2017年4月28日に渋谷にオープンした複合施設、「SHIBUYA CAST.」。
都会のど真ん中にあるこの場所で、血縁にも地縁にもよらない「拡張家族」になることを目的に、共に暮らし、共に働く集団がいる。名前は「Cift(シフト)」。
現在のメンバーは39名。半数以上が起業をしていたり、フリーランスのような形で働いている。ファシリテーター、弁護士、映画監督、美容師、デザイナー、ソーシャルヒッピー、木こり見習いなどなど、全員の肩書きを集めると100以上に。大多数のメンバーがCift以外にも、東京から地方都市、海外まで、様々な場所に拠点を持っていてその数も合わせると100以上になる。メンバーのうち約半数は既婚者で、何人かは離婚経験者。2人のメンバーはパートナーや子どもも一緒にCiftで暮らしている。そうした“家族”も含めると、年齢は0歳から50代にわたる。
バックグラウンドも活動領域もライフスタイルも異なる39人が、なぜ渋谷に集い、なぜ「拡張家族」になることを目指しているのか。
本連載では、CiftのメンバーでありこれまでにBe inspired!で記事の執筆もしてきたアーヤ藍が、多様なメンバーたちにインタビューを重ねながら、新しい時代の「家族」「コミュニティ」「生き方」を探っていく。
Photography: Jun Hirayama
最終回となる第6回目は、世界的なニュースメディア「ハフポスト日本版(HUFFPOST)」ブランド・マネジャー/ニュースエディターの笹川かおりさん。2017年11月から、「家族のかたち」という特集をはじめ、その取材を進めるなかでCiftと出会い、メンバーにも加わった笹川さん。家族の形をはじめ、多様性のある社会や暮らし方について、そして、個人個人の変化と社会の変化の結びつきについて、アーヤと対談形式で語り合った。
ニュースメディアに移って気づいたジェンダー・ギャップ
アーヤ藍(以下、アーヤ):ハフポストに入る前はどんなことをしていたの?
笹川かおり(以下、笹川):高校生くらいからずっと編集者になることが夢だったんだ。カルチャー女子で映画とかがすごく好きだったから、雑誌や本をよく読んでたんだけど、編集者って会いたい人に会いにいけて、行きたいところに行って、自分が教えてもらったことを人に伝えて還元できて最高!って思ってね。
新卒で出版社に入社して、途中転職もしつつ、約9年間は出版社で働いてた。やりたかったカルチャーやエンターテインメント、ライフスタイルの本を手がけられたし、仕事はすごく楽しかったんだけど、出版業界にいて紙媒体だけで伝えることに限界を感じて、ウェブメディアに挑戦してみたいって思ったんだよね。
ちょうどその頃にハフポスト(※当時の名称はハフィントンポスト)が日本に上陸することになって、良いご縁で立ち上げ初期のタイミングでジョインさせてもらったの。そこから今5年くらい経ったところかな。
アーヤ:ハフポストではどんな取材に力を入れてきたの?
笹川:出版からニュースメディアの世界に来て一番びっくりしたのが、記事の主語が、男性ばかりだったこと。政治のニュースも経済のニュースも。フロントページは男性の写真ばっかりで、この国の意思決定者は男性なんだって実感した。
出版社で働いていた時は、出産後に働いている人もいっぱいいたし、年齢とか性別関係なくヒットを出した編集者が評価される世界だった。だからあまりジェンダー・ギャップを意識したことがなかったんだよね。でも世の中はだいぶ違うらしいって気づいて、そのあたりからジェンダーのイシューが自分事になっていったかな。
それでジェンダーや働き方についてしばらく取材を続けていくうちに、ふっと隣をみたら、LGBTQっていう女性よりもっと生きづらそうなマイノリティの存在に気づいた。ちょうどアメリカで同性婚が認められて、渋谷区や世田谷区で同性パートナーシップ制度の議論が始まった頃だったこともあって、反響も大きくていろんな切り口から取材をしていったよ。
特集の原点は「戸籍制度をロックに批判したい」という思い
笹川:ハフポストは「ダイバーシティ」を掲げて、“一人ひとりが自分らしく生きること”を大切にしているのだけど、私はニュースやライフスタイルのカテゴリーを通じて、自分事として捉えられるようなイシューから広げていっている感じかな。子どもが生まれてからは子育て世代の課題に関心が強まったし、ベビーカーを押して歩くようになってからは、車椅子の人たちのことも考えるようになった。自分の人生が多様に広がると、共感できるポイントが増えるなって感じているよ。
笹川:母数は違うかもしれないけど、人は誰しもマイノリティ性をもっているというか…。今は社会的地位や収入がある人でも、何年か後には家族を介護しないといけなくなったり、自分自身が病気になったり、何かしら今とは違う状況になる可能性が必ずある。だから、現時点でそうした状況にいる人たちが生きやすくなるように社会を整えていくことは、翻ってどの人のためにもなると思うんだよね。
アーヤ:たしかに、きっとみんな未来への不安が軽減するよね。ジェンダー問題やLGBTQについて掘り下げた先に、「家族」というテーマが出てきたの?
