「ストリートカルチャーが、南アフリカの若者を解放」。若者の失業率が50%を超える南アフリカでストリートカルチャーが彼らに与えるもの<ムプメレロ・ムフラ>|南アフリカ、ネットグローバル時代におけるアイデンティティの模索 #003

Text: マキ

2019.2.15

Share
Tweet

南アフリカにスポットライトを当て、現地で活躍する若手アーティストの紹介を通じて、アイデンティティの向き合い方を考える本連載、「南アフリカ、ネットグローバル時代におけるアイデンティティの模索」。第3回目の今回紹介するのは、Frypan(フライパン)の通称で知られる、Mpumelelo Mfula(ムプメレロ・ムフラ)。南アフリカのヨハネスブルグを中心に活動する彼は、現在28歳。

width="100%"
ムプメレロ

アフリカのストリートウェアブランドを集めた「RHTC」(アール エイチ ティー シー)というショップ。若手のクリエイターが手がけるブランドが、簡単にポップアップショップを展開できるような組み立て式のショップ什器(陳列用の家具)を開発・展開する「The Playground」(ザ・プレイグラウンド)。RHTCやThe Playgroundといったモノがベースになって出来上がったコミュニティを、さらに盛り上げるためにイベントを展開する「Let’s Play Outside」(レッツ プレイ アウトサイド)。若い世代がクリエイティブ業界に参加するためのハードルをさげるようなプロダクトやサービスを提供すること。それが、ムプメレロなりの起業やビジネス展開のアプローチだと彼自身はいいます。

いくつかの名をもつムプメレロ。Frypanというニックネームは、彼の出身エリア、ヨハネスブルグのイーストランド地区においてスラング的に使われる表現で、Friday(金曜日)を意味するそう。楽しい週末の最初の始まりである金曜日ならではのGood Vibes(グッド・ヴァイブス)、つまりポジティブな雰囲気を体現しているのが、ムプメレロの人となりであり、彼の活動のエッセンスとなっているようです。

若い世代への責任。それが自分のアイデンティティ

width=“100%"

南アフリカにおけるアイデンティティの考え方を理解する上で、同国の政治の歴史は無視できないものです。植民地支配の歴史、そしてアパルトヘイト。これらの残念な体制によって、アイデンティティは単に人種や民族の要素でしか考えてこられず、セクシャリティやジェンダーなど、個人をベースにした要素が、南アフリカにおいて「アイデンティティ」として考え始められるようになったは、ごく最近のことだそうです。

アパルトヘイト政権下の南アフリカでは、集団地域法(Group Areas Act)によって人種ごとに住む場所が決められていました。名目上は、それぞれの民族がそれぞれ指定された場所に固定的に住むことで、自治的なコミュニティ形成を促すというものでした。しかし、実際は多くの黒人が、経済都市から離れていてアクセスの悪い場所に追いやられ、仕事のある都市部で働くことが困難な状況がつくられていました。

width=“100%"

「今、南アフリカにおけるアイデンティティを巡る問題は、特にヨハネスブルグ、ケープタウン、ダーバンといった大都市において非常に面白い状況です。過去の人種に基づいたアイデンティティに捕らわれることなく、個々のアイデンティティに向き合える世代が、南アフリカにいるから。一方、そのアイデンティティはグローバル市民の一員であるということにも依存していますが、そのことがアフリカ人としての力を弱めるものでもないと思っています」とムプメレロ。

アフリカの視点をもったグローバル市民。アフリカ人であること、そして若い世代とアフリカ大陸の発展に対して責任を持つことが自分自身のアイデンティティだと言います。

ストリートカルチャーが、南アフリカの若者を解放

ムプメレロのアイデンティティである若者世代への貢献は、彼のクリエイティブ活動そのものに直接的に関連しています。例えば、彼が手がけるセレクトショップ「RHTC」。今は、イベントベースの展開を仕掛けているようですが、以前、ヨハネスブルグの都心、ブロームフォンテインにショップがあったときは、日々彼のショップに若者が自然と集まっているような場所だったそうです。そんなコミュニティが作られるなか、彼の別のあだ名「(ストリート)メイヤー(市長)」が付いたそう。

width=“100%"

大企業が仕掛けるブランドにもストリートカルチャーの波がきていますが、そのような中でもムプメレロのポジティブな姿勢に変化はなさそうです。

「ストリートカルチャーは、それそのものが、民主的な参加の脅威となるような問題に立ち向かうためのアーティスティックでイノヴェーティブなやり方を常に模索するようにデザインされていると思う。つまるところ、ストリートカルチャーは、もっとも近代的で、都会的で、若者的な解放ムーブメント。勝利は常に若者の味方だと思っています」と力強い言葉を残したムプメレロ。

南アフリカの歴史の中で、黒人が自由に政治経済の活動に参加することができなかったという背景と文脈があるからこそ、誰でも参加できる、対等に勝負できるというストリートカルチャーが、南アフリカの若者にとって重要なのかもしれません。また、インターネットが発達した時代だからこそ、その活動がより活発化し、グローバル化していることも特徴です。

