韓国と日本の歴史は、日本人が知りたがらない・話したがらない話題かもしれない。日本人として、日本が過去に行った非道な行いと向き合うのは容易なことではない。
今回Be inspired!は韓国系アメリカ人であり、東洋(韓国)と西洋(アメリカ)の狭間で自身のアイデンティティを問い続けているあるアーティストに話をうかがった。彼女が自身のアイデンティティ探求のなかで出会ったのは「恨(ハン)」という韓国の思想。これには日本が大きく関係している。決して日本を責めることが目的ではなく、アメリカで育った彼女にとって「韓国人としての自分」を知るうえで重要だったというこの「ハン」を、彼女のアートを通して日本にも紹介したい。
2つの世界の狭間で
ハワイのホノルル島で生まれ育った韓国系アメリカ人のアーティスト、Lauren Hana Chai(ローレン・ハナ・チャイ)。2015年にサンフランシスコのアカデミー・オブ・アート大学でファインアートの学位を取得。
家族のなかで唯一アメリカ生まれの彼女は、韓国育ちの祖父母に育てられた。そのため、家庭内は韓国文化、外ではアメリカ文化、と常に2つの世界の境目にいた。祖父母は、韓国の伝統的な家庭観を持っていたので、保守的でコミュニティ重視。それがリベラル、オープン、そして個人主義的なアメリカ文化とは対照的に思えたローレンは、家庭では言葉の代わりに絵を通して初めて自分自身を素直に表現することが出来たという。
子どもの頃は、韓国人である自分を拒否しようとしていたという彼女。アメリカで育てられたというアイデンティティの方が韓国人であるということよりも大きかった。ハングル語を話しても、韓国の伝統的な儀式に参加しても、韓国育ちの韓国人には認めてもらえなかったという。その自分の経験を元に、作品で韓国と他の国や文化(特に西洋文化)とのギャップを表現するようになったのだ。
ミクストメディアと油絵をメインとする彼女は、様々な材料や手法を使って作品を制作している。多種な素材を使うことで彼女の多面的なアイデンティティ、伝統的ながらもモダン、そして東洋と西洋の文化両方を持つ自分を表現できる。自身の体験を通し社会のタブー、フェミニズム、セクシュアリティと抑圧といった様々な問題を描く。
今回は、その東洋と西洋のギャップをアートを通して表現するなかで彼女が見つめ直した韓国の「恨(ハン)」という思想についてうかがった。
「ハン」は韓国独自の思考様式の一つで、感情的な痛恨、悲哀のことをいう。文化と思想においてすべての根幹となっていて、恨みだけでなく、無念さや無常観、と様々な感情を表すもの。簡単にいえば、人それぞれの内側に潜む人間ならではの暗闇を示す思想。この言葉が生まれた理由には諸説あるが、日本の歴史的存在が大きいといわれてる。日本による占領の抑圧と屈辱から生まれたともいわれている。(参照元:古田博司、ちくま学芸文庫、『朝鮮民族を読み解く―北と南に共通するもの』)ローレンは自分の作品を通して「ハン」を表現し、探ることで韓国人としての自分と向き合えたそうだ。
ー作品のなかで特に「ハン」というコンセプトに影響を受けたと話していますが、そのことを詳しく話してもらえますか?きっかけ、そしてハンを表現することで伝えたいことは?
初めてハンという概念を知った時、何かが私の心に響き、とても興味を持ちました。それぞれ自分の中に何か暗闇が潜んでいるというこの思想。それからこのハンを理解するべく、友人や家族の話を聞いたり、様々な資料を読み、そして自分のアートを通して探り始めました。ハンを探ることは、自分自身を知ることを意味していました。そのうち自分のなかに潜むハンだけでなく、まわりの人のハンについても知りたくなりました。
ー『Comfort Women(慰安婦)』というタイトルの作品についてきかせてください。日本と韓国の歴史はどのように作品に影響をしましたか?
『Comfort Women(慰安婦)』は日本軍のレイプ、虐待と拷問を経験した女性たちのことをいいます。その主な被害者は韓国人女性。この作品では、Byung-poong(ビョン・プン)という韓国の祖先を敬う儀式に使われる屏風(びょうぶ)を作り、被害者を描きました。絵のなかでは、男性数人にレイプされている女性を、韓国の民族衣装のハンボックドレスを着た韓国人女性達が手を繋ぎ囲んでいます。彼女たちは、トラウマになるような過去と向き合う力と団結力を象徴しています。絵の裏には、200人の韓国人の慰安婦の名前を書きました。生存して勇敢に名前を記録した女性達だけを記しています。私は、この作品を通してこの事実を伝えるうえに、この犠牲者達を癒し、勇気付け、敬いたいのです。
ー日本そして世界に伝えたい事は何ですか?
歴史を学ぶことはとても重要です。日本のことはあまり知りませんが、アメリカでは国の暗い歴史はあまり教えられません。私は、アメリカ人として、この国の公立学校での歴史教育は足りていないと思います。特に、世界の歴史はなおさら。自国の歴史を学ぶだけではなく世界の国々の歴史を学ぶことで国々の歴史が実はとても似ていて、繰り返されてきたかがみえてきます。そのなかでも、1番繰り返されるのが歴史の暗い部分。
この人間のダークな本性を学べば学ぶほど見えてくる現実が、ほとんどの国が他を抑圧し、されてきたという事実。痛みこそが人生だということ。もちろん、いっぱい変わったことはあります。たとえば、日本と韓国の関係は過去のようなものではないとてもいい関係。でも、過去を伝えることとは、これから同じことを繰り返さないことにつながると願い、今の人生の良さを気づかさせる役割を担っていると思っています。
彼女の作品一つひとつは、は彼女の自伝。
今では、2つの文化の狭間で育てられたことを大事に思う彼女。2つの文化から自分に合う部分をとりながら活用しているという。だからこそ彼女は、韓国文化をすべて自分の文化とは思えなくても、理解ができる。過去に散乱していた自分のアイデンティティがアートを通してひとつになりつつあるという。私たちも日本人として、歴史に目を向けることで、みえてくるものがあるのかもしれない。
※こちらはBe inspired!に掲載された記事です。2018年10月1日にBe inspired!はリニューアルし、NEUTになりました。