「混沌の2019年」を生きる私たちを“挑発”する、戦中を生き抜いた芸術家のドキュメンタリー『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』|GOOD CINEMA PICKS #021

Text: Shiori Kirigaya

Photography: ©2017 zero one film, Terz Film

2019.3.2

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ヨーゼフ・ボイスという20世紀を代表するドイツ人の芸術家を知っているだろうか。脂やフェルトを使った一見奇妙な彫刻やそれを使った観客との対話を作品とするパフォーマンス、社会活動家としての側面で知られる彼だが、注目すべきなのはそれらに通底する思想だ。

本日より公開が始まるドキュメンタリー映画『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』は、監督のアンドレス・ファイエル氏が彼を「21世紀に召喚する」という意図を持って制作したもの。彼の考えのどのような部分が現代に通ずるのだろうか。

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ヨーゼフ・ボイスはただの芸術家ではない

第二次世界大戦を経験し、そのトラウマから二年間は重度のうつ病を患っていたというボイス。回復後の彼は1986年にこの世を去るまで、貨幣経済や権力に管理された社会を想像性によって作り直そうとする「社会を彫刻する」試みを訴え、体現した人物であった。本気で社会を変えようとした彼のエネルギーについて監督はこう話している。

自己を再生できたのなら、そして自身のトラウマを克服できたのなら、そのエネルギーを他でも使ってやろうというのです。(アンドレス・ファイエル監督)

ドイツを拠点に活動していたボイスだが、1984年には日本を訪れ、西武美術館での個展、東京藝術大学の体育館で学生1000人との対話集会を行うのみならず、なんとウィスキー「スーパーニッカ」のテレビCMにも出演している。「経済活動を民主主義的なものに変えなければならない」と発言していた彼は、バブル前夜であった当時の日本に暮らす人びとを少なからず「挑発」し、衝撃を与えたことだろう。

同作は、そんな彼自身へのインタビューに加え、親交のあった芸術家らが彼について語っている映像、実際のパフォーマンスの映像が詰まっている。彼の生きていた時代の空気がそのまま伝わるようにと、制作するうえでアーカイブ性が重視され、300時間に及ぶ映像、同じく300時間のボイス本人の発言や彼のことを語った音声、2万枚近くの世界的コレクションの写真がリサーチに使われた。

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影響を与え続ける「社会彫刻」の概念

現在の人々との対話を通して社会変革をもたらす「ソーシャリー・エンゲージド・アート」の登場に影響を与えている、ボイスの提唱した概念が「社会彫刻」だ。彼に言わせれば、彫刻は社会の主題(思想やテーマ)を乗せるもので、人は「誰でも社会的プロセスの形成に関わる能力がある」という意味で彫刻家である。一人ひとりに能力があるからこそ、個人が結束して意思決定の仕組みを築こうではないか、と彼は考えていた。

日本を含む世界の大抵の国が、選挙で選んだ代表者に一定期間権力を委任する「代表民主制」をとる現代。そこで「政治は政治家が勝手に行ってくれるものだ」と思っていては、自分たちにとってより生きやすい社会は訪れない。監督は、そんな民主主義のあり方が各地で問われている現代にこそ、ボイスを連れてくる必要性があると感じ、本作の制作を始めたという。

市民には能力がないので、代わりに政治家が戦っていると、往々にして我々は思っている。彼は「責任をマヌケどもに肩代わりさせる必要はない」と主張していたのです。だから私にとって、この問題は、今、向き合わなければならないという意味で、とても現実的なことなんです。(アンドレス・ファイエル監督)

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平成の終わりを生きる人たちへ

同作の日本公開を前に、彼の考える「社会の形成プロセス」への参加に関連した企画が続々と決まっていた。上映を行う映画館の一つ、「アップリンク吉祥寺」では公開に先がけ「現代の社会彫刻」をテーマに、ギャラリー展示の第一弾として昨年NEUTで紹介した都市型フェス「THE M/ALL」による「MAKE SOME VOISE」展と、それに連動したTHE M/ALL選出のZINEなどの並ぶポップストアが開かれている。今後は彼が来日した1984年の空気感を伝えるギャラリー企画展「BEYUS IN JAPAN 1984」や映画上映後のトークイベントの開催も予定されており、「アップリンク渋谷」では、3月8日に行われるウィメンズ・マーチのプラカード制作ワークショップが行われる。

映画に対しては、坂本龍一氏など彼が来日した時代を知る著名人もコメントを寄せており、それだけ彼の考えに共感したり、それが現代にもたらす可能性を感じていたりする人びとの存在がうかがえる。最後に、劇中でも特に印象的だった彼の発言を紹介したい。私たちが人に何かをともに考え、ともに生きやすい世界を作りたいと思うとき、念頭に置いておくといい言葉なのかもしれない。 

ただ人前に立つだけでは何の意味もない。そこに問いかけが必要だ。テーマを人に押し付けても無駄で、誰も興味を持ったりしない。当然だろ。だから俺が話すときは、人々が持っている問題と何とか関わろうとするんだ。一緒に解決を探すのが共同作業だ。(ヨーゼフ・ボイス)

『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』

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監督・脚本:アンドレス・ファイエル/撮影:ヨーク・イェシェル/編集:シュテファン・クルムビーゲル、オラフ・フォクトレンダー/音楽:ウルリヒ・ロイター、ダミアン・ショル/音響:マティアス・レンペルト、フーベルトゥス・ミュル/アーカイブ・プロデューサー:モニカ・プライシュル
出演:ヨーゼフ・ボイス、キャロライン・ティズダル、レア・トンゲス・ストリンガリス、フランツ・ヨーゼフ・ファン・デア・グリンテン、ヨハネス・シュトゥットゲン、クラウス・シュテーク
字幕翻訳:渋谷哲也
学術監修:山本和弘
配給・宣伝:アップリンク
(2017年/ドイツ/107分/ドイツ語、英語/DCP/16:9/5.1ch/原題:Beuys)
2019年3月2日(土) アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、横浜シネマリンほか全国順次公開

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アンドレス・ファイエル(Andres Veiel)監督

1959年、シュトゥットガルト生まれ。1992年、テレビ・ドキュメンタリー『Winternachtstraum』で長編デビューを果たした後、イスラエルの劇団を描くドキュメンタリー『Balagan』(1994年)でドイツ映画賞を受賞。2007年、山形国際ドキュメンタリー映画祭でも上映された『ブラック・ボックス・ジャーマニー』(2001年)は 1989年に殺害されたドイツ銀行の有力者ヘアハウゼンと、その事件の犯人でドイツ赤軍メンバーのグラムスという対象的な出自を持つふたりをテーマにドイツ史を描き、高い評価を得た。

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