2017年4月28日に渋谷にオープンした複合施設、「SHIBUYA CAST.」。
都会のど真ん中にあるこの場所で、血縁にも地縁にもよらない「拡張家族」になることを目的に、共に暮らし、共に働く集団がいる。名前は「Cift(シフト)」。
現在のメンバーは39名。半数以上が起業をしていたり、フリーランスのような形で働いている。ファシリテーター、弁護士、映画監督、美容師、デザイナー、ソーシャルヒッピー、木こり見習いなどなど、全員の肩書きを集めると100以上に。大多数のメンバーがCift以外にも、東京から地方都市、海外まで、様々な場所に拠点を持っていてその数も合わせると100以上になる。メンバーのうち約半数は既婚者で、何人かは離婚経験者。2人のメンバーはパートナーや子どもも一緒にCiftで暮らしている。そうした“家族”も含めると、年齢は0歳から50代にわたる。
バックグラウンドも活動領域もライフスタイルも異なる39人が、なぜ渋谷に集い、なぜ「拡張家族」になることを目指しているのか。
本連載では、CiftのメンバーでありこれまでにBe inspired!で記事の執筆もしてきたアーヤ藍が、多様なメンバーたちにインタビューを重ねながら、新しい時代の「家族」「コミュニティ」「生き方」を探っていく。
Photography: Jun Hirayama
第4回目は、鍼灸師・デザイナー・映像作家アシスタントの工藤正起さん。約40人のメンバーのなかで身体に直接的に関わる仕事をしている数少ないメンバーで、他のメンバーの治療もCiftでよくしている。また、Ciftメンバーの子どもたちと、親以外で一番多くの時間を共にしているのが工藤さんだ。
アフリカで感じた持続可能な医療としての鍼灸
アーヤ藍(以下、アーヤ):高校を出てから鍼灸師になるための専門学校に通ったんだよね?どうして大学進学とかじゃなくて鍼灸の道を選んだの?
工藤正起(以下、工藤):商業高校に通っていたんですけど、普通にサラリーマンになるのがいやだったんです。毎日同じ時間に同じ場所に行って、同じことをする生き方をしたくなくて。昔からサッカーをやっていたので、じゃあそこと何か繋がるような仕事ができないかと思って調べていた中で鍼灸に至りました。それまで一度も自分が治療を受けたことはなかったんですけどね(笑)。
それで専門学校に3年間通って、卒業後すぐ開業したんですけど、体を治してお金をもらうことにすごい違和感があったんですよ。そんななかで、ふとアフリカに行きたくなっちゃって(笑)。
アーヤ:アフリカ?!
工藤:アフリカで鍼灸を活かした結核の治療活動をしている団体とかがあるっていうのは、学生時代に聞いて知っていたんですけど、それとは全く関係なく、なぜかアフリカに行かなくちゃ!っていう感情が湧いてきたんですよね。
それで全部辞めてアフリカに行ったんですけど、現地で車に連れ込まれて全財産をとられちゃって…。一文無しになっちゃったから、帰りの飛行機の日程まで、ものすごい小さい村で一緒に雨水を飲んだりしながら生活させてもらってたんです。そこに肺炎の人がいたんですけど、肺炎で薬を買うほど余裕はなかったんですよ、だから放置せざるをえないって感じでそのままで。
アーヤ:アフリカから帰国してからはどうしていたの?
工藤:鍼灸を無料でうけられるような環境を行政を巻き込んで作れたら良いんじゃないかって思って、伝手で内閣官房に行かせてもらえたときがあったんですけど、お灸ってエビデンスが少ないんですよね。それでデータがあまりないし、火を使うから火事の危険もある。いろいろハードルを感じたうえに、国から支援をもらってたら、自分が持続的じゃないって気づいたんです。じゃあまず自分がどこの場所でもお金を稼げるようにしようって思って、デザインを学び始めました。
同時に、 名古屋にあるエコビレッジに住んでいて、畑で作物を育てたり、自然の中でサステナブルな生活をしていました。でも、当時23歳ぐらいだったから、もっと色々なこと経験したいなって。そこでもたくさんの学びをいただいたのですが…。一度は最先端の東京に出なくちゃ!っていう典型的な田舎者の思考ですけど、そう思っていたら、ご縁が重なって、東京でかずおさん(Ciftメンバーの河村和紀。映像制作等をやっている)のアシスタントをすることになったんです。
一人ひとり「健康」の定義は異なる。多様な40人のケーススタディ
アーヤ:私もお願いしたけど、Ciftのメンバーにも鍼灸治療してくれるよね。何かそのなかで発見はある?
