やりたいことがないって贅沢な悩み?ある経営者が“住所不定”で、アジアを飛び回る理由<横堀良男>|Ome Farm太田太の「僕が会いたい、アレもコレもな先駆者たち」 #004

Text & Photography: Yuuki Honda

2019.12.24

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“東京生まれ、無農薬育ちの野菜”を育てる「Ome Farm」代表の太田太(おおた ふとし)さん。

もともと国内外のアパレルブランドや会社で海外営業/PRとして働いていたファッション畑出身の彼が、“本物の畑”で作る野菜は今方々で話題を呼び、都内人気飲食店を中心に提供されている。

ファッション×農業という視点から飛び出すアイデアで業界を変えていこうとする、そんな太田さんが、同じく複数の分野をまたいで活躍する先輩たちに会いに行き話を聞く連載、「Ome Farm太田太の『僕が会いたい、アレもコレもな先駆者たち』」。

第四回のゲストは横堀良男(よこぼり よしお)さん。

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横堀良男さん

高校在学中にファッションの世界に飛び込み、20代半ばで多数の店舗を統括するマネージャーに就任。その後雑貨などの輸入販売を手がけるセレクトショップで店長を務め、2006年に独立。

2011年から東南アジアの各国に拠点を作り、住所不定のパーマネント・トラベラー*1として活動中。1年の半分は日本にいないという。

そんな横堀さんは、ファッションブランドの海外進出のコンサルタント、東南アジアのセレクトショップの契約バイヤー、国内外のデザイナーブランドの卸しなどを行うほか、経済産業省との仕事で海外のファッションショーを取り仕切るときもあれば、専門学校や大学の講師として教壇に立つこともある。

今回は、太田さんが尊敬するそんな先輩に話を聞いた。

(*1)年間に居住地を転々として活動。滞在するそれぞれの国で非居住者とみなされる日数しか滞在しないよう計算し、定期的に移動することで納税額を極力減らすライフスタイルを指す。

週6のバイトで高校を退学し就職

横堀良男(横堀):太田さんお久しぶりです!

太田太(以下、太田):お久しぶりです! 今日は“住所不定の経営者”という面白い生き方を実践している横堀さんに、いろいろと聞きたいことがあるのですが、まずは経歴から聞かせてください。

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横堀:僕の実家は本当に貧乏でして、僕もバイトをしないとやっていけなかったんですね。だから高校まで行ったはいいものの、週6でバイトをしてたので、あまり学校に行けず退学になりまして。退学後に、あるアパレルショップに就職して、同時に定時制の高校に入りました。そこで高卒の資格はとったので、一応高卒ではあります。

太田:店長がすごく良い方だったそうで。

横堀:そう。なんの知識もない10代そこそこの僕にいろいろと教えてくれました。そこには23歳までお世話になりまして、そこからフリーでブランドを立ちあげたり、自分でリメイクをやったり、バイトをしたり…それで生活はできていたけれど、自分の能力があまりに足ないと感じたので、24歳のときに、太田くんもいたH社に入って、27歳までそこで働いて独立しました。起業してから今年で15年目ぐらいかな。僕自身は今、いわゆるパーマネント・トラベラーという生き方をしています。

転機は震災と1人の少女

太田:H社には僕もいろいろお世話になりました。それで独立後、少しずつ海外へ軸足を移していくわけですよね。きっかけは何だったんですか?