笹川:そうだね。女性のイシューをやっていると、事実婚や選択的夫婦別姓の抱える問題にぶつかるし、LGBTQのテーマをやっていても、同性婚や子育てにまつわる話が出てくる。「一人ひとりが自分らしく生きる」ことの延長で、「誰かとともに生きる」形として、現代の多様な家族のありかたを可視化したいって思ったんだ。
ちょっとまじめな話になるけど、ダイバーシティの大切さはよく言われているけど、日本の戸籍制度はまったく多様な在り方を認めていない。選択的夫婦別姓も同性婚も、無戸籍の人の話も、結局は戸籍法に行きつくし、いろんなマイノリティの問題と関わってくる。「家族のかたち」という特集は、里親や特別養子縁組も含めてこれからの家族の形を提起したい。一見グッドストーリーを伝えているかもしれないけど、戸籍制度をロックに批判したいっていう思いが根底にあるかな(笑)。
仕事と子育てでいっぱいいっぱいだったから、第3の場所に入ってみた
アーヤ:Ciftは「家族のかたち」の連載を進めるなかで知ったの?
笹川:そうそう。「家族のかたち」がスタートしたのが去年の11月で、その月にBe inspired!編集長の平山 潤くんに出会ったんだけど、特集の話をしたら、「拡張家族っていうのがありますよ」ってCiftのことを教えてもらったんだ。その後同僚からも、さおたん(※神田沙織)を紹介されたりして、翌月に取材に来た感じ。だからきっかけは平山くん(笑)。
アーヤ:ウェブメディア同士で情報交換しているとは思わなかった!
笹川:ハフポストとBe inspired!、方向性が似ている発信もあるけど、ハフポストは、ユーザーとの対話も大切にしてるけど、政治とか経済とか「社会を変える」っていう立ち位置の発信もしてる。一方、平山くんは、「僕らは政治とかは簡単に変えられないので、目の前の経済や暮らしから変えていく」っていう話をしていて、その等身大な感じは大事だなって思ったんだよね。私自身ちょうど育休から復帰したところで、自分の目の前の暮らしがいっぱいいっぱいなのに「社会のために…」って発信しているのはアンバランスに思えて…。自分の足元の暮らしを見直すきっかけをもらったかな。
アーヤ:Ciftに入ろうって思った一番のポイントはどこにあったの?取材先に自分が入り込むってなかなかないでしょ?
