してもみんな見たくないもの。“可愛いよね”、“かっこいいよね”、“グッとくるよね”、そういった共感から入って、実はストレスなく引き込まれるようなものじゃないかと思います。引き込まれていった先に、実は奥深い問題が潜んでいることに気づく。

そのリソースは、日本にもたくさんあると感じています。特に地方ですね。そこにいる地元の人ではなく、外から来た人間だからこそ見つけられるものもある。地域の問題を定義するところから可視化していく時に、代弁者であるクリエイターの存在が必要になる。

僕がやっていることは、作り手と使い手が一緒になって商品を転がしていった先に、それがサービスという経済ベースだけではなく、生産者と消費者の関係の構築を考えて設計する、ということ。お客さんがそれに触れるまでの気分を想像し、それをデザインに落とし込む。さらにその人が五感で何を感じ、どういう気持ちになるか、そして次回に繫がるかどうかも考慮しています。

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SDGs合宿で学んだ日本と世界の「感覚の差」

「SDGs」という言葉を聞いたことがあるだろうか?SDGs(Sustanable Development Goals)とは、2015年9月の国連サミットで採択されたもので、国連加盟193か国が2030年までに持続可能な社会実現のために設定された具体的な17の目標。そんなSDGsの活性化やグローバルリーダー育成を目的とした合宿イベント「UNLEASH THE INNOVATION LAB DENMARK 2017」が、今年8月にデンマークで開催された。

世界中のチェンジメーカー1,000人が一堂に集まるイベントで、日本人の参加者はたった5人。そのうちの1人として主催団体UNLEASH LABのパートナーでもある母校の推薦のもと石井氏も参加した。

合宿の内容は、特定のテーマごとに数人のチームに分かれて、世界で起こっている社会問題の解決のためのプロジェクト立ち上げまでを11日間に渡って実践するというもの。「自分たちが思う課題は、誰にとって問題なのか?」「解決したら社会的インパクトはどれほど起きるのか?」ということを毎日議論し、しっかり定義していくことで、129カ国から招待された若いイノベーターと次の一歩を踏み出すことを見つけることが目的だ。今回の合宿での最大の学びは、課題の定義と分析・リサーチの重要性だと石井氏は話す。

プロジェクト差はあるものの、会社でデザイナーが課題発見や定義に割ける時間は限られていると思います。それは経済的な課題であったり、環境的な課題である時もありますが、それが誰に対して、どのようなインパクトを生むのかを探し出すことに僕は時間を費やしたい。そのために、外から来た僕のようなやつがお酒を飲みながらヒヤリングをして、街を歩いて、住んでみて、資産と課題を見つけることがコミュニケーションツールをつくる上で大事なファーストステップだと思います。今回の合宿は、教育、水、生産と消費、都市開発、エネルギーなど、会場に選ばれたデンマークで先進的に取り組まれているアジェンダが選ばれていました。これに沿ってグループが作られ、街に出てワークをしていくんですね。ここで癖づけられた「それは課題としてどうなのか?」と深く分析することや、リサーチを繰り返すことは、今のプロジェクトにも生きています。

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UNLEASH LABのテーマの一つは、“Transparency”=透明性を高める。
UNLEASH PHOTO CREDIT: Alex Luka Ladime

最終的に選ばれたプロジェクトは、スポンサーが出資し、ビジネスとして実行されているものもある。年1回開催されるこの合宿は、今後日本でも開催が検討されている。日本で開催する際の課題を石井氏はこう指摘した。

今回デンマークで協賛していた企業は、社会的な立ち位置がはっきりしているんです。エネルギー資源対策や、サプライチェーン、労働環境などを誰にでも分かりやすいように公にすること。徐々に流れはあるものの、こうした声を上げることは日本ではまだハードルが高いように感じます。こういう企業のはっきりした意思表明に対して、それを選ぶユーザーの姿勢も徐々に変わっていきます。大量生産や消費が見直されているなかで、日本でもブランドストーリーの伝え方が重要視されていますよね。海外から訪れた人たちにプロダクトやサービスだけではなく、その背景や意思も示せることがこれからさらに必要になってくると思います。

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企業が政治的な主張を発信することが未だに“タブー”とされている日本で、SDGsをテーマにしたイベントのスポンサーを集めることは一つのハードルかもしれない。また、発展途上国と先進国の社会問題の解決への緊急性の違いも感じたと石井氏は話す。

発展途上国の人は、先進国の僕らが出す課題の着目点や解決策と全然違うアプローチでした。アフリカの人は、明日には解決しないと命に関わる課題が多いこともあって、そもそもの熱量も違う。日本の難しい点は「問題や課題をどれくらいの人が当事者として感じていて、それをどうやって伝えられているだろうか?」だと思います。自分の明日にそこまで影響がないように見えてしまって、自分とは遠くに感じるトピックはそのまま流れて、普段の生活を続けられてしまう。

その結果、何も考えずにすんでしまう。だからいつも僕はそうならないように「考える速度が落ちてきたな」と感じたら、ひたすら考えることをするように心がけています。スピード感を失わず、分析をやめず、難しい状況下でも動き続けること。どんなことでも、頭の中にあるだけだと何にもならないし、実際に現地に行かないと、やって試さないとわからないこともたくさんある。

「日本人は思考停止している」。よく聞くフレーズかもしれないが、食べもの、働き方、遊び方など選択肢が“豊かな”日本で、自分とは遠い誰か、遠い国が今直面する社会問題を「自分ごと」のように感じさせ、意識を変えるには、クリエーターの役割は大きいと石井氏は語る。

今の時代に必要なことや抱える問題をデザインで伝え続けることで、受け手に考えるきっかけをつくることができる。そういったことの重要性に気づいたクリエーターがもっと社会や地域で動き出せば、社会変革は加速すると思います。

これからのクリエーターに必要な「晒す」ということ

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「問題を可視化し、裏側を晒すところまでデザインするということは、日本でも海外でもキーワードになっていくと思います」。そう石井氏が語っていたように、目に見えづらいものやことを可視化するデザインやストーリーテリングは、今の社会が抱える大量生産・大量消費を解決する一つの糸口になることを物語っているのではないだろうか。

「Narrative(=そこにある文脈(ストーリー)をデザインに乗せて伝えること)」を意識すること、「なぜそれをやるのか?」と自分に問い続けること。そして、その「プロセス=価値」として晒すこと。サービスや商品は、作り手と使い手の化学反応によって新たな価値が生まれ、課題が解決されていく。これからの時代は、そのすべてをデザインできるクリエーターの存在が求められてくるだろう。

そうやって多くのクリエーターによって世界のものづくりのプロセスやストーリーが晒されていったとき、今よりもっとサステイナブルな世界になっているのではないだろうか。

TAKAYUKI ISHII

CREATIVE “GARDEN”

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※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。

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