私たちを取り巻く様々な人間関係の中でも、“恋人”というのは、とりわけ特別な存在だ。その人のことを考えるだけで、ニヤニヤが止まらなくなったり。「おはよう」「おやすみ」という他愛もない言葉のやりとりに、胸がじんわりするような幸せを感じたり。欠けていたパズルのピースがぴったりはまる安心感を覚える、そんな誰かとの出会いは、私たちの日常を何よりも鮮やかに彩ってくれる。
また恋人というのは、私たちの「一番やわらかく、繊細で、弱いところ」をさらけ出す相手でもある。だからこそ、パートナーとの不仲や喧嘩・別れというのは、私たちの心に大きな傷跡を残すのだろう。失恋を英語ではハート・ブレイクと表現するが、まさにその通り、心が引き裂かれるような悲しみ・辛さに襲われることもある。「今までの幸せだった日々は何だったの」と、涙枯れるまでひたすら泣き暮らす経験をした人も多いかもしれない。
そんな、恋愛で受ける心の痛み。それが私たちの身体に大きな影響を及ぼしているということを、あなたは知っていただろうか?
ハートブレイク(失恋)=比喩じゃなくて本当に、胸が痛いんです
失恋時の悲しみ・喪失感などの「心の痛み」が、実際に「身体の痛み」となって表れるという事実は、様々な研究によって裏付けられている。文字通り胸が痛んだり、お腹や背中の痛みとなって表れたり、倦怠感を伴うなど、人によって症状の出方は様々だ。最悪の場合には、過度なストレスによって心筋に異常をきたす、「ブロークンハート症候群」を発症するケースもあるという。(参照元:The Wasington Post, Mocosuku)
「ハート・ブレイク」という単語が初めて英語の辞書に登場したのは14世紀。どうやら大昔のご先祖様も、数々の悲恋を通して「胸が張り裂けそうに悲しい…しかもなんか本当に心臓も痛いんだけど…」ということには気づいていたらしい。(参照元:The Wasington Post)
米ミシガン大学のイーサン・クロス研究室は、失恋したばかりの被験者たちに元恋人の写真を見せたとき、脳のどの部位が反応するかを観察するという(かなり酷な…)実験を行った。すると、身体的痛みが生じる際に反応する脳の部位とまったく同じ所が反応を見せたという。
じゃあ、失恋時の心の痛みと身体の痛みって完全に同質なの?というとそうではないが、その発生理由は同じであると、クロス教授は語る。「つまり両方とも、“あなた、かなりストレス受けてるよ。このままだとヤバイけど大丈夫?”という、体内システムからの危険信号なんです」。同じく、トロント大学のジェフ・マクドナルド教授も、「”事態はかなり深刻だぞ。このままだとまずい。周りの人たちとのつながりを再構築しなさい”ということを、心と身体の痛みの両方が教えてくれている」と述べている。(参照元:The Wasington Post)
はるか昔、人間が野生の中で暮らしていた時代、仲間と離れ一人になることは「死」を意味した。私たちが生きる現代では、たった一人でトラに立ち向かうリスクはなくなったものの、「大切な誰かとの別れ」は、個の生存を揺るがす一大事。そんな情報が、私たちのDNAには深く刻まれているようだ。
心の痛みを理由として、堂々と休みを取れない日本人。
ストレス社会といわれる現代日本。私たちの心をぐさりと傷つけるのは、恋愛だけに限らない。心の健康=メンタルヘルスという言葉が聞かれるようになって久しく、心と身体の関連性は色々な所で語られているはずなのに、疲れきった目をした人々が街に溢れているのはなぜだろう。
筆者自身の経験や周りの友人を見てみても、過度なストレスが原因で休職・転職せざるを得なくなったり、心身の病気を患ったりしている20代の若者がたくさんいる。これは、忌忌しき事態ではないだろうか。
考えられる原因の1つ目が、「我慢」や「頑張ること」を当たり前とする日本の習慣だ。とりわけ会社組織では、「皆も頑張っているんだから」「皆こういう風にやってきたから」(=だからあなたも同じように我慢してね)というプレッシャーを感じさせる環境がまだまだ多い。また、「まだ頑張れるから」「休んだら迷惑かけるから」という真面目な日本人気質も、ここでは災いの元となっている。