笹川:私、結構マイペースで一人の時間も好きだから、何年か前の私だったら入っていなかったと思う。でもちょうど自分が「うまくいっていない」って感じていた時期だったんだよね。はたから見れば、子育てしながら働くことができているように見えると思うけど、インプットの時間が全然とれなくて枯渇感があったし、仕事と子育てだけでいっぱいになっている自分にモヤモヤしてた。Ciftは穏やかで安心安全を感じられる場でありながらも、ユニークな働き方、暮らし方をしている人が多いし、そのメンバーと対話をする機会も多いから、新しい世界が広がる感じがしたんだよね。
Photo via Cift
笹川:それに「家族のかたち」の連載で、「血のつながらない家族も家族だし、いろんな家族のかたちがある」って発信しているのに、自分の家族は夫と子どもの核家族。言っていることと自分のリアルが違うって思ってね。血がつながらない人たちと家族になるってどういうことなんだろうとか、ともに子育てするっていうのがどういう感じなんだろうっていうのを、肌感覚でわかってみたいって思った。
あとは、子どもがいたことが一番大きかったかな。以前保育の専門家に取材したとき、小さい子はママとか保育士さんとか、若い女性と接する時間がすごく長いけど、世の中はもっと多様だから、小さい頃からいろんな面白い人に会わせてあげることが一番って言っていたんだ。Ciftはおもしろい大人が集まっているから、みんなが遊んでくれたら、それだけで子どもにとってすごい財産になるだろうなって思った。
Photo via Cift
「知らない」から怖くて遠ざけたくなる
アーヤ:暮らしを共にすると、一緒に過ごす時間の長さも頻度も違うもんね。私は独身で子どもがいないけど、時々30分とか1時間とかCiftキッズたちと一緒に過ごすのはいいリフレッシュになるし、違う視点をもらえたり、視野が広がる感じもするんだよね。だから「負担をシェアする」っていう感じではなくて、むしろエネルギーをもらっている感じがしてる。
あと自分のなかで発見だったのが、この間電車のなかで泣いている子がいた時、即座に笑いかけられたんだよね。それまで気にかかりはしても「笑いかけて泣きやまなかったらどうしよう…」って思っちゃって、行動できなかった。でもCiftで小さい子たちと過ごすなかで、「子どもって泣くのは自然なことなんだ!」って知ったからできたんだと思う。
笹川:わかる。私も子どもが生まれるまでは、友達のお子さんとか抱いて、泣いちゃうとすぐ返していたから(笑)。
アーヤ:知らないことでの恐怖みたいなものってあるよね。子どもについてもLGBTQについてもそうだし、見たことのない家族の形もそうだけど、怖くてわからないから、遠ざけたり否定したくなっちゃう。
笹川:そうだよね。「家族のかたち」も、多様な家族の形を可視化したいと思ってやっているけど、存在していることを知って理解すれば、怖くなくなるっていうか、否定する理由がなくなるんじゃないかと思う。
「こうあらねばならない」から“引き算”することを提案したい
笹川:Ciftでまだ実験しきれていないんだけど、私の場合はフルタイムで仕事をしながら、保育園に迎えに行って、夕方にはくたくたになっちゃっているんだよね。例えば、ごはんを作るのを当番制でもいいから回していけたら、お互い楽になるんじゃないかなって思ってるんだ。
アーヤ:Ciftでは家電も一人ひとりが揃えるんじゃなくて、シェアしているけど、一人が一回にやる量を少し増やして、その代わりにやる回数を減らすっていうのはありかもしれないね。
笹川:『一汁一菜でよいという提案』っていう本がベストセラーになったけど、そのことが結構今の世の中を表していると思ってて…。これまでの家事はやりすぎがデフォルトだったと思うんだ。海外在住のライターさんと話をすると、みんな当たり前のように日本より無理していないんだよね。週末は、料理が好きな人は手間をかけるけど、平日は本当にシンプル。ワンプレートごはんにして、洗い物も減らしたりしているしね。そういう「引き算」も記事を通じて提案できたらなって思ってる。
アーヤ:たしかに「こうあらねばならない」って縛られているものっていっぱいありそうだよね。家族の形も戸籍もそうだけど、「こうでなければいけない」って思い込んで頑張っていたところから、ふっと力を抜いてみたら、「これでも大丈夫じゃん」って思えることってきっと結構あるよね。
個人の「10分」の変化が、社会の変化に繋がる
アーヤ:Ciftに入ってみての発見や感じていることはある?
