「より多様化していて、ある意味、閉鎖的になっている」。いまを生きる若者が選択肢という「特権」を得たことによって失ったもの<トニー・グーム>|南アフリカ、ネットグローバル時代におけるアイデンティティの模索 #001

Text: マキ

Artwork: Tony Gum

2018.12.6

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アート作品を通じて、被写体の先にあるトピックを伝える必要がありました。作品の題材は私自身ではありません。セルフ・ポートレイトの域を越えなくてはならなかったのです。

トニー・グームは、1995年生まれ、現在23歳の南アフリカ人ビジュアル・アーティスト。自らが被写体となり、ディレクションも行うセルフ・ポートレートのシリーズ作品が彼女の代表作。「トニー・グームは、ケープタウンで最もクールな女の子かもしれない」とVogue.comが紹介したことで、2015年当時20歳の彼女はさらにメディアから注目される存在になりました。南アフリカのElle Onlineにおける5日間のスタイル・ダイアリー特集では、そのファッションが注目された過去も。現在、彼女のInstagramのフォロワー数は約4万8千人…。

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トニー・グーム
Photography: マキ

南アフリカにスポットライトを当て、現地で活躍する若手アーティストの紹介を通じて、アイデンティティの向き合い方を考える本連載、南アフリカ、ネットグローバル時代におけるアイデンティティの模索で、まずトニーを紹介したいと思ったのは、彼女が話題性という意味で無視できない存在でありつつも、欧米のアート界においても実績を着実に伸ばしているからです。

インスタだけじゃない。リアルなアート界での実績

VogueやElle、Instagramといった実績だけを見ると、彼女のことをデジタル時代のファッション・インフルエンサーと誤解してしまいそうになりますが、トニーには、いわゆる従来のアーティストとしてアート業界での実績もあります。

例えば、ギャラリーとの取引。地元、南アフリカのケープタウンにあるChristopher Moller Gallery(クリストファー・モラー・ギャラリー)が、2015年からトニーの作品を扱っているほか、アフリカ大陸やアフリカ系アーティストに焦点を当てるギャラリーとして2017年にミラノにオープンした現代アートギャラリーC-Galleryもトニーの作品を展開しています。Christopher Moller Galleryでは2017年に、C-Galleryでは2018年に、それぞれトニーの個展が開催されました。

さらに、2017年にはマイアミのアート・バーゼルと同時期に開催されるPULSEコンテンポラリー・アート・フェアが毎年選出する「PULSE賞」の受賞アーティストに選ばれ、2500米ドルの賞金と、2018年12月6日から9日まで開催中のフェアでの個展開催という栄誉ある機会を獲得しています。

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Milk the Bok

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Milk of Human Kindness

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Umfazi II

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Ixhego II

南アフリカを越えて欧米でもその活躍の場を広げるトニーですが、昨年には初来日。昨年10月に発売された『WIRED』日本版VOL.29「アフリカ」特集での南アフリカ現地取材を経て同誌の表紙を飾りました。さらに、その取材がきっかけとなり、同月、都内で開催された「WIRED CONFERENCE 2017(ワイアード・カンファレンス)- WRD. IDNTTY.(ワイアード・アイデンティティ)」でのゲストスピーカーとして招待されました。

カンファレンスでは、約300名の聴衆を前に、アーティストとしての自身の活動を紹介。ポスト・アパルトヘイト世代ではあるが、未だに人種の隔離がある南アフリカの現状を共有したうえ、一人一人が自分自身のアイデンティティを自認することで人々が協力し合えるというメッセージを発信していました。

世代を越えて家族が分断されてしまった

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Photography: マキ

トニーは、1948年から1994年まで続いた南アフリカの人種隔離政策が撤廃された翌年に生まれた、いわゆる「ポスト・アパルトヘイト」世代の一人。ポスト・アパルトヘイト時代の文脈に生まれ育ったトニーの経験談には、様々な「二面性(duality)」と「緊張感(tension)」が内包されています。例えば、親世代と若者であったり、歴史と未来の間にある対立や緊張感。

ポスト・アパルトヘイトの経験は当然、感情的にも精神的にも、物理的にも、トニーや「ポスト・アパルトヘイト」世代のアイデンティティの形成や認識に様々な影響を及ぼしているようです。親世代はアパルトヘイト政策の下、抑圧されてきたという経験を持っている一方、彼らは限られた選択肢の中で生まれ育っています。

彼らにはより恵まれた教育の機会があり、言語の面でも英語が中心となっています。逆に、自分の民族や地元の言葉はろくに喋れないケースも。つまり、親世代との『育ちの違い』があり、そういった意味においてトニーの経験も、世代を越えた家族が必ずしも団結でききれない状況にあると言います。つまり、家族間でのジェネレーション・ギャップだけではなく、カルチャー・ギャップを経験しているのです。