横堀:借金も抱えつつ、服の卸しの仕事を中心に2011年まではなんとかやってて、やっと全額返済の目処が立って、「さあこれから!」というときに東日本大震災が起こったんです。それでいくつかの取引先が立ち行かなくなり、その煽りを受けてこちらも収入が激減しまして。借金を返済し終わってこれからというときだったので、「この世に神はいない」と思いましたよ(笑)。まあ逆境には強くなりましたね。経営者になって、そうした修羅場を経験することで。

太田:それすごくわかります。僕も一社員から経営者になって、経営の視点を持つことで見える世界や考えることがすごく変わりました。

横堀:で、もう開き直って、卸しの仕事を続けながら海外に出たんです。そのとき32歳。英語はろくに話せない。パスポートも期限切れ。そんな状況でも飛び出せたのは、これまでと同じことをやって失敗するなら、他のことをやって失敗したほうが良いと思ったからです。で、とりあえず百聞は一見にしかずということで、2011年の6月にソウルに視察へ行きました。1万9800円の往復ツアーで(笑)。そのツアー中にいろいろと見て回って、いけそうだなと思ったんです。

太田:実際にどんな事業をやっていたんですか?

横堀:韓国って小さな国なので、基本的に輸入よりは輸出を推奨してるんですね。だから韓国から日本への輸出の仕事を始めて、それが上手くいったので、後に香港と上海のブランドとも契約しました。そんな感じで実践しながら学びつつ、アジアの他の国もどうかなと思っていろいろ調べた結果、インドネシアとフィリピンとシンガポールが良さそうだと思って、各国を回ってみました。

太田:今伸びている国ばかりですね。

横堀:そう。でも、どの国も都心部は栄えていて、郊外には貧困に苦しんでいる人がいたんです。ある日インドネシアのジャカルタでタクシーに乗っていると、小雨が降るなか、小さな女の子が橋の下で水を売ってたんですね。それで、「この子はこの水を何杯売れば暮らしていけるんだろう?」「なんで僕の仕事はこの子を笑顔にしてあげられないんだろう」って思って。それから東南アジアに注力することにしました。今はインドネシア、フィリピン、シンガポール、タイ、日本を飛び回りながら仕事をしていて、少しずつ信頼を得て、去年やっとジャカルタに会社を立ち上げました。そして今年は現地の人を雇いつつ下地を作ってきたので、来年以降はもっと積極的に雇用などを進めていくつもりです。

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太田:水を売っていた女の子に出会ったのが転機だったんですね。

横堀:別に彼女がアパレルに興味を持たなくていいから、働くことが楽しいものになればいいなと思って。僕は江東区の下町で育ったんですけど、かなり過酷な環境だったので、自分が長生きすることが想像できなかったんですよ。やりたいこともなかったし、そもそもそんなものを想像することすらできなかった。そういう境遇にいる人って、「やりたいことは何?」って聞かれたこともないんですよ。

太田:日本では「やりたいことがない」と困っている人が多いけれど、そもそも聞かれなければ、考える余裕すらない人たちがいると。

横堀:ですね。今ジャカルタで一緒に働いているスタッフに、2人の娘がいる45歳のお母さんがいて、彼女に「何かやりたいことある?」って聞いたら、目をまん丸にして「そんなこと今まで聞かれたことなかった」って言葉が返ってきて。ショックでした。僕よりも歳上の人が、人生においてやりたいことを考えたことも聞かれたこともないって、そんなことあるんだって。なんか、そういう人をいないようにしたくて。だってそんな状況、ダサいじゃないですか。

太田:やりたいことがないって贅沢な悩みなんですね。

横堀:まあ日本にも日本ならではの状況があるので、一概には言えないですけどね。

「日本人ってコスパがめちゃくちゃいいからね」

太田:横堀さんは世界中を飛び回っているわけですが、日本ならではの問題ってなんだと思います?

横堀:教育に関して変えたほうがいいと思うのは、基本的に何を決めるにしても多数決なことです。マジョリティが支持するものが本当に正しいかはわからないので。まあ先生はそうでもしないと進行が大変だとは思うんですけど。

太田:どこも画一的で、選択の余地もあまりなくて、多様性がないですよね。

横堀:街に多様性がないですからね。だから他国の言語や文化を学ぼうとしない。日本は少数派に対する圧力がすごいですよ。僕の知り合いのミックスの子は、日本的なかわいいとかかっこいいにあてはまらないから、すごく居づらそうにしてるんです。人の外見の評価なんて、究極に主観的なものだから、容姿を形容する言葉に実は説得力ってないのに。