「レインボーネーション」の先にあるアフリカ発のイノヴェーション

1994年に正式には終了したアパルトヘイト。その後の南アフリカを象徴する単語が「レインボーネーション」。多様な人種が集まってできた、多文化国家を表現したアイコニックなネーミングですが、目指したかった虹色の理想と現実のギャップは、未だに小さくないようです。ムプメレロも、レインボーネーションの、良否の両側面を認識しています。

「ストリートカルチャーは、レインボーネーションのアイディアを実現する大きな役割を担っている。なぜならストリートカルチャーは、共通の哲学に基づいて、若者を結集することができるから。でも、その若者たちも国の現実と無縁ではなく、働くことで経済活動に参加し始めた途端、現実を突きつけられてしまうのです」と彼はいいます。

width=“100%"

子ども時代、白人も黒人も人種は関係なく、一緒に過ごしたり、スポーツをしたりしていても、働き始めた途端、たとえ同じ仕事についたとしても、白人のほうがいい待遇と賃金を受けるという現実。こうした現実が若者を分断してしまうそうです。

「南アフリカの若者は、ただ食べていくためだけに一生懸命頑張って働いているわけではないと思います。僕たちはグローバル・イノヴェーションに貢献したいし、積極的にやっている。しかし、僕たちの野望は、人種、年齢、ジェンダー、セクシャリティといった概念や主義主張に基づいた古い偏見と対峙せざるを得ない状況です。こうした「壁」が何年もの間、若者の動きを鈍化し、結果としてアフリカのイノヴェーションも鈍化してきました」と彼は言います。

若者の失業率が50%を超える南アフリカの現実。就職先という意味で、若者の選択肢が限られているからこそ、クリエイティブにならざるを得ないという状況もあるかもしれません。ムプメレロがいうような「壁」は、そう簡単に壊せるものではありませんが、だからこそ、ストリートスタイルというインフォーマルなやり方によって、彼らは少しずつ古い考え方に立ち向かい、自らのアイデンティティや居場所を模索しつづけているようです。

width=“100%"

ムプメレロは、南アフリカのアパルトヘイト抵抗運動の活動家であるスティーブ・ビコの言葉などに触れながら、アフリカ人発のイノベーションについても説明してくれました。アフリカ発のイノベーションというと多くの人にとっては、まだイメージできるものではないかもしれません。その理由は、もちろん歴史的、構造的な要因があり、アフリカ人がこれまで世界に何かを発信する機会が限られていたという要素があります。しかし、ムプメレロは、理由はそれだけではないといいます。普通、イノベーションというとテクノロジーなどといった物理的でプラクティカルなものが想起されますが、アフリカのイノベーションはいわゆるサイエンスではなく、人文学的領域での貢献におけるものだと彼は考えています。例えば、去年世界的にヒットした映画『ブラックパンサー』*1の中に描かれていたような、最先端の技術を活用しつつ、大地、動物、祖先への敬意を払い、大自然と共生しているというような姿が表すような世界観や価値観こそが、アフリカ発のオルタナティブなイノベーションの姿かもしれないと彼は言います。

ムプメレロがストリートカルチャーとクリエイティブな若者のサポートにこだわる理由は、多くの若者がアフリカならではの思想や思いを、ストリートスタイルのアートやファッションで表現することで、世界にもっとアフリカ発の考え方や視点を増やしていくことに貢献できると考えているからかもしれません。

アフリカ発がもっと普通になっていくために、ムプメレロと仲間が仕掛けるストリートからの「レヴォリューション(革命)」。引き続き注目していきたいと思います。

(*1)アフリカにある架空の王国・ワカンダの王、ブラック・パンサーを主人公にしたヒーロー物語。一度も植民地化されず、もともとあった価値観や文化を保ちつつ、最新のテクノロジーを取り入れて独自に発展したアフリカの国を描いた映画で商業的にも大成功した。新しいアフリカの姿を世界に発信したという意味でアフリカ内外で話題を呼んだ。

Mpumelelo Mfula(ムプメレロ・ムフラ)

ヨハネスブルグのストリート・カルチャーや若者を中心としたクリエイティブシーンを促進するための複数の事業を手がけるクリエイティブ起業家。スニーカーやアフリカ発のストリートブランドを集めたショップRHTCや、折りたたみ式のポップアップショップ什器などを製作・展開するPlayground、国内各地の若手クリエイターを巻き込んでイベント開催などをするLet’s Play Outsideのプロデュースなどを手がける。

width=“100%"

マキ

Maki & Mpho LLC代表。同社は、南アフリカ人デザイナー・ムポのオリジナル柄を使ったインテリアとファッション雑貨のブランド事業と、オルタナティブな視点を届けるメディア・コンテンツ事業を手がける。オルタナティブな視点の提供とは、その多様な在り方がまだあまり知られていない「アフリカ」の文脈における人、価値観、事象に焦点を当てることで、次世代につなぐ創造性や革新性の種を撒くことである。

width=“100%"
Share
Tweet
★ここを分記する

series

Creative Village