工藤:みんなバックグラウンドもライフスタイルも全然違うから、ものすごい貴重なケーススタディになりますね。
開業していた時に感じていたのが、「来てもらう」のにはやっぱり限界があるっていうことだったんです。調子が悪くなってから来る人が大半ですし。
だからライフスタイルに入り込まなきゃって思っていたんですよ。それは、家に行くか、会社にいくか、趣味の場に行くかの3つの選択肢だと思っていて。会社に関しては、福利厚生として鍼灸を入れることを、Ciftメンバーの会社でやってもらったりしていますが、それをもっと広げられればと思っています。趣味の場については、ランニングイベントで鍼灸をやったりしています。そして3つ目の家に行くっていうのがすごい大事だと思っていたんですけど、Ciftだったら一緒に暮らせるわけじゃないですか。働いている姿も見られるし、ライフスタイルや食生活も見られる。それって最強だと思うんですよね。
だからその人の生活にあった“健康のための提案”がどんどんできたらいいなって思っていますし、僕一人でできる範囲はどうしても限られるので、家族やコミュニティに、同じように健康に詳しい人が一人はいるような状況になったらいいなと思っています。
Photography: Cift
アーヤ: 確かにまさきくんと日常で会うと、直接言われなくても、「そうだ!よく噛まなくちゃ!」とか「姿勢ちゃんとしてるかしら?」って思い出すタイミングはよくあるものなぁ。歩くリマインダーみたいな(笑)。将来鍼灸を通じてやりたいことはあるの?
工藤:僕、鍼灸師の仕事はなくなってもいいと思っているんです。人って自分で全て治せると思っているので…。僕はただそのお手伝いをするだけ。それに薬も完全に悪だとは思っていなくて、お腹が痛くなって、10分後に会議があるなら僕は薬を飲めばいいと思うんですよ。ただ、家でだらだらしていればいいのに、薬を飲む必要性はあるのか…みたいな。状況によって選択肢をちゃんと選べるような健康の定義を、それぞれの人が見つけられたり、それを意識して生活できるようにお手伝いしたいですね。
そうした健康の意識をまずはCiftの多種多様な人に呼び起こしてもらう。そうしたら次は、渋谷区かなって思っています!
「私は大人、相手は子ども」みたいな意識はない。子どものための空間は大人のための空間にもなる
アーヤ:Ciftのメンバーの子ども達と、Ciftのなかで一番一緒に過ごしていると思うけど、それは意識的に関わりたいって思っていたの?
工藤:いや、自分でも不思議なくらい、いつの間にか子どもたちと遊んでいましたね。
そもそも、「子ども」として特別意識をしていないんだと思います。アーヤさんとか他の大人のメンバーと子どもたちと、みんな同じ感じなんです。みんな居なくなったら寂しいし、みんなグレたら嫌だし…。だからあんまり、「子どもだから、赤ちゃんだから」みたいな感覚はないですね。
アーヤ:確かに私も、「私は大人、相手は子ども」みたいな意識で接することはないなぁ。むしろその子が見て、感じている世界のなかに、私もおじゃまさせてもらう感じかも。でも、時には怒ったほうがいいんじゃないかって迷うこととかはない?
工藤:もともとそんなに人に怒れないタイプなんですよね。それに怒る理由ってあまりないと思っていて…。本当に死ぬところさえ防いでおけば、すべては経験だと思うので。怪我とかしても、だいたいのことは対処できる自信もありますし。ぶつけて痛いくらいなら、そこから学んで次にやらなくなりますしね。ただ、Ciftの共有スペースの空間は、机の角がいっぱいあったりして危ないので、子どもには適していない場所だなとは思っていますね。
アーヤ:今、まさきくんと何人かで、子どものためのシェアハウスを作る話も出ているんだよね?
工藤:僕が主体的にやるかどうかはわからないですが、Ciftメンバーの何人かと「子どものための大人の空間」っていう場をつくりたいっていう構想を練っています。子どものために用意されたものは、きっとすべて大人にもいいはずなんです。机とかの角がなければ、子どもにとって危なくないけど、それは大人にとっても危なくない。子どものために動物を飼うってなったら、大人にとっても癒しだし。子どものカラダにいいごはんは、絶対に大人にとってもいいじゃないですか。子ども目線でいろいろつくると、結局まわりまわって大人にとってもいい空間がつくれるんじゃないかなって思っているんです。
親以外の大人が子どもと密に関わる“選択肢”を増やしたい
アーヤ:Ciftや、Ciftメンバーと一緒のシェアハウスで過ごすなかで、家族観は変わった?
