なぜ今「アフリカの視点」を届けるのか。アパルトヘイトを経験した国、南アフリカの若手アーティストと模索する「ネットグローバル時代におけるアイデンティティ」

Text: マキ

2018.11.20

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Hello, world!
こんにちは、NEUT読者の皆さん。越境ジャーナリストのマキです。拠点を持たずに、世界の都市を動き回りながら、メディアとブランドに関連したことをライフワークにしています。

2016年にMaki & Mphoという会社を設立して、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド「MAKI MPHO(マキムポ)」の展開が一つの活動。もう一つは、「オルタナティブな視点」を伝えるためのコンテンツ企画・取材・執筆といった発信活動をしています。

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ものを作って売ることと、コンテンツ発信は、その中身は違えど、存在意義は似ています。どちらもメディア(媒体)であり、時空を超えて離れた場所にいる人々を繋ぎ、彼らがお互いに気づき、共感し、共鳴しあえるような環境を促すという役割を持っています。メディアの役割は様々ありますが、少なくとも、私が手がけるメディアでは、世界の中であまり知られていない視点を伝え、かつネガティブなニュースではなく、ポジティブな物語やインサイトとして伝えることで、コンフリクト・フリー(争いのない)な世の中を作っていきたいと考えています。

コンテンツが溢れ、フェイク・ニュースも溢れている、「不確実性」が一つのキーワードになっているような今の世の中において、自分の足で稼いで得られる一次情報の相対的価値が高まっている。だからこそ、世界の様々な場所に赴いて、見聞することに重きを置いています。

一方、「世界を旅する」というと聞こえはいいですが、その実態はキラキラでセクシーなことばかりではありません。アフリカでも欧州でもグローバル都市の均一化が進み、自分がどこの場所にいるのか分からなくなるような瞬間もあります。自称「グローバル市民」でいたとしても、新しい国に行くたびに、その国の文脈において「自分が何者であるのか、自分がどう見られているのか、自分がどうあるべきなのか」という、アイデンティティに関する根本的で哲学的な疑問を突きつけられます。しかし、そうした経験が、自分のアイデンティティのレイヤーを多層化し、多様な世の中の価値観や「不確実性」を理解するための糧になっていると思います。

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Photography: マキ

私の活動のキーワードの一つは、「アフリカの視点(African perspectives)」です。あえてアフリカ、ではなく「アフリカの視点」としているのは、アフリカの視点は、地理的なアフリカ大陸だけでなく、全世界で見つけることができるものだからです。アフリカ大陸は、植民地と援助対象国としての歴史、そしてそれらが遺した社会構造によって、世界から置き去りにされてきました。その事実に対して悲観的もしくは批判的な目線で見ることもできますが、あえて今まで知られていなかったフレッシュな視点として、世界に届けることもできます。だからこそ、メディアを通じて、「アフリカの視点」を発信していきたいと思っています。

アフリカは「エクストリーム」?

NEUTの前身、Be inspired!でも連載をしていましたが、今回のリニューアル時に発表されたNEUTのコンセプト、“Make Extreme Neutral(エクストリームをニュートラルに)”にとても共感しています。わたしは東アフリカのケニアや南アフリカを中心に、何度もアフリカを訪問、滞在していますが、多くの日本人にとって、「アフリカ」は、とてもニッチな領域なようです。残念ながら南アフリカもナイロビを首都に持つケニアも、危険地域というイメージを持つ人が多いのが現状です。日本のMAKI MPHOブランドのポップアップショップでは、アフリカというと動物やサファリしか知らなかった人に、都市の高層ビルの写真を見せて、心底驚かれるというような経験もします。マスメディアを中心に展開される「アフリカ」は限定的なので、アフリカは日本にとってはまだ、まさに「エクストリーム」の領域にあるようです。だからこそ、NEUTのプラットフォームで、アフリカの視点を発信できることは、非常にエキサイティングなことです。

前回の連載は、『ナイロビ、クリエイティブ起業家の肖像』と題して、ケニア・ナイロビのクリエイティブ起業家たちとの対話を通じて、オルタナティブな生き方・働き方・価値観を紹介するという内容でした。若手の写真家やシェフ、ファッション業界のクリエイター6名にインタビューし、彼らの生き方や働き方を紹介することで、クリエイティブシーンが盛り上がるナイロビの姿を伝えたいというのが趣旨でした。

