フェアトレード、ダイレクトトレード、オーガニック、ベジタリアン、ビーガン、ゼロウェイスト、昆虫食、未来食…。東京の街に日々増えていく、お腹をただ満たすだけではない「思想の詰まった飲食店」。
「海外からビーガンの友達が日本に来ていて、ビーガンメニューのあるレストランを知りたい」、「サードウェーブの先を行くコーヒーが飲みたい」、「フードロスがないレストランに行きたい」、「無農薬野菜が食べたい」、「友達や恋人と健康な食事をしたい」「ストーリーのある食材で作られたものを食べたい」などなど。そんなニーズに答える連載です。
「食べることはお腹を満たすだけじゃない。思想も一緒にいただきます」。その名も『TOKYO GOOD FOOD』。フーディーなBe inspired!編集部が東京で出会える、社会に、環境に、健康に、あなたに、兎に角「GOODなFOOD」を気まぐれでお届けします!
それでは第10回目の『TOKYO GOOD FOOD』行ってみましょう!
WHERE IN TOKYO
今回は東京の下町としての風情を残し、歴史と情緒が溢れるエリア、根津に2014年3月3日にオープンした、「くじら料理」が食べられる秘密基地、HIMITSU KUJIRA (ひみつくじら)です。
鯨肉と聞くと、「竜田揚げがおいしいよね」とか「給食で食べた」とか「欧米ではネガティブなイメージがあるよね」とか、それぞれいろんなイメージがあるでしょう。
ひみつくじらの店主の石川さんにお店のオススメの料理やコンセプトを伺いました。
WHAT’S GOOD
ーお店で一番オススメの品はなんですか?
ごめんなさい、一つに絞れないです!刺身、龍田揚げ、自家製鯨ベーコン、3つ!
ーその理由はなんですか?
「え!?鯨ってこんなにおいしかったの!?」と、鯨のイメージが根本的に覆るくらいおいしいから。
何がそんなに違うのかって? ひみつくじらだけに、秘密です。というのは冗談で(笑)
①房総沖で捕れた新鮮な鯨を、房総の捕鯨文化独自の二段熟成で処理(海中熟成と氷結温熟成)をされた鯨
②増量剤や発色剤などの添加物を使わない、自然のままの味わいの鯨
③調味料や副材が、醤油や味噌、塩一粒に至るまで原則すべて、
1)鯨と同じ水と土、空気で育った房総のもの
2)昔ながらの手作りのものだけ
④薬味や一緒に添える野菜も房総の無農薬野菜
あとは料理人の鯨はもちろん、食そのものへの深い愛、日々の鍛錬の量だと思います。
先程おすすめで挙げさせて頂いた龍田揚げなどの定番のメイン鯨料理以外に、様々な房総の季節食材と鯨を掛け合わせて「まさか鯨でこんな料理が!?」というスペシャルメニューを作ります。今であれば「ローストホエールと秋茄子の、和のテリーヌ」や「鯨尾びれと九十九里ハマグリの地酒蒸し」など。週に2~4種類として、少なく見積もっても年間で150種類くらいはやるのではないでしょうか。
鯨というと、どうしても伝統的な居酒屋スタイル料理とお父さん世代の組み合わせでイメージされがちですが、当店の場合、お客様の年齢層がとても若く、男女比も半々。日によっては開店から閉店までお客様が全員女性ということもあります。ご職業やお立場も、学生さんから社長さん、芸能人の方々まで様々。大変光栄なことに外国の方からもご予約を頂戴します。多種多様な価値観の方達に楽しい時間を過ごして頂く(あっと驚き、感動して頂く)べく、日々鯨の肉と対話して、トレンドをリサーチし、時には古文書のような料理書を研究して試行錯誤を重ねる。同じ定番料理を作るにしても、そうした積み重ねによって差が生まれていると思います。
CONCEPT & PHILOSOPHY
ーお店のコンセプトを教えてもらえますか?
そりゃあもちろん「秘密基地」!
①秘密の店…みんなが知らないありえないくらいおいしい鯨(だけではなく野菜や魚)が食べられる
②隠れ家…秘密にしておきたいくらい心も体もリラックスできる
③セーフハウス…消費社会の中で失われつつある古き良き手作りの食をかくまっている
④隠し研究室…都市生活の中で見えなくなってしまった「秘密」=源流や起源、生産プロセスを発見できる
⑤アジト…大量生産品やまがいものばかりの世の中をギャフンと言わせるための秘密の企みの場
ーお店ができた経緯を教えてもらえますか?