工藤:そもそも家族のことであまり苦労したことがないから、家族について深く意識したことがないんですよね。でも、Ciftメンバーの子どもたちと、ただ遊ぶっていうよりも、もっと深く、オムツを替えたり、寝かしつけたり…っていうことをやらせてもらっているなかで、親に感謝だなって思うようになりましたね。一人暮らししたときも一回思ったんですよ。お金を稼ぐことと家事をこなすことを、自分でやってみて、親ってやっぱり偉大だなって思ったんですけど、今は、たぶん一般的に、子どもができたときに感じることを、先に感じているんだと思います(笑)。
Photography: Cift
あとは、僕に自分の大事な子どもたちを預けてくれているメンバーたちがすごいなってしみじみ感じています。だって、24歳、独身、彼女なし、もちろん子育て経験もない…みたいな男に任せるって、すごく勇気がいることじゃないですか。
同じ男性の旦那さんたちからすれば、自分が仕事で関われない時間に、別の男性である僕が子どもたちと遊んでいるとか…自分がその立場だったら、ヤキモチを妬いちゃう気がしますもん(笑)。だから、僕に一緒に子どもたちと過ごさせてくれているみんなに感謝しかないです!
アーヤ:本当にそうだよね。友達の子どもとかと多少遊ぶことはあっても、こんなに密に関わらせてもらえるって、すごい貴重だよね。ありがたい…。
まさきくんは、「将来子どもを持ちたい」って昔から思っていたって、前に話していたけど、将来自分が子どもをこう育てたいとか、こういう環境に居させたいとか思うようになった?
工藤:もともとお母さんだけが子どもを見るスタイルはいやだったんです。お父さんは仕事ばっかりして全然会えなくて、お母さんだけ子どもと過ごせるって…ずるいです!(笑)だから、フリーランスの道を選んだっていうのもあるんです。デザインとかパソコン作業だったら、子どもを見ながらできるんじゃないかとか思い描いていたんですよ。
でも、どんなにフリーランスでやっていても無理だなっていうのは、子どもと密に関わらせてもらうようになって実感しました。子どものことが気になって集中力が途切れるとか、物理的に関われない時もありますし。
あと、さおたんの家族は僕にとって理想の形だったんです。お互いフリーランスで会社をやっていて、子どもの面倒を二人とも見られるっていう。でも間近で見聞きしていると、産後数ヶ月で復帰したり、手当てや育休が出ないこととか、大変なこともいろいろ見えてきたのはすごい学びでしたね。
そういうことに気づいて、じゃあ自分は何を目指すかっていったら、やっぱり今みたいに、みんなに見てもらう、みんなで育てる方向ですね。今すぐそれも可能だと思っています。もしも僕に子どもが生まれたら、アーヤさんも見てくれると思うし、他のメンバーもたぶん育ててくれるだろうなって思えるんです。
アーヤ:まさきくんが体験している「親以外の大人が子どもたちと関わる」環境が、シフト意外にも広がったらいいなって思う?
工藤:人によると思うんですよね。自分の子どもは自分で絶対育てたいっていう人もいると思うし、自分もちょっとそういう感覚もありますし。だからやっぱり、僕に子どもを預けてくれていることには本当に感謝でいっぱいですよね。ただ、お灸の時に話したのと同じで、こういう形も選択できるっていう環境が増えていったらいいなと思いますね。
血縁の「親子」は自ら選択することはできない。そして自分が育ってきた環境、自分の親との関係性以外に、親子の在り方、子育ての仕方を学べる機会は、そう多くはない。だからこそ、自分自身の家族をつくること、特に子どもをもつことへの不安を、抱きやすい。
様々な「家族」と密に関わり、そのライフスタイルやパートナーシップの在り方、親子関係の育み方を間近に見ることができれば、私たちはもっと心のゆとりをもって、自分自身の”選択”をできるのではないだろうか。
親以外の多くの大人と共に密に時間を過ごしていった子どもたちが、将来どんな選択をしていくのかも、いつかインタビューしてみたい。
次回の連載もお楽しみに!
Masaki Kudo(工藤正起)
鍼灸師、デザイナー
1993年生まれ、愛知県岡崎市出身
鍼灸の専門学校卒業後、愛知県岡崎市にて鍼灸院を開業。
その後ケニア、タンザニアに旅に行ったり、帰ってきてからはエコビレッジで畑などをやりながら自分で食べるものは自分で作る生活を体験したりする。現在は東京に拠点を移し、「健康をデザインする」をテーマに、個人宅、会社、趣味の場など個人それぞれにあったライフスタイルに入り込み施術をする。それぞれの健康の定義を明確にし、そこに向かい自分自身のカラダを感じ、理解し、人間本来の自己治癒力で自ら治っていく、そのお手伝いを施術として行っている。
Ayah Ai(アーヤ藍)
1990年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。
ユナイテッドピープル株式会社で、環境問題や人権問題などをテーマとした、
社会的メッセージ性のあるドキュメンタリー映画の配給・宣伝を約3年手掛ける。
2018年4月より、フリーランスとして新しい道を開拓中。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。