原因の2つ目が、心の不調やメンタルヘルスに対する無知や偏見だ。日本は世界第9位の自殺大国であり、(残念ながら)ストレス社会として世界的にも有名。しかし、精神疾患患者数は世界的に見ても少ない。(参照元:ヘルスケア100番)実はこの数字は、医療機関を受診した人の数、つまり顕在化した有病率に過ぎないのだ。ここに含まれない患者予備軍が多数存在することが想像できる。
筆者が暮らすスペインでは、「最近胸の辺りの不安感がひどくて…」「今日心療クリニックで悩み相談してくる」といった会話が当たり前のように飛び交う。自分がいまどういう心の状態にあって、どこに助けを求めたらいいか分かっている人が多いのだ。
一方日本では、メンタルヘルスに関する知識がまだまだ浸透していなかったり、「心の病気は弱い人がなるもの」「恥ずかしい」といった偏見があるように感じる。その結果、過度のストレス状態なのに相談も通院もせず、気づいたときには心身ともに重症、といった人々が増えているのではないだろうか。
ヨガやオーガニックフードで身体ケアするなら。心もいたわり、デトックスしよう。
本音をぐっと飲み込んでまで、周りのために頑張りがちな日本人。そんな私たちがもっとのびのびと、身も心も健康に生きるためには、どうしたらいいだろう。
①自分のメンタルヘルスや、ストレスについて知ろう。
日ごろなんとなく見過ごしている心身の不調に目を向けてみよう。例えばうつ病は、精神面に症状が表れるという印象が強いかもしれないが、アジア圏の人は身体の症状として、頭痛・腰痛・食欲不振といった形で出やすい傾向があるという。(参照元:ヘルスケア100番)他にも、疲れやすくなったり、頭のキレや寝つきが悪くなったり、自信がなくなったりと、人によって症状の出方は様々。「昔からの体質」「今ちょっと仕事忙しいから」なんて軽視せずに、自分がいまどういう心と身体の状態にあるのか、きちんと分かっていることが大切だ。
②思い切って話し、気軽に助けを求めてみよう。
人間がもつ最も素晴らしい能力の一つ「環境への順応力」は、一歩間違えば、私たちの感覚を麻痺させ身を切り刻む剣ともなり得る。
たとえばあなたが、とあるブラック企業で働いていたとしよう。初めはそこでのルールややり方に抵抗を持っていても、日がたつにつれ、だんだん慣れてくる。上司に相談しても、「俺の時代はもっと頑張ってた」「社会人ってみんなこうだよ」と言われるだけ。確かに他の人もみんなやってるし、これが「普通」なのかも…これは「環境への順応」という名の洗脳でもあるが、なかなか自分だけではそれに気づけない。
だからこそ常に、客観的な第三者の意見を取り入れるということが大切だ。最初は友達でもいい。「最近こんなことが辛くて…」「どう思う?」と、気軽に話してみよう。何かおかしいかも…と気づいたら、プロのカウンセラーに相談してみるといい。友人とは違った視点や、具体的なアドバイスをもらえるだろう。
私たちは、自分のことを誰よりも分かっているようで、実はそうでないことが多い。困ったときは遠慮なく誰かの力を借りよう。
③自分に合わない環境や人には、はっきりとNOを突きつけよう。
メンタルヘルスを整えるということは、自分が何に快・不快を感じるのかを、とことん突き詰めることにつながる。私は本当は何をしたくて、どうありたいのか。何にストレスや喜びを感じるのか。どんな環境に、どんな人と一緒にいたいのか。本来私たちは、社会の基本的なルールを守りさえすれば、自分の快や幸せ、心身の健康をとことん追求していいはずだ。それを阻害してくる環境や人には、勇気を出してNOを突きつけ、そこから堂々と立ち去ろう。ブラックな環境に留まるのも出るのも、嫌味なあの子との関係を続けるも続けないも、結局すべては自分の選択次第なのだから。
もし私たちがもっと、自分の心と身体の繊細さに目を向けられるようになれたら。互いの弱さを認め応援し合う人で溢れる、もっと優しく自由な社会になるのではないだろうか。「部長…失恋して心身ともにボロボロなので、会社休みます」「そうか…大変だったな」なんて会話ができる日が、いつか来るかもしれない。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。