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そして今回、南アフリカにスポットライトを当てて、南アフリカの各都市で活躍する若手アーティストを紹介する新連載南アフリカ、ネットグローバル時代におけるアイデンティティの模索を始めます。

南アフリカの若手アーティストに学ぶ、アイデンティティとの向き合い方

アフリカについてあまりよく知らない人でも、南アフリカの「アパルトヘイト」や「ネルソン・マンデラ」は知っているようです。アパルトヘイトは、1948年から1994年まで続いた南アフリカの人種隔離政策。ネルソン・マンデラは、反アパルトヘイト運動の指導者で、1994年の政策撤廃後に実施された、南アフリカ初の全人種参加選挙を経て大統領に就任した人物です。アパルトヘイト撤廃からすでに20年以上が経過し、「ポスト・アパルトヘイト」世代と呼ばれる、撤廃後に生まれ育った世代が大人になり、これからの国づくりを担っていく役割を持ち始めています。

名実ともに「隔離政策」を経てバラバラになってしまった人々が、一つにまとまって国を作るというプロセスは、マンデラのような影響力があるリーダーをもってしても簡単ではありません。アパルトヘイト時代、南アフリカ人は、黒人、カラード(混血)、白人、アジア人に分離され、白人が特権階級として政治や富の利権を握りました。南アフリカの人口の80%近くが黒人系で、白人系の割合は10%以下です。さらには、黒人の中にも、主な民族だけでもズールー族、コサ族、ソト族など多様な文化的、言語的背景を持った民族がいます。言語に関しては、英語やオランダ語をツールに持つアフリカーンス語、黒人系民族の言葉など、公用語だけでも11もあります。

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Photography: マキ

自らの経験として歴史を知らない南アフリカの若者たちは、いま自分たちのカルチャーや人種の課題についてどう感じているのか。自分たちのアイデンティティをどのように認識しているのか。未来についてどのような展望を持っているのか。新連載では、自己表現に長けたアーティストたちにスポットライトを当てることで、こうした疑問にアプローチしたいと思っています。

自分のカルチャーやアイデンティティに向き合うこと、そして、その中から自分がどう生きるべきかを考えることは、ネットなどを介して国境を超えて繋がる世界に住むわたしたちにとっても、無視できない疑問です。ネットやSNSで繋がった人々はどこの都市でも似たような価値観を持ちつつあり、伝統や文化は、特に若者たちの価値観に必ずしも自動的に結びつくものではなくなってきています。

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Photography: マキ

日本においても多様性やアイデンティティの話題は、一つの重要な議題になりつつありますが、その文脈は性やジェンダー、障がいを持った人々への配慮であることがほとんどで、カルチャー、民族、人種に関しての議論は、欧米やアフリカなどに比べて未熟な側面があります。「ハーフ」や帰国子女、外国人や移民は、日本社会にとって未だ「異質」な存在として認識されているようです。必ずしも差別があるわけではなくても、個々人の多様なルーツを持った「日本人」に関する議論はまだ足りていません。

一方、南アフリカの若者は、伝統や文化、そして自分たちのルーツにこだわる人々が多く、特に若いアーティストたちは、そのアート表現と自己のルーツの探求が密接に結びついているようです。それは、植民地、アパルトヘイト、そしてマンデラと「レインボー・ネーション*1」形成の時代に至り、個々のアイデンティティの基盤となる要素がドラスティックに変動する歴史を経たからこそのことかもしれません。ある意味、若者たちは自分の基盤となるルーツの模索に必死になっているのかもしれません。

(*1)マンデラ元大統領が1994年の就任演説で行ったスピーチで、多種な多彩な人種が集まる南アフリカのことを表した言葉。「異なる色が重なり輝く虹のように、多数の人種が融和する国造りを」という願いが込められている。

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この新連載南アフリカ、ネットグローバル時代におけるアイデンディティの模索を通じて、南アフリカのアーティストや、彼らのアート作品に迫ることで、不確実性の時代に生きるわたしたちが、自分自身と向き合い、「自分を生きる」ためのヒントが見つかるかもしれません。

越境ジャーナリスト マキ

Maki & Mpho LLC代表。同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。

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