近年、環境や人体への影響を見直し、食の生産背景が注目されている。街のレストランは、顧客満足のために「美味しさ」だけでなく「安全」を求め、スーパーでもオーガニック商品のコーナーが作られたりと、少しづつ変化がみられている。
そのなかでも注目されているのが「農園から食卓へ」を意味する「ファームトゥーテーブル」というスタイルのレストラン。農園から採れたての新鮮な野菜を調達し、それを調理してお客様に提供する、一見理想的に思えるこのスタイル。
しかし、元アメリカ大統領オバマ氏も訪れるアメリカ最先端のレストランのシェフは、この「ファームトゥーテーブル」がもはや正義ではないことを指摘している。そして、食の未来の姿を提案する。
食を取り巻く社会課題
食べ物の生産から消費まで、環境や社会への影響が問題視されている。
農薬散布による人体への影響、不当な賃金での生産労働、工業化されすぎた酪農に対する倫理的問題、乱獲による生態系破壊、地球温暖化による農作物の不作、見えない影響が危惧される遺伝子組み換え問題、食品流通におけるフードマイレージの増加、賞味期限ルールによるコンビニ等での大量のフードロス、家庭での食料廃棄、食生活による肥満の増加、摂食障害、孤食…。
食に対してこんなにたくさんのことが問題視されている理由とは、やはり、人間が生活していくためには「食べなければならない」からであろう。食べる人は皆、これらの問題の関係者なのだ。
アメリカ環境問題専門家 ジョン・ミューアは自著『My First Summer in Sierra』でこう述べている。
宇宙のなかで何かひとつ取り出そうとすれば、宇宙に存在するほかの全てのものに結びついている
食を取り巻く問題はまさに、このなかの何か一つを解決すればいいというわけではない。すべては地球という循環する生態系のなかでつながり合っているのだ。
「ファームトゥーテーブル」で食の問題を解決できるか?
そこで最近注目を浴びているのが冒頭で述べたファームトゥーテーブルというスタイルのレストランだ。ファームトゥーテーブルとは、直訳すると「農園から食卓へ」という意味。このスタイルのレストランでは農園で採れた野菜が直接レストランに運ばれ、調理されたものが提供される。そうすることで、食べる人は、作り手のわかる安全な野菜を新鮮な状態で楽しむことができるのだ。
このファームトゥーテーブルからは、とても正しい仕組みのような印象を受ける。実際、ファームトゥーテーブルを実践するシェフは自分たちの取り組みに胸を張る。
しかし、アメリカ・ニューヨークにあるレストランBlue Hill(ブルーヒル)のシェフで、10年以上世界中の農業コミュニティについて研究をしているダン・バーバーは、ファームトゥーテーブルでは食の根源的な問題を解決できていないと指摘する。彼がシェフを務めるBlue Hill(ブルーヒル)は「ファームトゥーテーブル」スタイルのレストランとして有名だが、なぜこう指摘するのだろうか。
「食べ手の都合」から逃れられないファームトゥーテーブル
そもそもファームトゥーテーブルは、食べる人がより新鮮で栄養価の高い食べ物を食べられるようにと考えた末に生み出された、農業流通システムである。実際、多くの場合は周辺の農家から直接仕入れを行うため、食べる人が嫌がる不健康な農業が行われていたらすぐに明らかになる。よって農家は注意を払い、さらに比較的フードマイレージも低くすることができるために、あらゆる食の問題を解決する取り組みとして知られている。
Blue Hillの場合はレストランのそばに自分で農園を運営し、そこから仕入れを行っているため、一見すればファームトゥーテーブルの仕組みをとっている。
だが、バーバー氏が主張しているのは、「食の作り手と食べ手の力関係」である。近年の農業は、消費者の需要と嗜好に合わせて、多少自然の摂理に抗ってでも生産を増やしてきた。たとえば、ドキュメンタリー映画『FOOD.INC』で指摘されている鶏の飼育シーンでは、大量のひよこが小さな空間に敷き詰められることで、歩けなくなるようにして身体を肥やさせる。そうする理由は、食べる人が丸々と肥えた鶏肉を欲しているからだ。
他にも、”綺麗な野菜”を食べたいと考える消費者がまだ多い日本で野菜を売るためには、農薬を使用して形をきれいに見せるよう農家は努力する場合もある。消費者の「食べたい」に合わせて農家が食品を生産する、という構造があるのだ。
ファームトゥーテーブルを行うと、確かに新鮮な食材を直接食べる人の元に届けることができる。しかし、この従来の「食の作り手と食べ手の力関係」を変えることができなければ、いくらファームトゥーテーブルを実践しても意味がない、というのがバーバー氏の主張だ。
「食を取り巻く環境について、より包括的な視点で見る必要がある」と彼は、一つの未来の食の姿を提案する。それが、「Third plate(第三の皿)」だ。
ダン・バーバーの唱える「第三の皿」
レストランBlue Hillを拠点とし、長年食と向き合ってきたバーバー氏が注目したのは、フレンチやイタリアン、スパニッシュ、中華、といった長い時間をかけて発展してきた世界の食文化である。地域でよく栽培される野菜は、最も旬な時期を知ったその地域の人によって調理され、楽しまれてきた。
2013年に世界遺産に認定された和食も、その特徴として「海、山、里と表情豊かな自然が揃っているため、各地で地域に根ざした多様な食材が用いられていること」と「素材の味を引き出す調理技術と道具が発達していること」が一番にあげられていた。例えば、日本の田園地帯では、春にはウドやたらの芽などの山菜を採り、夏は川で若鮎を塩焼きにし、秋は山できのこ狩りをして、冬は日本酒と酒肴で身体を温める。そんな四季の風景がある。
このように、その地域の気候や環境、農業システム全体が直接反映されているような料理が、未来に残されるべき食の姿だとバーバー氏は指摘する。食材単体をどこから仕入れるか、という視点だけではなく、農業システム全体に思考を凝らした食を彼は、「第三の皿」と呼んでいるのだ。
残念ながら、バーバー氏の住むアメリカには、長く地域に根ざすような食文化は育っていない。しかしだからこそ、アメリカでこのような食のシステム全体を考えた地域に根ざした食を作ることが、自らの使命だと彼は語る。
食べる側の私たちは、もしかしたらこれほど食べ物について考えたことがないかもしれない。でも、毎日何かを「食べて」生きているのではないだろうか。「食べる」ためには、誰かがどこかでそれを作っているのではないだろうか。自分の食べたいものはなんでも手に入る時代に、食材はどこから来て、どんな想いで調理されたのかを知るのが、私たち食べる側にできる小さいけれど、大きな未来の選択なのかもしれない。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。