寝ぼけ眼をこすりながら起き上がる朝の、目覚めの一曲。やわらかい陽の光の下で芝生に寝転ぶ昼下がりの、癒しの一曲。気になるあの娘との初デートの帰り道に聞く、喜びの一曲。音楽はいつだって私たちに寄り添い、人生にたくさんの彩りとスパイスを与えてくれる。
だからこそ、「共通の音楽の趣味」というのは、時に年齢や国境、時代までも越えて、“あなた”と“わたし”を結びつける強力な魔法として働くことがある。映画「500日のサマー」で、主人公・トムとヒロイン・サマーの恋が「わたしもザ・スミスが好きよ」というたった一言から始まったように。
そんな音楽が持つ「魔法」に注目した、ある変わったプロジェクトがドイツで始動した。
「共通の音楽の趣味」を持つ犬と里親を繋げる
イギリスのグラスゴー大学の研究によれば、犬にはどうやら私たち人間と同じように「音楽の好み」があるらしい。
これに着目したのが、音楽のストリーミング配信サービス・世界最大手のSpotify(スポティファイ)と、ドイツの動物保護団体、Tierschutzverein München e.V.(ティアシュツファイン・ミュンヘン、以下ティアシュツファイン)だ。
1億7万人のユーザーの音楽の好みを知り尽くす大企業と、行き場のない動物たちの保護・里親探しに尽力する団体。両者が共同で開始したプロジェクトが、「音楽」と「犬の里親探し」を組み合わせた「Adoptify(アドプティファイ)」(Spotify + Adopt:人・動物を引き取る)だ。
公式サイトでは、施設で保護されている犬たちを、それぞれの好きな音楽と一緒に動画で紹介している。
たとえば、EDMのリズムに合わせて首をフリフリするRayくんや
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オペラの音色に気持ちよさそうに聞き入るMoshiくん
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ロックのビートに飛び跳ね喜ぶMillowくん
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気になる子犬のリンクをクリックすれば、里親になるための問い合わせができる仕組みになっている。
同じ音楽の趣味をもつ人間同士が惹かれ合うのだから、きっとそれは、犬と人間の間でも同じはず。一緒に大好きな一曲を楽しむパートナー同士を結び付けようという、なんともユニークなアイデアなのだ。
「Adoptify」公式ページに動画が公開された子犬たちは、早速引き取り手が決まったよう。今後順次、新たな犬たちが、それぞれのフェイバリット・ミュージックとともに登場する予定だ。
プロジェクトの裏にある社会問題。ドイツでは子犬は「買わず」、「引き取る」のが当たり前。
愛くるしい子犬たちが音楽に合わせて踊るビデオを見て、思わず頬を緩ませた人も多いかもしれない。
しかし、一見とてもポップで可愛らしいAdoptifyプロジェクトの裏には、「行き場のない動物たちをどうするか?」という、生き物の生死に関わる深刻な問題があるということを、ここで改めて明示しておきたいと思う。
Adoptifyの立案者ティアシュツファインは、ドイツ第三の都市、ミュンヘンを拠点に活動する動物愛護団体だ。彼らは「Tierheim(ティアハイム)」と呼ばれるシェルターを持っていて、そこで行き場のない動物たちの保護と、新たな飼い主探しを行っている。
動物愛護先進国ドイツには、ドイツ語で「保護施設」を表すこの「ティアハイム」が全国に500以上存在する。犬や猫の生体販売を行っているペットショップがほぼないため、家庭にペットを迎え入れる際には、ティアハイムから動物を引き取るという文化が、一般に浸透しているのだ。(参照元:PETOKOTO)
実際、このミュンヘンのティアハイムには、年間約8千匹の動物たちがやってくるが、その7割が1年以内に引き取り手が決まるという。ドイツ最大のベルリン・ティアハイムに至っては、年間約1万頭の保護動物のうち、その譲渡率は9割を超えるということだ。また、ドイツでは、余程正当な理由がない限り、殺処分は原則行われない。(参照元:Tierschutzverein München e.V., PEDGE)
日本の「ペット業界」の闇
では、私たちが住む日本はどうだろうか。動物を迎え入れる際にはまずペットショップに、というのが一般的だろう。
その裏で起こっているのが、殺処分の問題だ。
2012年に動物愛護法が改正され、保健所が「安易な理由での動物の引き取り」(可愛くなくなったから、引っ越すから、等)の申し出を拒否できるようになった。以降、殺処分件数は大幅に減少傾向にあるが、2016年時点でも、毎年約10万匹の犬・猫たちが、保健所で命を落としている。多くの地方自治体が掲げる「殺処分ゼロ」には程遠いのが現状だ。(参照元:クローズアップ現代+, PEDGE)
更にそれと平行して、深刻な問題が存在する。公営シェルターや民間の動物愛護団体が、保健所送りを免れた保護動物を抱えきれなくなった結果、伝染病のまん延・多頭飼育崩壊・経営破たんが起きるなどのケースが出てきているのだ。(参照元:クローズアップ現代+)
更には、引き取り手がないペットを買取って、劣悪な環境での飼育・繁殖を強要し、子犬を転売する悪質業者も多数存在するという。(参照元:クローズアップ現代+)
ショップのショーウィンドー越しにあなたを見つめるつぶらな瞳や、ネットに溢れる可愛い動物動画からは想像も付かない闇が、日本社会には存在するのだ。
「里親になる」という選択肢
この現状を知ったあと、もしあなたにも「救える命がある」と感じたなら。「そういえば、前からペット欲しかったんだよなぁ」と思ったなら。里親になる、という選択肢があるということを知ってほしい。
各都道府県・自治体が運営する動物愛護センターに問い合わせをしてみてもいいだろうし、「ペット」「里親」等のキーワードで検索をすれば、興味深い情報がたくさんヒットする。ペットを飼育できなくなった人やペットの保護をしている人と、里親になりたい人が交流できるWEBプラットフォーム「ペットのおうち」や、動物保護施設と里親になりたい人のマッチングサービス「OMUSUBI(お結び)」がその例だ。「犬より猫派なんだよなぁ」という人は、開放型の猫カフェシェルターの運営・譲渡会の開催を行っている「NPO法人 東京キャットガーディアン」に問い合わせてみてもいいかもしれない。
音楽配信世界最大手の企業が、生き物の命に関わる重要な社会問題にフォーカスを当てる。世界中の人に愛される「音楽」というツールを用いて、とてもポジティブでユニークな解決策を示す。Adoptifyプロジェクトがもたらす功績は大きいだろう。
あなたも、これをきっかけに、一度考えてみて欲しい。救える命が、人生をとびっきり明るくしてくれるパートナーが、どこかであなたを必要としているのかもしれない。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。