Facebookがライブストリーミング動画の配信サービスを開始した2017年初頭、あらゆるマーケターは歓喜しただろう。フォロワーとの距離を縮めるのに、これほど有用なツールはないと。
しかし「Facebookがまた革命を起こした」と騒がれた当時、このライブ配信で、トルコの青年がライフルで自らを撃ち抜いた事件は、あまり知られていないかもしれない。彼は恋人にフラれた悲しみに耐えきれず、大勢の視聴者の前で自ら命を絶った。
FacebookのCEOマーク・ザッカーバーグはこの事件を受け、昨年2月に「Facebook上で起きた自殺の配信という出来事に心を痛めている。誰かが事前に対処できれば、それは起こらなかったかもしれない。AI(人口知能)はこの点において優れた効果を示してくれるだろう」という談話を発表したが早くもそれが現実のものになっている。
AIと人間、それぞれの得意分野を生かして命を助ける
昨年10月からアメリカで先行導入された、Facebookの「自殺防止プログラム」。一定の効果をあげているというそれは、必要に応じて各国で導入されることになる。40秒に1人が自死を選ぶ世界で、そして若年層の最も多い死因が自殺という日本で、この試みは何をもたらすのか。AIと私たちの未来を考えてみよう。
Facebookが自殺防止に向けた取り組みを始めたのは2011年12月。自殺願望のある人への救済措置として、それを匂わす投稿を見つけた場合に、ユーザーが運営に報告できるというサービスを開始したところから始まる。アメリカでも年々自殺を考える人が増えており、当時から世界最大級の登録者数を誇っていたSNSでの試みに注目が集まった。
それからちょうど5年後の2016年12月。Facebook上で配信されたライブ動画で12歳の少女が自殺を試み亡くなった。自殺の防止を志したFacebook上で起こってしまったこの出来事がきっかけになったのか、同社は自殺防止の取り組みを加速させたのである。
同プログラムの仕組みの鍵を握るのがAI。20億人の投稿から自殺をほのめかす内容を検知して、介入(「助けが必要ですか?」などのメッセージや相談窓口への案内)が必要か、同プログラムチームに判断を委ねるところまでを担当する。このとき、投稿から検知される自殺願望の程度や、投稿に返されるコメントの内容から判断し、チームへ伝えるべき優先順位をつけることもできるという。
膨大な情報を整理するAIと、その情報の真偽を見わける人間が共同で取り組むのが、この自殺防止プログラム最大の特徴である。(参照元:ITmedia NEWS, Buzz Feed, CNN)
「死にたい」というメッセージを、あなたはどう受け止める?
日本の自殺者数はその総数こそ減っているものの、昨年は約2万人が自らの命を絶っている。年次で比較すると15歳から24歳の若年層が最も多く、その割合は各国と比べても飛び抜けて高い水準となっている。
自殺の要因は複合的であり、一概にいうことはできないが、こと若年層においては「将来が不安だと特に感じている年代」であるという点は大きいだろう。アメリカでも同様の傾向があり、これは世界的な傾向と見て取ることもできる。(参照元:警察庁, PRESIDENT, 東洋経済ONLINE)
ここで話しておきたいのは「自殺」は決して他人事ではないということだ。筆者はそれを、身をもって実感した過去がある。大学で授業を受けているときだった。SNSのチャットに、「めっちゃ睡眠薬飲んだ」「死んじゃうかもしれない」「ごめん」「助けて」というメッセージが連投された。
「本気かな?」「いや、いたずらでしょ?」「いやでも…」。結論が出ないまま、どんどん動悸が早くなっていったことを、今でもはっきり覚えている。教室を飛び出したのは、メッセージを見て10分ほどが過ぎたころだったと思う。大学からほど近い友人の家にとにかく早く向かいたくて、自転車のペダルを必死に漕いだ。
結論からいうと友人は生きている。自殺を試みはしたが、直後にその行為を後悔して、メッセージを送ってきたのだった。あのどこか現実離れしていて、腹の中に佇むような恐怖が誰にでも訪れるかもしれないことを、忘れないでほしい。
AIは敵でも味方でもなく、そこに在るモノとして在るようになる
完全な監視社会が実現するだとか、慢性的な人手不足が解消されるかなんて、両極端な論じられ方が目につくAIだが、活用はすでに各地で始まっている。AIで自殺の防止を試みるザッカーバーグ氏のいう“いいAIの使い方”である。
車両の自動運転化が目前とまでいわれるAIと、私たちの未来を考えるうえで着目したいのが、自動改札機の存在だ。かつて鉄道職員の仕事であった「切符もぎり」。切符を差し出す乗客と、それを確認しハサミで切り取る風景は平成初期まで見られていた(らしい)。
しかし自動改札機の全面導入によりその姿は消え、今はもう「チョキチョキ」という金属音が構内に響くことはない。違和感なく過ごしている景色のなかには、テクノロジーの発達によって消えていった何かが他にも隠されているだろう(公衆電話もいつかなくなるのだろうか)。
AIの搭載された機器も自動改札機と同じように、いつの間にか生活に浸透していくと考えれば、今回紹介したFacebookの試みがニュースにならない日もそう遠くないかもしれない。
同じくSNS大手のTwitterが自殺や自傷をほのめかす投稿者に対して、メンタルヘルス事業者によるサポートを促すサービスを開始している。さらにはWEB検索大手のGoogleやYahoo!も、自殺に関連するワードの検索結果に、相談機関への連絡先を表示するように調整する予定であることを発表し、自殺防止のための試みをスタートさせた。
AIは敵でも味方でもなく、そこにある存在として、今も私たちを支えている。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。