「スタートアップ」と聞いて、あなたはどの国を思い浮かべるだろうか? きっと多くの人の頭に浮かぶのはシリコンバレーなどがあるアメリカであろう。しかし、アメリカよりももっと「手軽に」、そして「安く」会社を起こすことができる国があることをご存じだろうか。それは、住んでいる日本人の数が1,000人しかいないと言われている、馴染みのない旧ソ連の小国だ。
「Skype」を生んだ、バルト海のシリコンバレー
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多くのスタートアップがアメリカから飛躍する中、FaceTimeやLINEの先駆けともなった「Skype」がエストニアから生まれたことを知らない人は多い。実は、エストニアは1991年に旧ソ連から独立して以来、国家政策としてIT推進に力を入れてきた。土地が狭く、農業が盛んに行えない寒い気候だったため、国がエンジニアリング技術やプログラミングの開発環境を整えていったのだ。その結果、今では学校にWi-Fiがあることは当たり前、選挙のオンライン投票を最初に可能にしたIT大国へ成し遂げたのだ。(参考元:TheEconomist)
最近でもその成長は著しく、元Skype社員のエストニア人によって作られた「TransferWise」という手数料を抑えるオンライン送金サービスも話題となっている。このシステムは、「TransferWise」を通して自分が希望する通貨の換金相手を見つけ、個人間で国内取引を可能にするというもの。それによって為替手数料がほぼゼロになる画期的なサービスである。もちろんサイトの利用登録は無料。この手軽さがウケ、2011年のサービス開始以降、約5年間で送受金実績は45億ドル(およそ5400億円)、世界5カ国にオフィスを持つ、従業員数約600名を超える企業に成長した。(参照元:okanemote style)
会社の設立は「たった20分」で完了
神戸市の人口とほぼ同じ、たった130万人ほどしかいないエストニアであるが、実はスタートアップが世界で一番多い国である。小学生からアプリの開発を学ぶIT教育を進めるなど、国レベルでもバーチャルビジネスや先駆的アイデアを育てることに余念がない。また特に2014年からスタートした「e-Residency」は一気にIT化を推し進めたものであると言える。「e-Residency」とは、エストニア人はもちろん、非エストニア在住の外国人にも国民IDカードを配布するというサービスで、このIDカードさえあれば、エストニア人でなくともエストニア人と同じように国内の銀行口座の開設や納税がオンライン上で可能になるというものだ。
エストニア政府が「e-Residency」を取り入れた目的は、法に縛られずエストニアに多くの事業拠点を持ってもらうこと。実際この「e-Residency」によって、今まで面倒だった会社の設立はオンライン上で20分で完了することを可能にし、これまでに約500社が「e-Residency」を使って会社を設立した。(参照元:THEBRIDGE)
この「e-Residency」はエストニア人に与えられるような、滞在許可や医療保障サービスなどは得られないが、発行されるIDカードはオフィシャルな電子サインとして認められているため、わざわざ現地に出向いたり、契約資料を送付したりしなくとも納税などの公的な契約が認められる。まさにバーチャル住民となってエストニア人に近い権利を手にすることができるのだ。「e-Residency」の登録は簡単でネットで申し込みをしたら、日本にあるエストニア大使館に出向き、バーチャル住民になりたい理由を説明すれば完了だ。実は安倍総理も「e-Residency」に登録をしており、彼も歴としたエストニアのバーチャル住民であるというから驚きである。(参照元:e-Estonia.com)こういった背景もあり、BBCニュースはエストニアを「ネクスト・シリコンバレー」とも称している。(参照元:BBCNEWS)あまり語られないが、言うまでもなくこれから注目すべき国のひとつであるだろう。
エストニアにはスタートアップを支援する「マフィア」がいる
またエストニアは、民間企業を国がバックアップするシステムも整っている。それを表す一つが「Garage48」と言われるエストニアの起業家が設立した非営利団体だ。「Garage48」は「Hub」と呼ばれるコワーキングスペースをエストニアの首都タリンにつくり、名前の由来ともなった48時間ハッカソンイベントなどを開催している。月150ユーロから借りられる「Hub」の中には、卓球台や食堂なども兼ね備えられていてもちろん誰でも利用が可能。このコワーキングスペースにはエストニアの大統領も数カ月単位で訪問をしていて、スタートアップ環境の現状や国家運営の最新テック活用などについて情報交換を行っているという。エストニアではスタートアップを手掛けた人らを「エストニアマフィア」と呼んでおり、「Hub」の入り口近くには、そんなマフィアたちの名前が飾られている。
飛び込むならば、まさに今かも
目まぐるしく変わるスタートアップの世界であるが、エストニアは若者の意見を取り入れやすい環境にあり、その扉は自国だけにとどまらず世界へ向けられている。実は日本でもスタートアップ企業を支援するイベントが開かれており、大統領自らが訪日し参加者らのプレゼンを聞いたこともある。(参照元:Wired)エストニアの大統領は若干36歳と若く、新しいことにも寛容。エストニアで活躍している起業家たちもミレニアル世代が中心で、そのアイデアを国家も支援している。近年では場所に縛られない働き方が広がりつつあるが、それに加えて今後はその国の国民でなくとも“国家の支援が受けられる”ということが一つのポイントとなるだろう。今までその国民にしか与えられていなかった権利をエストニアではたとえそこに行ったことがなくともたったPC一つで手に入れることができるのだ。独立や起業を考えたとき、日本ではまだまだマイナーな国「エストニア」のバーチャル国民になるという手も最近ではあるようだ。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。