5歳で鯨ベーコンを食べて感動して、捕鯨と鯨を食べる文化を守りたいという夢をもって東京水産大学に入って、念願がかなって鯨の業界に足を踏み入れたんですが、いろいろと裏というか現実を知ってしまいまして(笑)
一番ショックだったのは、一般的に流通する鯨の殆どが、発色剤や増量剤を用いた合成肉のような物になってしまっていた事です。これが全くおいしくない。これじゃあ鯨を流行らせるなんて夢のまた夢だなぁ、と落ち込んでしまった時期がありました。そんな折に、知人の勧めで、通常東京では全く流通していない、房総の沿岸捕鯨で捕るツチ鯨の刺身を食べたのですが、これが逆にとんでもなくおいしい。
実は、房総に限らず、沿岸捕鯨で獲る鯨って業界では下に見られる傾向があり、ご多分に漏れず私も口に入れる瞬間まで「ツ、ツチ鯨か…」みたいな印象があったのですが、食べてみるとそのあまりの衝撃(美味しさ)に「自分が今まで扱っていた鯨はいったい何だったんだ」と膝から崩れ落ちてしまいました。
そこから改めて房総の捕鯨の歴史を学び直したり、東京でなぜツチ鯨が評価されないのかを築地でヒアリングして回ったり。
そのなかで、日本の鯨を取り巻く問題の根本が見えてきたこと、そしてそれに取り組みたいなんて思っている30代半ばのやや若手なんて、日本中探しても自分だけしかいないだろうな、と。
そんな時に国際司法裁判で日本政府の南氷洋の調査捕鯨が敗訴するという大事件が勃発。いよいよ居ても立ってもいられなくなり、先ずは房総の捕鯨の様子を自分の目で確かめるため、そして「自分も房総の捕鯨にかかわりたい」という相談をすべく捕鯨会社の社長に相談に伺いました。今思うと、急に東京の別な鯨の会社の若造が「お会いしたいです」と電話をかけてきて、さぞ驚かれたと思います(笑)そんな図々しいお願いにもかかわらず、快くお時間を割いてくださり、捕鯨の現状や歴史のみならず、町の様子をつぶさにご案内下さいました。そこで、ずっとイメージとしては持ちつつも、ビジョンとしては明確化し切れずにいた「なぜ、こんなにも自分は鯨を獲って食べる文化に惹かれるのか、鯨を通じて何を伝えたいのか」という問いかけ答えになる風景を目の当たりにした事。それがが決定的な転機となりました。
東京ではいまいち現実感のない印象を持たれがちな捕鯨ですが、房総の捕鯨基地である和田浦では地域に根付き、「おいしい、おいしいと」愛され、生活の一部となっています。
夜も明けぬ早朝、屈強が男たちが船出をする。経験と勘を頼りにした鯨との駆け引きの果てに、一発勝負の銛を撃つ。「捕れた」の一報を、町のみんなが心待ちにしている。夕方捕獲の方が入ると、次の日の早朝、大きな鯨(10~13m)が浜の解体場に引き揚げられる。
たくさんの見学客が息をのんで見守る中、汗を滴らせキラキラと輝かせながら真剣勝負、みんなで息を合わせ、力を合わせて、生き生きと鯨を捌く。解体が終わればその場で新鮮な肉の即売会。列をなして鯨の肉をみんなが買いに来る。「今日の肉はどうだい?」「やわらかくていい感じだよ、何キロ持ってく?」なんてやり取り。
そして海沿いの迷路のような家々の小道を歩けば、元気で若々しいおばあさんが軒先で近所の皆さんと談笑しながら、仕入れたばかりの鯨の肉をスライスしている。伝統的な干し肉を作る他に、夏休みで遊びに来ているお孫さん(鯨が大好き!)に鯨料理をふるまうのが夏の風物詩。夕暮れ、港沿いの家々からは「おいしい、おいしい」と楽し気な食卓の様子が漏れてくる。
その営みの表情の豊かさ、自然と一体になった風景が本当に美しいのです。それこそ、この街だけが世界から切り取られてしまったように。そこには、捕鯨がいい悪い云々なんて余計な雑音は何もない。
※漁期中(夏季)、解体は「見学自由」なので是非!開始時間などは外房捕鯨(株)公式ブログでご確認ください。(外国人も含めたくさんの方が来訪されますが、どなたも真剣に見守り、見学されています。)
東京では捕鯨についていろいろ意見が飛び交い、映画が作られたり、本が書かれたり、雑誌でPR特集なんかが組まれたりします。それを見て何かが決定的に欠けていると痛感していたのですが「ああ、これだったんだ」と気づきました。
「伝統だから、残そう」とかではなく、「美味しいから笑顔が生まれて、楽しくて嬉しいから、幸せになるから、自ずと受け入れられ受け継がれていく」この自然な流れがない。そのためには「圧倒的においしい鯨が食べられる場、世界観にまでこだわって真剣に徹底して作ること」が必要。
話を戻しますが「そんなことを考えているやつは日本中探しても自分しかない。業界も政治も、誰もできない、自分にしかできない」と確信して、開業を決意しました。
CHANGE SOCIETY
ーひみつくじらは、どのような影響を日本社会に与えたいですか?