太田:就活でリクルートスーツを着せるのも訳が分からない。それを暗黙の了解にしてる業界のルールとか、本当に息苦しいだろうなと思う。

横堀:ダイバーシティを根付かせるには相当困難な国だと思います。海外で過ごしていると、いろんなバックグラウンドを持ってる人がいるから、自分の小さな不安や懸念がなんてことのないものだってわかる。

太田:ステレオタイプではあるんですけど、「日本人は働くために生きてるかわいそうな人種だ」ってよく言われますよね、海外で過ごしてると。みんな仕事に対して何らかの不安を持っているって。

横堀:あ〜確かに。

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太田:ニューヨークに居たときに、「おまえら日本人は働くために生きているかわいそうな人種だな」って言われてムカついたんですけど、まあ一概に否定はできないなと思って。

横堀:日本人ってコスパがめちゃくちゃいいからね。「もう帰っていいよ」って言っても絶対に帰らないから。うちのスタッフは国籍に限らず「家族とご飯を食べるから」って帰るし、「お腹痛いから今日は行けない」って言うけど、別にそれでいいんだよ。それが人権だもん。

太田:それって生きるために働いているから出てくる言葉ですよね。まずは自分事が優先で。そこが逆転している人が比較的多いのが日本なのかな。

横堀:だから上からすると扱いやすい。なんと言っても自分の仕事を振り返らないんだよね。「僕はこれだけ売上をあげてるから昇給の交渉ができるな」って考えるやつもいない。従順なんですよ。うちのスタッフは言ってくるもん。「今進めてるこの交渉が難しいんだけど、成立させたら会社にとって利益になるから、その分俺にお金くれ」って。

太田:営業や生産など直接利益に繋がる仕事をする人からすれば、当然の権利ですからね。

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横堀:あと、子どもが生まれたばかりのお母さんがすぐに職場に復帰したいから、ベビーシッターを雇ってくれって言うの。オフィスにベビーシッターが居ればみんな働きやすいじゃんって、そんな感じで交渉してくる。

太田:日本の一般的な感覚として、会社員としての自分が会社という組織と対等である、という考えが薄いのかな。

横堀:そうだと思う。いろんな国を見てるけど、だいたい自分と合わなかったら転職すればいいしって考えが基本だから。自分と会社を同じ位置に置いて物事を考えてる。

太田:合わないと言えば、働き方改革だなんだとやってますけど、いわゆる労働基準法に当てはめてほしくないという人もいますよね。「もっとおれは働きたいんだ」って人もいる。だから一律で労働時間を削ろうとするのは無理やりで。

横堀:やりたい人はやればいいし、やりたくない人はやらなくていい。あとはもっと失敗を許してほしいな、他人にも自分にも。何かやろうとして失敗したっていいじゃないですか。だって死ぬときに「おれの人生セーフティだったわ〜」って思うのダサくない(笑)? もっと怪我していいんですよ。

「学歴はお金で買えますからね、そんなもんに大した意味はないです」

横堀:やる前に結果を考えちゃダメですよ。どうせやらない理由しか出てこないから。あとは学歴はお金で買えますからね、そんなもんに大した意味はないです。

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太田:学歴と言えば学校で先生もしてますよね。若い子に接していて印象的なことって何かあります?

横堀:ある先生から見れば不出来な子が、僕にとってはすごく輝いて見えることがあります。だから他人の評価なんてそれほど当てにならないんですよ。見る人によって全く違ってくるから。そういう他人の評価や学歴を気にするよりも、実用書を買って書かれていることを実践したほうがいい。この実践ができる人は本当に少ないんです。だから本を読んで、書いてあることをちゃんと実践するだけで人は変われますよ。