笹川:長屋みたいに、一つの家の延長上に頼りになる人たちがいるっていうのは、すごい安心感があるんだなって知った。仕事と家しか居場所がないっていう人が今の社会では大半だと思うけど、それってすごく不安定なことだと思う。第3の安心できる場所があることってすごく意味があるんじゃないかな。
やっぱり自分に余裕がなかったり満たされていないと、人への優しさって生まれないと思うんだよね。不安だと自衛に走っちゃう。Ciftが大事にしていることでもあるけど、一番大切なのは「個人の意識」が変わることなんじゃないかなって思う。それに、そういう発信のほうが今求められているという感覚もあるかな。
アーヤ:さっきハフポストは社会や政治に働きかける方向性が強いって言っていたけど、メディアとして変化していっているということ?
笹川:社会に問題を投げかけることと個人の暮らしを足元から変えることを両輪で大切にしようとしていっている感覚はあると思う。
例えば、5周年で始めた「アタラシイ時間」っていう特集。ワークライフバランスとか働き方改革とか言われているけど、自分の時間をどう自分で変えていくか。まずは10分でも15分でもいいから、いつもと違う時間を過ごしてみませんかっていう企画。この間はブルーボトルコーヒーさんで、午後5〜7時にコーヒーをプレゼントするイベントをやったんだ。保育園のお迎えに行く前に立ち寄ってもらったり、仕事をちょっと早めに切り上げて来てもらったり。5日間で総勢400人くらいに来てもらえた。
他にも、長野県にある「富士見 森のオフィス」っていうコワーキングスペースに読者と一泊二日で行くツアーを組んで、リモートワークや二拠点生活のライフスタイルを体験してもらう企画をやったよ。「またあればボランティアで参加したい!」って言ってくれる参加者もいて、うれしかったなあ。
私たちがやりたいと思ったことを記事として伝えるだけじゃなくて、一緒に考えて、一緒にやっちゃえばいいじゃんって。そういう形で「個人」にもどんどんフォーカスしてけたらと思う。
Photo by RIO HAMADA
アーヤ:ニュースとして伝えるだけじゃなくて、もっとリアルにコミュニケーションをとったり、アクションに結びつけていっている感じだね。
笹川:うん。私自身、Ciftメンバーの働き方や暮らし方を見ていて、自分が週5日いっぱいいっぱいになりながら働いている状況を見つめ直すきっかけをもらったけど、週5日バリバリ働いて、土日は疲れ果てて寝て過ごす…みたいな人って少なくないと思う。そういう人たちに昨日とは違う時間を過ごしてほしい。10分でも15分でもいいから、変えてみる。もっと自分を大切にしてみる。その積み重ねが大きな変化になるんじゃないかなと私は思っているかな。
全6回にわたった、拡張家族ハウス“Cift”メンバーたちへのインタビュー。
記事で取り上げたのは約40人いるメンバーのうち、たった6人だが、紹介できていないメンバーも含め、一人ひとり、Ciftに参加した経緯も、Ciftで過ごしたこれまでの日々での気づきや変化も異なる。
共通しているのは、程度の差はあれども、従来の「家族」の枠を越えることを厭わず、「それまでの日々からの変化」を自ら選択したことだろう。
Ciftという場は、新しい家族の形に挑戦する一つの事例であり、まだ「実験」の道半ばだ。ここがあらゆる人に共通の「正解」の場ともならないだろう。
だが一人ひとりの能動的な挑戦とそれによる個々人の変化は、Ciftの枠をも越え、各々のフィールドやコミュニティで、新しい種としてまた芽吹いていくだろう。そしてその蓄積はいつか社会をも変えうるのではないだろうか。
Kaori Sasagawa(笹川かおり)
出版社を経て、2013年からハフポスト日本版ニュースエディター。副編集長を経てブランド・マネージャー。働きかた、ジェンダー、LGBTQのほか、ライフスタイル領域の記事を執筆、イベントを企画している。特集「だからひとりが好き」「家族のかたち」「アタラシイ時間」などを担当。1児の母。鉄子。果て好き。猫好き。
Ayah Ai(アーヤ藍)
1990年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。
ユナイテッドピープル株式会社で、環境問題や人権問題などをテーマとした、
社会的メッセージ性のあるドキュメンタリー映画の配給・宣伝を約3年手掛ける。
2018年4月より、フリーランスとして新しい道を開拓中。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。