ちょっと大げさでざっくりしていますが、カッコよくて誇らしい食文化をデザインして、次世代にバトンタッチしたい!って感じでしょうか。実は昨年12月に子供が生まれまして。子供にとってよりよい未来を、という思いは一層強くなりました。
鯨を捕り食べることは、この21世紀にあって極めて原始的であり、圧倒的な力で人間を拒む大自然に対し、自らの五体を駆使し立ち向かいながら共存しようとする行為ですよね。
それは自然から乖離し続ける現代(自然の理不尽を排除し、高度な都市社会をここまで発展形成してきた)とは正反対の世界ですし、エコだとかロハスとかとも異なる次元です。
ただでさえ大きくて強い鯨を相手にする捕鯨ですが、近代的な大規模漁業のようにソナーを使ったり、自動で群れを一網打尽にしたりする便利な技術があるわけではありません。昔ながら、人間が何時間もかけ自分の目で鯨を探し、狙いをつけ、張り詰めた緊張の中、神に祈るような思いで銛を放つ。(砲手の双肩に、船上だけではなく、陸で待つ仲間も含め、捕鯨会社全員の生活が懸かっている)
敵わない自然の理不尽を排除したり無理矢理コントロールしようとしたりするのではなく、あるがままの自然(自分よりも強い存在)に対し、何でもかんでも最先端の技術に頼るのではなく、あえて制限された条件下で立ち向かうことを通じ、結果として共生の道を見出す。
「都市生活の文明・知性」と、「大自然の野性・生命力」という、相反する要素を両方内在(融和)させ、そのバランスのチューニングから、これまでの消費だけをするスタイルではなく、食べること自体が再生産に繋がる新しいスタイル(食を通じて自然と共生する)を生み出すのが次世代に課せられた使命だと思うのです。
同じ自然を相手にする農水産業の中でも、その先駆け、フラッグシップとなれる可能性を秘めているのが「古くから日本の里海に根付く、捕鯨文化」だと考えています。
鯨って不思議なもので、否応なしに、色々な人に色々な想いを湧き立たせる。
少なくとも、鯨に触れる(食べる)だけでも、人間と自然の関係について考えさせてくれると思うのです。
一つ一つの経験は小さくても、そういったことの積み重ねが飽和点に達したとき、未来の何かが変わるのではないかなぁと。
コツコツと、でも大胆でダイナミックなスケールの構想も水面下で進めながら、よりよい世界につなげていければいきたいです。
「伝統だから、残そう」とかではなく、「美味しいから笑顔が生まれて、楽しくて嬉しいから、幸せになるから、自ずと受け入れられ受け継がれていく」
そう石川さんが言うように、鯨に限らず「日本の食文化」を、“伝統だから残す”のでなく、純粋に“美味しいから残す”ことが、食生活が急激に変化する現代社会で必要になっていくのではないだろうか。もちろん、生き物の命に感謝していただくことは忘れずに。
「欧米の方もお店に来て、みんな鯨肉を気に入ってお店を後にするんだよ」と話してくれた石川さん。鯨に関する知識を聞きながら、「鯨の魅力」が最大限に引き出された鯨料理を体験しに、ひみつくじらへ行ってみてはどうだろうか。
次回の『TOKYO GOOD FOOD』もお楽しみに!
本記事では、西野 嘉憲 撮影/著.の「鯨と生きる(平凡社)」より一部抜粋し、写真を使用しています。
讀賣新聞の書評委員に「震えるほど感動的」とまで言わしめた傑作。捕鯨船に乗船取材し、“鯨を捕る人々の船上生活”から“まさに捕る瞬間”、そしてそれを楽しみにする”捕鯨の町に住む人々の生活と表情”まで、鯨と生きる文化そのものの細部までを圧倒的な美しさの写真と、静謐な言葉で描写したドキュメンタリー写真集。南房総の小さな捕鯨の町という小宇宙。そこに何泊も滞在旅行したような、濃密で充実した体験ができる奇跡の一冊です。
詳しくはこちら。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。