太田:大半の人は読むだけで満足しちゃうと。

横堀:あと情報を受け取るだけの人が多いかな。同じ国際ニュースでも、日本の報道と英語圏の報道と比べてみるといろいろ違うから、比較してみるのは面白いですよ。日本のメディアはよく偏向報道だと批判されますけど、ただ情報を受け取るだけじゃそういうふうに見えて仕方ないですよね。メディアにも政府にも公権力にも、それぞれの事情があることを頭に入れて情報を受け取らないと。

太田:ニュースをそのまま鵜呑みにする人がやたら多いのは気になりますね。自分の頭で全然考えない。

横堀:それに人って好きな情報しか見ないから、意識しないと自分が偏ったことにも気づけないんですよ。だからTwitterで正反対の意見の人をフォローするアカウントを作ったりすればいいですよ。「なるほど、そういう考え方もあるんだね」って知れるから。
あとは現地に行ってみて学ぶこともあります。韓国を嫌いという人は韓国に行ったらいいと思う。いろいろ気づきがあって面白いと思うな。逆に韓国が好きな人も、実際に韓国のいろんなところに行ってみたら面白いですよ。自分の知らないことがまだまだたくさんあるから。

太田:自分の目で見ることの価値は、インターネットが発達した社会でも変わりませんね。

横堀:中国人もいいやつばっかりですよ。もちろん政治に対する意見は違うし、文化も違うけれど、分かり合える部分もあるし。グレーなんですよね。だいたい分かるところも分からないところもあって当然。全部が分かり合えるなんて、日本人同士でもありえないから。

太田:物事にはいろんな側面があって、一概に決めつけるのは危険だってことですよね。
シンプルに言えば多様性ってことになると思うんですけど、多様性ってなんなんでしょうね。あまりに広い意味がある言葉だと思うんですけど、各国を飛び回ってる横堀さんの見解を聞いてみたいです。

横堀:リスペクトですね。さっきも言ったように、そもそも相手のカルチャーや考え方を完全に理解するのは絶対に無理なんです。でも、だからこそ、そこにリスペクトが生まれるわけで。“僕とあなたは分かり合えない”というスタート地点から関係が始まるからこそ、相手のことを聞いたり、感じたり、分かろうとするんじゃないですか。僕はストレートなのでLGBTQ+の人の本当の気持ちは分かりません。でも、どんな形があってもそれが普通。良いとか悪いとかではなく、普通。当たり前じゃないですか、人類が人類を好きになるって。だから、僕とあなたの違いをリスペクトできるかどうかが、多様性ってやつに繋がるんじゃないですかね。

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アジア各国を飛び回ることで、常識に当てはまらないパーマネント・トラベラーという生き方を実践している横堀さん。彼は「パソコンとスマホがあればどこでも仕事ができるようになったから」、この生き方が可能になったと言う。

確かに、身軽であることも理由の一つだろう。しかし、リスペクトを忘れない横堀さんの姿勢が、この生き方を可能にしているとは言えないだろうか。

「“僕とあなたは分かり合えない”というスタート地点から関係が始まるからこそ、相手のことを聞いたり、感じたり、分かろうとするんじゃないですか」
この言葉を常に体現してきたからこそ、横堀さんはどこに行っても「おかえり」と迎えられる。英語を話せないまま海外に飛び出して約10年。今では各国に顔なじみができた彼の生き方に、やっと時代が追いついたという方が、正しいのかもしれない。

横堀良男(よこぼり よしお)

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太田太(おおた ふとし)

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“世界一のレストラン”と称される“noma”のレネ・レゼッピがファーマーズ・マーケットにて生産物を称え、全米最注目のホテル&農場併設型レストラン“Single Thread Farms”から畑自体を評価されるなど、着々と“世界レベルの農業”を実践し始めた、東京の青梅市にて有機野菜を栽培するOme Farmの代表。
10月より創作料理店「81」の跡地にOme Farmが開設した直売所併設型の野菜料理研究所「0831」は、再び「81」チームの手に戻され、3月23日に新しい形に生まれ変わる。「0831」は、それまでのポップアップという形で継続される。

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0831

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