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Mother (Black Coca-Cola Series)

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Pin up (Black Coca-Cola Series)

「自分たちが経験した『特権』そのものに、何か自分自身を奪われてしまったような感じです。奪われたというのは、親の世代から受け継がれているべきルーツが奪われ、ルーツを共有しているはずの人たちと自分のアイデンティティが結びつけられないという意味で」とトニー。

さらには、インターネットやSNSの普及でグローバル化した、南アフリカにおける(若者の)カルチャーや価値観と、維持・存続すべき歴史的なルーツや文化と、どう同時に向き合っていくかという課題も。「アート作品を通じて、自分自身を取り戻す必要があった」と彼女は言います。

わたしの役割は、コサ族の歴史が消滅させないようにすること

トニーやポスト・アパルトヘイト世代が経験している緊張感は、彼女のアート表現にも影響します。

昨年のマイアミのアートフェアで、フェアを代表する個展として賞を獲得したポートレートシリーズ「Ode To She(”彼女”によせる詩(うた)」は、時代、世代、国などを越えて、わたしたち一人一人のアイデンティティの模索と、お互いの対話を促すような作品です。例えば、シリーズの中の代表作の一つが「Xhosa Woman(コサ族の女性)」のポートレート作品集。コサ族は、多様な民族が構成する南アフリカの代表的な民族の一つで、トニー自身もコサ族の出身です。「Xhosa Woman」は祖母の世代のルーツに自ら触れ、コサ族の女性が成長していく姿を表現した作品ですが、そこにはコサ族の伝統衣装とiPhoneやエスプレッソマシンといった最新のテクノロジー、コマーシャリズム、21世紀のライフスタイルを象徴するような要素が共存しています。この作品に見られるような、異なる要素や価値観のジャクスタポジション(並列的に見せること)は、トニーのアート作品の特徴的な要素でもあり、見る側に新しい視点や気づきを与えるものでもあります。

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Xhosa Woman – Intombi II

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Xhosa Woman – IXhegokazi

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Xhosa Woman – Umfazi

「何か一つのグループにカテゴライズされるのが苦手。子どもの時も、いろんなグループを行き来するような子でした」と自身について話すトニーのアート作品に象徴される様々な「緊張感」は、南アフリカという文脈においてより強調されますが、インターネットとSNSで繋がったグローバル世界に生きるわたしたちにも、非常に関係していると思います。

トニーとのインタビューの中でも話題になりましたが、南アフリカは、2015年に若者を中心にした3つのプロテスト(抗議運動)を経験しています。3月に起こったのが、Rhodes Must Fall(ローズ・マスト・フォール)。ケープタウン大学のキャンパス内にあった、セシル・ローズの銅像撤去を求める運動でした。ローズは、19世紀末のイギリス・ケープ植民地現地政府の首相です。植民地主義の象徴の撤去を求める連日のデモの結果、最初のプロテスト勃発から約1ヶ月後に銅像は撤去されました。

さらに10月には大学の学費値上げに対するプロテスト、Fees Must Fall(フィーズ・マスト・フォール)と、今年の2018年2月まで大統領だったジェイコブ・ズマの退任を求めるZuma Must Fall(ズマ・マスト・フォール)のプロテストが起こりました。

これらの動きで見られたように、若者たちがまとまることは、未来をより良くしていくためには必要なことだと、トニーは考えているようです。

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「いまを生きるわたしたちは、アパルトヘイトの時代と違って、一つの目的に対して団結するのが難しくなっています。より多様化していて、ある意味、閉鎖的になっている。皆がバラバラの方向に向かっている感じです。こうした文脈において、わたしたちの基盤となっているルーツや歴史に立ち返る必要がある。いまを生きる若者たちは、どうすれば、もっとまとまって先に進んでいくことができるのか。誰しもが道具を手にしているはず。その道具と与えられた資源をもっと使っていかなくては」とトニー。

トニーにとってはアートが「道具」であり手段。まずは、自分自身のカルチャーやルーツ、そしてアイデンティティと向き合うこと。それがアーティスト、トニー・グームが模索していることなのです。

Tony Gum(トニー・グーム)

1995年生まれの南アフリカ人アーティスト。活動拠点はケープタウン。セルフ・ポートレートスタイルの写真作品が特徴。ケープタウンのクリストファー・モラー・ギャラリー、ミラノのC-Galleryが彼女の作品を展開する。2017年、ケープタウンのPeninsula University of Technologyを卒業。同年、クリストファー・モラー・ギャラリーとの個展で、マイアミPulse Art FairのGrant Jury Awardを受賞。

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マキ

Maki & Mpho LLC代表。同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。

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